戦うべき相手
門の先にあったのは拓けた空間であった。城に向かって真っ直ぐと道が伸びており、端の方には人形が置かれていて、どうやらここで兵士達は訓練することもあったようだ。
「いいね。これだけ広ければなんでもできそうだ。フットサルでもするか?それともバスケの3×3」
「しないわ。というか、人数が足りないだろう」
「まさかあのメイドを誘うつもりじゃあるまいな」
城の玄関の前で、一人のメイドが背筋を伸ばして立っていた。念のために彼女から離れたところで一行は止まる。
「話は聞いていたか?バスケでもやらない?」
「聞いていましたが、却下されてましたよね?」
「だから、君からこいつらを説得してくれると助かるんだけど」
「それはできません。城の中であなた達を待っている人達がいますから。決着をつけるためにね」
(ドウジュン……)
(デンジェカ……!!)
フィーアは村で出会った傭兵を、ドライは森で戦った執事の顔を思い出して、マスクの下で顔を強張らせた。
「へぇ~……つーことは、あんたはそれを伝えるメッセンジャーってこと?なら、役目を終えたなら、さっさと逃げな。レディーをいたぶる趣味はない」
「気遣いありがとうございます。ですが、わたくしもまた決着をつけたい相手がいるので」
「……何?」
「あなたですよ……ナンバー05」
瞬間、メイドのブローチが光を発し、可憐な彼女を無骨な鎧が覆っていった。
「あれは……キュウリおっさん!?」
「キュリオッサーだ、アインス」
「確か電子戦が得意なマシンで……」
「某が戦った執事はピースプレイヤーの遠隔操作に使っていた」
「そんなマシンを装着し、このわたしを指名するってことは……」
「!!」
突然、辺りがさらに暗くなった。五人が見上げると、何かが、何かうねうねと何本もの足を生やした得体のしれない巨大な物体が空から落ちて来ていて、それが影をかけていたのだ。
その姿にアインス、ツヴァイ、そしてフュンフは見覚えがあった。
「マジかよ……」
ドスウゥゥゥゥゥゥン!!
「ショクウゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
土煙を上げながら着地したのは、聖なる泉の中で三人を絶望の底に沈めようとしたオリジンズ、ティラーマーピであった。
「淡水どころか、地上でも活動できるように改造したのか……」
「はい。自己紹介が遅れましたが、わたくしは『ティルダ』。ミドレイン城でメイドをしながら、ご主人様達のお役に立つペットを開発している者です。以後、お見知りおきを」
悪びれることもなく、淡々と頭を下げるティルダ。
その姿にフュンフは強い憤りを感じた。
「……お前ら、先に行け」
「フュンフ!?あれはぼく達三人で力を合わせてなんとか退けた相手だよ!?君一人でなんて……」
「逆に考えれば、それだけの奴をわたし一人で引き付けられるってことだ。決して悪くない」
「でも……」
「いや、フュンフの言う通りだ。悪い判断ではない」
「ツヴァイ……」
「そんなに心配なら、さっさと敵の大将の首を獲ればいい。そうすれば、あのメイドさんも戦う理由がなくなる」
「その通りでございます」
「ほら、そう言ってる」
「ううっ……」
アインスの意見は味方だけでなく、あろうことか敵にさえ否定されてしまった。
「……わかった。フュンフ、ここは君に任せる」
「ぐだぐた言ってないで、最初からそうすればいいんだよ。そもそもお前がわたしの心配をするなんて、百年早い」
「その言葉が真実だって証明してくれよ……」
「言われなくてもそのつもりだ」
後ろ髪を引かれながらもアインス他三人はペンギーノを残し、メイドとオリジンズの横を通り過ぎて行った。
「これで望み通りのシチュエーションだぞ、メイドさん」
「ええ、これであの子の仇を討つことに集中できます」
「あの子?母親ぶるんじゃねぇよ。子供を嬉々としていじくり回して、あまつさえ戦わせるのは……ただの狂人だ」
城に入るとこれまた広い空間が広がっていた。きらびやかな絵画や調度品が目を引くが、一番目立つのは正面の大階段!……に、座っている黒いピースプレイヤー。
「ドウジュン……!」
「よお、待ってたぜナンバー04。あの時の続きをしよう」
「皆さん」
「わかっている」
「気をつけてね」
今回もシュライクだけ残し、他のメンバーは階段を駆け上がって行った。
「拙者としては、別に全員でかかって来られても良かったんだがな」
