もしもの相棒 前編
夜の廃工場……本来人なんていないはずのそこから小さな話し声が聞こえていた。
ナナシ・タイランとベニは車にもたれかかりながら、外からその奇妙な場所をじっと見つめている。
「うまいこと誘き出すことができましたね」
「あぁ」
「改めて今回のミッションを説明させていただきます。ターゲットは『リーヌス』と『ルーペルト』。グノスからネオヒューマン用ピースプレイヤーを盗み、売りさばいている迷惑な奴らです」
「………」
「エミジオ・スルバランの供述では、購入したカマエルの他に量産タイプの『ガーディアンエンジェル』とやらを売っていたようです。踏み込んだ際には、それで応戦してくることも考えられますね」
「………」
「……ナナシ様?」
「………」
「ナナシ様!」
「ん?どうした?」
「それはこっちの台詞です。心ここに在らずじゃないですか」
「あぁ……悪い、ちょっとな」
ナナシはバツが悪そうに髪をクシャクシャと軽く掻き乱した。
「で、どうしたんですか一体?」
「この前、アンケートに答えただろ」
「再建されるAOF“角”の新隊長に誰が相応しいか、推薦したい人間はいないか……って奴ですね」
「元々ネクロが率いていたところだから、因縁ある俺にも一応訊いておこうって奴」
「確かナナシ様は……」
「アツヒトとマサキさんを推薦した」
「あとヨハンさんですね」
「そうだ、ヨハンも入れてたな。俺の知り合いで隊長ができそうなのはそいつらぐらいだからな」
「ランボさんは何故入れなかったのですか?」
「あいつは前に自分はトップよりそれを補佐する方が性に合っているって言ってたから。自分で向いてないと思ってるのに、俺が勝手に推薦するのはどうかと思って」
「その言い分だと、やればできるとは思っているようですね」
「あぁ、あいつならできるだろ。真面目だし、最初は苦労するかもしれんが、すぐに部下に好かれるいい隊長になるさ」
そう言いながらナナシは多くの人間を後ろに従えるランボの姿を想像し、やっぱり推薦しておくべきだったかと後悔した。
「ワタクシも隊長としての適性はランボさんには十分あると思います。ですが……」
「何かあいつに不安な点があるのか?」
「戦闘スタイルがちょっと。ナナシ様と同じく良くも悪くも豪快で大雑把な戦いをする方ですから、オリジンズの生け捕りや、研究や素材にするためにできるだけ傷つけずに倒すようなことを求められる場合もあるAOFには……」
「言われて見れば……肝心の仕事内容について考慮してなかった」
アールベアーが全身に装備された火器でオリジンズを爆散させる姿を想像し、ナナシは自分の考えの浅さを密かに反省した。
「あとはアンケートには記述しませんでしたけど、カズヤさんとネームレスさんの名前を上げていましたね」
「カズヤが面倒見がいいのは、ユウを見てればわかるからな。壊浜出身ってのも、個人的にはいい」
「あそこのイメージアップに繋がり、復興もさらに捗る可能性もありますね。ですが、逆に反発も……」
「だから入れなかった。何よりあいつが大切な時期の故郷から離れるとも思えん」
「ですね。ネームレスさんは?強さは申し分ないでしょうが、人の上に立つ資質としてはどうなんでしょうか?」
「そこは地位が人を作るって奴に期待して。俺としては案外感情的な奴だから、隊長という“枷”を着けておいた方が、冷静になれるんじゃないか……なんて思ったりしてる」
「なるほど……深いお考えがあったのですね。ですけどそもそも……」
「ネクロ事変の重大関係者は隊長にはできないよな」
「ですね」
苦笑いをする主人にAIは相槌を打った。
「それで今の話が何だと言うのですか?特にナナシ様が感傷的になるようなことはない気がするんですが」
「いや、実は言わなかったけど、もう一人頭の中に名前が浮かんでいたんだ」
「もう一人、神凪のAOFの隊長を任せられる人物が?」
「まぁ、そいつはもうこの世にいないから、言ったところでなんだけど」
