亡霊
その黒いピースプレイヤーは近寄り難い雰囲気を纏っていた。
物理的に全身の至るところに刺が配置されているのもあるが、それ以上にどこか高貴な印象があり、不思議な威圧感を放っている。
何も知らない者でもそう感じてしまうのだから、それが十二骸将のマシンだと知っているグノス臣民なら尚更だろう。
「まさかお前と、あの『エンハバロン・ヒュストリクス』にお目にかかることができるとはな」
しかしドライは違う。なに食わぬ顔で構えを取り、戦う決意を固めた。
「このオレを前にして動じぬか」
「いや、十分驚いているさ……とっくの昔に死んだ人間が目の前に現れて」
「そうは見えんが」
「驚き以上に合点がいった。数年前にクーデターを画策したが、信じていた友に裏切られ計画は露見。密告を受けた皇帝陛下が自ら出陣し、信奉者は皆殺し、首謀者であるお前も重症を負ったまま海に落ち、行方不明……」
「……よく知っているな」
「知っていたのに、今の今まで思い出せなかったことを恥じる。その時の生き残り、もしくは感化された者が今回の事件を起こしたというなら全て納得がいく。某達が戦った者は士気も高く、動きも悪くなかったが、どこか実戦経験不足を感じさせた。ここ最近集めたばかりで、秘密裏に訓練することしかできなかったのだな?」
「悔しいがその通りだ。本当はもっと念入りに準備を整えるはずだったが、ターゲットの一人であるゲスナーが急に鉄壁の宮殿を抜け出したりしたから……このチャンスは逃すまいと動かざるを得なかった」
「あのジジイ、本当に余計なことを……!」
ドライは生みの親とも言える存在を心の底から侮蔑した。
「そこからはノンストップだ。以前から計画していたこの森に落下した特級素材の奪取、ギヤハ村でゲスナーの秘密研究所の調査……同じか君達よりももっと我らは実のところあわただしかったし、焦っていたんだよ」
「その割には行く先々で、某達を始末しようと待ち構える余裕はあるみたいだが」
そう言いながら、グラウクスは姿勢をさらに低くした。
「皇帝に代わり、またこのオレを、レクト・ミドレインを殺すつもりか?」
「また?死んだ人間は生き返らない……この世のどこかにあるという禁忌の魔石でも使わない限りな」
「オレがそれを使って甦った可能性は?」
「ゼロではない。皇帝陛下が仕留め損なってレクト・ミドレインが生きていた可能性もなくはない。だが、それ以上に一番可能性が高いのは、お前がかつての反乱の英雄の名前を語る不届き者だってことだ」
「……何がレクト・ミドレインだな、だ。最初から別人だと疑っていたんじゃないか」
「某は死者には礼を尽くすが、幽霊は……信じない!!」
グラウクス突進!両手を広げ、ヒュストリクスを掴みにかかる!
「殻を剥いて、中身を確かめてやる!!」
「オレはレクト・ミドレイン……だよ!!」
ガシュッ!!
「ちっ!!」
グラウクスの攻撃はヒュストリクス……ではなく、その後ろにあった木に炸裂した。凄まじい握力によってまるでプリンをスプーンで掬ったように、幹が抉り取られた。
一方、本来のターゲットであるヒュストリクスは悠々とグラウクスの背後に回り込んでいた。
「なんという握力……マシンの力か?中身の力か?」
「両方だ!五人の中で最も身体能力の高い某の力をプロジェルグラウクスはさらに増幅する!その結果、ただの掴むという動作が必殺の一撃となるのだ!!」
高らかに自分の優秀さをアピールすると、グラウクスは反転、もう一度ヒュストリクスを掴みにかかる!しかし……。
「素晴らしい……素晴らしいが、エンハバロン・ヒュストリクス相手には無意味だ」
ザッ!!
「――何!?」
グラウクスの手がヒュストリクスの身体に届こうとした瞬間、彼の身体中にところ狭しとついていた刺がさらに鋭く、そして伸びた!
「くそ!?これでは……!!」
たまらずグラウクスは手を引っ込め、後退する。
「我が愛機、ヒュストリクスは攻防一体のマシン!不用意に手を出す不埒者は皆、串刺しの刑だ!!」
黒い刺々に包まれたマシンはさらに刺付きのメイスを召喚!容赦なく殴りかかった!
ブゥン!!
