堕天使は絆に背く
ミドレインの反乱未遂事件から一ヶ月、その日はどしゃ降りの雨だった。
そんな滝のように降りしきる雨だと言うのに、アインスは外に出ようとヤルダ宮殿の廊下を歩いている。
その顔は険しく、胸の奥には確固たる決意を秘めながら……。
「……ん?」
足早に進んでいくと、向こうから二人歩いて来た。見たことはないが、すぐに同胞だとわかった。耳が長く尖っていたから。
「どうもおはようございます、先輩」
「おはようございます……」
「君達は……」
「わたしはナンバー08」
「自分はナンバー11です」
「そう……君達が新しい……」
「はい!グノスと皇帝陛下の新たなる剣です」
「………らしいです」
どうやら一人は自分の存在を誇らしく、もう一人は逆にそうでもないようで、アインスはツヴァイと自分を見ているような気分になった。
「そう……頑張って。グノスは任せたよ」
アインスは二人の間を肩をポンと叩きながら、通り抜けた。
「……こんな大雨だってのに、ナンバー01はどこへ行くんだ?」
「多分、本人もわかってないんじゃないか」
「え?」
「とにかくここから出ていかないと……そんな顔をしていたよ、あの人は」
「意味がわからんな。ここでの暮らしに何の不満がある」
ナンバー08は眉を潜めて、首を傾げた。対してナンバー11は……。
「おれは……ちょっとわかるな」
びしょ濡れになりながらアインスが宮殿の正門にやって来ると、そこには同じくずぶ濡れのツヴァイが待ち構えていた。帽子は被らず悲しき種族の象徴である耳を晒し、その指に真新しい指輪を着けて……。
「……奇遇だね」
「生憎、俺はお前のように濡れながら散歩する趣味はない」
「なら、早く屋根のあるところに戻った方がいいよ」
「お前も一緒なら、すぐにでも戻ってやるよ」
「……ぼくは戻らない」
「お前もフィーアのように、偽の神を討つ黙示録の獣にでもなろうと言うのか?」
「そんなことするつもりもないし、資格もない。ぼくの内には確かに恐怖もあるし、憎しみもある……だけどそれに飲み込まれてはいけないって、兄弟が身を持って教えてくれた」
「ならば何故……?自分を律する心があるなら、グノスに尽くすことが最善だとわかるだろうに」
「それが本当に最善かどうかを決めるために外の世界を見るんだ。ここでただ言われたことをやっているだけでは……ダメなんだよ」
「俺達は戦うために!グノスに尽くすために生まれた!それだけで十分だろ!!」
「君がそう思うなら、それでいい。結局、最終的にはぼくも同じ結論にたどり着くかもしれないしね」
「だったら!!」
「大切なのは納得できるかどうか……それを得るために、ぼくは外に行かなきゃいけないんだ……!」
「くっ……!!」
そう語る目は雨の中でも輝いて見えた。
その悲しくも力強い目を見て……ツヴァイは言葉では止められないと悟った……。
「お前は俺よりも頑固だからな……話し合いでは済まないことはわかっていた。できることなら避けたかったが……!」
ツヴァイはゆっくりと指輪を嵌めた手を顔の前に翳す。そして……。
「こんな虚しい戦いが、お前の初陣だとはな……ミカエル」
眩い光がツヴァイを包み、その光に負けない眩い輝きを放つ金色の鎧が身体に装着されていく。
左手には盾を、右手には剣、そして背中には翼を持った神々しいとしか形容しようのないピースプレイヤー、ミカエルが降臨した。
「君も手に入れたんだね、特級」
「そうだ!この力で俺はグノスを守る!その手始めにお前の愚行を止めさせてもらうぞ!」
「ならばぼくも力ずくで……突破させてもらう!ルシファー!」
アインスも白と金色で彩られた片翼のピースプレイヤーを装着、両手に剣を持ち、完全武装の状態で顕現した。
「君と剣を交えるのはいつぶりだろう」
「本気では初めてだろ」
「じゃあ、これで本当にどちらが強いかわかるね」
「そんな安い挑発で俺の心を乱せると思っているのか?」
「だよね……なら問答無用だ!!」
「俺が……ミカエルの方が上だと証明してやる!!」
両者翼を羽ばたかせ突撃!そして……。
ガギィン!!
