憎しみの連鎖①
「おっ!ギリギリ池には落ちとらんぞ」
矢村カントリークラブのとあるホールの池の前でコミノは同伴者のボールを見つけた。
「今日は調子が悪いの、スルバラン」
「すいません」
「別に謝ることはない。むしろこうして無理矢理ゴルフに付き合わせて、わしの方が悪いと思っておる。みんな揃って、ドタキャンなど……何かあったのか?」
「……さぁ」
エミジオはそう語るコミノの目を決して見ようとしなかった、とてもじゃないが見れなかった。
「……まぁ、こうなったらこうなったで、お主との勝負を楽しむかの。ほれほれ、早く打て」
「はい……」
ザッ……
エミジオがキャディが担ぐゴルフバックから、クラブを取ろうとしたその時、木々の間から傷を負った一人の男が出てきた。
「ん?なんだあの男は?」
「不審者ですよ。自分が処理しますので、先生はキャディさんと逃げてください」
「そこまでせんでも、君が適当に凄めば追い払えるだろうに。多少暴れるようなら、軽く捻ってから、ここの警備員に連絡を……」
「そんな簡単な相手じゃないと思います……!」
こちらを見ずに、ただじっと突然出現した不審者を睨み付けるエミジオの目は真剣……というより、怒りで血走っているように見えた。
「スルバラン、君は……まさかみんながドタキャンしたのは……?」
「ええ、だからすいません、と」
「では、もしや奴がカポウンを……」
「はい……!ですから、おれが決着を着けないとダメなんです……!」
「うっ!?」
エミジオが纏うプレッシャーはボディーガードのそれではなかった。それは純粋に自分以外を拒絶し、萎縮させる殺気そのもの……。
「……こうなってはわしでは止められんか……」
「すいません、先生」
「だから謝らんでいい。君はわしの命の恩人なのだから」
「おれにとって、いや、おれ達にとってもコミノ先生は恩人です。ですから奴の刃はここで折り、あなたの下へは届かせない」
「わかった、勝算があるのだな」
「できる限りの準備をしてきました」
「ならばもう言う事はない……いや、一つだけ……死ぬなよ、エミジオ……!」
「……承知しました」
「……キャディさん、行きましょう」
「は、はい!」
コミノはそのまま混乱するキャディを連れて、その場から去った。
残されたのは復讐鬼二人……。
「オレの名前は……」
「サディアス・カルヴァート……だろ?」
「ソニヤ・ウイットに聞いたのか?」
「あぁ、昨晩連絡があったよ」
「では、オレが何者でどうしてここにいるかも?」
「カポウンが殺された時点で怨恨の線で何人かに目星をつけていた……お前の名前もリストにあった」
「そうか……ならば、覚悟はできているというわけだな……!」
カルヴァートの感情の高ぶりとともに、肉体も変化、あっという間に銀色の異形の姿へと変わった。
「その姿も報告通り……」
「ならば力も知っているだろ。大人しくしていれば、楽に殺してやるぞ」
「で、その後はコミノ先生を追って、同じことをする……か」
「当然」
「では、その提案絶対に聞き入れられんな……!」
エミジオは怒りの表情を浮かべながら、指をパチンと鳴らした。すると……。
ザバァン!!
「へへ!」
「やっと出番か……待ちくたびれたぜ!」
「マジでエヴォリストがターゲットかよ!燃えるねぇ!!」
池の中から不気味な三体のピースプレイヤーが飛び出して来て、エミジオを守るようにカルヴァートの前に立ち塞がった。
「貴様も伏兵か……芸がないな」
「ソニヤに戦闘のいろはを教えたのは、このおれだからな、手口が似るのは当然のこと」
「だからといって、失敗を繰り返す必要はなかろうに」
「失敗?『アシットード』を装着したこいつらをソニヤが雇ったチンピラ達なんかと一緒にするな」
「あぁ、失礼な奴らだな」
「俺達はあんなアマチュアとは違う。俺達は……」
「セミプロだ!!」
その言葉を合図に三体のアシットードは一斉に飛びかかった!
「セミプロかよ!!」
覚醒カルヴァートはツッコミを入れながら、カウンターで銀色の拳を撃ち込……。
ヒュン!!
