鶴は生きざまに惑う
アインスはブラウリオを見据え、刀を構えた。
頭ではさっさと彼を倒し、先に行ったツヴァイと合流するのが最善だとわかっている。
しかし、今まさに戦いが始まるかと思うと、顔色が悪くやつれ、押せば倒れそうなこの男と本当に剣を交えていいのかと心が揺らいだ。
「……一応言っておきますけど、降参するっていう選択肢はないですか?」
「ないな」
「あまり体調が優れているように見えないのですが……」
「勘違いだ、お前の。おれは研ぎ澄まされている、かつてないほどな」
そう告げると、ブラウリオは腕輪を嵌めた手を翳した。
「『グアバンニトルトゥーガ』」
彼の言葉に反応し腕輪は光の粒子に、粒子から深緑の鎧へと変化し、彼の全身を覆う。
グアバンニトルトゥーガは彼とは真逆で丸みを帯びた重装甲のマシンであり、痩せ細ったブラウリオが装着すると、一気に身体が膨らんだように感じられた。
「これで同情する気はなくなったか?」
「そんなつもりは……」
「お前のその気持ちは人としては尊いかもしれんが、戦士としては不要だ。敵意を持って目の前に立ちはだかる者に剣を振るうことに躊躇などするな。例え相手が女だろうと子供だろうと老人だろうと病人だろうとな。ましてや相手も生粋の戦士ならば尚更だ」
その言葉を聞いて、アインスはこの相手は最後まで退くことはないと悟った。
「……ご忠告ありがとうございます。あなたを言葉で止めようなど無理な話でしたね」
「それでいい……今のおれが望むものは全力の闘争だけだ!」
「その想い……応えさせてもらいます!!」
晶鶴は白い翼を広げ、全速力でトルトゥーガに襲いかかった!
「てえぃ!!」
言われた通り容赦無く刀を撃ち下ろす!しかし……。
ガギィン!!
「くっ!?」
トルトゥーガが召喚した大きな盾によって刀は弾き返される。
「どうした?一発で終わりか?紛い物よ」
「くっ!!まだまだぁッ!!」
ガギィ!ガギィ!ガギィ!ガギィン!!
晶鶴はさらに上から下から横からと、絶え間なく斬撃を放ったが、その全てをトルトゥーガは盾で軽々と防いでしまった。
「成り上がり者のおれとボンボンのレクト、何から何まで真逆だったおれ達だったが、不思議と一点だけ気が合った。戦いにおいての矜持が似ていたんだ」
「戦いの矜持……?」
「あぁ……戦闘において最も重要なのは……防御だってな!!」
ガギィ!
「――ッ!?」
トルトゥーガは盾で撃ち込まれた刀を逆に跳ね上げる。そして……。
「防御こそが最大の攻撃!!」
ガァン!!
「――がっ!!?」
がら空きになった胴体にその盾をおもいっきり叩き込んだ!
晶鶴は会議室の中心にあった円卓に衝突、それを粉砕し、仰向けに倒れた。
「ぐうっ……!?」
腹も背中も痛むが、身体に鞭を打って起き上がろうとする。なぜなら……。
「そのままずっと寝ていろ!!」
トルトゥーガが盾を構えたまま飛びかかって来ているから。
ドゴオォォォォン!!
全体重をかけたプレスがさらに円卓を粉々に砕き、破片が舞い散る。けれどその中には白いものは混ざっていなかった。
「あなたこそ顔色悪いんだから寝てなさいよ!!」
晶鶴はすんでのところで立ち上がり、回避しており、そのまま側面に回り込むとや否や回転の勢いを乗せた今日一番の斬撃を放った!
「ガキが生意気言うな!!」
ガギィン!!
「――ッ!?」
けれどもこれもまた盾によって防がれてしまう。さらに……。
「はあっ!!」
「ッ!!」
ガッギイィィィィン!!
