闇に駆ける③
「ぐっ……!!」
「………」
ナイフと刀を押し合い、至近距離で視線が交差する。力は拮抗していて、この膠着状態が暫く続くかと思われた……が。
「……フッ」
「え?」
突如として黒いピースプレイヤーが引いた。後ろにぴょんぴょんと下がり、間合いを取ったのだ。
「……このまま去ってくれるならありがたいんですけど……」
「嘘をつけ。先ほどの戦いぶりを見て、貴様が怒り狂ってないと思わない者はいないだろうさ。拙者を逃がす気など更々ないのだろう?」
「……ご名答!」
シュライクはナイフを投擲した!しかし……。
キン!!
しかし、今までの奴らと違い黒いピースプレイヤーにはあっさり刀で防がれてしまった。
「さっきまでの雑魚と一緒にするなよ。この『ドウジュン』、そう簡単にはやられはせん」
「ドウジュン……それはピースプレイヤーの名前か?それとも中身の名前か?」
「答える義理はないが、答えてやろう……どちらもだ」
「……はい?」
「このピースプレイヤーの名前だが、今は拙者自身の名前でもある。この仕事を始めてから本当の名前は捨てた」
「名前を……捨てただと……!!」
フィーアの胸の奥でどす黒い感情が溢れ出た。彼に、いや彼らにとって名前を捨てるという行為はとても贅沢で、とてもふざけている、とても不愉快極まりないことなのだ。
それをわかっているからドウジュンは素直に質問に答えたのだ。
「心が乱れているのが丸わかりだぞ……ナンバー04」
「!!?」
その単語を聞いた瞬間、フィーアの頭が真っ白になった。目の前にいる敵のこともほんの一瞬だが、完全に抜け落ちる。
(今だ!)
その刹那のタイミングをドウジュンは狙っていた!もう一度刀で斬りかかる!
(もらった!!)
「はっ!?」
チッ!!
刀が水色の装甲を捉えるよりもフィーアが正気を取り戻す方が僅かに速かった。刀の切っ先は鎧を掠めるだけ、その結果小さな火花を散らすだけの成果で終わった……第一撃は。
「はっ!!」
離れるシュライクに踏み込んで、もう横薙ぎで一太刀!けれども……。
「くうぅ!!」
ブゥン!!
「何!?」
シュライクは跳躍!斬撃を、いやそのままドウジュンの頭を飛び越え、後ろを取った。
「お返しだ!!」
空中で逆さまになりながらのナイフ投擲!
「何をだ!!」
ガギィン!!
けれどドウジュンもまた召喚したクナイを投げ、ぶつけ、ナイフを叩き落とした。
「まだまだ!!」
それで懲りることなく、シュライクは着地すると距離を取り、さらにナイフを投げ続けた。
「何度やっても無駄だ!!」
それをドウジュンもまたクナイで迎撃する。
ギンギンギンギンギンギンギンギン!!
二人の間、そのちょうど中間地点でナイフとクナイは衝突し、火花を散らしながら弾け飛んだ。それは両者の投擲する力とスピード、そして正確さが拮抗している証である。
(さっきまでの奴らとものが違う!やはりこいつがリーダーか……!)
(予想以上だな、新たな種族というのは)
(このまま距離を取って戦うか?)
(どちらの弾、もしくは集中力が切れるかのチキンレースだな)
(勝ち切る自信はある……あるけど!)
(まどろっこしいのは趣味じゃない!!)
呼応するように、両者投擲を止め、前進!ドウジュンは刀を構え、シュライクはナイフを逆手に持ち変えた。
「はあッ!!」
「でりゃあっ!!」
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
そして斬り結ぶ!今度は目の前で火花を散らしながら、お互いの意地と刃をぶつけ合った。
「遠くからちまちまナイフを投げるだけかと思ったら、接近戦も中々やるじゃないか。拙者のスピードについて来れる奴は久しぶりだ」
「褒めてくれているのかもしれないけど、あなたみたいな人でなしに言われてもちっとも嬉しくないね」
「嫌われたもんだな。拙者が貴様に何をしたというんだ」
「まず悪趣味極まりないオブジェを作った。実力的にあんたがリーダーだろ?あんなものトップが指示しないとまずやらない」
「正解。少しでもお前達を動揺させるためにやった。正直比喩ではなく人でなしであるお前にここまで効果があるとは思わなかった」
「自分でも驚いているよ、ここまで心を乱されるなんて。きっと命とか生きるとかに過敏になっているんだろうね……!!」
こうしている間にも普通の人間よりも短い自分の生が消費されていると思うと、マスクの下のフィーアの顔は醜く歪んだ。
「きっと人としては貴様の怒りは正しいのだろう。しかし、ここは生きるか死ぬかの戦場。使えるものは何でも使う……生き残るためには何でもやるべきというのが、傭兵を続ける中で見つけたこの世界の絶対の真理よ!」
ギィン!ギィン!!
