百舌は刹那を突き刺す
「「はあっ!!」」
ガギィン!!
シュライクとドウジュンの再戦の火蓋は前回同様、ナイフとクナイの衝突から始まった。
「まだまだ!」
「もう一丁!!」
ギンギンギンギンギンギンギンギン!!
お互いに回り込むように移動するから、延々とずっと対角線上に相手はいる。
それにひたすら得物を投げつけるが、途中で迎撃されて、決してターゲットには届かない。
(やっぱり距離を取った戦いは同等か……なら、仕掛けますか!!)
先に動いたのはシュライク!地面を這うような短距離低空飛行で間合いを詰める!しかし……。
「悪いな……拙者はもうお前に近づくつもりはない」
ドウジュンは逃げるように背後の壁に走り出すと、そのまま駆け上がり、さらに天井を逆さまになりながら、シュライクの頭上を取った。
「天下のミドレイン城の絨毯に……張り付けになりな!」
天から降り注ぐクナイ!
「標本はごめんだ!!」
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
それをシュライクは背面飛行しながら、逆手持ちのナイフで全て捌き落とした!
「ボクを怖がるのは理解できますけど、近づかないと倒すことはできませんよ。まぁ、もちろんやられるつもりはないですが」
「それで挑発しているつもりか?悪いが乗ってやるほど若くもないし、熱くもない」
ギンギンギンギンギンギンギンギン!!
再び距離を取っての武器の投げ合い、ぶつけ合い。甲高い金属音が城内に響き渡り続ける。
(本当にこのまま接近しないつもりか?いや、あり得ない。きっと何か策があるはず)
(疑心暗鬼に陥ってるな。では、ご期待に応えようか……!)
ガシャン!
背後で音が鳴った。壁にかかった絵画が落ちたのだ。
「!!?」
ほんの一瞬だが、シュライクの意識が敵から離れる。
その一瞬でドウジュンは懐に潜り込んだ!
「しまっ――!?」
「ほいっと!!」
ザシュ!!
「――た!?」
背中から抜いた刀でそのまま防御しようとしたシュライクの左腕を斬り裂く!
けれど斬れたのは装甲とその下のフィーアの肉の部分だけ。切断することはかなわなかった。
「ちいっ!?」
「浅かったか。斬り落とすつもりだったんだけどよ~!まっ!最高ではなくとも最悪の結果でもない……当たっただけで十分よ!!」
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
先ほどとは打って変わってドウジュンはシュライクにべったりと張り付き、剣撃を放ち続ける!
「ぐっ……!!」
「絵が落ちたくらいで驚いちゃダメでしょ。幽霊でも出たと思ったか?」
「やはりあれはあなたが……!ずいぶんとセコい手を使うんですね……!」
「そのセコい手にまんまと引っかかった奴に凄まれても恐くねぇな」
「返す言葉もないですね……だけど、これくらいの傷で!!」
「かすり傷だとしても必ず影響は動きに絶対に出る。そしてそのほんの少しの違和感が拙者達レベルの戦いでは致命的!ギヤハ村の時より、ナイフの回転率が悪いぞ!!」
キンキンキンキンキンキンキンキィン!!
「――ッ!?」
水色の百舌は両手のナイフでなんとか防ぎ続けていたが、ついに切っ先を胴体に触れさせてしまう!表面にうっすらだが、一筋の線が描かれた。
「観客を盛り上げるためにそういうルールになっているスポーツと違って、戦いにおいて逆転ってのは本来起きないんだよ!一度優位を取った者がそのまま押しきる!!」
「そんなことない!ボクは圧倒的な優位からあなたに頭突き一発で逆転されましたから!!」
「言ってて情けなくならねぇのか!!」
「涙目で言ってます!!」
「涙目?だったら完全に泣かせてやらないとな!!」
ゴッ!!
「――ッ!?」
上に意識を向けさせてからの左膝関節にローキック!強制的にシュライクの視線が下がり、さらに痛みで項垂れると……ドウジュンの黒い膝が迫っていた!
ガァン!!
「――がっ!?」
百舌の頭が跳ね上がる!特に首が伸び切って、切ってくれと言わんばかりだ!
「今度はきっちり……斬り落とす!!」
首筋に容赦なく打ち込まれる一太刀!これが決まれば間違いなく決着だ!
ブゥン!!
「!!?」
けれど、シュライクはあえてさらに仰け反ることで回避!その目は逆にドウジュンの顎を捉えていた。
「ウラァッ!!」
チッ!!
