伝説強襲
「あ、あれは……!?」
「ドシャ……」
「ひっ……!?」
いきなり地面から出てきた巨獣の姿に村人達は驚き、恐れ、ただただ立ち尽くした。
「ドシャア……!!」
一方のトシャドロウは注目を一身に浴びながらも、それに臆することなく堂々として……いや。
♪~♪~♪♪~
「ドシャアァァ!!」
倒れたスピーカーから流れる土上音頭の珍妙なリズムが耳に入ると、顔色を変えてそちらにドタドタと六足を動かして走り出した!そして……。
「ドシャアァァァァァァン!!」
ドスッ!!
勢いそのままにスピーカーにボディープレス!土上音頭の音色が止まる。それが合図となった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「怪物だ!!?」
「祟りだ!!?」
息を飲んでトシャドロウを眺めていた村人達が堰を切ったように一斉に慌てふためき、広場から逃げ出す!
「お前ら!みんな落ち着け!!」
「無駄だ!カンジ!ワシらが呼びかけたところで止まらん!それよりも!」
「あぁ!テツジ!あんたはレールガンを!!」
「おう!行くぞ!火狸!!」
「オレも……全開だぁ!!」
テツジは機械鎧を纏い、ナナシから託された銃を回収すると、それをトシャドロウに向け、いつでも発砲できるように構えた。
カンジも同じく獣人形態に変身すると腰の斧を手に取り、伝説の怪物をキッと睨み付ける。
「お二人さん、やる気満々っすね……!アタシも……とその前に、マサミ姉!」
リンも戦闘態勢に移行……する前に振り返り、いとこに声をかけた……が。
「わかってますよ!役立たずは速やかに撤退します!!」
「流石マサミ姉、話が早くて助かるっす」
言われるまでもなくマサミは全速力で逃げ出していた。いや……。
「……と、言ったもののトシャドロウ研究の第一人者としてはこれから起きることを目に焼きつけときたいわよね……!」
マサミは広場から逃げ出さなかった。トシャドロウが現れた時か、それとも村人達が逃げた時か、とにかく何らかの理由で倒れたテントの裏に隠れ、これから行われることの行く末を見守ることにしたのだ。
「まったく……しょうがないんだから……」
「ドシャア……!!」
「いとこに呆れてる場合じゃないっすね……!」
リンは改めて気を引き締めると、腕を、正確には手首にくくりつけられた青緑の勾玉を顔の前に翳した。そして……。
「出番っす!ガリュエム!!」
それの真の名前を高らかに叫ぶ!
起動コードを受信した勾玉は光の粒子、そして青緑の機械鎧へと変化、リンの全身に装着されていく。
ガリュウを少し簡素にしたような青緑の竜……リンは一瞬のうちに竜へと姿を変えたのだった。
「はっ!カッコいいじゃねぇか!!」
「世界一ハンサムなピースプレイヤーの量産モデルっすから」
「で、その本家本元のハンサムなナナシガリュウ様は?」
「多分、今マサミ姉が連絡してるとこっす」
ちらりと横目で潰れたテントの方を見ると、リンの言葉通りマサミがスマホを操作していた。
「なら、このままこちらの戦力が揃うまでゆっくりしてようか」
「そうしたいのは山々なんすけど……」
「ドシャアァ……!!」
トシャドロウは光のない虚ろな眼でこちらを見つめながら、低い唸り声を上げていた。見るからにそれは……。
「やる気満々っすね」
「ドシャアァァァァァァッ!!」
その通りだ!と言わんばかりに茶色い怪獣が突進してきた!
「速い!」
「だが!」
「避けられないレベルではないっす!!」
青緑の竜と獣人は散開するように左右に素早く跳んで突進を回避した。特にガリュエムの方のスピードは凄まじく……。
「ヤバ!?力入れ過ぎた!?」
装着者本人が困惑するほどだった。
「くそ!?やっぱ力の加減がわからない!!」
そう言いながらもなんとかガリュエムは再び地面に着地し、体勢を整え……。
「ドシャアァァァァァァッ!!」
「いっ!?」
野生の勘かトシャドロウはガリュエムが着地際に隙ができるとわかっていたように、再び彼女に向かって突進を敢行していた!
「くそ!しつこい!!」
「ドシャア!?」
しかし、青緑の竜は今度は上に跳躍!落ちて来る雨粒を弾き飛ばしながら怪獣の上を取った!
「やられっぱなしは性に合わないっす!ガリュエムライフル!!」
さらに銃を召喚!真下のトシャドロウに向けると……。
「喰らえ!!」
躊躇なく引き金を引いた!
バン!バァン!キン!キィン!!
