追う者、追われる者①
暗くなって来た街を、トヨサブロウ・コミノの美人ボディーガード、ソニヤ・ウイットは肩で風を切りながら、堂々と歩いていた。その姿は威圧感さえあり、彼女の存在に気づいた者も声をかけられずにいるほど。そのまま誰にも邪魔されることなく、仕事が終わると自宅に真っ直ぐ帰るのが彼女の日課だった。
しかし、その日は違った。
脇道に逸れたかと思うと、あれよあれよという間に市街地から離れ、遂にはまったく人気のないスクラップ廃棄場にやって来た。
「……さてと」
ソニヤは山積みのゴミをバックに、くるりとターンをして、仁王立ちになった。そして……。
「そろそろ出て来なさいな、ストーカーさん」
そうめんどくさそうに語りかけた。
「……気づいていたか」
その声に促されるまま男が姿を現した。人目を引くモデルのようなソニヤとは対照的に、どこにでもいるくたびれた中年男だ。
「これでも今はボディーガードなんてやっていますからねぇ、そりゃ気づきますよ」
「国際レスキューでもあったもんな。気配には敏感か」
「そういうこと。っていうかアタシの前職まで知っているとは筋金入りね」
「あぁ、お前のことは全て知っている、全て……後ろめたいこともな」
そう語る男の目には憤怒の炎が燃え上がっていた。
彼の心中を察したソニヤは……ため息をついた。
「はぁ……ただの熱心なファンだったらサインの一つでも書いて、追い返してやろうと思ってたけど違うみたいね……あんたがカポウンを殺したの?」
男は無言で首を縦に振った。
「やっぱり……あいつが死んだってニュースを聞いてから、嫌な予感があったのよね……きっとこいつはアタシも殺しに来るって……!」
「心当たりがあるのか、自分が狙われる理由に?」
「察しはつくわ、アタシの前職まで知っているってことは大体」
「罪悪感は持っていたのだな」
「違うわよ。国際レスキューってのは、逆恨みされやすいのよ」
「逆恨みだと……?」
「なんでもっと早く助けに来なかった!?どうしてあの人が死ななければならなかったの!?……とかね。アタシ達は最善を尽くしたというのに、延々と難癖つけられたものよ。あなたもその類いでしょ?」
「なるほど……お前はそういう考えをするのだな……」
「ええ、そう割り切ってないと、やっていけなかった」
「ならば!死ぬまでそう思っていればいい!!」
ソニヤの言葉は男の逆鱗に触れたようだ!首にかけていたタグを手に取り、高々と掲げた!
「スタンゾルバー!!」
タグが光を放ち、機械鎧に変化、男の全身を覆い、完全なる戦闘態勢に移行した。
その姿を見て、ソニヤは……嗤った。
「フフ!何が出て来るかと思えば、トライヒルのスタンゾルバーとはね!」
「お気に召さなかったか……?」
「そんなマシン選ぶなんて、ピースプレイヤーを知らないか、よっぽど物好きよ」
「オレは前者だ。マシンには拘らない」
「二流ってことね。一流は道具にも拘るし、場所にも拘る……ターテ!ヨーコ!メナーナ!出番よ!!」
「「「はいよ!!」」」
ソニヤの声がスクラップ廃棄場に響き渡ると、ゴミの山からがらの悪い三人の女が出て来た。
「仲間を待ち伏せさせていたか」
「アタシやエミジオほどではないけど、カポウンも中々のボディーガード、かなりの実力者よ。そんな彼を殺した人間を相手にするんだから準備はきっちりするわよ」
「そうそう!」
「準備は万端!」
「あんたを逆に狩るね!!」
三人の女は先ほどの男のように首にかけていたタグを掲げた!