「ぐうぅ……!!」
ドウジュンは悪びれもせず言い放った。彼も自身の行為の悪辣さを理解した上で、覚悟を持ってやっているのだ。
その確固たる信念が刀に重さを与えて、シュライクを僅かだが押し込んだ。
「どうした!どうした!お前の怒りはその程度か!!」
「それが……それが真理かどうかは知りませんし、倫理的にどうかと思いますが、敵の死体を利用することについては……腹が立つけど、理解できなくもないです、頭ではね」
「ほう、拙者の行為を認めるか」
「生きるために最善を尽くすのは悪いとは思いません。そのために敵を無下に扱う必要があるならやればいい」
「だったら!!」
「だけど生きている味方を囮にするのは、違うでしょ!!もっと早く姿を現していたら、一人や二人助かったかもしれないのに!あれは心でも頭でも理解できない!したくない!!」
ギィン!
「な!?」
防戦一方になっていたシュライクがドウジュンの刀を押し返す。さらに……。
「はあぁぁぁぁッ!!」
ギンギンギンギンギンギンギィン!
「しまっ!?」
「てやぁっ!!」
ガギィン!!
「――くっ!!?」
片一方のナイフで刀を払いのけながら、もう一方で攻撃!ドウジュンの黒いボディーに傷をつけた。
「こいつ!!」
「まだまだ!!」
ガギィン!ギン!ザシュ!ギンギン!!
完全に攻守が、いや形勢が逆転した。ドウジュンは必死に迫るナイフを捌こうとするが、シュライクの上昇したパワーとスピードについていけず、悲しいかな傷を次々と増やしていく。
(速い!?強い!?これは……!!)
どうして急にそんなことになったのか……ドウジュンは傷つきながらも、その答えを見つけていた。
(怒りによるパワーアップ……なわけないよな、特級じゃあるまいし。ってことは今が本来の奴の力、ずっと手加減して拙者の力を見定めていたのか……!こいつは戦場で一番タチの悪い“冷静にキレる”タイプだ。不用意に煽るべきじゃなかった……!)
ドウジュンは自分の浅はかさを後悔し、歯噛みした。
「はあぁぁぁッ!!」
そんな彼に容赦なくシュライクの刃はさらに回転率を上げて襲いかかる。
ギン!ガギン!ザシュザシュ!ガギィン!
「ちいぃ……!?」
(イケる!予想通り、このドウジュンというマシンは花山の偵察強襲型のマシン!正面からの戦いではこちらに分がある!このまま一気に攻め立てて、捕らえてしまおう!リーダーなら色々と知っているはず……!)
余裕ができたからか、フィーアはまだ戦闘中だというのに勝利した後のことを考えてしまった。
相手を生かして捕らえて、尋問はどういう風にしようなんてことを考えてしまっていた。
もう勝利は自分のものだと誤認してしまったのだ。
その甘さを見逃すドウジュンではない。
「……拙者のことを責めるが、奴らの息の根を止めたのはお前だろ!」
「そうだ!襲いかかって来たから返り討ちにした!」
「正当防衛だと言い張るか!!」
「そんなつもりもないし、彼らのために戦っているつもりもない!ただあなたが気に食わない!だから全力で倒す!!」
「全力?殺す気もない癖にか?」
「……え?」
その一言、何気なく放ったフィーアの心を見透かした一言が動きをほんの少しだけ鈍らせた。
「バカが」
ガシッ!!グイッ!!
「!!?」
その一瞬の隙をついて、ドウジュンはシュライクの腕を掴み、自らの方に引き寄せる!そして……。
「オラアァッ!!」
ガギャアァァァン!!