「もしやその人物というのは……」
ナナシは首を縦に振った。
「グノスのピースプレイヤーの話を聞いたら、またそいつのことを思い出した。もし奴が生きていたら……」
「アーム1、4完全損壊、アーム2と3も……コントロール不能です!」
「そうか……」
廃工場の中に悲痛な電子音声が響くと、赤い仮面の下でナナシは目を伏せた。
「パージだ」
「……了解。クレナイクロスパージします」
背部のX状だったパーツが外れ、地面を転がる。
それを二体の天使が宙に浮きながら、悠々と眺めていた。
「あらま。せっかくの花山の新兵器が」
「もったいないね~」
「ちっ!」
「凄んでも怖くないよ、不滅の赤竜さん」
「その異名も今日までだな」
「我ら二人を一人で相手にしようなどと……」
「いくらなんでも驕り過ぎじゃない」
「……悔しいが言い返せないな……」
「ナナシ様……」
落ち込む主人の横に小さな竜が飛んで来た……が。
「ベニ、お前は退け」
主人は心を鬼にして突き離す。
「ナナシ様!ですが!!」
「クレナイクロスが失われた今、お前がいても仕方ない」
「それはそうでしょうけど!!」
「お前の役目はこいつらの情報を持って帰ることだ。わかってるだろ……?」
「ナナシ様……了解しました。ワタクシはワタクシの役目を、必ずこのデータをネクサスのみんなに」
「それでいい」
「必ずまたお会いしましょう!約束ですよ!!」
後ろ髪を引かれながらも、苦渋の決断を下し、小さな機械竜は工場の外へ……。
「そう簡単に!」
「行かせるかよ!!」
天使が空を駆ける!翼を羽ばたかせ、真っ直ぐと赤い背中を追う!
「こっちの台詞だ!!」
ナナシガリュウがカットイン!ハルバードを召喚し、二体の天使に立ち塞がる!
ガキィン!!
「おっと」
「お邪魔虫め」
二本の剣をなんとかハルバード一本で受け止める。いや……。
「そういうのを!」
「無駄な足掻きっていうんだよ!!」
バギィン!!
「――ぐあっ!?」
受け止め切れず。ハルバードは破壊され、ナナシガリュウは弾き飛ばされて、地面を転がった。
「大きい方は地面でも這ってろ」
「小さい方は……ありゃま、逃げられちまった」
だが、その間にベニは工場の外に出て行ってしまい、天使の視線は再び立ち上がろうとする紅き竜の方に……。
「まぁ、本命が残っているからいいか」
「あのナナシガリュウを倒したとなると、このガーディアンエンジェルのうなぎ登り!」
「今の倍、いや五倍の値段で売れるはず!!」
「そうなったら、何を買おうか……夢が広がるな~」
勝利を確信したリーヌスとルーペルトは夢に思いを馳せる。
「こいつら、舐めやがって……!」
ナナシガリュウはそれを苦々しく見つめる……今の彼にはそれだけしかできなかった。
「さぁ、どうやって終わらせようか」
「プロモーションのためにも、できる限り派手なやり方がいいよな~」
「今回は……なるようにならなかったか……」
紅き竜の命運もここまで……と思われたその時!
「情けないことを言うな、ナナシ・タイラン。それでも俺の上司か」
「!!?」
「誰だ!?」
突然の声に天使と竜の視線は一点に集中する。そこにいたのは一人の人間……人間らしき者だった。
それが工場の出入口からゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。
「なんだあの尖った耳……あいつは人なのか?」
「わからない……わからないがただ……美しい……」
その男……性別は判断できないが、男ということにしておこう。その男はリーヌスとルーペルトが息を飲み、手を止めるほど美しかった。
そしてその世にも美しく、そして長く尖った耳をした男はナナシガリュウの隣までやって来ると、立ち止まり、不敵に笑った。
「なんだか気分がいいので、もう一度言おう……情けない姿を晒すな、ナナシガリュウ」
「来たのか、ネジレ……!」
「来るさ。なんてったって、今の俺はネクサスのネジレだからな」