「!!?」
「言ったろ、セミプロだって」
カウンターが当たる直前、アシットードはグリーンを踏み抜き、急上昇!回避と同時にカルヴァートの頭上を取った。
「さぁさぁ!攻めさせてもらうぞ!!」
「アマチュアとは違うってところ!」
「見せてあげるよ!!」
三体のピースプレイヤーの口元が一斉にガバッと開く。そしてそこから長い舌がこぼれ落ちると……。
「徹底的に舐めてやる!エヴォリスト!!」
「はあっ!!」
「おりゃあ!!」
その舌を鞭のように、カルヴァートに振り下ろした!
ベチッ!バチッ!ベチン!!
「くっ!?」
三方向から襲いかかる舌に対処できずに、もろに食らってしまう。銀色の身体には唾液と思わしき粘り気のある液体がべったりと付着する。
「……その程度か。不快ではあるが、その攻撃ではいくらやってもオレは倒せんぞ」
「それはどうかな」
「む?」
エミジオの勝ち誇ったような声が、カルヴァートの耳に届く。それと同時に……。
ジュウ……!
「――ッ!?」
舌が触れた箇所が白い煙を上げながら、カルヴァートの身体が溶け始めた。
「これは!?」
「お前が防御力に自信があるのも、ソニヤから聞いている。だからこそアシットードだ。このマシンの舌から滲み出る酸の前では、硬さなど意味はない」
「くっ!ならばその攻撃を食らう前に倒してしまえばいい!!」
「まぁ一つの答えとしてはアリだな。で、どうやって?」
「!!?」
アシットードはピョンピョンと忙しなく飛び跳ね続けていた……カルヴァートの手の届かない場所を。
「防御力だけでなく、お前が遠距離攻撃を持っていないこと、戦闘経験の少なさから縦の動き、三次元的機動に弱いことも聞かされている」
「あの女……!」
「もう一度言う……だからこそのアシットードだ」
ベチッ!バチッ!ベチン!!ジュウ!!
「ぐあっ!?」
再び頭上から襲いかかる酸を纏った舌の鞭!結果もまた先ほどと同じ、カルヴァートの全身から自身の身体が溶けている証である白煙が漂う。
(くっ!?戦闘の素人であるからか、エヴォリストという身に余る力を手に入れ、知らず知らずのうちに驕っていたか……自分の能力が知られることに少し無頓着過ぎた……!まさかここまで徹底的に対策されるとは!!)
「順番を間違えたな、カルヴァート。真っ先に三人の中で最も戦闘に長けていたおれのところに来るべきだった。そうすれば指の一本ぐらいは触れられたかもな」
「くっ!?」
「終わりだ、逆恨み野郎。間違った道を歩いたところで報われることも、救われることもない」
ベチッ!バチッ!ベチン!!ジュウ!!
三本の舌がまたカルヴァートを容赦なく攻め立てる!何度でも何度でも!
「まだまだ!おかわり!」
「いかがですか!」
「なんてねぇ!!」
ベチッ!ビュン!ベチン!!ジュウ!!
(……ん?)
エミジオは何かの間違いだと思い、目を凝らした。今、一瞬カルヴァートが攻撃を回避したように……。
ベチッ!ビュン!ビュン!ベチン!!ジュウ!!
(こいつ!?アシットードの攻撃に対応し始めている!?)
悲しいかな見間違いではなかった。カルヴァートは明らかに舌の動きを見切り始めていたのだ。
(確かにオレはあんたからしたら戦闘のド素人だよ。正直、この力をどう使えばいいのかわからなかった……昨日までは!)
カルヴァートの脳内で再生されるのは、昨晩の黒竜の動き、それを必死にトレースしようと身体を動かす。
(素人でもわかる、あのネームレスガリュウとやらの動きは、この神凪でもトップクラスだ。あいつの動きを再現できれば……!)
ビュン!ビュン!ビュン!!
「「「なにぃぃぃぃっ!?」」」
「よし!!」
(全て回避しただと!?)
ネームレスが推測した通り、今までまともな訓練を受けていないからこそ、カルヴァートは渇いたスポンジの如く、経験を吸収し、劇的に成長していた……現在進行形で!
(まずいな……戦闘型のエヴォリストがここまでとは……アシットードは退かせるべきか……?)
「舐めやがって!!」
「舐めるのは!!」
「俺達の役目なんだよ!!」
(完全に頭に血が昇っている……もうおれの言葉では止まらんか)
「喰らえ!!」
ビュン!ビュン!ビュン!!