「ツムシュナーベル!!」
「イクストラル!!」
「ガナドール・エスパーダ!!」
呼びかけに応じ、三人のタグも機械鎧に。それぞれデザインが全く違うピースプレイヤーを装着した。
「ピースプレイヤーの展示会みたいだな」
「同僚のエミジオのコレクションからちょっと拝借させてもらったわ。言うまでもなく、あんたのスタンゾルバーよりも遥かに高性能よ」
「姐さん!言葉で説明するよりも……」
三人娘は肩越しに、もう我慢できないと訴えてきた。
「血気盛んな子達、新しい玩具で早く遊びたくて仕方ないのね」
「そういうこと!!」
「ならば……存分に暴れなさい!!」
「「「ヒャッハ~!!」」」
三体のピースプレイヤーは一斉に散開、イクストラルとガナドール・Eはスタンゾルバーを挟み込むように、そしてツムシュナーベルは……。
「先手はもらったぁぁぁッ!!」
真っ直ぐと突っ込む!
「ふん!返り討ちにしてやろう!!」
スタンゾルバーは突進して来るツムシュナーベルに合わせて拳を……。
「遅いし!何もわかっていない!!」
ブゥン!!ガリッ!!
「――何!!?」
ツムシュナーベルはカウンターを食らう直前で、急上昇!足の爪で逆にスタンゾルバーを傷つけながら、夜空に舞った!
「飛べるのか……?」
「飛べるんだよ!これがツムシュナーベルの力だ!!」
ガリッ!ガリッ!ガリッ!!
「ぐっ!?」
ツムシュナーベルは空は自分の庭だと言わんばかりに、縦横無尽に飛び回りながら、スタンゾルバーの装甲を抉り続けた。
(あれ?『BP・ヒンメル』じゃなかったっけ?『バルテン&プレーツ』と『ツムシュテーク』社はコンセプトが似てるからどっちがどっちかわからなくなるのよね。まぁ、どっちでもいいけど。今、大切なのは空中戦特化型だということ)
「デリャア!!」
ガリッ!!
「ちっ!?」
(人間は上からの攻撃に慣れていない。対応できるかどうかはその手のピースプレイヤーやオリジンズとの戦いの経験が如実に現れるわ。そしてどうやら……)
「もう一丁!!」
ガリッ!!
「ぐあっ!?」
(逆恨みストーカーさんはその経験がないようね)
ツムシュナーベルの空中からのヒット&アウェイ攻撃にスタンゾルバーは為す術がなかった。ただただ一方的に嬲られ続けるだけ……。
「ちょこまかと……鬱陶しいんだよ!!」
バン!バン!バァン!!
いや、やられっぱなしでは終わらない!スタンゾルバーは拳銃を召喚すると、頭の上を飛び回るツムシュナーベルに向かって連射した!しかし……。
「おっと」
あっさりと躱されてしまう。
(銃の腕も素人……あれじゃ、止まっている相手にしか当たらないわ)
「くそ!!」
バン!バァン!!ヒュン!ヒュン!!
「無駄無駄!そんな射撃じゃツムシュナーベルには触れることなんてできないよ!!」
「やり続けていれば……!」
「おいおい……このままこの状態が続くと思ってるの?あんたの敵はあたしだけじゃないってこと忘れてない?」
バァン!!ゴォン!!
「――ッ!?」
銃弾が遂に命中……スタンゾルバーに。
衝撃で吹き飛ぶが、すぐさま体勢を立て直し、弾が飛んで来た方向を確認する。
そこには長大な銃を構えたイクストラルが立っていた。
「目には目を、歯には歯を……銃には銃をだ!!」
バン!バァン!!ガリッ!ガリッ!
「くっ!?」
今度は不意を突かれなかったので、かろうじてかすり傷だけで済ますことができた。
つまり逆に言えば、認識していても、イクストラルの射撃は完全に回避することができなかったということである……。
(イクストラルを販売している『スマイス・ファイアーアームズ』はピースプレイヤーの外付け武器の評価が高い企業。本体のスペックはスタンゾルバーとそこまで変わらないけど、銃に関しては天と地ほどの差がある。このまま撃ち合いをしていては勝機はないわよ)
「このぉ!!遠くからチクチクと……お前も鬱陶しい!!」
バン!バン!ガァン!ガァン!!
(正解)
我慢の限界を迎えたスタンゾルバーは盾を召喚して、イクストラルに突進した。
(イクストラルを倒すには、接近戦に持ち込むのがベスト。あなたの判断は正しいわ……一対一ならね)
「お邪魔します!!」
「!!?」
「よいしょ!!」
ザンッ!!
