天使は反乱に踊る③
ミドレイン城上空に三体のピースプレイヤーが浮かぶ。
二体は擬似エヴォリストと呼ばれる完全適合した特級ピースプレイヤー、つまりある種の超越者だ。
その二体の視線が至近距離で交差した。
「オレを助ける?訳のわからないことを!」
「わからないなら、それでいい。君が何と言おうと、ぼくはぼく自身の意志と、ぼくの知っているフィーアの声に従う」
「はっ!また意味不明な」
「お前にその意味がわかる心があればこんなことにはなっていない……!」
「ッ!!?」
狂天使の拳を掴むルシファーの手に自然と力が入り、ルミラウーガは痛みを感じた。
「くっ!?とにかくさっきよりはマシになったってこと……だな!!」
痛みに耐えかねルミラウーガは強引にルシファーの手を振り払う。そして……。
「同じ特級同士!楽しませてくれよ!!」
その手を手刀にして、すぐさま振り下ろした!
パン!
「――ッ!?」
けれどルシファーはそれをいとも簡単に捌いた。さらに……。
ガンガンガァン!!
「――がっ!?」
反撃の三連パンチ!顔、胸、腹にほぼ同時に衝撃が走る!あまりの早業に衝撃が身体の内部に染み渡り、痛みへと変換されるまで、ルミラウーガは何をされたかわからなかった!
「一度に三発だと!?」
「どうした?同じ特級なのに見えなかったのか?」
「くっ!?」
「どうやらぼくとお前じゃ、見ている世界が違うみたいだね」
「――!!このぉっ!!」
なんと嫌味な意趣返し!沸点の低い恐怖の化身は怒りに身を任せて、再攻撃!豪腕が唸りを上げようとした……したが。
「遅いよ」
ルシファーは両足を畳んだかと思うと、すぐに全力で伸ばした……ルミラウーガの顔面に向かって!
ドゴオォォォン!!
「――ぐあっ!?」
ドロップキック炸裂!視界一面がルシファーの足の裏に覆われたかと思ったら、今度はぐるぐると世界が回転し出す。もちろん回っているのはルミラウーガの方だ。
狂天使は空中で縦回転をしながら、吹き飛んで行った。
「こんな一方的に……」
「今のうちだ、ツヴァイは下がって。ファルコーネもいつ壊れてもおかしくない状態だろ?」
「あぁ……だが……大丈夫か?」
あまりの圧倒的な力を見て、ツヴァイは逆に不安を覚えた。その力を本当に最後までフィーアに対して行使できるのか、できたとしてアインスの心は……。
「心配してくれるのは嬉しいけど、自分でぼくとルシファーしかいないって焚き付けたんじゃないか」
「それはそうなんだが……」
「平気だよ……覚悟は決めたから……!」
そう言って、微笑みかけるアインスの顔は優しく、そして悲しげだった。マスクで隠れていても、ツヴァイには確かにそう見えた……。
「……わかった。お前は俺以上に頑固なところがあるからな……何も言わん、言っても無駄だからな。後は……任せる」
「任された」
ファルコーネはゆっくりとミドレイン城屋上へと降りて行くと、まるで天秤のようにルシファーを挟んで、反対側でルミラウーガが上昇してきた。
「心のどこかで、あのまま逃げてくれればいいのにって思っていた」
「本当に逃げたら、追って来るだろうが……!」
「まぁね。お前を野放しにはできない。ここで狩るのが、兄弟としてのぼくの責務、そして君の心の闇に気づいてあげられなかった愚かなぼくへの罰……!!」
決意を具現化するように、ルシファーの両手に剣が握られた。
「罰が欲しいなら、オレがくれてやるってんだよ……!」
対抗するようにルミラウーガも大鎌を召喚。威圧するように三日月状の刃を突き出して構えた。
「これから数え切れないほどの首を刎ねるこの鎌の最初の犠牲者になること……光栄に思え!!」
「犠牲はこれ以上出させない!当然、ぼくの命もお前なんかにくれてやるもんか!!」
呼応するように両者前進!そして……激突!
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
「はあぁぁぁぁッ!!」
「オラアァァァッ!!」
文字通り火花散る攻防!ルシファーが華麗な二刀流を披露すると、ルミラウーガが大鎌ではたき落とし、逆に鎌の攻撃は二刀流に阻まれる!
