純白と黄金③
「……その娘を放せ……!!」
その声は今までのアインスとは違い、重くそして怒気を帯びていた。
「ふん!お前らマリオネットに指図される謂れはない!」
「痛い!!」
「あぁっ!!」
けれどその迫力に押される相手ではなかった。むしろその言葉がさらに火に油を注いだのか、腕に力が入り子供が痛がり、その後ろに控えている母親とおぼしき人物は目を潤ませた。
(しくじった……!人質の中にテロリストが紛れ込んでいたのか……くそ!!)
アインスは自分で自分をぶん殴ってやりたかった。しかし、そんなことをしても何の解決にもならないので、必死に頭と心をクールダウンさせ、敵の分析を始める。
(あのマシンもヴァレンボロスカンパニーの……『ルードゥハウンド』だ。敏捷性に定評があったはずだけど、猛華大陸で入手したマシンと神凪の花山重工を真似た技術を組み合わせたこの晶鶴なら……!!)
アインスはさらに心から熱を追い出し、神経を研ぎ澄ました。最初で最後のチャンスを見逃さないために……。
「おい!こいつの命が惜しかったら、武装を解除しろ!!」
「断る」
「何!?」
「ぼくが君の言う通りにして、本当にその娘が助かる確証が持てない」
「オレが約束を違えると!!」
「むしろどうやったら信じられる。罪もない人達をこんなに怖がらせて」
「それは……」
「どうせ金目当ての突発的な犯行だろ?」
「違う!!オレ達はこの国のために!全ては大義のために!!」
瞬間、ハウンドの腕に更なる力がこもった。
「痛いぃぃぃっ!!?」
「――いっ!?」
「ジェニー!?」
そして、少女が耐えかねて暴れ出し、その場にいる人間の注意が彼女の方に向く。
アインス以外は……。
「今だ!!」
ザンッ!!
「――ッ!?ぐきゃあぁぁぁぁぁっ!?」
踏み込み一閃!刀を召喚した晶鶴は一気に距離を詰めると、銃を持ったハウンドの腕を下から上へ斬り離した!
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
断面から鮮血が吹き出し、真っ赤なシャワーが船室に降り注ぐと、観光客は反射的に悲鳴を上げる。
「ぐっ!?このくそ野郎がぁぁぁぁッ!!?」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
腕を斬られたテロリストは頭に血が昇り、理性を失った。大義もくそもなく、嫌がらせのためだけに少女の首をへし折ろうとする!
「させない!!」
ザシュッ!!ブシャアァァァァァァッ!!
「……がっ!?」
少女の首が折れる前に、晶鶴の刀の切っ先がハウンドの喉元を貫いた。
身体から力を失ったのを確認してから引き抜くと、こちらもまた勢い良く噴水のように血が飛び出し、鶴の白いボディーを赤く染め上げる。
「ぼくは全知全能の存在じゃないけど……子供を犠牲にしなきゃいけない大義なんてこの世にないことだけはわかるよ」
そう悲しげに呟きながら刀を振り、血を払った。そして……。
「怪我はないかい?」
絶命し、へたり込んだハウンドの腕にいまだに抱えられた少女に、出来る限り優しい声色で語りかけた。
「い、いや……」
しかし、返って来たのは怯えた表情。その目は人間を見るものではなかった。
「ジェニー!!」
そんな彼女を守るように母親が抱きしめる。その目もまた娘と同様、紅白になった晶鶴に恐れおののいているものだった。
(当然か……助けるためとは言え、目の前で人を殺した奴なんて怖いよね。結局、ツヴァイの言う通りになっちゃったな。誰も殺さないで済むなんて……考えが甘過ぎた)
打ちひしがれるその姿はとても勝者に見えなかった。そもそもアインスにとって戦いとは、失うことはあっても、得るものは何もないのかもしれない。
「こりゃどういうことだ!?」
「!!?」
一難去ってまた一難。新たに角の生えたたくましいピースプレイヤーが船室に入って来た。
(あの機体は……)
「てめえがやったのか……!てめえが!!」
怒り心頭の角つきは迷うことなく、禁断の言葉を口にした!
「フィジカルブースト!!」
(まずい!!)
角つきが言葉を発すると同時に晶鶴は自然と翼を広げ、最大加速を行っていた!
ザシュウッ!!