激突!ミカエルの剣とルシファーの二刀流がギリギリとつばぜり合いの状態になり、視線もまた至近距離でぶつかり合った。
「パワーは……」
「同等か……!!」
「じゃあスピードで!」
「勝負だ!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
雨の中を飛び回りながら一合、二合と斬り合う!その速度は文字通り加速度的に速くなっていき……。
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
姿を視認できないスピードまで到達する!何もないところで突然雨粒が弾け飛ぶ奇怪な光景が延々と繰り広げられた。
(さすがだアインス!この俺のついてこれるのは、お前しかいない……お前しかいないんだ!!)
(刃から熱が伝わってくる。全開機動はぼく達でさえ、身体が引き千切れるくらい苦しいのに、決してスピードを緩めない……それほどまでにぼくの裏切りを許せないのか……!)
(お前はやはりここにいるべき戦士だ!だから……必ず止める!)
(わかっていたけど、ツヴァイ相手に生半可は通じない……!やるしかないんだ!!)
それぞれの思惑を胸に、再び天使は姿を現した。剣に神々しい光を纏いながら相対する。
「ミカエルよ!俺の全てをくれてやる!!俺を奴に勝たせてくれ!!」
「本気には本気で応える!ぼく達の全力をぶつけるよ!ルシファー!!」
再び真っ直ぐと前進!はからずもこの戦いの決着もルミラウーガとの一戦と同じ構図になった。
「天剣!魂を誘う剣 (スターライト・セイバー)!!」
「堕天剣!魔王刃!!」
ザァン!!
すれ違い様に一閃!お互いの最強にして最後の攻撃が刹那に交差した。
「……ごめんね」
「……がはあっ!!?」
勝ったのはルシファー。一斉に黄金の鎧の全身に傷が刻まれ、砕かれると、ツヴァイは生身となって水溜まりに膝をついた。
「強い……強いな、アインス……ミカエルを持ってしても……くそ!!」
怒りに身を任せ、ツヴァイは地面を殴る。顔にかかる水しぶきは残念ながら、彼の怒りや屈辱を洗い流してくれることはなかった。
「単純にぼくの方がマシンに慣れていただけだ。時間があれば君も……」
「慰めは時として嘲笑よりも心を抉るぞ……」
「……君の場合は特にそうだね。考えが至らなかった」
「今ある力が全てだ……それだけの力を持っていながら、何故そうも苦しむ……?」
「目的もないのに、力を持っていても虚しいだけだからだよ」
「目的ならあるだろ!このグノスの栄光だ!!故郷のために力を振るうのを否定するのか!!生まれ持った使命がそんなに嫌なのか!!」
「だからそれが嫌かどうかもわからないんだよ、ぼくは。自分が何をしたいのか、自分が何のために生まれたのかを探しに……生まれ故郷を出るんだ」
「ドライもフュンフも、そしてフィーアも……みんないなくなった!なのに、お前はそんな一過性のセンチメンタルのために故郷を見捨てるのか!?俺達を生み育ててくれたふるさとを!?」
「……あぁ、もう決めたんだ。今のぼくにはこうするしかない。薄情だの、情けない奴だのと笑いたいなら笑えばいい」
ルシファーは剣についた兄弟の血を払うと、ツヴァイに背を向け、門へと歩き出した。
「このわからず屋が!!どこに行こうと血と生まれからは逃れられない……いずれまた向き合うことになる!お前は必ずグノスに戻って来ることになるんだぞ!アインス!俺達の居場所はどんなに否定しても、ここにしかないんだ!!俺達は……人間じゃない俺達は、どんなに否定しても、結局血と硝煙の中でしか生きられないんだ!!」
「………」
「俺達にあるのは未来じゃない!今だけなんだよ!ナンバー01!!」
「……だとしても希望を求める。それが……“生きる”ということだ」
ツヴァイの悲痛な言葉を背中で受け止めながら、片翼の堕天使は雨のカーテンの奥へと姿を消した……。