それを目で追えないほどの凄まじいスピードで行っている。いや……。
「やるな!こうなったらフルスロットルでいかせてもらうぜ!!」
「なら、ぼくも……トップギアだ!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
「……何が起きているんだ……?」
ファルコーネを解除し、戦いを見上げていたツヴァイ、彼の人間を超えた目でもそれは捉えられなかった。
ただ何かの衝突音だけが、辺りから聞こえ、そしてところどころで空気が破裂しているような気がする……それだけしか彼でもこの戦いを理解できなかったのだ。
「お前も俺を置いていくのか……!!」
悔しさと怒りで、歯噛みするツヴァイ。
そんな彼を尻目に戦いはいつの間にか佳境に入っていた。
「ぐ、ぐあぁぁぁっ!?」
最初に姿を現したのはルミラウーガ。その身体はいつの間にか傷だらけになっていた。
「言ったろ……見ている世界が違うって」
次に姿を現したのはルシファー。こちらは傷一つ付いておらず、むしろ輝きを増しているような……。
「何故だ!?何故同じ特級なのに!中身だって同じなのに!!」
「そのもっと奥にあるものが違うんだ」
「奥……?」
「お前は自らの心に眠る恐怖と怒りを解放したと言った」
「そうだ!誰よりも欲望に忠実に生きているオレの方が特級の力を引き出しているはずだ!お前のように、自らの心に目を背けるような奴に負けるはずないんだ!!」
「君の気持ちはわからないでもない。ぼくは、いやぼくだけじゃない……みんな他人や世界を恨むことはある……あるけど、それと折り合いをつけて生きているんだ!逃げたり、目を背けたりしながら」
「それは弱さだ!!弱者の思考だ!!」
「違う!自分の中にある衝動に負けて、誰かを傷つける方がよっぽど弱くて情けない!!どんなに辛くても!どんなに他人を羨ましく思っても!それだけはしちゃ駄目なんだ!そんなことをしたら、本当に終わりなんだよ!!」
「だからそれが下らない常識に毒されているってんだ!!力を持つ者が、それを存分に振るう!それこそが生物として正しい在り方!!」
「いや、欲望だけでしか動けない生物は淘汰されるだけだ!!ましてや憎しみなんて……その薄暗い炎は最後は自分自身を焼き尽くす!!」
「すでに滅びが決まっている種族が何を言う!!」
もう一人のフィーアの感情が頂点に達すると、ルミラウーガはその形を人は異質のものへと変化させていった。
「滅ぶとわかっているから、儚い命だから!誰よりも“生きる”という行為に敬意を持ちたい!ルシファーはそんなぼくの想いに応えてくれた!!」
アインスもまた心を限界まで昂らせる。その気高き想いは二本の剣に眩い光を纏わせた。
「その綺麗事しか言えない口を……二度と利けなくしてやる!!」
「綺麗事を言い続ける強さから、逃げた奴なんかに、ぼくの剣は砕けない!!」
最後に勝つのは気持ちが強い方などと言うが、特級ピースプレイヤー同士の戦いではその言葉通り、意地と信念を貫き通した方が勝つ。両者はそれがわかっていた、いたから、自らの全てを発露し、その全てを得物に乗せて、撃ち込んだ。
ザァン!!
すれ違い様に一閃!お互いの最強にして最後の攻撃が刹那に交差した。
「……ぐっ!?」
最初に異変が起きたのはルシファー。腹部を切り裂かれ、痛みから体勢を崩す……それだけだった。
「フッ……ここまでかよ……がはあっ!!?」
バギャン!!
少し遅れて、ルミラウーガの全身に傷が浮かび上がり、装甲が弾けて、血が噴き出した。
意地と意地、想いと想いの勝負に勝ったのはルシファー、アインスであった。
「オレは黙示録の獣……この世に終焉をもたらす……魔獣……」
ルミラウーガが粉々に砕けながら、落下していくと、中からキラキラと光の粒子が舞った。
(これは……フィーアの身体か?最後の攻撃の前のルミラウーガの異形の姿、完全適合を超えて、暴走状態に陥っていた。心だけでなく、肉体までもが取り込まれたか……)
目の前を舞う光の粒子を見て、マスクの下でアインスは目を細める。
(せめて……せめて、遺体を回収して、きちんとお墓を作ってあげたかった。それさえもできないなんて……ごめんよ、フィーア……)
「ううん。君はよくやってくれた。ボクはそれで十分だよ、アインス……ありがとう」
「フィーア!?」
それは罪悪感から身を守るために防衛本能が生み出した幻聴かもしれない。だが、アインスはその時、確かにフィーアの声を聞いたのだ。
「……勝ったのか?」
「……何にだよ……!」
こちらを見上げ、問いかけるツヴァイにアインスは答えられない。
分厚い雲の隙間から日の光が漏れ、空に浮かぶ片翼のルシファーを照らす。その姿は神々しくも、とても寂しげだった……。