「な!?」
最後の一体、ガナドール・Eの乱入!剣で盾を一刀両断した!
(『ガナドール』社の主力商品、その名もガナドールシリーズ。会社名をそのまま商品名にしちゃう押しの強さは好きじゃないけど、性能は折り紙つき。エスパーダは近接型のピースプレイヤーとしては屈指の出来よ)
「それそれ!いくぞ!!」
ザンッ!ザンッ!ザンッ!!
「ぐうぅ……!?」
ガナドール・Eの剣はいたぶるように次々とスタンゾルバーの装甲を削ぎ落としていった。いや、彼女だけではなく……。
「ほれほれ!!」
バン!バァン!!
「うりゃあ!!」
ガリッ!!
「ぐあっ!?」
先の二人も自分のマシンの持ち味を存分に生かし攻撃!スタンゾルバーは一方的にボコられ、誰がどう見ても勝敗は明らかだった。
(決まったわね。あいつではあの三人には勝てない。曲がりなりにもカポウンを倒した相手だから、少しでも情報を引き出そうと、捨て駒のつもりで適当にスカウトしたんだけど、あの子達思ったよりやるわね。そしてストーカーさん……あんたはアタシの想像を遥かに下回った!)
ヒュッ!ドオォォォン!!
「……え?」
ソニヤが勝利を確信したその瞬間、彼女の横を何かがもの凄い勢いで通り過ぎ、後ろのゴミ山に叩きつけられた。
美人ボディーガードは恐る恐る振り返る……。
「なっ!?」
叩きつけられたのは、さっき心の中で褒めちぎっていたガナドール・E!全身に亀裂を走らせ、装着者は意識を失っていた。
「一体、どういうこと!?」
再び視線を戻すと、スタンゾルバーが煙を立ち上らせ、いつの間にか細かいひびだらけになっている拳を突き出していた。
「……あなたがやったの?」
「オレ以外に誰がいると思うんだ?」
「でも、あなたの動きは素人丸出し、マシンのスペックだって大したことない……なのに!?」
「自分でも自分が嫌になるよ、人間『サディアス・カルヴァート』の弱さには」
「サディアス・カルヴァート……」
「オレの名だ。覚えているか?」
「いえ……」
「だろうな」
カルヴァートは鼻で笑う。
だが、胸の奥では身を焦がすほどの憎しみの炎を燃え滾らせていた。
「もしオレのことを覚えていたら、苦しまないように殺してやろうと思っていたのだがな……」
「余計な気遣いね。そもそもまだ一体倒したくらいじゃない。まだあんたの相手は……」
ソニヤは残ったツムシュナーベルとイクストラルに目配せをした……が。
「え?」
「まだやるんですか……?」
彼女達二人の闘争心は仲間のガナドール・Eの敗北と共に粉々に砕けていた。
「やるに決まっているでしょ!!いくら払ったと思ってるの!!」
「それは陰気なストーカーをいたぶるだけだって聞いたから!!」
「こんなメナーナを一撃で倒す奴相手に、あれははした金もいいところですよ!!」
(口と保身だけは一丁前のチンピラが……!!こいつらもアタシ達が必死に助けてやったのに、文句を垂れるクズどもと同じ……!!)
ソニヤはかつての苦い記憶を思い出し、拳を握り締めた。このままこの拳を目の前にいる奴ら全員に叩き込みたい気分だった。
だが、一方で自分が今何をすべきかを考える冷静さを彼女は持ち合わせていた。
(でも、奴が何をしたのか知るためには、こいつらをなんとか戦わせないと……仕方ない……!)
「あの~……」
「さらに倍出すわ」
「え?」
「だから報酬を倍、いや三倍にしてあげる!」
「マジで!?」
「マジもマジ!大マジよ!わかったら、とっととそいつを倒しなさい!!」
「「合点承知!!」」
金に目が眩んだチンピラは戦闘を再開!ズタボロのスタンゾルバーに襲いかかった!