「――がっ!?」
「ここから……出て行けぇ!!」
そしてそのまま角つきを突き刺し、身体を持ち上げ船室の外へ、倒れるクイエートを通り過ぎ、階段を上がり、再び屋外へと飛び出した!
「ぐがあぁぁぁぁぁっ!!」
外気に触れると同時に様子の変わった角つきが唸り声を上げながら、拳を振るう!
ドゴッ!!
「――ッ!?」
晶鶴は避けることができずに顔面にパンチを食らい、刀と共に強制的に距離を取らされ、床を転がった。
「すごいパワーだ……これが『覚脳鬼』か……!」
マスクに入った亀裂を撫でながら、白き鶴は立ち上がった。今までにない危機感を抱いて……。
(あの『AMOU』のマシンは薬剤で強制的に装着者の能力を底上げする。一時的とはいえ、ぼくらと同等の力を発揮する可能性がある……!)
晶鶴は刀を構え直し、一旦様子を伺おうとした……が。
「ぐがあぁぁぁぁぁっ!!」
覚脳鬼の方はそんなスローリーな展開を望んでいなかった!巨大な包丁のようなものを召喚し、両手で握るとおもいっきり振り上げ、そしておもいっきり振り下ろした!
「ちっ!!」
晶鶴は刀を横にし、そのバカデカ包丁を受け止めようと試みる。しかし……。
ガチャ……。
「!!」
刃が触れ合った刹那、それは無理だと、刀ごと叩き斬られる未来をアインスは理解した。
(受け止められない……ならば!!)
グンッ!!
だから身体から、腕から力を抜いた。包丁の動きに合わせて、刀を折られない程度に押し込ませ、その力を利用し一回転!そして……。
「はっ!!」
ザンッ!!ドゴォン!!
「があぁぁぁぁぁっ!?」
そのまま逆に斬りつける!覚脳鬼の肩から胸にかけて傷を刻みつけた!
一方、受け流された包丁はというと、床に叩きつけられ、遊覧船をぐわんぐわんと揺らす。
(浅い!もう一太刀!!)
いまいち手応えを感じなかった晶鶴はさらに追撃にかかる。先ほどのハウンドのように喉元に突きを放つ!しかし……。
「ぐがあぁぁぁぁぁっ!!」
「何!?」
すでに覚脳鬼もまた凄まじい反射神経で反撃の準備を整えていた。
「ぐがあぁぁっ!!」
ドゴォン!!
「この……!!」
再び撃ち下ろされる包丁、再び揺れに揺れる遊覧船。
対してそんなの自分には関係無いと言わんばかりに、脅威的なバランス感覚で飛び跳ね、晶鶴は再度間合いを取った。
(威力は凄いが、反応できる。船を揺らそうと飛べるぼくには関係ない。けど、このままだと下手したら遊覧船が沈んでしまう……!)
アインスの脳裏に過ったのは、先ほどの怯える観光客の姿、自分を得体のしれない怪物のようなもののように見る少女の眼……。
彼女達のことを思い出すと自然と刀を握る手に力が入った。
(これ以上あの娘達を怖がらせるわけにはいかない!この手がまた血で汚れることになっても……奴を止める!)
覚悟を決めるアインス。
そんな彼に心強い援軍がやって来る。
「何やってる!?船を沈める気か!!」
「ツヴァイ!!」
黄金の翼再び!船外に飛び出して来たファルコーネは文句を言いながら晶鶴の隣に並んだ。
「アインス……お前」
ツヴァイは横目で紅白になった晶鶴の姿を見て全てを悟った。
「君の言う通りになったよ。ぼくが甘かった」
「選ぶことができるのは強者の特権だ。残念ながら我らはまだそこまでではない」
「……うん」
もっと上から責められると思っていたが、ツヴァイの言葉は思いの外優しかった。それがアインスは余計に辛かった。
「奴が最後の一匹……覚脳鬼は薬で理性も痛覚もぶっ飛んでいる。止めるには殺すしかないぞ」
「わかっているよ。覚悟は……できている!!」
晶鶴走る!ファルコーネもそれに続く!
「ぐがあぁぁぁぁぁっ!!」
覚脳鬼は迎え撃つ!三度目の正直とバカデカ包丁を振り下ろした!
ガギィィィィィィィィン!!