「おっ……と!!」
順手に持ち替え、放った突きは顎の先を掠めるだけで終わった。
仕切り直しだとドウジュンはそのままバックステップで間合いを取る。
「今のはちょっと……ちょっとだけ焦ったぞ。ちょっとだけな」
「焦ったとかいう感情さえ起きないように、吹き飛ばそうとしたんですけどね……」
「多分、今のが最大にして最後のチャンスだ」
「あなたが助かるね。あのままどこまでも逃げていくなら、追わないでいてあげたのに」
「どうやら口の方はまだまだ回るようだな。だけど腕と……脚の方はどうかな!!」
そう猛々しく吠えると、ドウジュンは城の中を縦横無尽に動き始めた!古びた壁を蹴り、高そうな絵画を踏みにじり、きらびやかなシャンデリアの横を颯爽と通り過ぎる!そして……。
「ほらよっと!!」
ザンッ!!
「――ッ!?」
トップスピードですれ違い様に斬りかかる!シュライクがダメージを認識した時には遥か彼方に……行ったと思いきやの急速Uターン!
「おりゃあ!!」
ザンッ!!
「ぐっ!?」
あまりのスピードに反応できず。ただ呆然と斬られてしまった。
「どうしたどうした?もうおしまいか?降参か?」
「この……!!」
「そうだと拙者嬉しくて、小躍りしちゃうんだがなぁ!!」
三度目のアタック!けれど、今回はシュライクは黒の機械鎧の姿をその目に捉えていた……いたが!
「食らえ!!」
「やなこった!!」
ゴォン!!
「――がっ!?」
カウンターは不発に終わる。それどころかそのカウンターを避けながら、あろうことか蹴りでカウンターにカウンターしてきた!
ドウジュンはその反動を利用して、また手の届かぬところへ……。
「攻撃する瞬間を狙って……なんて、芸が無さすぎるぞ。まっ、今のお前はそれにすがるしかないんだけどな!!」
ザンッ!ゴォン!ザンッザンッ!ゴォン!
「ぐうぅ……!!」
前から後ろから右から左から、そして上から……ドウジュンの高速機動攻撃に、彼の言うシュライクは身体を丸め、カウンターのタイミングが来るまで耐えることしかできなかった。
そして、そんなタイミングは悲しいかな永遠に来ない。
(一見、ただがむしゃらに飛び回っているだけに見えて、その実わずかに緩急をつけて、こちらに動きを見切られないようにしている……!)
(こういう状況では自棄になって、一発逆転狙いで大振りしてくる奴も多い。実際のところ、仕掛ける側としては怖かったりするんだよな、そういうバカの方が。だけど……お前は決してそんなバカになれるタイプじゃない)
(下手に手を出すと、一気に持っていかれる……前回みたいに)
(元来の慎重な性格に加え、ギヤハ村でのことがトラウマになっている。だから決して不用意に手を出さない)
(カウンターが無理なら、同じ土俵に、スピード勝負で対抗するか?脚が使えなくてもシュライクには翼がある)
(脚がダメなら翼で飛べばいい……なんて、安易に考え実行してくれるなら楽なんだが、それもやらないだろうな、お前さんは)
(いや、飛ぶのは駄目だ。最高速こそ出るが小回りが効かないし、そのトップスピードを活かせる地形ではない。この狭い部屋ではむしろ単調な直線移動になって、カウンターの格好の餌食だ。この人なら、ドウジュンならそう動く)
(お前ならそう考えるよな、ナンバー05。だからお前は……)
(ここは耐える。脚は小突かれて体勢を崩されただけ、ダメージは大きくない。時間が経って痛みも引けば、基本スペックではボクが上回っているんだから、いくらでも対処できる……!)
シュライクはさらに身体を丸め、防御を固める。
それを見てドウジュンは……嗤った。
(やはり一番堅実な方法を選んだな!拙者の読み通り!わかり易くて助かるよ!!)
ガシャン!!
また右横の方で絵画が一枚床に落ちた。しかし、先ほどと違い……。
(懲りずにセコい手を!もう引っかからないぞ!)
シュライクは反応しない……ドウジュンの狙い通り。
バシュッ!ズシュウッ!!
「――!?何!?」
突如として、右太腿に衝撃が走る!シュライクが反射的に何が起きたか確認するために、そちらを向くと……。
「なっ!?」
落ちた絵画のあった場所にボーガンが設置されていた。そこから発射した矢が右太腿を抉ったのだ!
(最初ただ絵を落としただけだったのは、このボーガンの、本命のための布石か!てっきりただ意識を散らすためのものだと……すり込まれ、注意を怠った!!)
後悔先に立たず。再び脚にダメージを受け、シュライクは膝から崩れ落ちる。
その背後からドウジュンが刀の切っ先を向けて突っ込んでくる!狙うはただひとつ、心臓だ!
