プロローグ:故郷からの便り
グノス帝国、ヤルダ宮殿の練兵場に三体のピースプレイヤーがただならぬ雰囲気で相対していた。。
二体は神凪のガリュウに似せたグノス製造の灰色の竜、ギリュウ。そのⅥ番機とⅧ番機だ。
装着者はもちろんグノス出身のゴルカとトマス。武器術を得意とするが、今回は何も持たずに拳を握り、構えを取り、対戦相手の周りを隙を伺いながら旋回する。
残る一体はこれまたグノス製造の黄金の特級ピースプレイヤー、サリエル……の、リミッター発動バージョン、ジャガン。余計な装飾の付いていないシンプルな黄色いボディーを見せつけるかの如く、モデルのように直立不動で立っている。
装着者はご存知神凪出身で一流の格闘家で、未来予知のエヴォリストで、大統領直属特務部隊ネクサスのメンバー、アイム・イラブだ。
かつてこの宮殿ではアイムの仲間であるナナシガリュウやネームレスガリュウ達、神凪を守ろうとする者が祖国を守るために当時のグノス皇帝ラエンに戦いを挑み、なんとか討ち取ることに成功した。
そして今、皇帝を殺された臣下が復讐のためにアイムの前に立ち塞がっている……わけでは当然ないのだが、雰囲気的にはそれぐらい緊迫していた。
当事者達にとって、これは実戦と何ら変わらないのである。
(隙がまるでねぇ……)
(このままじゃいつまで経っても……)
「どうした?来ないのか?」
「行けるんだったら、とっくに行ってるつーの……!」
「そうか。なら、ずっと指を咥えてジャガンを眺めているといい。サリエルではなく、ジャガンをな」
「くっ!?」
「未来予知も使わないでいてやるのに……どこまでハンデをやれば、やる気になってくれるんだ?」
「野郎!!」
「ゴルカさん!!」
直情的なゴルカはアイムのあからさまな挑発にまんまと引っかかった。
拳を力一杯握り込み、高々と振り上げると、今までの警戒心が何だったと言いたくなるくらい猪突猛進に突っ込んで行く。
「オラァ!」
ブゥン!!
勢いそのままに繰り出されたⅥ番の竜、ゴルカギリュウの拳をジャガンは軽やかに躱す。
「シャドーボクシングか?練習熱心で結構。だが、わざわざスパーリング相手がいる時にやるのは感心せんな」
「この!なら嫌というほど食らわしてやるよ!!」
それは暴風雨のようだった。ゴルカギリュウの腕が、脚が唸りを上げ、ジャガンへと襲いかかる!
ブンブンブンブンブンブンブゥン!!
けれど、いくらやっても黄色いボディーに掠りもせず。ただ虚しく風切り音を鳴らすだけ……。
「ぐうぅ……!!」
「そんな攻撃じゃ夜が明けるまで続けても、ジャガンに指一本触れることはできんぞ」
(だったら!)
(これならどうだ!!)
ジャガンの背後に息を潜め、Ⅷ番機改めトマスギリュウが迫っていた。
(卑怯なんて……言わないでくださいよ!!)
ブゥン!!
「!!?」
けれど悲しいかなトマスギリュウのパンチも見事に空を切る。しかもそれだけでなくパンチを撃った瞬間、ターゲットであるジャガンの姿は彼の視界から消え去った。
「どこに……」
見失ったターゲットを探すトマスギリュウの顔に黒い影がかかる。反射的に偽りの竜は顔を上げると……。
「ッ!?」
そこにあったのは普段見ることのないジャガンの足の裏であった。
「よっと」
ガァン!!
「――がっ!?」
顔面を踏みつけ!さらに……。
「ほい!ほい!ほいっと!!」
ガンガンガァン!!
「――ぐあっ!?」
踏みつけ!踏みつけ!また踏みつけ!
ジャガンに何度も顔を踏まれたトマスギリュウは仰向けに倒れる。つまりリタイアだ。
「他愛ない」
体操選手のようにくるくると回り、着地もビシッと決めながら、トマスを小馬鹿にするようなことを呟くジャガン。
そんなことをすると当然、彼の感情的な仲間は……。
「てめえ!どこまでも舐めくさりやがって!!」
怒り心頭!黙ってはいられない!先ほどよりも大きく拳を振りかぶると、それを……。
ガシッ!!
「……へ?」
拳を振り下ろす前に、腕をジャガンに掴まれる。さらに……。
グイッ!!ガァン!!
「――がっ!?」
そのまま流れるような動きで後ろに回り込まれると、腰の後ろに蹴りを入れられ、うつ伏せに押し倒される。そして……。
グッ!!
「ぐわあぁぁぁぁぁっ!!?」
掴んだ腕をひねり上げられる!
「完全に極ったな。もう少し力を入れたら、お前の肩と肘関節はバキバキと不快な音を立てて、破壊されることになるのだが……どうする?」
「ど、どうするも何も……これ一択だろ!!」
トントントントン!!