そのまま盾を構えてタックル!晶鶴は咄嗟に刀を横に構え、刃の背にもう一方の手を添えて全力で受け止めようとする……が。
「貧弱!!」
「ぐうぅ……!!」
力任せに押し込まれる!ガリガリと床を削りながら、晶鶴は壁の方に無理矢理後退させられてしまう。
「このまま押し潰してやろう!」
「壁と盾のサンドイッチとか……絶対にごめんだ!!」
ガァン!ガッ!!
「!!」
壁が今にも背中に触れようとする瞬間、力を振り絞り、盾を僅かに押し退け、その反動を利用して、自ら壁に向かい、蹴り上げ昇り、トルトゥーガの頭上を飛び超えた。
「総じて身軽だと聞いていたが、まるで曲芸師だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
お互いを向き直し、再び構えを……。
「ふぅ……」
晶鶴は構えを取らなかった。それどころか息を整え、肩を小さく回し、この状況でリラックスしようとしているように見えた。
「何のつもりだ……?」
仮面越しでも顔をしかめているのがわかるほど、トルトゥーガの全身から不快感が溢れ出た。
「別に挑発ではないですよ。むしろ敬意の現れだと思ってください」
「敬意……だと?」
「あなたの気迫漲る戦いぶり、戦士としての想い……それを目の当たりにして、ぼくも本気で応えないと駄目だと思ったんですよ」
「本気……お前は今まで……!」
「晶鶴」
アインスの声に応じ、左手にもう一本、新たな刀が召喚された。
「二刀流か……」
「ぼくが二本目を出すのは、同胞との訓練の時だけだと思っていたんですけどね……」
「その姿のお前と戦う人間は我が初めてということか……光栄だね」
「そう言っていられるのも、今のうちだけです……よ!!」
二本の刀を携えて、晶鶴突進!対して……。
「受けて立つ!……と、言いたいところだが、ここは慎重にいかせてもらう」
トルトゥーガの盾が開き、中からクリスタル状のものが露出した。そこから……。
「近づく前に撃ち落とす……!!」
ビシュ!ビシュ!ビシュウッ!!
ビームを乱射!光が弧を描きながら、晶鶴に迫る!
「遅い!!」
しかし、いとも容易く回避。晶鶴は光の線の間を優雅に泳ぐようにくぐり抜け、トルトゥーガまで一気に迫った。
「くっ!?」
「さぁ、ぼくの本気……存分に味わってください!!」
ガギィ!!
斜め上から振り下ろされた刀を先ほどと同じように盾で弾く……が。
「はあっ!!」
ガギィン!!
「――ッ!?」
逆方向からもう一太刀!対応できずにトルトゥーガは今日初めて本体にヒットを許してしまった!
けれど火花こそ散れど、傷はつかず。
「硬い……!!」
「防御が大事だと言っているのに、本体の装甲を盛らないわけにはいかないだろう」
「だとしても盾よりは脆いだろ!!」
ガギィ!ガギィ!ガギィガギィン!!
「ぐうぅ……!!」
回転しながら連続で剣撃を放つ晶鶴!
それをトルトゥーガは盾で防ごうとするが、スピードについていけず本体に食らってしまう。
ビギィ……!!
(くっ!?早くもか……!!)
深緑のボディーに亀裂が走る!予想より遥かに早い影響にブラウリオは衝撃を受ける……スピードでもパワーでもなく、アインスの技術に。
(力はそこまででもないのに、この短時間で我がトルトゥーガにひびを入れるには、同じ箇所に立て続けに攻撃を叩き込むしかない。口で言うには簡単だが、この速度の攻防でおれを相手にやるとなると、確かな技術と先を読む力がないと無理だ)
言葉とは裏腹にブラウリオの顔は綻んだ。
「それでこそだ!それでこそおれが全身全霊!魂を燃やし尽くして、戦う価値がある!!」
ガチッ!!
「――ッ!?」
盾で弾いてからの間髪入れずのぶん殴り!晶鶴は咄嗟に反応したが、胸先を僅かに掠めてしまった。
「さすがにこのまま押しきれないか……だとしても!!まだぼくの方が!!」
晶鶴はさらにギアを上げ、スピードを速めていく。しかし……。
ガギィ!ガギィ!ガギィ!ガギィン!!
