追う者、追われる者②
細いが、丸みを帯びた流線型……ペリグロソアンギーラはどこか艶かしく、妖しい魅力を持ったピースプレイヤーであった。
「……そのマシンのことは知っている。確か、『ヴァレンボロス・カンパニー』のものだ」
「あら、よく知っていたわね、裏社会御用達の会社の製品のことを」
「そちらの方が強いマシンを簡単に用意できると思っていたからな」
「安易な考え。本当に素人ね」
「というか、あんたの方こそいいのか?政治家のボディーガードがそんな悪名高いところの製品を愛用しているなんて、世間からしたらマイナスだろ?」
「そんなこと言われなくてもわかっているわよ。普段の仕事では普通に花山のマシンとか使っているわ」
「なら、そいつは……?」
「アンギーラは守るためではなく、倒すためのマシン……あんたのような逆恨み野郎を処刑するためのマシンよ!!」
「来るか……!!」
アンギーラはそう言いながら深く腰を落とした!対抗するようにスタンゾルバーも構えを取る!そして次の瞬間!
バッ!!
「……え?」
その艶かしく妖しいピースプレイヤーは全速力で後退した……スタンゾルバーに向かって行くのではなく、逆に離れるように後ろに下がったのである。
「あの三人を倒したのは、全て近接攻撃……そんな相手に近づくわけないでしょ」
「逃げるのか!?いや、あのマシンの能力は確か……」
「わざわざ思い出さなくていいよ!すぐにわかるからね」
後退しながら、アンギーラはスタンゾルバーに向かって手を翳した。そして……。
「痺れさせてあげる」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
放電!アンギーラは手からけたたましい音を鳴り響かせながら、電撃を放ったのだ!
「ぐあぁぁぁぁっ!!?」
闇夜を切り裂く雷にスタンゾルバーは反応することすらできずに、ソニヤの言葉通り全身を痺れさせ、悶え苦しんだ。
「このまま感電させて、カポウンのところへ送ってあげるわ」
「くっ!?こんなもの……!こんな電撃など!!」
カルヴァートは苦痛を根性で抑え込んだ!電撃を浴び続けながら、アンギーラへと突撃した!
「やせ我慢しちゃって」
「このおぉぉぉぉッ!!」
一気に距離を詰め、拳を振り下ろす!
「でも残念」
ヒュン……
「――ッ!?」
「アタシに触れることはできない」
アンギーラはまるで体操選手のようにくるくると回り、スタンゾルバーを飛び越した。そしてそのまま背後に着地する。
「けど、頑張ったからね……ご褒美にアタシの方からちょっとだけ……!!」
人差し指でちょんと無防備な背中をつつく。そして……。
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐ、ぐあぁぁぁぁっ!!?」
また放電。直に電撃を流され、カルヴァートの細胞一つ一つが痛みに悲鳴を上げた!
「こ、このぉ!!」
それでもこれまた気合と根性で耐え、裏拳で反撃!
ブゥン!
「おっと、危ない危ない」
「くっ!?」
けれどそんな破れかぶれの攻撃ではアンギーラを捉えることはできず。あっさりと避けられ、また距離を取られてしまった。
「今のでわかったでしょ?あんたの攻撃はアタシには当たらない」
「そんなこと!!」
ヒュン!!
「――ッ!?」
「あるのよ」
突進からのパンチはまた空を切った。アンギーラはかなりの余裕を持ってバックステップで躱した。
「どういう理屈か知らないが、あなたはスタンゾルバーのスペック以上の力を出せるみたいだけど、動きはやっぱり素人丸出し。攻撃が直線的過ぎるし、タイミングも単調」
「くっ!?」
「そんなんじゃチンピラは倒せても、プロであるアタシはどうにもできない!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐうぅぅぅぅっ!!?だったら!!」
スタンゾルバーは再び拳銃を召喚!電撃に耐えながら、狙いをつける。
「喰らえ!!」
バン!バン!バァン!!
放たれた弾丸は真っ直ぐとターゲットに向かい、アンギーラも避ける気配を見せない……避ける必要などないからだ。
「アンギーラウィップ!!」
ビシッ!ビシッ!ビシッ!!
