成長とは……
「ウリャア!!」
ザシュ!!
「トシャア!?」
ガリュエムはナイフで最後の泥人形を袈裟斬りにし、消滅させた。
「ドシャア……」
それをトシャドロウはただ眺めて、いや聞いて、嗅いでいた。視覚を失った代わりに異常発達した聴覚と嗅覚は正確に周囲の状況を把握し、ガリュエムの一挙一動を決して聞き漏らさなかったし、嗅ぎ漏らさなかった。
(あいつ……やっぱり賢い。分身に任せて、サボっているわけじゃない……アタシを、ガリュエムの動きを観察しているんだ……!)
トシャドロウの底知れなさに、リンは青緑色のマスクの下で冷や汗を流した。自分がどうにかできる相手なのかと不安が心を蝕んだ。
(分身を出すのをやめた……ってことは、観察終了ってことだよね。だとしたら……)
「ドシャアァァァァァァッ!!」
「来た!!」
トシャドロウの突進再び!六本足でぬかるんだ地面を蹴り、ガリュエムへと最短、最速で突っ込む!
「それはもう見ましたよ!!」
けれどガリュエムはあっさり回避……いや違う!
「ドシャアァァッ!!」
「なっ!?」
トシャドロウ、まさかの急停止からの急旋回!巨体のカンジ獣人態が全身を使って掴んでいたぶっとい尻尾をぶん回す!
ガリュエムの移動先に先回りするようにぶん回す!
ドゴッ!!
「――がっ!?」
今回もかろうじて両腕でガードできた。けれども衝撃は殺し切れずに吹き飛び、泥の中を転がる。
「くっ!?なんとか反応できたが、なんて威力……!バトラットだったらそのままアタシの骨まで……うっ!?」
体勢を立て直そうと膝立ちの姿勢になり、顔を上げるとトシャドロウがこちらに口を開けていた。
「もうなの!?」
「ドシャアァァァァァァッ!!」
ババババババババババババッ!!
泥団子連続発射!無数の茶色い丸が視界を覆い尽くす!
「ガリュエムマシンガン!!」
ババババババババババババッ!!
数には数!機関銃には機関銃!ガリュエムはマシンガンを乱射して、泥団子を迎撃した!
「連射力はこちらが上、これなら……な!!?いない!!?」
ちょっと目を離した隙にあの怪獣は忽然と姿を消していた。どこにいるかというと……。
「リン!もう隣まで来ている!!」
「!!?」
「トシャ……!」
いとこの声に反応し、横を見るとトシャドロウは二本足で立ち上がっていた。
だが、それは一瞬だけ。すぐにまた地面へとその巨体を下ろす!ガリュエムをその全身を使って潰すために!
「くそぉ!やられてたまるか!!」
ドスウゥゥゥゥゥゥゥン!!
またまたギリギリセーフ!ガリュエムはトシャドロウのボディープレスから逃れることに成功した……したが、まだ脅威が去ったわけではない!
「ドシャアァァァァァァッ!!」
地面に六本の足を全てつけるや否や、突撃開始!ターゲットは文字通り目と鼻の先だ!
(この距離は……避けられない!)
万事休す!リン・ワカミヤの命運もここまでか!
♪~♪~♪♪~
「トシャ!?」
「……え?」
トシャドロウは勝利は目前だと言うのに動きを止めた。そしてどこからか流れて来る珍妙な音色の発生源を探し始めた。
「これは一体……?攻撃の揺れでスイッチが押されたラジカセに反応した?何でトシャドロウは……まさか……!!」
その様子を遠目で見ていたマサミの頭の中で今までの研究と、幼き日より聞き続けたこの村の歴史が一本に繋がった。
「なんだかわからないけど……命拾いしたっす……」
対照的にリンの頭は九死に一生を得た安堵感でいっぱい……いや、彼女の頭は別のことに支配されていた。
(また……また負けるところだった……)
彼女の頭を覆い尽くしたのは、ナナシガリュウにけちょんけちょんにやられた時のこと。あの時の屈辱と喪失感が胸の奥に甦り、充満していた。
(結局アタシは大した人間じゃないってことっすね。全国ベスト16になったんじゃない、ベスト16にしかなれなかった……才能がないんだ、アタシ……プロになんて……)
リンの心は今の空のように分厚い雲と雨によって暗く冷たく……。
「まずは自分を信じること。全てはそれからだ」
「!!?」
突如思い出したあの日のナナシの言葉。それが一筋の光明になって、リンの心を温かく照らした。
(まずは自分を信じる……そう言われたのにアタシは……!まだガリュエムは動くのに!身体は動くのに!命は燃えているのに!)