「――!?」
「トシャ?」
「効いてない!?」
雨と同じく銃弾もトシャドロウの皮膚にいとも簡単に弾かれてしまう。さらに……。
「ドシャア……!!」
巨大な怪獣は上を向くと、その体躯に相応しい大口を開けた。そして……。
「トシャッ!!」
ババババババババババババッ!!
無数の小さな泥団子を吐き出した!泥団子と侮るなかれ、トシャドロウの特殊な体液で固められたそれは鋼と同等、否!鋼以上の硬度で空中のガリュエムに襲いかかる!
「見た目と違って器用なんすね……でも!ガリュエム!!」
青緑の竜は各部に配置されたスラスターを起動させ、回避!回避したのだが……。
「うおっ!?制御が!?」
ゴン!ドシャ!!
「――うがっ!?」
コントロールを失い、地面に勢いよく激突してしまった。
「痛ぁ~……」
「何やってんだ?オレ達を和まそうとしてるのか?」
「そんなんじゃないっすよ。それよりもあいつかなり硬いっすよ」
「わかってるよ。でも、それならもっと強い攻撃を当てればいいだけだろ。なぁ!テツジよ!!」
「おう!!」
バシュウン!!
ついに花山製のレールガンが火を噴いた!電磁力で加速された弾丸は雨粒を貫きながら、怪獣に向かって進んで行き……。
ゴリュン!!
「――ドシャアァッ!!?」
茶色の皮膚を抉り取り、泥のような血液を噴き出させた!
「やるね。オレも負けてらんねぇな!!」
テツジの狙撃に触発されたカンジも花山製の斧を振りかぶりながら突撃!そして全力で撃ち下ろす!
「どりゃあぁぁぁっ!!」
ザシュウッ!!
「ドシャアァァァッ!!?」
これもクリティカルヒット!トシャドロウの皮膚を切り裂いた!
「お年寄りばかりにいいカッコは!ガリュエムマグナム!」
青緑の竜も負けじと破壊力抜群の無骨な拳銃を召喚!
「今度こそ……喰らえ!!」
威勢よくまたトリガーを押し込む!しかし……。
バァン!!
「うおっ!!?」
その威力に比例した強大な反動に腕が跳ね上がり、狙いが激しくぶれた。結果銃弾は曇り空の彼方へと吸い込まれていくことに……。
「……何やってんだ?」
「だからまだ全然使いこなせないんす!!」
リンは改めてガリュエムの凄さと、自分の未熟さを実感し、辟易した。
「リン、射撃はいい。お前の本領は格闘戦だろ」
「テツじぃ……」
「ワシらが隙を作る!その時に備えて、気持ちを切り替えろ!」
「は、はいっす!!」
テツジの発破を受け、ガリュエムは姿勢を低くし、いつでも飛び出せるように身構えた。
「カンジ!一瞬でいい!動きを止めろ!!」
「簡単にいってくれる!だが、できちゃうんだな、オレは優秀だからよ!!」
「ドシャアァァァァァァッ!」
そんなことないと言うようにトシャドロウは大口をカンジ獣人態に向け……。
「人に向かってゲロするな!!」
ブゥン!ゴォン!!
「――トシャ!!?」
礼儀知らずの怪物に怒りの斧ぶん投げ!鼻先に命中すると、トシャドロウの意識からカンジの存在が一瞬消える。その一瞬のうちに回り込み……。
「尻尾もらった!!」
ガシッ!!
大木のような尾を全身を使って抑え込んだ。
「よっこら……せ!」
グッ……
「トシャ!!」
「ちっ!あわよくばこのまま持ち上げて、地面に叩きつけてやろうと思ったがさすがに重すぎだ。だが!」
「トシャトシャ!!」
怪獣は六本の足を忙しなく動かし、拘束から逃れようとする。けれども……。
「させねぇよ!!」
グッ!!
「トシャ!?」
カンジはそれを許さない!無理矢理元いた場所に引き戻す!
「リクエスト通り動きは止めたぜ、テツジ!」
「本当は頭も固定して欲しかったんだが……そこはワシの狙撃の腕を見込んでのことだとして、許してやろう!!」
テツジは全神経を眼と指先に集中、火狸越しにスコープを覗き込み、トシャドロウの動きを脳内でシミュレーションした。
「……そこだ」
バシュウン!!
迷いはなかった。迷いながら引き金を引くことが最も狙撃の成功を妨げると知っているから、このタイミングだと思った瞬間にいつものように指に力を込め、弾丸を発射した。
ズシュッ!!
「自画自賛させてもらおう……グッドスナイプ」
弾丸は見事命中した……狙い通りにトシャドロウの目に。五感の中でも戦闘中に最も重要だと言っても過言ではない視覚を奪い取ったのだ!