「なっ!?」
アンギーラは召喚した鞭を振るい、弾丸をいとも簡単に叩き落とした。
「パターンを変えてくるのは悪くないわ。だけど、銃に関しては特にパワーアップもしてないみたいだし、恐れることもないわね。むしろイクストラルの時のように撃ち合いの状態になれば……」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐあぁぁぁぁっ!!?」
「アタシの勝利は決まったも同然」
何度目かの電撃!すでにボロボロだったスタンゾルバーは遂に限界を迎え、装甲が崩れ落ちていった。
「さぁ、フィナーレよ!またあの辛気くさい顔を晒しなさいな!もっとも黒焦げになって、誰だかわからなくなっているかもしれないけどね!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
明滅するスクラップ廃棄場、悲しいかなスタンゾルバーもそのゴミ山の仲間入りをすることになった。
しかし、それはアンギーラに負けたからではない……役目をしっかり果たしたからだ!
「ありがとう、スタンゾルバー……もう十分、お前はよくやった、もう眠れ!!」
バギィ!バキィン!!
装甲が勢いよく弾け飛ぶ。その中から出てきたのは……。
「……え?」
ソニヤは目を疑った。スタンゾルバーの中から出てくるべきなのは黒焦げになった死体のはずだった。
けれど、出てきたのは、全身を銀色に輝かせる異形の怪物であった。
「その姿は……あんた、エヴォリスト……!?」
「あぁ、そうだ」
「――ひっ!?」
目があっただけで気圧された。カルヴァートという存在はまったく別の存在に、人間を遥かに超えた存在になったと、ソニヤの本能がアラームを鳴らしていた。
「そうか……あのスタンゾルバーの異常なパワーやスピードは内部で一時的、部分的に覚醒形態になっていたから……」
「そうだ」
「だけど、エヴォリストの力に耐えられずスタンゾルバーは自壊、腕や脚がひび割れた……」
「そうだ」
「何で!?何でそんな真似を!?最初からその姿で戦えば良かったじゃない!?」
「お前と一緒だ」
「え?」
「お前がチンピラをけしかけて、オレの力を測ろうとしたように、オレもまたスタンゾルバーでお前の能力を探ろうとしたんだ……お前を確実に仕留めるために」
「うっ!?」
「そして今、完了した」
覚醒カルヴァートは片足を引き、半身の状態に。
その動作だけでソニヤは恐怖で身震いし、たじろいだ。
「スタンゾルバーのままで終わるのが、オレにとってもお前にとっても最善だったんだ。無駄な恐怖や屈辱を味わわないで済んだからな」
「逆恨みストーカーが……!!」
「違う、オレは……復讐者だ!!」
「ひっ!?」
カルヴァートは一瞬でアンギーラの眼前に、スピードに更に磨きがかかったとかいうレベルではなく、瞬間移動したと錯覚するほどだった。そして……。
「はっ!」
振り下ろされる銀色の掌!
ガリィン!!
「――ッ!?」
致命傷は、かろうじて致命傷は免れた。しかし、僅かに指に触れた胸の装甲は大きく抉れ、その破壊力を雄弁に物語っていた。
(もう少し反応が遅れていたら、心臓ごと抉られていた……だけど、そうはなっていない!スピードもパワーも更に上がったけど、動きの野暮ったさは変わっていない……これならまだ!!)
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
電撃引き撃ち!アンギーラは持てる全てのエネルギーを攻撃と逃走に集中させた。
「ぐっ!?」
「効いている!!やはりまだ勝機は消えていない!!」
「いや……!」
ドゴッ!!
「!!?」
覚醒カルヴァートは電撃を受けながらも、ゴミ山に手を突っ込んだ!そして……!
「お前はもう終わっている!!」
ブゥン!!
「――なっ!?」
そこから取り出した巨大な金属の塊を力任せにぶん投げてきた!
「なんてでたらめなパワー!でも!!」
ドスウゥゥゥゥゥン!!
アンギーラは地面を転がりながら回避し……。
「追うのは疲れた。お前からオレの下に殺されに来い」
「――ッ!?」
回避先に覚醒カルヴァートはすでに回り込んでいた!鋭い銀色の爪を月明かりに反射させながら、振りかぶる。
「終わりだ!!」
「アタシを!ペリグロソアンギーラを!舐めるな!!」
グルッ!!
アンギーラは鞭を振るい、今にも自らに撃ち下ろされようとしているカルヴァートの腕に巻きつける!
「どっか行けぇぇぇッ!!」
そして全力で引っ張り、投げ飛ばそうと……。
グッ!!