「……さすが」
けれどグラウクスはその巨体に似合わない軽やかさで回避した。
「こんな仕事をしているんだ、死に方を選べるとは思っていないが、串刺しだけはごめん被りたい」
「それを選べるのは君じゃない!!この戦いの勝者だ!!」
ブンブンブンブンブンブンブゥン!!
重い風切り音が祈りの森に響き渡る。
ヒュストリクスはメイスを振り続け、グラウクスはそれを避け続けた……ドライにはそれしかできなかった。
(選択権は勝者にあるか……ごもっとも。某が生きるためには、このマシンを再び冥府に叩き落としてやる必要があるのだが……相性が悪いな。基本スペックを重視して、武装を装備していない前世代的なグラウクスではあの鬱陶しい刺メイスを受け止めることも、刺に守られた本体に反撃することもできん。こうなるとわかっていたら、フィーアを寄越した方が……いや、そういう風に仕向けられたのか?)
ドライの頭に泉に引きずり込まれる黄金と、それを救出に向かう黒い同胞の姿がフラッシュバックした。
(こいつの能力に対抗しやすいのは、我ら五人の中では盾と剣を装備しているファルコーネと強力な遠距離武器を装備しているペンギーノ、そしてナイフ投げを得意としているシュライクだ。だから敵はまずファルコーネを狙った。あいつが泉の中に引きずり込まれれば、水中適正のあるペンギーノが追う。シュライクは前回の戦いのダメージが残っているから自分の姿を見せても追跡して来ないと踏んだんだろう。狙いは最初からグラウクスと晶鶴。できれば某と一対一に持ち込みたかってであろう奴からしたらファルコーネのついでに晶鶴を捕まえられたのは最高の展開だったんだろうな……アインスのバカの運無しめ)
ドライはマスクの下で顔をしかめて、迂闊で不運な同胞を恨んだ。
(まんまと奴にとって最良の状態、某にとって最悪の状況に陥った……はてさて、どうしたものか)
回避運動を続けながら、ドライは周りを観察した。勝機を見出すために。そして……。
(……あれでいこう)
グラウクスは今まで以上に勢い良く後退!ピョンピョンと飛び跳ねながら、ヒュストリクスと距離を取ろうと疾走する。
「逃がすか!!」
そうはさせまいと、黒のマシンも加速!全速力で追跡すると、距離が徐々に縮んでいった。
「それで全力か?思いのほか鈍いんだな」
「ぶっちぎったら、お前が諦めるかもしれないだろ?だから、手を、いやこの場合は足を抜いてやったんだ」
「……何?」
「ここまで引き付ければ……もう十分だ!!」
「!!?」
グラウクスは今のセリフの正しさを証明するように一気にスピードを上げ、追跡者を引き離した。
そして、木の、最初に自慢の握力で幹を抉り取った木の後ろに回り込んだ。
「まさか!!?」
「今さら気づいたところで、もう遅い!!」
ゴォン!!
グラウクスが全力で木を蹴った!すると……。
バキッ!!
木は折れ、そして倒れる……ヒュストリクスに向かって。
ドゴオォォォォォォォォォン!!
「――ッ!?」
加速していたために急停止、方向転換ができなかったヒュストリクスは木の下敷きに。さらに身体中の刺は敵ではなく、木の幹や地面に突き刺さり、動きを阻害する。
「自慢の攻防一体の針が仇になったな……その状態ではすぐに脱出はできまい」
グラウクスは木に足をかけ、より深くヒュストリクスを地面に押し付けた。
「貴様のその針が防衛機構として役に立つのは、機動力を伴っている場合だけ。止まっているなら、いくらでも隙間を狙うことができる」
身体を屈めるとゆっくりと宣言通り針の隙間を縫って、指を伸ばした。
「某が敵を屠るのに助走や溜めは必要ない。この指が触れさえすれば、ありとあらゆるものを削り取れる」
「だろうな。ヒュストリクスも針はともかく本体の装甲は並みのピースプレイヤーと変わらん。君の力ならいとも容易く引き裂けるだろう」
「……ずいぶんと余裕だな。死もさすがに二回目となると、慣れたものか」
「覚えておけ、理を歪め、捻れさせて産まれし者よ。肉体は滅びても、想いは受け継がれる!!」
バシュバシュッ!!ザクッ!!
「――がっ!?」
ヒュストリクスは身体の刺を発射!不意を突かれたグラウクスはそれをもろに食らってしまう……目に。
「しまった!?カメラが!?」
「実戦経験が乏しいのは、君自身もだったな!!最後まで油断大敵だよ!!」
ドォン!!