「――がっ!?」
「ぐっ……!」
頭突きをお見舞い!勢い良く頭同士がぶつかり合い、凄まじい衝撃が両者を襲い、たまらずよたよたと千鳥足で後退りする。
「くうぅ……!頭突きなんていつぶりだろうか?頭がぐわんぐわんして気持ち悪い……お前よりかはマシだろうけどな」
「ぐ、ぐうぅ……!!」
額を擦る余裕があるドウジュンに対して、シュライクは立っているのもままならない様子だった。
「最後の最後で甘さが出たな。敵を無力化してないのに、勝った後のことなんて考えちゃダメなんだよ」
「ボクはそんなつもりは……!」
「いや、バレバレだから。明らかに優勢になってから、急所を狙わなくなった。勝利を確信し、余裕ができて殺害から生け捕りにシフトしたのが、手に取るようにわかった」
「くっ!?」
シュライクはさらに一歩後退した。心の中が覗き見られていることに恐怖を覚えたのだ。
「事が上手く運び過ぎた結果、油断が生まれ、詰めを誤る……経験の無い奴が陥る典型的なミスだ」
(反論できない……!今まで国家転覆を狙うテロリストや好き勝手やってるギャングとは戦ったことはあったけど、ここまでの戦士とは初めて……もっと気を引き締めて、全力で対処するべきだった……!)
後悔先に立たず……その言葉をフィーアは実感していた。
「ここで会ったのも何かの縁、拙者が手本を見せてやる。相手を生きて捕らえ、話を聞きたいなら……逃げられないように、まず足の一本でも斬り落とせ」
ドウジュンは刀の先を地面に着け、線を描きながら、シュライクの下に歩き出した。
(まだ回復できていない……!逃げる選択肢はない……ならば!!)
「はっ!!」
ただ普通に歩いて近づいてくる敵にシュライクはナイフを投げた……投げたが。
ヒュッ!
「ッ!?」
「……どこに投げてんだノーコン」
ナイフは明後日の方向に飛んでいく。ドウジュンは避ける素振りさえ見せなかった。
「手には力が入らないし、視界もぼやけているんじゃないか?そんなんじゃ何回やっても当たらないぞ」
「く、くそ……!!」
「だが、正直もうナイフを投げられることに驚いたよ。普通の人間だったら、まだ身体をまともに動かせないはずだ。というわけで前言撤回、足だけで済ましてやろうと思っていたが、ここで死んでもらう。貴様は……貴様らは危険過ぎる……!!」
ドウジュンはシュライクの目の前で止まると刀を地面に平行にして構えた。高さはちょうど水色の百舌の首のあたり……。
「一人の男としては貴様が経験を積んだ姿も見てみたかった」
「そう思うなら、その物騒なものを仕舞ってくれないか……?」
「悪いな。傭兵としての拙者は危険な橋は渡らない……いずれ邪魔になりそうな芽は早めに摘み取るに限るんだよ!!」
躊躇なく放たれる致命の斬撃!身体が動かないフィーアはただそれを眼球だけで追っていた。
(しくじったな……まさかこんなところで死ぬとは。ただでさえ短い命を迂闊なミスでさらに縮めることになるなんて……そんなの……そんなの……認められるわけないだろうが!!)
ゾクッ!!
「――ッ!!?」
身体が勝手に動いた……そうとしか言い表せなかった。
あともう少し刀を横に動かしていれば、フィーアの命はなかった。勝利が確定していた。
けれど、突然の悪寒に襲われたドウジュンはその少しができなかった。
彼は勝利を目前にして、それを放棄、全速力で後退し、距離を取るという選択をしたのだ。
「……何のつもりですか?」
「それは拙者のセリフだ……貴様は今何をしようとした!?何を企んでいた!?」
「……あなたの言っていることがさっぱり理解できない」
フィーアは訝しむ。その行為に何の裏表もない。彼は本当に為す術がなく、死を覚悟していたのだから……。
(嘘は言っていない……だとしたら、あれは何だ?間違いなく、あの時拙者は“死”を感じた。拙者の経験が、本能が、あのままだと確実に殺されていたと訴えている……!あの時の奴はまるで……)
ドウジュンは戦慄する。自分の推測が正しいならば、目の前にいる者は……。
「フィーア!!」
「――!?晶鶴!?」
「援軍か……」
戸惑う彼の前に白いピースプレイヤーが降臨!二人の間に割って入った。
「どうしてここに……!?」
「あれだけ各地でドンパチやられたんじゃ、大人しく待ってなんていられないよ」
晶鶴は刀を召喚し構える。逆に……。
「……終いだな」
ドウジュンは背負っている鞘に刀を戻した。
「戦意喪失したのかい?」
「あぁ、一匹だけでも苦労したのに、もう一匹同等の奴が出て来たんじゃ……勝ち筋が見つけられない」
「フィーアがここまで苦戦するってことは、あなたがリーダーでしょ?トップがそんな簡単に諦めていいの?」
「トップだから退く時は速やかに退く決断をしないといけないのさ。あと拙者は雇われて、この村にある研究所の調査と、貴様らの迎撃を頼まれ、ここでの指揮は取っていたが、この一連の騒動の原因である黒幕一派ではないぞ」
「じゃあその黒幕な雇い主とやらを教えてくれない?」
「プロとしてそれはできない。守秘義務がある」
「はい、そうですか、立派な心がけですね……なんてぼくが言うと思ってる?」
「そう言ってくれるとありがたいんだが……」
「言うわけないだろ!!」
踏み込む晶鶴!