「――ッ!?」
投げ飛ばそうとしたが、カルヴァートをほんの数ミリ動かすだけで精一杯だった。
「火事場の馬鹿力という奴か。少しも動くつもりはなかったんだがな」
「ぐうぅっ!!なら!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
投げを諦めたアンギーラは再び発電!鞭を伝達して、直接カルヴァートの身体に流し込んだ!
「直は効くでしょう!!」
「あぁ……痛いよ、苦しいよ……」
「だったらとっとと!!」
「だが!彼女達が受けた痛みと苦しみに比べれば、なんてことないわぁッ!!」
グイッ!!
「……あ」
アンギーラは自分の武器によって逆に引き寄せられた。
宙を舞う彼女の目の前には鞭の絡まった拳が……。
「その一部でも感じてみせろ!クズ女が!!」
ドゴォォォォォン!!
「――がはっ!!?」
銀色の拳がアンギーラの顔面に炸裂!鞭を引き裂きながら、ゴミ山に吹っ飛び、容赦なく叩きつけられた。
「結局、捨て駒だとバカにしていたチンピラ達と同じ運命を辿ることになったな、ソニヤ・ウイット」
そう侮蔑を込めて喋りながら、カルヴァートは手首に残っていた鞭を引きちぎり、投げ捨てると、完全に戦闘能力を失った彼女の下に歩き出した。
「……この様じゃ、何の弁明もできないわね……」
「素直だな……死を目前にして、心を入れ変えたか?」
「フフ……アタシは生まれてからずっと素直な女よ。何の嘘偽りもなく生きてきた……あの事故だって……本当に何の落ち度もない……」
「……お前、オレの目的に気づいていたのか?」
カルヴァートは息も絶え絶えのソニヤの前で立ち止まると、ほんの少しだけ彼女に感心したように語りかけた。
「カポウンが殺された時には察しがついていたわよ……アタシのところに来たら、きっとあのことだって……」
「ならば、お前はオレのことを覚えていた上で、知らない振りを?オレを苛立たせ、罵るためだけに……!!」
覚醒カルヴァートの全身から禍々しい怒りのオーラが噴出させた。
「違うわよ……あなたは何もわかっていない……」
いつものソニヤなら恐れおののき、震え上がっていたところだろう。しかも今の彼女は指一本も動くことすらできない状態なのだから尚更そうなってもいいはず……。しかし、むしろそれだけの窮地に追いやられたからか開き直りにも似た一種の達観した境地にたどり着いていて、決して動じなかった。
「あなただって本当は理解しているんでしょ……自分が間違っていることに?」
「オレは間違ってなどいない!!」
「なら、ピースプレイヤーなんか使わず、最初からその姿でやれば良かったじゃない……」
「だから、それは確実にお前を殺すために!!」
「詭弁よ、あなたは自分を騙そうとしているだけ……あなたはまだ自分のやろうとしていることを信じ切れずにいる。この復讐は正しいのかどうか答えを出せていない……!」
「違う!オレは正しい!オレの復讐は何も間違ってなどいない!!」
アンギーラの猛攻にもびくともしなかったカルヴァートが狼狽え、声を荒げた。それこそが彼女の言っていることが正しいという、紛れもない証拠だった。
「いいえ……もう一度だけ言わせてもらうわ!あなたがやろうとしていることは逆恨み!!それ以上でもそれ以下でもない!!あなたはただ大切なものを失ったストレスをアタシ達に押し付けて、楽になりたいだけ!!」
「違う!オレは!オレのやろうとしていることは!!」
「わからず屋が!何度だって言ってやる!逆恨みなのよ!!あなたは憂さ晴らしをしているだけでしかない!!」
「違ぁぁぁぁうッ!!」
ソニヤの言葉の猛攻に耐え切れず、覚醒カルヴァートは怒りに身を任せて、銀色の拳を……。
「ストップだ、銀色の」
「――!!?」
バァン!!
「くっ!?」
「これは……」
刹那、夜空から一筋の光が!咄嗟に拳を引っ込め、後退するカルヴァート。
そんな彼の前に、マントを靡かせ、夜を閉じ込めたような漆黒のピースプレイヤーが降りて来た。
「黒い……竜?お前は……?」
「まさか……“罪深き牙”GR02……」
「今日はただ話しを聞くだけのつもりだったのだが……何でこんなことに……」
ネームレスガリュウは自らの相変わらずの運命を心の底から呪った。