ゴルカギリュウは自らの意志とは逆の方向に曲げられている肩を自由な方の手のひらで何度も叩いた。
「神凪では、それはタップと言って、降参の合図だが……グノスでも同様の意味だと解釈していいのか?」
「いいよ!つーか!昨日も一昨日も見てるだろうが!三日連続の降参だよ!ちくしょう!!」
「フッ……少し意地悪し過ぎたか」
「ぐおっ!?つぅぅぅ……」
マスクの下でアイムの口角が緩んだのと、連動するように拘束は解かれた。
「さて……集合」
「してるつーの……」
呼び掛けに応じ、ジャガンの前に顔を擦るトマスギリュウと肩を撫でるゴルカギリュウが並んだ。
「……また勝ってしまった」
「言わなくてわかってるよ!」
「文字通り痛いほどね……」
「昨日までは自分達で何がダメだったか考えて欲しいから、何も言わなかったが、あまりにも成長が見られないのでアドバイスをくれてやる」
「偉そうに……」
「戦場では勝った奴が偉いんだ。お前達ならわかってるだろ」
「はい……ですので、何を言われても甘んじて受け入れますよ」
「あぁ……もっと強くなりたいしな……」
「その意気だ。では、まずはトマス」
「はい!」
「チームでは仲間を守ることがメインだと聞いたが……だからといっていくらなんでも攻め気が無さ過ぎだ」
「うっ!?わかってはいるんですけど、どうしても敵を倒すことよりも倒されない方法を考えてしまって……」
「敵を速攻で倒せれば、それだけ被害は減る。敵にこいつ何かしてくるかもと思わせれば、注意は分散し、味方が動き易くなる。攻撃こそ最大の防御だ」
「はい……肝に銘じておきます……」
トマスは肩をがっくし落として項垂れた。
「続いてゴルカは……」
「おう!」
「お前は一撃必殺を狙い過ぎだ。動きも大振りで、未来予知が発動せずとも、簡単に対処できる」
「うっ!?」
「お前こそ次の動きを予測しながら動け。敵はもちろん自分自身の攻撃が当たった場合、外れた場合どうすればいいかを常に思案しろ」
「簡単に言ってくれる。そんなこと考えてたら、むしろ動きが鈍ってカモになるだけだろ」
「最初はな。だが、続けていれば、いずれ経験が身体に染み付き、反射的に最適な行動を取れるようになる」
「全然想像つかねぇが……このままだといつまで経ってもあんたには勝てそうにないからな。今後は意識してやってみるよ」
「話は以上だ。今日の訓練は終わり」
「「ありがとうございました!!」」
頭を下げる二匹の竜に軽く会釈すると、アイムはジャガンを指輪に戻し、彼らに背を向けた。
振り返った先にはゴルカとトマス、二人の上司であり、アイムに彼らを鍛えることを頼んだシルルがタオルとペットボトルを持って待ち構えていた。
「お疲れ」
「どうも」
アイムは受け取ったタオルで汗を拭き取り、スポーツドリンクで喉を潤した。
「ぷはっ!生き返るな」
「思っていたより消耗していたようだな」
「当然だろ。あの二人はグノスの精鋭、しかもあのシルル様の部下だ」
「今の感じ、ちょっとナナシ・タイランっぽいな」
「うっ!?」
アイムは思わず顔をしかめた。仲間として、戦士としてナナシのことは認めているが、ああいう人間になりたいとは全く思わない。
「わたしはアイム・イラブだ。あんなアホと一緒にするな」
「一応褒め言葉のつもりだったんだがな」
「だとしたら余計にタチが悪い」
「それは失礼した。で、話を戻すが、あいつらの格闘能力はどうだ?」
「さっきも言ったが、さすがグノスの精鋭だ、筋がいい。遅かれ早かれ、武器無しでもジャガンとならやり合えるようになる。本来のバトルスタイル、武器を使えばサリエルとも……って感じかな」
「奴らには期待している、いずれ十二骸将になれる才覚があると。そのためにも得意な武器以外にも色んな戦い方を経験して欲しい。基本である徒手空拳なら尚更一定以上の水準を超える使い手になってもらわなくては」
「そのための踏み台か、わたしは」
「君ほどの一流の格闘家はグノスでも中々お目にかかれないんでね。不服か?」
アイムはうっすらと笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「わたし自身、ピースプレイヤー装着者としてはまだまだ未熟。色んな奴と手合わせしたい。グノスの格闘技術にも興味があるしな。むしろわたしがあいつらやあなたを踏み台にさせてもらうよ」
「ほう……」
二人の視線が交差し、その中間点でバチバチと火花が散る。その漏れ出す威圧感に遠くから二人を見ていたゴルカとトマスはアワアワと気圧された。
「ならばワタシとも手合わせ願おうか」
「あぁ、弓を使ってくれ。全力全開のあんたと戦いた――」
ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……
「………ん?」
これからという時にポケットの中から振動が。スマホのバイブレーションだ。
「電話か?」
「いや、メールだ」
アイムはスマホを取り出し操作、受信した電子メールを確認した。
「……ん?ん?」
すると、文章を読んでいくに連れて、アイムの眉間に深い溝が刻まれていった。
「どうした?迷惑メールか?」
「いや、仕事のメールだ。ちょっと気になることがあってな」
「他国の軍人のワタシが聞いていいものかわからんが……緊急事態なのか?」
「他国の軍人に言っていいものかわからんが……文面からはそこまで焦っているようには感じられない。だが、それでも速やかに戻って欲しいと」
「そう……手合わせはお預けか」
一人の戦士として、その力を存分に発揮する機会を失い、ポーカーフェイスのシルルは珍しく顔に出して、残念がった。
「グノスで教えたいことも、教わりたいこともまだまだある。『平魂京 (へいこんきょう)』で仕事を終えたら、すぐに戻ってくるつもりだ」
「平魂京?鈴都に帰るんじゃないのか?」
「あぁ、理由はわからんがわたしが呼び出されたのは平魂京……我らが帝とイザナギが住む古の都だ」
未来予知の能力者であるアイム・イラブもその時は全く予期していなかった。
その古の都で、ずっと目を背けていた過去と対峙させられ、最凶最悪の敵と戦わなければいけないとは、この時の彼女は思いもしていなかったのだ……。




