闇に駆ける②
「つまらんな」
バシュ!!
「何!?」
グラウクスは僅かに首を動かし、弾丸を躱した。行き場を失った弾は大木にめり込み、一筋の煙を上げる。
「こんなあからさまに注意を引かせるような真似をされて、警戒を怠る訳がないだろうに。しかも何をするかと思えば狙撃とは……つまらな過ぎて、怒りすら覚える!」
梟は反転、翼を展開、そして弾丸が来た方向に一目散に飛んで行く!
「ちいっ!!」
バシュ!バシュ!バシュ!!
スナイパーは形振り構わずライフルを連射!しかし……。
「本当に……つまらん奴だな」
キンキンキン!!
グラウクスは翼で盾のように前面を覆い、全てを弾き飛ばした。
「一発目を外した時点で、お前は詰んでいるんだよ。大人しく投降しろ」
「誰がお前らなんかに!!」
スナイパーはライフルを投げ捨て、ナイフを構え、迎撃の態勢を整える。
「HIDAKAの狙撃特化ピースプレイヤー、『ゲメッセン』。自身の存在意義まで手放すか……救い難いな」
「うるせぇ!!」
ゲメッセンは突撃して来るグラウクスにナイフを突き出した……が。
「ふん」
ガァン!!ガシッ!!
「――ッ!?」
あっさり手刀で叩き落とされ、そのまま流れるように両手を掴まれてしまう。
「くそ!?離せ!?」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
拘束から逃げ出そうと、蹴りを放つがグラウクスは動じず。握力が緩まることは決してなかった。
「発言から行動、何から何までテンプレ通りだな。ここまで来ると逆に面白く思えてきたよ」
「ふざけるな!!俺はお前を喜ばせたくなんてない!!」
「本当に予想の範疇のことしか口にしない。人間、窮地に陥ると、そうなってしまうものなのか?もっと死を近くに感じてもそのままでいられるのか……某に見せてくれ」
バキャン!!
「……え?」
ゲメッセンは一瞬何が起こったか理解できなかった。
突然破裂音が響き、目の前を赤い飛沫が舞っている理由がわからなかった。
しかし、ほんのコンマ何秒か後に襲ってきた痛みが答えを教えてくれた。
掴まれていた腕が握り潰されたという残酷な事実を。
「ぐ、ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「生物の反射的行動でひしゃげた腕を血が流れ落ちないように天掲げるその姿……まるで救いを求めているようで、興味深いな。しかし……」
ガシッ!!
「――ぐふっ!!?」
グラウクスは血のべっとりついた手でゲメッセンの首根っこを掴むと、喉が締め上げられ、村中に響いていたのではないかと思うような悲鳴がピタリと止んだ。
「その声はいただけない。ただただ不愉快なだけだ」
「ぐっ……!?」
灰色の指に力を込めると、ビキビキと音を立てて、黒い装甲に亀裂が走る。そしてその音は装着者の心にすらひびを入れた。
「ま、参った……!!」
「期待を裏切らないな、お前は。ここで心が折れるか」
「笑うなら……笑え。俺は……俺はもっと生きたい……!!」
「あそこで首を吊っている奴らも同じ気持ちだっただろうな」
「あっ!?」
翼越しに見える首吊り死体がこちらを恨めしそうに見つめているように、死の淵にいる彼には思えた。
「そ、そんなつもりじゃ……」
「だとしたら余計にタチが悪い。何の覚悟も無しに命を奪い、その上で辱しめたということなのだからな」
「お、俺は……!!」
「自業自得、因果応報……命を踏みにじったお前もまた命を踏みにじられる」
「俺――」
ボギャッ!!
「――がっ!?」
不快極まりない音がこだますると、ゲメッセンの身体から力が抜けた。脱け殻となったそれをゴミのようにグラウクスは投げ捨てる。
「アインスやフィーアの甘ちゃんに当てられたのか、それとも小説の読み過ぎか……さすがにキザだったかな?お前らはどう思う」
ドライは問いかけた、自分を囲むまた別の黒いピースプレイヤー達に。
「『キュラビットBe』……国際レスキューの戦闘用のマシンとは、また珍しいものを」
「お前だけは……生かして帰さん……!!」
「奇遇だな。某も恥ずかしいところを見られたから、お前らのことは絶対に……殺すと決めていた」
同じ頃、フュンフは……。
「でぇりゃあぁぁぁぁっ!!」
「当たるかよ」
ガァン!!