「今だ!リン!!」
「はい!!」
言われる前にガリュエムはすでに動いていた。潰れた目の方に回り込み……。
「ガリュエムランス!!」
追撃を放つ!
「トシャア!!」
「……え?」
トシャドロウと目が合った。正確にはそんな気がしただけだが、確実に、間違いなく視界が潰れたはずのこの怪獣は襲い来るガリュエムを認識していた。
「ドシャアァァァァァァッ!!」
「こいつ!?」
ガブッ!バキィン!!
「――っ!?」
噛みつき一撃!トシャドロウはその大口でガリュエムを喰い千切ろうとした。
しかしギリギリ、本当にすんでのところで反応した竜は持っていた槍をつっかえ棒にしようと向かって来る口に突き出した。結果、噛みつきを止めることはできず、槍は破壊されてしまったが、コンマ何秒か動きが遅れたおかげで、ガリュエムは逃げることができたのだった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫っす!危うく上半身と下半身がお別れしそうになりましたけど!!」
「そうか……」
リンの無事を確認し、カンジは胸を撫で下ろした。けれど、今はのんきに安心している場合ではない。
「ドシャアァァァァァァッ!!」
ブゥン!!
「――うへっ!?」
「カンじぃ!?」
トシャドロウはその場で旋回!尻尾自身の力と遠心力を合わせて、カンジの巨体を空中に放り投げた!
「トシャア……!!」
さらにまた大口を開けて上を向く、ガリュエムにやった時のように。いや……。
「ドシャアァァァァァァッ!!」
ドオン!!
今度はデカいの一発!さっきのが銃弾なら、こちらは砲弾!大きくそして硬い泥団子を撃ち出した!
ドゴッ!!
「――がはっ!?」
「カ、カンじぃ!?」
当然空中機動を制御するスラスターなどないカンジ獣人態は為す術なく泥砲弾を喰らい、そのままどこかへと吹き飛ばされてしまった。
「そんな……カンじぃが……」
ショックを受け、呆然とするリン。そしてテツジもまた……。
「……どういうことだ、あの動きは……!?」
テツジもまたショックを受けていたが、それはカンジが攻撃を食らったことではなく、トシャドロウが攻撃を当てたこと。もっと言えば、ガリュエムに噛みつき攻撃を仕掛けたことにも驚愕していた。
「何で目を潰したのに、あんな正確に狙いが……はっ!?」
刹那、フラッシュバックしたのはトシャドロウのド派手な登場シーン。地面の中からサプライズで這い出てきた映像であった。
「土の中を移動するためには視覚だけに頼っていてはダメだ。砂漠の中を移動する『スナゲルモ』のように視覚以外の感覚で……くそッ!!こんな初歩的なことを見落としていたとは、抜かったわ!何がグッドスナイプだ!!」
後悔してもし切れないとはこのことだろう。自分の浅はかさのせいで一緒に村を守り続けてきた相棒を傷つけ、子供の頃から知っている未来ある若者の命を危険に晒してしまったのだから。
そんなテツジにさらに追い討ちをかけるような最悪な光景が目の前に広がる。
「トシャ……」
「え?」
「トシャトシャ」
「なんだと……!?」
「トシャトシャトシャ!!」
信じられないことにトシャドロウの潰れた目や身体の傷から流れ出た泥のような血液が集まり、人型の怪物になり、動き出したのだ!
「これはあの巻物にあった……!」
「自らの血液で分体を作れるのかこいつは……!?」
「「「トシャア!!」」」
泥人形はガリュエムとテツジに猛然と襲いかかった!
「この!ガリュエムナイフ!!」
ザンッ!ドゴッ!!
「トシャ!?」
「シャ!?」
泥人形自体は正直大して強くなかった。ガリュエムにあっさり切り裂かれ、蹴り飛ばされ、粉々に弾け飛んだ……が。
「トシャトシャ!!」
「ドロウ!!」
「こいつらキリがない……!!」
その数は驚異的だった。倒しても倒しても次から次へと新たな泥人形が生成される。
「ちいっ!?」
「トシャトシャ」
「テツじぃ!!」
汎用性が高く、接近戦も得意としているガリュエムでも苦戦するのだから、基本的に近接格闘を行わない想定で作られた狙撃型の火狸と、それに輪をかけるように射撃に特化した装着者のテツジにとってはたまったものではなかった。
そして火狸は徐々に徐々に泥人形に追いやられ、広場から姿を消すことになってしまった。つまり……。
「もしかして……アタシ一人でやれっていうんすか!?」
土上村の命運は若き女戦士の任せられることになったのだ……。