「ッ!?」
喰らわず。カルヴァートは先ほどよりも余裕を持って回避。舌は虚しく空を切った。
「こいつ、どんどん動きが洗練されて……」
「狼狽えるな!確かに攻撃は当たらなくなってきたが、戦況は依然我らが優位!」
「そうだ!あちらは攻撃する術がないんだ!焦れずにスタミナを削っていけば、最後に勝つのは俺達だ!!」
「お、おう!そうだよな!最後に勝てばいいんだ!!」
ビュン!ビュン!ベチン!!ジュウ!!
「ぐっ!?」
状況を整理し、気持ちを立て直した事が功を奏したのか、酸が滲む舌の鞭は再び銀色の身体を捉え出した。
(冷静さを取り戻した。士官学校やP.P.バトルのプロを目指していただけはあるか。これで焦って、カルヴァートが動いてくれれば……)
(悔しいが奴らの言う通り、このままじゃじり貧だ。意を決してジャンプで強襲するか?いや、むしろそれを狙っているんじゃないか?おれが空中で身動き取れなくなる瞬間を……)
(動け!跳べ!エヴォリスト!俺達の誰かを潰しに来い!)
(そしたら残った二人がお前をこの舌で一気に拘束する!)
(お前がこの世から溶けてなくなるまで、離さないぜ!!)
(ジャンプは……)
ビュン!ビュン!ビュン!!
「ちっ!?」
(無しだ!!)
(気づいているな、カルヴァート。肉体だけでなく、頭も戦闘向けになっている)
(奴らを倒すには、こちらが奴らのフィールドに行くのではなく、奴らをこっちのフィールドに引きずり下ろさなくては。そのために必要なのは……)
攻撃を避けるカルヴァート、その頭にまた昨晩の戦いの記憶が甦る……あの憎き女が纏ったピースプレイヤーの姿が。
(あの女のマシンの真似をするのは癪だが、背に腹は変えられん。この腕を細く……そして長く!!)
昨晩自分を襲ったペリグロソアンギーラの手持ち武器、鞭を思い浮かべながら、意識を両腕に集中させる。
すると、カルヴァートのイメージ通り、銀色の腕は細く、長く鞭のような形に変形した。
(……決まったな)
戦闘に長けていると自負しているだけあって、エミジオはその姿を見た瞬間に、この先起こることを予見し、目を伏せた。
「あいつ!」
「俺達に対抗する気か!!」
「しゃらくせい!その程度でどうにかできるアシットードじゃないつーの!!」
対照的に自分達の行く末を何も見えてないアシットード軍団は、さらに気合を入れて攻勢に……。
ブゥン!!バチン!!バシャアァァァン!!
「「……え?」」
銀色の腕が一瞬ぶれたと思ったら、次の瞬間、激しい衝突音が鳴り響き、仲間の一人が池にダイブしていた……。
残された二人には結果だけしか認識できなかった。
「一体何が……!?」
「まさか奴は攻撃したのか……!?」
(よくやったと褒めてやろう。だが、ここまで……セミプロではあの攻撃には反応できん)
「感謝するよ、セミプロ軍団。貴様らのおかげで、オレはまた一歩……復讐の完遂に近づいた……!!」
「こ……!!」
「このくそ銀色があぁぁぁぁッ!!」
半ば自棄になったアシットードは最後の攻撃を……。
ブゥン!ブゥン!バチン!ドスウゥゥゥゥン!!
(……ほらな)
最後の攻撃をさせてもらえなかった。
エミジオの予想通り、残り二体のアシットードも攻撃する間もなく、瞬く間に撃墜されてしまった。
こうして再びこのホールには復讐鬼が二人だけ残された。
「……前言を撤回する。お前がおれを最後にしたのは正しい。完全に対抗策を練っていたセミプロどもを一蹴するレベルにまで達したとなると……おれでもかなり厳しい」
「厳しいか……これだけの力を見せつけても、まだ自分の方が上だと言っているように聞こえるな」
「そう言っているんだ。確かにお前は強い、強くなったよ、サディアス・カルヴァート。だがな……」
エミジオはポケットから取り出した指輪を嵌め、顔の前に翳した。そして……。
「それでもおれと『カマエル』には届かん……!!」
指輪の真の力を解放する!
ゴルフ場を照らす眩い光!その中から立派な翼を持った赤い天使が姿を現した。
「グノスから流れ流れて、我が物になったこの特級ピースプレイヤー、カマエルで……カポウンの仇を取らせてもらうぞ、逆恨み野郎……!!」