「何!?」
先ほどよりも刀を繰り出すスピードを上げた……上げたのに、トルトゥーガの本体に触れることはなくなった。全ての斬撃を盾で防いでしまったのだ。
「もうぼくの動きに対応したのか……!?」
「これがブラウリオ・エンシナルだ!!これがグアバンニトルトゥーガだ!これが……おれの生き様だ!!」
ガギィ!ガギィ!ガギィ!ガギィン!!
刃と盾がぶつかり合う音だけが延々と響き渡った。
(もう反撃はさせない!相手の集中力が切れて隙を晒すまで徹底的に揺さぶってやる!!)
晶鶴はぴょんぴょんと軽快なステップでちょこまかと移動しながら圧倒的な密度で攻撃を続けることで、敵の反撃を許さない。
(防御こそ最大の攻撃、信念は揺るがない。おれの盾と正面からぶつかり合えば、先に限界を迎えるのはお前の細い刀の方だ!それだけのスピードで動いていればスタミナの消費も大きいはず……いずれ綻びが生まれる!おれはそれを見逃さない!!)
対照的にどっしりと地に足をつけたトルトゥーガは的確に防御することで、静かに相手の刃と体力を削り取ろうと画策していた。
相反する動きをする二人だったが、根底にある意識は同じ、長期戦を覚悟していた。この均衡した状態がしばらく続くことになるだろうと。
けれど、幸か不幸か、その覚悟は無駄に終わることになる。
一流の戦士達の戦いの勝敗を決するのは、技量でも想いでもなく、スタイルの差と別の戦いの決着であった。
ドゴオォォォォォォォォォォォォン!!
「「!!?」」
轟音と共に大地が揺れた!下の階でデンジェカがドライを道連れに自爆した余波だ!
これが二人の明暗を分けた。
「な……!!?」
影響をもろに受けたのは、地面を踏みしめ、構えていたトルトゥーガ!その揺れでほんの一瞬、ほんの僅かに体勢を崩す。
「今だ!!」
逆に爆発の瞬間、地面にいなかった晶鶴は全く影響を受けず。勝利の女神は彼に微笑んだのだ。
「天剣!鶴翼刃!!」
ザザザザンッ!!ガッギィィィン!!
「……がっ!?」
トルトゥーガのひびの入っている場所に一気呵成に叩き込まれる斬撃の嵐!衝撃は全身に波及し、深緑の装甲は粉々に砕け、待機状態の腕輪へと強制的に戻されてしまった。
膝を着き、見上げるブラウリオと、見下ろす晶鶴、二人の視線が交差する。この立ち位置こそが彼らの勝負の結果を強く物語っていた。
「……トルトゥーガが戦闘形態を維持できなくなるほど、やられるなんて……レクト以来だな」
「光栄ですね、偉大なる十二骸将と同じなんて」
「だが、何故おれを生かした?お前の実力ならあのまま始末できただろうに」
「えーと……それは刀が……」
「刀?」
「何回も盾に撃ち続けて、もう限界が近かったんですよ。あなたまで仕留めようとすると、もしかしたら途中で折れちゃうんじゃないかな?それは嫌だな……って」
アインスはいまいち歯切れの悪い返答をしながら、そっと目を背ける。
その姿にブラウリオは亡き友の影を重ねた。
「……フッ。照れ隠しにしょうもない嘘をつくところもそっくりだな」
「ぼくは別に嘘なんて……」
「おれのバトルスタイルは防御以上に、相手の状態を正確に測ることが肝だ。でなければ、ただのサンドバッグで終わるからな。断言してもいい、その刀ならおれは十分に殺せた」
「い、いや~、どんな達人でも間違えることがあるからな~……」
「頑固なところも似ている……だが、残念ながら、その優しさは無意味だ、このおれにはな……」
「え?」
「がはっ!!?」
「ブラウリオさん!!?」
血を吐き、倒れ込むブラウリオ!