「――ッ!?」
フュンフもまたピースプレイヤーの集団に囲まれ、襲われ、そして返り討ちにしていた。今もまた背後からの強襲をひらりと避け、カウンターに蹴りを入れてやったところだ。
「ツヴァイの言う通りだな。奇襲用の『ガナドール・ソルプレッセ』もそれだけ殺気が駄々漏れだと、何の意味もない」
「くそ!!ならば!!」
「コンビネーションだ!!」
蹴り飛ばされたソルプレッセは立ち上がると、反対側に陣取っていた同型機と示し合わせて、飛びかかる。
「だから姿を見られた時点で終わりなんだって」
ペンギーノは両腕の羽を尖らせ、鋭い刃へと変形させた。そして……。
「馬鹿は死ななきゃ直らない……じゃあ」
ザシュ!ザシュ!!
「――ッ!?」
「がはっ!?」
「……死ぬといい」
敵の攻撃を躱しながら一回転、一つの動作で二体のソルプレッセの首を同時に斬り裂いた。
「ちっ!!接近戦は不利だ!!遠距離から火力を集中させろ!!」
「「「はっ!!」」」
仲間が簡単に殺された場面を見て、周りの者達は方針転換。ソルプレッセは拳銃を、もう一つのよく似たマシンは長大なライフルを召喚し、ペンギーノに発射した。
バン!バン!ドシュッ!!
「浅はかだね~。距離は関係ないっての」
けれども一発も掠りもせず。まるで氷の上を滑るようにペンギーノは滑らかに全ての弾丸を回避した。さらに……。
「愚かな君達にわたしが射撃というものをレクチャーしてやろう」
避けながら腕を敵の方に向ける。すると羽の先が開いて、銃口が露出した。
「撃つ……いや、命を奪うとはこういう風にやるんだよ」
バシュン!バシュン!!
「――がっ!?」「ぎっ!?」
黒い羽から伸びた光の線はソルプレッセとライフル持ちの左胸を貫き、一撃で即死させた。
「くっ!?」
「また!!」
「この野郎が!!」
バン!バン!ドシュッ!!
怒りに身を任せて銃を乱射するテロリスト。しかし結果は変わらない……どころか、先ほどよりも余裕を持って避けられてしまった。
それこそフュンフが他のことを考えてしまえるくらいに。
(ライフルの奴は遠距離型の『ガナドール・フシール』か。遊覧船を襲ったのとまた別のマシン。ツヴァイ達の推測通りある程度の規模の組織なら、せめてメーカーは統一した方が色々と都合が良さそうなものだが……何か意図があるのか、それとも慌ててかき集めたのか……)
「ゲスナーの研究施設は……ここか」
ツヴァイは村の片隅にある家屋にやって来ていた。
(周囲の足跡の数……中に相当数の人がいる可能性がある)
ノックもせず不躾に中に入ると、内部も散乱し、無数の足跡だらけだった。
(地下への扉がこれ見よがしに開いている。怪しさ満点だな)
危険を示す分析とは裏腹に、恐れる素振りもなく階段を下って行く。
(あの足跡全てがテロリストのものなのか……そうでないのなら、この先にいるのは)
階段を下り切った先にある扉も何の躊躇もなく開く。するとその先には……。
「ううっ!!!」
開けた空間、無数の機材、その奥にどう見てもテロリストには見えないじいさんばあさん達が縛られ、猿轡をされていた。
「やはり村人が集められていたか」
「うう……」
「ううっ!!!」
近寄って来る得体のしれない金ぴかに安堵する者もいれば、怯え暴れ出す者もいた。
「安心しろ、俺は味方だ」
「ううっ!!」
「ん?何を言っているんだ?」
「うううっ!!」
「拘束を解けと言っているのか?悪いが、ついこないだ人質の中に敵が紛れ込んでいて痛い目に合った奴を知っているんでな。身元が証明されるまで今しばらくそのままでいてもらう」
「うううっ!!」
「ううん!!」
「うるさい奴らだな。こんな老人だらけの限界集落にこの俺が足を運んで来てやったことに感謝して、大人しくしていろよ」
「うううっ!!」
「ん?もしかして何かを知らせようとしてるのか?」
「ううっ!」
「うん!!」
老人達は一斉に千切れんばかりに首をブンブンと縦に動かした。
「それって、俺の後ろに隠れている奴らのことか?」
「ううっ!?」
ファルコーネが親指で背後を指差すと、老人達の動きはピタリと止まり、みんな一様に驚いたような表情を見せた。
「この俺が気づかないと思っていたのか?この俺を舐めるんじゃない、お前らも……貴様らもだ」
ファルコーネが振り返ると観念したのか、機材の影からピースプレイヤーがぞろぞろと姿を現した。
「『プルクラ』の近距離型『ブラーヴ・ソルダ』と遠距離型『クランティフ・ソルダ』か」
「手間が省けた。自分を殺すマシンの名前くらい知っておきたいだろうからな」
「気遣いありがとう。礼には礼で返そう。俺はツヴァイ、そしてこのマシンの名前はオーロ・ファルコーネだ」
そう言いながら、黄金の隼は剣と盾を召喚した。
「知っている。かつての十二骸将が使っていたマシンだ」
「あぁ、このグノスから逃げ出した不忠者が使っていた奴の再生産品……本来はこんなもの使いたくないんだがな……!」
ふとここに来る前にルシファーを渡されたアインスの姿が思い浮かんだ。胸の奥で抑え難い嫉妬心が蠢き、武器を握る手に力が入る。
(特級を使うべきは、皇帝陛下自ら手に入れた素材で作られたピースプレイヤーを纏うのは、俺であるべきなのに……!!)