「だよな!!」
それと同時にドウジュンは地面に何かを投げつけた!すると……。
バッ!ドシュウン!!
「くっ!?」
「煙幕か!?」
地面に投げられたそれは強烈な光と共に大量の煙を発生させ、周囲を包み込んだ。
そしてその煙が風に流され、消えるとドウジュンの姿はなかった。
「……逃げられたか」
晶鶴は周囲を見回したが、残念ながらドウジュンの影どころか気配も感じられなかったので、警戒を解いた。
「ごめん、逃がしちゃった」
「謝るのはボクの方ですよ。いいようにやられちゃって……助かりました」
「当然だろ、仲間なんだから。お礼なんていらないよ」
「アインス……」
確かな絆で結ばれた二人の間に暖かい空気が流れた……が。
「勝利も当然のことにして欲しいものだ、人間を超えた存在ならばな」
「「ツヴァイ……!」」
飛んで来た黄金の隼が水を差す。彼の後ろからグラウクス、さらに地上をとぼとぼとペンギーノが歩いて来て、再び五人全員が集合した。
「敵を取り逃すわ、持ち場を勝手に離れるわ、散々だなアインス」
「ううっ……!面目ない」
「いや、一番悪いのはボクです……勝てる勝負を未熟さ故に手放しました」
がっくしと肩を落とす二人を見て、さすがのツヴァイもちょっとだけ言い過ぎたと思った。
「……終わったことだ、気にするな」
「でも手がかりが……」
「服毒自殺するって聞いていたから、ボクみんな殺しちゃいましたし」
「某も」
「右に同じく」
「俺もだ。だが、捕まっていた村人達から少しだけ話が聞けた」
「え!?村の人達は生きてたの?」
「あぁ、確認したところみんな無事だ」
「良かった……」
「不幸中の幸いですね」
マスクで見えないが、アインスとフィーアの顔に笑みが戻ったのはわかった。それを感じ、ツヴァイも少しだけ気分が良くなった。
「んで、村人達はなんて?」
「予想通り、奴らは研究所を探していたようだ」
「それはさっきの……」
「ドウジュン」
「そのドウジュンとやらも言っていたよ」
「俺は敵を排除した後、研究所の機械を調べた。そして奴らがとあるデータにアクセスしていたことが判明した」
「データ?」
黄金の隼はおもむろに白い鶴を指差した。
「え?まさかぼくのデータ?」
「違う。奴らが調べていたのは開発予定の特級ピースプレイヤーのデータだ」
「ってことは……ルシファー?」
ツヴァイは首を縦に振った。
「アクセスされたのは、俺達の愛機となる特級ピースプレイヤーの試作第一号とも言えるルシファーとそのさらに前身となるマシンのデータ」
「前身となるマシン……」
「コードネームは『ルミラウーガ』。半年前に祈りの森に落下した特級の素材で建造される予定だった」
「じゃあ……」
「奴らは先に素材を獲得したからこそルミラウーガの設計書を手に入れようとこの村に来たのだと俺は判断した。何か手がかりが残っている可能性を考慮し、我らは夜が明けたらすぐに祈りの森に向かう」
「新たな目的地はグノスで最も神聖な場所……」
「結局行くことになるのね」
「仕方あるまい。奴らの正体を掴み、滅ぼすまで戦いは終わらない」
「もし追い続けていたら、またドウジュンと……!」
「誰であろうと、グノスと皇帝陛下に弓を引く者は俺が許さん……!」
それぞれの想いを胸に五人は空を見上げたが、相変わらず星一つ見えず、どこまでも闇が広がっていた……。