晶鶴は反射的に刀を投げ捨て、彼を抱き止めた!
「ブラウリオさん!?まさかぼくが加減を……」
「違う……お前のせいじゃない……元々のおれの身体の問題だ……」
「――!?見るからに体調が優れないとは思いましたけど、ここまでとは……」
(ぼくもいずれは……)
アインスは自らの身体の変化を思い出し、恐怖で震え出しそうになった。
一方のブラウリオは顔は血の気が引いてどんどん青ざめていくのに、その表情はとても穏やかなものだった。
「異変に気付いた時は……正直怖かったよ……どんな敵よりもずっと……」
「でしょうね……」
「だが、悪いことばかりではない……」
「え?」
「最初に言ったろ?研ぎ澄まされたんだ、おれは。余計なしがらみを削ぎ落とせた……」
「しがらみ……」
「友を、レクトを救いたかった……だから皇帝陛下にあいつが反乱を起こそうとしていることを教えた……失敗するってわかってたからな。だから、皇帝に情報を教えるから、あいつの命だけは助けてやってくれと……」
「でも、その約束は守られなかった……あの人が自分に牙を剥いた人間を許すわけがない……」
「お前から見ても、そういう奴なのか、我らの皇帝は……」
思わずブラウリオは苦笑いを浮かべた。
「あなたはそれを恨みに思って……?」
「違うよ。皇帝の行動は残酷だが、何ら間違っていない……反乱分子に慈悲を与えても、付け上がるだけだ……レクト自身も国のトップを狙っておいて、許されるとは思っていなかっただろうし、奴がおれの立場なら厳格に対処すべきだときっと……」
「だったら……」
「おれも納得していた……していたが、自分の命が長くないと知り、何をやるべきかと考えた時、真っ先に出たのが、これだった……あの時のおれの行動は間違っていたのか……もしあいつの誘いに乗り、肩を並べて皇帝と相対していたら、どうなっていただろうか……どうしても試したくなったんだ……」
「それが全てのしがらみを削ぎ落とした先にあったあなたの望み……」
ブラウリオは小さく頷いた。
「お前もその時が来ればわかる……自分が本当は何をしたかったのかな……」
「ぼくが本当にしたいこと……」
「他人からどう思われても、貫き通せ……そこに善も悪もない……純粋な祈りだけ……がはっ!?」
「ブラウリオさん!!」
再度の吐血。身体の方も冷たくなって、感覚もほぼない。
ブラウリオは自らの最後を悟った。
「時間が……来たようだな……」
「そんな!?まだ!!」
「いや……もう十分だ……他人からはどう思われるかはわからんが……おれはおれの人生に……満足している……」
「ブラウリオさん……!」
「最後に……おれを倒した相手の名前を知りたい……どうか教えてくれないか……」
「それは……」
命を終えようとする尊敬すべき敵の最後の願いはアインスにとっては酷なものだった。
答えられるものなら答えてやりたいが、そもそも彼には……。
「……ないのか、名前……」
「はい……」
「そうか……では、地獄から祈っておいてやる……優しく強いおれを倒した勝者に……相応しい名前と……固い絆で結ばれた友ができること……を……」
「ブラウリオさん……!!」
まるで眠っているようだった。しかし、その目は二度と開くことはない……。
「アインス!!」
「――!!フィーア!フュンフ!!」
聞き慣れた声がした方向を振り向くと、ボロボロのシュライクとペンギーノの二人が立っていた。
そう、二人だけが……。
「二人とも無事で……えっ!?でも下の階にはドライが……もしかしてさっきの震動は……」
それどころじゃなくて考えてなかったが、勝負の決め手となったあの爆音と揺れは、ただごとではなかった。
では、一体あれは……いくら考えても最悪の答えしか出てこない。
「そんな……嘘だよね……?」
自らの頭を支配しているものを否定してくれることを願いながら、震える声で問いかけるアインスに、フィーアとドライは無言で目を伏せた。
それが答えだった……。




