真面目な奴ら
矢村カントリークラブでの戦いから、三週間後、ネームレスは借りているホテルの一室でレイラとコーヒーを飲みながら話していた。
「サディアス・カルヴァートの方はまだ時間がかかりそうだが、エミジオ・スルバランとソニヤ・ウイットの戦闘行為に関しては正当防衛ということでお咎め無しになりそうだ」
「……そうか」
ネームレスは無表情のまま、コーヒーを口に運んだ。
「その様子だと、お前の予想通りか?」
「ニュースなんかで、弁護士が喋っていたからな。むしろ罪に問われるのは、グノスから流出したピースプレイヤーを裏ルートで購入したことだと」
「そっちも状況が状況だからな、自分を守るために必死だったってことで、情状酌量になりそうだ」
「それは良かった……」
エミジオが罪にならないと知り、ネームレスの口角が僅かに上がった。平気な振りをしているが、そのニュースとやらを見た時から、ずっと気が気でなかったのだ。
「だが、いいことばかりではない。今回の件で、あの飛行機事故の対応が正しかったかどうか……また蒸し返されてしまった」
「だが、今回はカルヴァートやカポウンの件もあって、彼らの行動を擁護する声も多いのだろう?」
「そこだけが救いだな。シュショットマンに改めて調べてもらったが、過去の判断にも政治的な配慮などはなかったそうだ」
「では、コミノのボディーガードになったのは……」
「それでも非難の声が止まずに、職場にいられなくなった彼らにコミノが善意で声をかけたらしい。給料が高いのも、単純に命を助けてもらった礼からのようだ」
「君に聞いていたよりも、コミノという男はできた人間じゃないか」
「私や父の前では確かに偉そうで嫌な奴だったんだよ」
「もしかしたら虚勢を張っていたのかもな」
「虚勢?」
「天下のキリサキファウンデーションのトップに舐められないように、無理矢理強がっていたんじゃないか?」
「……だとしたら、私はとんだ間抜けだな。見る目がない。うまいことやっているつもりだったが……まだまだってことか」
レイラはコーヒーを啜る。その顔は飲む前から苦味走っていた。
「君がまだまだなら、俺なんてもっと……」
「……もしカルヴァートやスルバランに対して、自分はもっと何かできたんじゃないかなんて考えているなら、思い上がりも甚だしい。傲慢だぞ、ネームレス」
「俺は別に……」
「人間一人にできることには限界があるんだ。今回の件はお前がいくら強く、賢くてもどうにもならん。むしろお前は最善を尽くし、最良の結果をもたらしたといって誇ってもいいくらいだ」
「……俺はそうは思えん」
さらに沈んだ表情を浮かべるネームレスに、レイラは苛立ちを覚え、溜まっていたものを吐き出させる。
「この際だから言わせてもらうが、お前は真面目過ぎる。お前だけじゃない……ネクロもカルヴァートもスルバランもウイットもカポウンも……どいつもこいつも真面目過ぎるから、勝手に壊れるまで思い詰めて、過激な行動を取る。そして、それを最終的に後悔する……」
「……返す言葉もない」
「わかったら、白か黒かではなく、多種多様なグレーな視点でも物事を捉えられるようになれ。そして自分を許し、甘やかす術を覚えろ」
「………」
「きっとお前が変わることが、一番の贖罪だ。お前が変わることができれば、もっとたくさんの人を救えるようになるはずだ」
「……かもな」
ネームレスは温くなったコーヒーを飲み干すと、傍らに置いてあった鞄を手に取り、出入口のドアに向かって歩き出した。
「どこへ行く?」
「いつもの公民館だ」
「勉強か。言ったそばから真面目なことで」
レイラは呆れて、苦笑いを浮かべた。
「人間すぐには変わらんさ。それに多種多様なグレーな視点とやらで物事を見れるようになるには、歴史を学び、偉人達の人生を知ることが一番の近道な気がする」
「お前がそう思うなら、何も言わんよ。そもそもそんな資格もないしな」
「ならば、勝手にさせてもらう」
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
少しはにかみながら、ネームレスは部屋から出て行った。
(学ぼう、知ろう、それが今の俺にできる唯一のこと。そしてもっと強く、賢くなって、今度こそ俺と同じ過ちを犯そうとしている者に手を差し伸べて、救えるように……)
エメラルドのような緑色の目の奥に決意の炎を灯すと、金髪の罪人は力強く一歩踏み出した。