「何、諦めてるっすか!リン・ワカミヤ!!」
青緑の竜は再び立ち上がった!その心に青く静かに燃える炎を灯して!
「テツじぃやカンじぃはアタシが一緒に戦うって言った時に、何も言わずアタシを受け入れてくれた!ナナシさんは開発中のガリュエムを託してくれた!それはあの人達がアタシを信じてくれた証!だったらアタシはあの人達が信じてくれたアタシを信じる!!」
バキィン!!
「トシャア……!!」
リンが再起するタイミングを見計らったようにトシャドロウも誤作動を起こしたラジカセを踏み潰し終えた。
「そっちも終わったみたいっすね。こっちもプロを目指す身として、気持ちを切り替えたっす」
「トシャア……!!」
「ええ……」
「ドシャアァァァァァァッ!!」
「決着をつけましょう!!」
ババババババババババババッ!!
今日二度目の泥団子とマシンガンの撃ち合い!いや……さっきとは違う!
「女は……度胸!!」
ババババババババババババッ!!
「ぐうぅ……!!」
ガリュエムは銃を乱射しながら、泥の雨に突っ込んだ!撃ち落とし切れなかった泥弾が雨で濡れた青緑の装甲を掠めるがお構い無しだ!
(ガリュエムの防御力はバトラットとは比べものにならない……なら、この攻撃は耐えられる!スマートじゃないけど、マシンの性能をうまく引き出すのもテクニックのうちっす!)
ガリュエムは真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐに進み続けた。微かに見えた勝機に、冷静になったことで気付いた仲間の置き土産に向かって!
(撃つ直前、確かにアタシは見たっす……トシャドロウの鼻先、カンじぃが斧をぶつけた場所に亀裂が入っているのを!)
リンの頭で再放送されるのは、泥団子を発射する直前、そしてカンジが斧を投げつけたあとのトシャドロウのリアクション。
(思い返して見れば、あの斧をぶつけられた時、他の部位を攻撃された時とは反応が違った。テツじぃの推測通り視覚を他の感覚で補っているなら、きっとあそこには匂いを嗅ぎわける敏感なセンサーが!あそこを叩けばきっと!!)
その亀裂をどうこうしたところで逆転する確証はなかった、なかったが、リンの頭にはカンジが残してくれた爪跡、そしてテツジの情報を無下にするという選択肢は一切なかったのだ!
(あともう少し!ここからは……)
「気合だぁぁぁッ!!」
ババババババババババババッ!!
「ぐおぉぉぉっ!!」
マシンガンを投げ捨て、ガリュエムはさらに加速する!泥団子を顔に、腕に、腹に、どこにぶつけられようが怯むことなく、前進し続けた。そしてついに……。
「入った……間合いに入ったぞ!!」
ガァン!!
最後の仕上げと逆転へのゴングを鳴らすために全力で跳躍!勢いそのままに怪獣の鼻先に拳を叩き込んだ!その結果は……。
「ト、トシャアァァァァァァッ!!?」
トシャドロウは悶え苦しんだ!今までに見せたことのない悲痛な声が土上村に響き渡る!
「やっぱり!そうとわかれば……畳み掛ける!!」
ゴォン!!
「トシャ!?」
追撃のキック炸裂!さらに……。
「もう一丁!」
ドゴォッ!!
「ドシャッ!?」
回転しながら肘撃ち!さらにさらに……。
「まだまだぁ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!
「ドシャアァァァァァァッ!?」
パンチ!キック!掌底!肘!膝!踵!
ガリュエムは一分の隙もなく、怒涛の攻撃を繰り出した!その姿はまるで……。
「炎のように苛烈で、水のように流麗、敵に呼吸を忘れさせ、瞬きさえ躊躇させる」
「反撃を許さずに一気に倒しきる攻撃の嵐……」
「それが一つの戦士の理想形っすよね!ナナシさん!ベニさん!!」
その姿はまさにあの時のナナシガリュウ・クレナイクロスの姿を彷彿とさせた!