「――ッ!?」
ヒュストリクスはグラウクスごと木を押し退け、拘束から脱出!勝利を確信していた灰色の梟は急転直下、意趣返しされたように無様に地面を転がった。
「くそ!!」
それでもすぐに立ち上がり、戦闘態勢を整える。けれど、敵の姿は見えない。戦闘において一番大切と言っても過言ではない視覚を奪われてしまったから……。
(カメラは完全に死んだな。レーダーは……反応しない、対策済みか……マスクだけオフにするか?だが、頭部の防御を捨てるのはあまりに危険。奴も追い詰められた某がそうすることを読んで、今も虎視眈々とその瞬間を待っているだろうしな。では一体、某はどうすれば……)
ゴォン!!
「――ぐはっ!?」
突然の衝撃!背後から左脇腹をおもいっきり殴られた!目の前を灰色の破片が飛び散るが、それも視認できずにグラウクスはただ吹き飛んだ。
「この!!」
なんとか空中で体勢を立て直し着地。腹を押さえたその感触、流れ出る温かい液を感じ、漸くダメージの深刻さを把握する。
(一撃で装甲が粉砕され、刺が内部の某にまで到達している。一か八か攻撃を受けながらのカウンターは使えないな。本体から生えた針の件もあるし、ダメージレースでは、まず勝ち目がない……!)
額から頬に冷や汗が伝った。生まれてから最も追い詰められているのだから当然だろう。
だが、同時に妙に冷静になっている自分にドライは驚いていた。
(不思議な感覚だ。窮地に立たされているのに、取り乱すどころか心がいつもよりずっと静かになっていく。これは諦めなのか、それとも生きるためにそうすべきだと本能がさせているのか……何にせよ、この感覚に身を委ねよう。理を捻曲げて産まれた我らの中に眠る生存本能に……)
マスクの下で目を瞑る。どうせ見えないならばと自棄になっているわけではない。少しでも余計なものを削ぎ落とすために……。
「………そこか!!」
ブゥン!!
「何!?」
目が見えてないはずのグラウクスがヒュストリクスの攻撃を避けた!想定外の事態に、黒のマシンは一目散に離れる。
(慎重だな……追撃ではなく、間合いを取ることを選択したか)
そして、その行動を目を瞑ったドライは正確に把握していた。
(人間を超えた感覚を持っていると言われていたが、まさかここまでとは……気配が手に取るようにわかる。これが我らの、いや某の真の力。グラウクスに余計な武装が付いていないのも、この感覚を阻害しないためだったのかもな)
ドライはさらに全身の神経を研ぎ澄まし、索敵範囲を広げた。そして……。
「……なるほど。そういうことだったのか!!」
突然のダッシュ!しかし何故かヒュストリクスにではなく、真逆の森の中に向かって。
「な!?貴様!?」
それに対し、ヒュストリクスは……動かない。ピタリとその場に呆然と立ち尽くした。
「追って来ないか……そりゃそうだ!操作している余裕なんてないものな!!」
グラウクスは手を何もない空間に振り下ろした!
ビリリッ!!
「くっ!?」
すると、何もなかったはずの空間が裂け、別のピースプレイヤーが姿を現す。それと同時に……。
バタン!!
背後にいたヒュストリクスが受身も取らず、前のめりに倒れた。
「キュリオッサー……小細工をするにはちょうどいいマシンだな」
ドライはグラウクスのマスクをオフにして頭部を露出、敵の姿を確認した。それは戦闘型のマシンではなく、電子戦に特化した機体であった。
「気配を消すのには絶対の自信があったのですが……いやはや参りましたね」
キュリオッサーの中から聞こえてきたのは、年老いた男の声。喋り方も先ほどまでのヒュストリクスとは全く違っていた。
「演技力も中々だったぞ。本当にレクト・ミドレインが地獄から甦ったのかと思った」
「それは当然のこと。ワタクシ『デンジェカ』は長年ミドレイン家に仕える執事であり、レクト様に戦いのいろはを教えた指南役でもありますので」
「どうりで強いはずだ……遠隔操作でも。あまりに緻密な動きをするんで、最初は疑いもしなかった。だが、視界を潰したのが仇になったな。某に眠っていた新たな力を目覚めさせ、下らない茶番だってことがバレてしまった」
「そのようですね。そもそも木を倒した時に避けられなかったのがいけない。遠隔操作ゆえにコンマ数秒反応が遅れ、まんまとあなたのしょうもない策に引っかかってしまった」
「まるでヒュストリクスを装着していたなら、某に勝てたみたいな言い草だな」
「そう言っているのです。模造品であっても偉大なる十二骸将の鎧であり、愛弟子の愛機を気軽に使う気が起きなかった。その感慨がこの戦いの勝負を分けた」
「反省したところでもう遅い。お前には洗いざらい一連の事件について話してもらうぞ」
そう告げると、ドライは改めて構えを取った……が。
「話すことはありませんよ。というかヒュストリクスを見た時、そしてワタクシが名乗った時点であなたなら全て理解しているでしょう?この事件の黒幕と、次にどこに行けばいいのか」
「だとしても、お前を逃がす理由にはならん」
「無理をなさるな……まだ脇腹の傷が痛むはずでしょ!!」
カッ!!