(読み合いで拙者に勝てるわけないだろうが!もらったぞ!理をネジ曲げし者よ!!)
ガギィ……
「な……何ぃ!!?」
刀は貫いた……シュライクの翼を。
シュライクは翼を背中の方に折り畳み、盾代わりにしたのだ。
「どうせ使えないなら!!」
ギィン!!
さらに百舌は手に持ったナイフで自らの翼を斬り落とし反転、ドウジュンに逆に迫る!
「くそ!?」
ドウジュンは翼に刺さり、抜けなくなった刀から手を離し、後退する。
ガチッ!
「くっ!?」
「フッ!」
ナイフはまた僅かに届かず。ドウジュンの鼻先を掠めただけにとどまる。
「ぐあっ!?」
そして着地したシュライクが再び右太腿の痛みで体勢を崩し……。
「今度こそおぉぉぉぉッ!!」
この機を逃すまいとドウジュンの再アタック!着地と同時に地面を蹴り出し、また前に。勢いそのままにクナイを持った右手を突き出す。
「今度もくそもない!!」
ヒュッ!!ガシッ!!
「くっ!?」
その腕を掴み、攻撃を防ぐ!さらに……。
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
痛みに耐え、傷ついた右足を振り抜く!
「させるか!!」
ガギィン!!
「ぐっ!?」
「はっ!残念だったな!!」
しかしそれもドウジュンは左腕でガードした。いや……。
「あなたがね」
ザシュウッ!!
「……え?」
「ボクの勝ちです……!」
ドウジュンの首を鋭利な刃が、シュライクの右爪先から伸びた刃が貫いた。
絵画が落ちてから僅か数秒、その数秒の中での濃密な攻防の果てのあっけない決着であった。
「……ギリギリでしたけどね」
シュライクがそう言いながら、刃を引き抜き、足を下ろすと、ドウジュンは傷口を抑えながらへたり込んだ。けれど、溢れる血液を完全に止めることはできずに指の間から真っ赤な汁がドロドロと滴り落ちる。
「……しくじったな……まさかこんな奥の手……いや、奥の足か?この場合……我ながら、この状況で言うセリフかね……」
今渡の際に何を言っているんだと、ドウジュンは自嘲した。
「その様子だと知らなかったみたいですね。正直この戦いはシュライクの武装を完全に把握されているかどうかの勝負でした」
「ミドレインに雇われ、諜報員の真似事をしていた拙者の最後を決めたのは、情報の有無か……笑えないな……」
「ボクの方も笑う気になりませんよ。今、言ったように薄氷の勝利でしたから。本当ならもっと足技の間合いを見切らせてから、ここぞという時に暗器発動でスマートに勝ちたかった」
「そうだな……もしあの一撃、背後からの一撃を翼でガードしなかったら……拙者が勝っていた……」
「ええ、でしょうね」
「何故読めた……?あれは咄嗟の判断ではなかった……きちんと事前に想定していた動きだ……」
「あなたのおかげですよ」
「拙者の……?」
「ギヤハ村でボクが急所を狙わないから、生け捕りしようとしているのがバレバレだと指摘しましたよね?まるであの時、いえ今の戦いもあなたはボクの心を手に取るように理解していた。そんなあなたに勝つために、ボクはあの日からあなたがどう考え、どう戦うかばかり考えてきたんですよ」
「拙者のことを……」
「あなたは隙を作ること、そして突くことに長けていて、命を奪うことに躊躇がない。もしボクが体勢を崩したら一撃で仕留められる首か心臓を狙ってくるだろうと……そうなった時のシミュレーションを脳内で積み重ねてきました。いざという時翼を犠牲にするパターンもね」
「……どうりで」
ドウジュンは鼻で笑った……自らを、完敗だと。
「敵の心を読み、心理的に揺さぶってくるは自分だけではない……相手だって同じ手を使ってくるという可能性をいつの間にか……雑魚とばかり戯れて、忘れていたな……慢心、油断していたのは拙者の方だった……か……」
流れる血液の勢いが弱まるのと比例するように、ドウジュンの声が掠れ、小さくなっていった。終わりが近いのだ。
「最後に一つ、いいですか?」
「なん……だ?勝者は……全て……得ることができる……」
「あなたの……あなたの本当の名前は?」
「……ずいぶん昔に捨てたから……覚えていない……よ」
それ以降、名を捨てた男の声がこの世界に響き渡ることはなかった。
「捨てることができるのは、持っている者だけ……ボクは、ボク達はそもそも……なんだか勝った気がしないや……」