(分けて考えていたのがダメだったんだ。ナナシさんが自分の名前をあえてつけてガリュウと自らを同一視したように、アタシもガリュエムと一つにならないといけなかったんだ。今のアタシは……)
「リンガリュエムだ!!」
成長とは坂道状ではなく、階段状だという。緩やかに登っていくのではなく、何かふとしたきっかけに今までの努力が一斉に花開き、劇的に進化する。
リン・ワカミヤにとっては、それが“今”だった。
「ウリャアァァァァァッ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ドシャアァァァァァァッ!!?」
精神力、観察眼、身体の使い方、全てがほんの気持ちの変化だけで凄まじく向上した。その開花した才能はトシャドロウを圧倒し……。
「ガリュエムグローブ!!」
「トシャ!?」
「とどめだ!この野郎!!」
ドゴオォォォォン!!
「――ト……シャ……!?」
遂に怪獣を撃ち倒した!
一回り大きくなった竜の拳を叩き込まれたトシャドロウの身体は鼻先から尻尾の先まで亀裂が走り、そのままピクリとも動かなくなった。
「……や、やったのか、アタシ……?」
リンは信じられないといった様子でグローブに包まれた拳を見下ろす。痺れがジンジンと骨に響く度に現実のことなんだと実感が湧いた。
「やったな!リン!流石我がいとこ!!」
「マサミ姉……」
こちらにVサインを送ってくるマサミの顔を見ると、張り詰めていた緊張の糸が切れて、顔が綻んだ。そのまま彼女の下に竜はゆっくりと歩き出す。
その時だった。
ビキッ……
「……ん?」
ビキビキビキビキィ!!バキィン!!
「ドシャアァァァァァァッ!!」
「な!?」
「にィィィィィィィッ!!?」
まさかのトシャドロウ復活!
亀裂の中から一回り小さくなったトシャドロウが這い出て来た!
「これは脱皮!?著しいダメージを受けると、脱皮して新たな姿に新生するの!?」
「な!?そんな奴どうやって倒せば!?」
「ドシャアァァァァァァッ!!?」
脱皮したてのトシャドロウはさっきよりは小さくなったが、人間からしたら十分な口がまたまた開いた。
「マシンガン泥団子か!?いや……カンじぃを吹き飛ばした大玉か!!」
リンガリュエムは急いでその場から離れようとした……したが、すぐに思い出した、自分の後ろにいとこがいることに。
「はっ!マサミ姉!!」
「あっ!ヤバ!?」
「ドシャアァァァァァァッ!!」
ボォン!!
「!!?」
「しまった!?」
気付くのがほんの一瞬遅かった。泥の砲弾は無情にも発射されてしまった。
(避ける選択はない!だけど、これはガリュエムでも耐えられるかどうか……一か八かグローブで殴り返して……いや、それも……)
答えは出なかった。そして迷っている間に、もうガリュエムには何もできない距離まで砲弾は迫っていた。
「リィィィン!!」
「ここまでっすか!!?」
「あぁ、ここまでで十分だ」
「あとはワタクシ達にお任せを」
「へ?」
「スペシャルマニューバ、クレナイ五連斬」
「おりゃぁッ!!」
ザザザザザンッ!!
もうガリュエムには何もできない距離まで砲弾は迫っていた……が、もう一匹の竜にはどうにかできる距離が残っていた。なのでナナシガリュウ・クレナイクロスは五本の刀で泥団子を切り裂いて、二人のレディを見事に助けることができた。
「ナナシさん……」
「悪い、遅くなった」
「マサミさんから連絡は来ていたんですが、ちょっとお客様が多かったので」
まさに死屍累々、ナナシ達がさっきまでいた川は鮮血で真っ赤に染まり、四種類のオリジンズの死体が山を築いていた。
「これがトシャドロウ……ワタクシのデータベースにも該当しないですね」
「かなり強いっす」
「らしいな。お前の様子を見てればわかるよ。強くなったお前でも倒し切れなかったんだもんな」
「ナナシさん……!」
ナナシはリンの疲弊と、そして成長を一目で感じ取った。彼女にはそれが堪らなく嬉しかった。
「色々大変だったっすけど、おかげで一つ上のステージにいけた気がするっす」
「おめでとうございます。リンさんの武勇伝をこのままゆっくりと聞きたいところですが……」
「まずは仕事を終えてから。約束はできるだけ守るのが、ナナシガリュウの美学だ」
「できるだけなんすか?」
「気持ちだけでどうにかならないこともあるからな。だが、今回は……」
「ドシャアァァ……!!」
「大丈夫そうだ……!!」
ナナシガリュウは手に持った刀を振り、刃を伝う泥をビシャリと払った。