甲高い金属音が湖にこだました。
鬼の包丁を……晶鶴の刀とファルコーネが受け止めた音だ!
「一人で無理でも……二人なら!!」
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
ガギィィィィィィィィッ!!
「がっ!?」
力任せに包丁を跳ね上げると、鬼が無防備な腹を晒した。
「見えた!」
「そこだ!」
純白と黄金、二匹の麗しき鳥は回転しながらもそこから決して目を離さない!呼吸を合わせ、全力でそこに斬撃を放つ!
「天剣!」
「二重葬!!」
ザザンッ!!
「………があっ!!?」
新たに深々と刻まれた覚脳鬼の胴から血液が吹き出し、それに呼応するかのように手から力が抜け、包丁がこぼれ落ち、そして本体も……受け身も取れずに倒れた。きっともう二度と起き上がることはないだろう。
「……終わったの?」
「あぁ、終わりだ」
ファルコーネが顎をしゃくり上げ、晶鶴がその先を見ると、人相の悪い老人が階段を上がって来ていた
「おお!相手は覚脳鬼か!難儀な相手じゃったの!」
「ゲスナー博士、無事だったんですね」
「いち早く異変に気づき、エンジンルームに隠れていたそうだ。俺としてはあいつらぐらい惨めを晒してくれた方が溜飲が下がって良かったんだがな」
傍らでカップルが泡を吹いて気絶していた。そのあまりに哀れな姿にさすがのツヴァイも同情を禁じ得なかった。
「でも、とりあえずこれでミッションコンプリート……でいいんだよね?」
「捕まっていた船長に頼んで、すぐに岸に戻れるように手配してある。頼んでおいた援軍も来るだろうし、そいつらに引き継ぎして終わりでいいだろう」
「そうか……終わったんだね」
晶鶴は背筋を伸ばす……と。
「あ」
脳が刺激されたのかあることを思い出した。
「そうだそうだ。こいつらの目的を聞き出さなきゃ。一人起こして尋問しよう」
晶鶴は気持ちも新たに歩き出そうとした。しかし……。
「必要ない」
ファルコーネに肩を掴まれ、止められた。
「え?でも知っておかないと。時間もあることだし」
「いや、時間はない。そいつらは全員毒を飲んでいる」
「………え?」
「操舵室にいた奴を一人、意識を奪わず話を聞いてみたが、時間内に解毒剤を飲まないと死に至る毒を飲んで来たらしい。もちろんその解毒剤はどこか別の場所、仲間が持っていると」
「証拠隠滅のために……戻れない奴はみんな死ねってこと……?」
「そういうことだ。尋問していた奴も俺が驚いている隙を突いて、拳銃で……」
ファルコーネは人差し指と中指を伸ばし、こめかみに当てると発砲するようなジェスチャーをしてみせた。
「きっと他の奴も起こしたところで何も喋らないだろうな。どうせもうすぐ死ぬんだから」
「そんな……じゃあ、ぼくのやったことは……」
「戦場に立つには殺す覚悟と死ぬ覚悟を持たなければいけないということだな。お前にはそれがなかった」
「………」
「きっと成し遂げたいことや守りたいものがないから……だからお前は迷う」
「………」
「我らを生んだグノスのために剣を振るうことにプライドを持て。そのための我らだ。血を流すこと、敵に流させること、そのために我らは生まれたんだ」
「………」
アインスは何も答えなかった。今の彼はただ自分の無力さを噛み締めるだけで精一杯だった。
「……運命からは逃れられない。いずれお前にもわかるさ。俺は船長の様子を見て来る」
ファルコーネは晶鶴の肩を一度だけ優しく叩くと、船内に戻っていった。
(ツヴァイの言う通りだ。ぼくは何の覚悟もなかった。でも、彼の言う覚悟を持つことが本当にいいことだとも思えない……)
自問自答するアインスの視界の端に湖面に飛び跳ねるオリジンズが見えた。
「あれは……」
「あんなのの名前を覚える必要ないぞ。役に立たないからな、ナンバー01」
(役に立たないものは名を呼ばれる資格もない。だったら名前のないぼくは一体……)
アインスはいつの間にかオレンジ色になっていた空をじっと見上げた。
彼はまだ知らない。これが長い戦いの始まりにしか過ぎないことを、その中で彼の短い人生が一変することを、まだこの時は知らなかった……。