「メナーナがやられたのは驚いたけど!あたしの場合、空にいれば!」
ツムシュナーベルはさらに高度を上げながら銃を召喚!下にいるターゲットに安全圏から……。
「あれ?」
ほんの一瞬、ほんの刹那、目を離した隙にスタンゾルバーはいなくなっていた。
「あいつ、どこに……!?」
「後ろだ!ターテ!!」
「え?」
飛行能力に特化したツムシュナーベルのところまで、スタンゾルバーは跳躍して来ていた!そして……。
「もう遅い」
ドゴッ!!ドスウゥゥゥゥゥン!!
「――ッ!?」
振り返ると同時に拳を叩き込まれ、ツムシュナーベルもまたゴミの山に突っ込んだ。
「これで残る前座は一人……」
「くっ!?」
足にも細かい亀裂を入れたスタンゾルバーは着地すると、最後の一人となったイクストラルを睨み付けた。
「今のでわかったろ、お前ではオレに勝てない。武装を解除し、のびているお友達を連れて、この場から去れ」
「情けをかけるっていうのか……!?」
「そうだ。むしろずっとかけていた。だからこそ“人間”のままで戦ってやっていたんだ」
「人間のまま……?」
ヨーコは思わず首を傾げた。何を言っているのか、何一つ理解できなかった。
「オレはターゲット以外の人間を殺すつもりはない」
「ちっ!」
そう言いながら親指で差されると、ターゲットのソニヤは苦虫を潰したような表情を浮かべた。
「だから見逃してやる。特に女には手を上げたくないんだ……家族のことが頭に過るから……」
その瞬間、僅かにカルヴァートの目線が下がり、警戒心が緩んだ。
それを見逃すソニヤ・ウイットではない。
「今よ!撃てぇッ!!」
「は!?はい!!」
バン!バン!バァン!!
鬼気迫るソニヤの命令に気圧され、身体が勝手に反応する!発射された弾丸は……。
ガァン!ガァン!ガァン!!
「「!!?」」
「愚かな……」
弾丸は勝利を手繰り寄せることはできなかった。スタンゾルバーの装甲こそ貫いたが、カルヴァートの命に届くことはなかったのだ……。
「最後のチャンスを自ら放棄したな」
「いや!?違う!!つい驚いた拍子に!!撃とうとは思っていなかった!!」
「言い訳を聞くつもりは……ない!!」
スタンゾルバーは地面を力一杯蹴り出し、さらにその装甲に亀裂を入れながら、イクストラルに向かって跳んだ。
「何で!?何で私が!?」
バン!バン!バァン!!ガガァン!!
恐慌状態に陥ったイクストラルは銃をひたすらに乱射したが、ボロボロのスタンゾルバーはびくともしなかった。そよ風を受けているかの如く、銃弾を浴びながら進み続ける!
「何で……何で私が、私達がこんな目に……!?」
「オレの復讐に首を突っ込むからだ。これに懲りたら、真面目に生きろ」
ドゴッ!ドゴォォォォォン!!
勢いそのままに撃ち出された拳は、イクストラルの顔面をきれいに捉え、お友達と同じくゴミ山のクッションへと強制的に連行、装着者のヨーコの意識も当然一撃で断ちきっている。
「……真面目に生きろとか……殺人鬼の分際で偉そうに説教して、羞恥心とかないの?」
「そうだな……自分で言っていて、吐き気がしたよ」
「へぇ……そういう倫理観は持っているんだ」
「お前と違ってな」
「生意気」
前座を全て退けたカルヴァートは本来のターゲットであるソニヤと再び向かい合った。彼にとってはここからが本番なのだ。
「ずいぶんと余裕だな」
「彼女達には最初から期待してないもの」
「オレの情報を引き出すための捨て駒か?」
「戦闘のセンスはないけど、頭は回るみたいね。その通りよ。あまり有意義な情報は得られなくてがっかりしてるけど」
「それでもそんな軽口を叩けるか」
「確かに想定よりも情報は引き出せなかった……だけど、あなたを始末する分には十分なデータは揃っているわ」
そう言いながら、ソニヤは首もとにキラリと光るネックレスをそっと触った。
「アタシに手を出したこと、後悔しなさい……『ペリグロソアンギーラ』起動!」
瞬間、ネックレスから放たれた眩い光でスクラップ廃棄場は包まれた。