「くっ!?」
瞬間、キュリオッサーが光を放ち、形が変わっていく!
「『界雷・烈』!!」
光が収まり、出てきたのは大きな銃を抱えたバリバリ戦闘用のピースプレイヤーであった。
「今日のところは……ご機嫌よう」
バシュン!バシュン!バシュン!!
「ちいっ!!?」
界雷・烈が銃を乱射すると、ドライはたまらず後退、回避に専念した。
その間に界雷・烈も後退し、森の中へ……。
「……逃げられたか。追うにしても……あいつの言う通り、万全じゃない今の某では厳しいだろうな」
ドライは痛々しい左脇腹をそっと撫でた。
「ッ!?アドレナリンが出て、痛みを誤魔化せていたが……それも限界」
「ドライ!!」
痛みに耐え、歯を食いしばるドライの元に他の四人がやって来た!もちろんシュライク以外はボロボロのまんまだ。
「お互いしてやられたな、フュンフ」
「憎まれ口を叩けるようなら、大丈夫そうね」
「とにかく無事で良かったです。遠くから大きな音が聞こえた時は何事かと」
「木を倒した時か。それを頼りに某のところに」
「そういうこと!それよりも実は敵の正体について、目星がついたかも――」
「レクト・ミドレイン」
「「「!!!」」」
「お前も気づいていたか……」
「というより、今しがた色々あってな……」
ドライは皆と別れてからの話を詳細に、かつ簡潔に説明した。
「やはりレクト自身が生きているわけではなく、その意志を継ぐ者か……」
予想が確信に変わったのだが、ツヴァイの顔はちっとも嬉しそうじゃなかった。
彼の予想が正しいということは、より大変な戦いに身を投じなければいけないということなのだから……。
「執事が来いと誘っているのは、グノスの大貴族ミドレイン家が所有する……」
「その名も『ミドレイン城』でしょうね」
「そしてそこで待ち構えるのは反乱の十二骸将レクト・ミドレインの父であり……」
「自身も元十二骸将にして、歴代の中でもかなり実力者と目されてるっていう……」
「『エウテイア・ミドレイン』……!!」
五人は息を飲み、事件の黒幕にして、最大の障害である老将に思いを馳せた。
だが、その想像以上に過酷な現実が、彼らの運命を大きく変える激闘が待ち受けていることまではこの時の彼らには思い至らなかったのである……。
「……ここで我らがやるべきことは全て終えた。後のことはヘマした神官達や、他の部隊に任せよう」
「だな。わたしはもうくたくただ」
「同じく。マシンの方も休ませてやらないと」
「大変でしたね、皆さん。今回はボクはあたふたしてるだけでしたよ」
四人は武装を解除し、他愛もない会話をしながら、森を出るために歩き出した。
アインスもまた晶鶴を脱ぎ、彼らの背中を見ながら、最後尾につく。
(本当にみんな無事で良かった。次もこうなるといいんだ――)
「ゴホッ!!」
突然咳き込んだ。反射的に、手で口を抑えると、嫌な湿り気を感じた。
「風邪なんてぼくらは早々引かないと思――ッ!!?」
アインスは驚愕、いや戦慄した!手のひらが赤く染まっていたのだ!突然、血を吐いたのだ!
「これは……そんな……いくらなんでも早すぎる……!?」
覚悟はしていた、しているつもりだった。しかし、実際にその時が訪れるとアインスはただただ恐怖し、絶望するしかなかった……。