「それじゃあボクの気が済まない」
「あれだけ痛い目を見たのに勇敢……いや、バカというべきか?」
「ボクがどっちになるかは勝敗次第。儚い人生、嫌な記憶を払拭できるものなら、払拭するってのがボクの流儀です」
上の階は食堂らしかった。長いテーブルが並んでいて、かつては活気に溢れていたのだろう。
しかし、今日この日待っていたのは、もてなしの料理ではなく、一人の品のある老人一人だけであった。
「ご機嫌よう。理をねじ曲げ産まれし皆様」
「別に機嫌が特別いいというわけではないがな。だが……貴様のその軽口を二度と聞けなくすれば、多少は気分が晴れるか」
「左様ですか。ですが、それは不可能かと」
「できるできないではなく、やるかやらないか……と、本には書いてあった。某はそれに準じて……やらせてもらう。お前ら」
「「任せた」」
肩越しに目配せすると黄金の隼と純白の鶴は短いが、だからこそ信頼していることが伝わる言葉をかけ、先を急いだ。
「……ところで今日は人形遊びはしないのか?」
「それじゃあ満足できないでしょう……あなたは」
「どんな手を使おうとも、貴様ごときが某を満足させられるとは思わない」
「その自信……粉々に砕いてあげましょうか」
「ねぇ?今の執事さんで、ぼく達が会ったことある相手は全部だよね?」
「あぁ、あれで全部だ」
「ってことは残りはエウテイア・ミドレイン一人、もしくはまだ知らない強豪がいるのか……まさかレクト・ミドレインがやっぱり生きているってことは……?」
「悩む必要などない……すぐにわかるからな」
二人がたどり着いたのは会議室。その奥に一人の顔色の悪い男が座っていた。
彼にはアインス達は会ったことがなかったが、とある理由から知っていた。
「あの顔、だいぶやつれてるけど、ここに来る前に資料で確認した」
「『ブラウリオ・エンシナル』。レクトの反乱を皇帝陛下に密告した男だ」
「そうだ。おれはブラウリオ・エンシナル。ある人にとっては忠義のために泣く泣く親友を切り捨てた悲劇の男だと奉り上げられ、またある人にとっては自己保身のために友を裏切ったクズと蔑まれる惨めな男さ」
ブラウリオは微笑んだ、心の底から自分の人生を侮蔑するように。
(この人は……)
そのもの悲しそうな表情にアインスはどうしようもなく心を揺さぶられた。
「悔恨か転んで頭を打ったか……理由はどうあれ皇帝陛下とグノスに弓を引くならば、この俺が裁きをくれてやろう」
ファルコーネは剣を召喚し、一歩前に出ようとした……が。
「待って」
晶鶴が手を伸ばし、制止した。
「……貴様がやるというのか?」
「うん」
「見るからに弱っていて、エウテイアよりより相手をしやすいから……なんて短絡的な考えで行動する奴ではないよな、貴様は」
「お年を召したエウテイアと戦うのは、気が引けるとは内心思ってたけどね。だけど彼と戦いたいのは……彼のことを知りたいから」
「戦いの中でわかりあえるかもなどと思っているなら、やめておけ。あれはドライの好きな夢物語の中の話だ。一度始めたら、どちらかが死ぬまで終わらんぞ」
「わかっている。戦うからにはきちんと……勝つつもりだ」
両者の視線が刹那交差する。たったそれだけツヴァイはアインスの言葉に嘘がないと理解できた。
「ならばよし。勝てとは言わん。せめて俺がエウテイアを仕留めるまでもたせろ」
「なんでテンション下がるようなこと言うかな……」
「そういう性格なんだ」
「知ってるよ、嫌というほどね」
二人は拳を合わせると別々の方向を向いた。ツヴァイはさらに上に続く階段に向かい、アインスはブラウリオを見据えて、その場に残った。
「待たせたね」
「いや、気にするな。友との最後の別れはちゃんとしておかないと、永遠に後悔するからな」
「あなたが言うと、言葉の重みが違いますね。けれど……生憎これを最後にするつもりありません」
一人になったファルコーネはそのまま上へ上へとひたすらにミドレイン城を駆け上がった。
そして到着したのは、かつての王が座っていた玉座が残る謁見の間。その椅子に白髪頭の老人が腰をかけていた。
「エウテイア・ミドレインだな?」
「いかにも。誰が来るかと思っていたら……黄金か」
「そうだ、俺は金色の刃。そのうじの湧いた白髪頭とみすぼらしい胴体を切り離すために遥々と来てやったぞ……!!」
ミドレイン城で過去に縛られし者達と、今しかない者達との虚しい決戦が始まる……。