「ううっ!!」
「!!」
思考の迷路に迷い込みそうになったツヴァイだったが、老人のうめき声が彼を現実に引き戻した。
「……まだ何かあるのか?」
「ううっ!!」
「まさか俺が奴らに負けると心配なんてしてないよな……!!」
「――ううっ!?」
「うううん!!」
肩と翼越しにギロリと睨まれると、老人達は保身のために全力で首を横に振った。
「ならばいい。ところでスプラッター映画は好きか?」
「うう?」
質問の意図がわからず今度は首を一斉に傾げた。
「苦手なら目を瞑っていろ。好きなら刮目して見ておけ。今の俺は機嫌が悪いからな……とびきり残虐なショーを披露してやる……!!」
「なんてひどい……!!」
フィーアもまた先遣部隊が木の枝に突き刺さっているのを見つけた。五人の中でも感受性の豊かで心優しい彼にとってそれは嫌悪という言葉では足りないくらい不快なものであった。
(まるで早贄……ボクのシュライクの元になった古代の鳥の習性みたいだ。だけどこれはもっと醜悪なもの……これを見て、心揺さぶられる瞬間を作るためだけの醜悪な罠……!!)
バシュ!!
「!!?」
「そこか……!!」
グラウクスの時と同様、ゲメッセンに狙われていたが、これまた同様にあっさりと回避。弾丸が命中した木は僅かに揺れ、葉っぱと贄の血液が落ちた。
「お前がこの人達を!!」
そしてそれには目をくれずシュライクはナイフを召喚、狙撃手に向かって投げつけた!それは銃弾にも勝るとも劣らない速度で夜を切り裂き……。
ザシュ!!
「……がっ!?」
スナイパーの首に突き刺さった。ゲメッセンは空中に赤い弧を描きながら、屋根から落下する。
「毒を飲んでいるから容赦はしなくてもいいと言われていたが、ボクはできるだけ穏便に済ませるつもりだったんだよ。でも、こんな、こんな命に敬意を払わない外道が相手なら……慈悲を与えるつもりはない!!」
フィーアの啖呵を合図にしたように、ブラーヴとクランティフが姿を現し、間髪入れずに襲いかかる!
バシュ!バシュ!バシュン!!
クランティフ・ソルダはライフルを連射!しかし、シュライクはその全てを回避し……。
「はっ!!」
ザシュ!ザシュ!ザシュ!!
「「「!!?」」」
逆に投擲ナイフの餌食になる。
「こいつめ!!」
その間に三体のブラーヴが接近していた!それぞれ剣を撃ち下ろし、横薙ぎ、下から斬り上げる!傍目から見るとシュライクには逃げ場がないように思えるが……。
「消えろ!毒虫!!」
ザシュ!ザシュ!ザシュ!!
「「「!!?」」」
とんだ勘違い!シュライクは斬撃の隙間を抜け、通り過ぎ様に首や脇、手首を斬り裂いた。
「く、くそおぉぉぉぉぉっ!!」
だが、絶命には至らず。ブラーヴ軍団は再攻撃のためにシュライクの方を向き直……。
ザシュ!ザシュ!ザシュ!!
「「「――ッ!!?」」」
向き直した瞬間、今度こそ致命の一撃となる投げナイフを首に食らう。
一瞬で目の前が真っ暗になり、シュライクの姿が見えなくなると、バタバタとその場に倒れていった。
「……これが報いだ」
吐き捨てるようにそう言うと、シュライクはその場を後に……。
ガギィン!!
「――ッ!?」
「ほう……」
シュライクがその場を去ろうとした刹那、新手の襲撃!
刀を持った黒いピースプレイヤーとナイフでつばぜり合いの状態になった。




