充実した日々
「おっ!やってるっすね!」
ナナシが土上村にやって来てから四日後、曇り空の中、リンは気晴らしに祭りの設営をしている広場を訪れた。もちろん村内放送用のスピーカーからBGMで土上音頭が流れっぱなしだ。
「手伝いに来たのか?」
「もう櫓もほぼできちまってるぞ」
リンの姿を見て、近寄って来たのは村の最強戦力であるテツジとカンジ。自慢気に広場の中心に組み上がっている櫓を指差し、笑顔を見せる。
「いや、自分はただ様子を見に来ただけですよ。リフレッシュがてら」
「その言い分だと、手こずっているようだな」
「ナナシ殿からいただいたニューマシンに」
「いただいてないっす。貸してもらってるだけっすよ」
そう言いながらリンは手首にくくりつけた青緑の勾玉を見つめた。
それはナナシが来た当日、リン達と手合わせを終えた後のこと……。
「早速来ましたね」
「早速来たっす」
マサミの家の一室、畳の上でリンとベニは二人っきりで向かい合っていた。
「宿を用意すると聞いていましたが、まさかマサミさんのおうちとは」
「今はマサミ姉の一人暮らしで、部屋だだあまり状態っすから。それでその家主とあなたの主は?」
「マサミさんは晩ご飯の用意中、ナナシさんは汗を流しにお風呂に入っています。わかっていて来たんでしょ?」
「ナナシさんから暇を見てって言われたんで。で、このガリュエムとやらはなんなんすか?」
リンはAIの前に先ほど渡された青緑の勾玉を置いた。
「ナナシガリュウの待機状態に似てますけど……」
「ええ、お察しの通り、これはガリュウの量産モデル、つまりマスプロダクツ、頭文字のMを拝借して、ガリュウM……ガリュエムです」
「やっぱり『ジリュエム』と同じノリだったんすね」
「ジリュエムをご存じとは、博学ですね」
「P.P.バトルのプロを目指してますから、ピースプレイヤーのことはそれなりにね」
「では説明は不要かと思いますが改めて……ナナシ様のお父様ムツミ様の愛機ジリュウの量産モデル、ジリュエムは戦後や壊浜のドタバタで超がつくほどの少数生産で終わりました」
「政府と花山重工は減少したヘイラットの増産と改良を優先したんすよね」
「はい。だからこのガリュエムはその時のリベンジだと皆さん気合が入っています」
ベニは勾玉にアクセスして、空中にディスプレイを、ガリュエムのマニュアルを映し出した。
「ガリュエムは元となったガリュウほどではないにしろ、多くの武器を使用できます」
「ここに書かれているのは、ナイフ、ランス、グローブ、マグナム、ライフル、マシンガン、ショットガンの七つっすね」
「その七つがガリュエムの全武装です。あくまで基本セット、他のピースプレイヤーと同様に使用者の要望によってカスタマイズできるようにするつもりなんですが……」
ベニはため息をついて項垂れるようなモーションを取った。
「何か問題でも?」
「このセットを考えたのはナナシ様なんですけど、これでいいとこれじゃダメだを延々と繰り返して迷い続けているんですよね。今言ったように実際に運営されたら各々好き勝手やるから、そんなに気にしないでもいいって言っているのに」
「あぁ……なんかそういう妙に細かいところを気にしそうなタイプですよね、ナナシさん」
「まぁ、それこそ好きなことで、情熱を燃やしているってことなんで、本人的にはなんだかんだ楽しんでいるのでしょうが。根っからの男の子なんですよ、我が主は」
そう呆れたように話す電子音声はどこか誇らしげだった。
「充実した日々を送っているようで」
「まぁそうなんですが、そろそろちゃんと決めてくれと催促されてまして、そんな時にこの話が来たので、環境を変えたり、現地でピースプレイヤーに詳しそうな人がいたら意見を訊いてみたらいいのではと提案させてもらった所存です」
「なるほど。だからこんな訳のわからない依頼を受けたんすね。腑に落ちました」
リンの心の中にあった疑問がようやく解消された。
「それでこの基本セットを見た未来のスター選手のご意見は?」
「スターになれるかどうかはわからないっすけど……アタシ的にはちょっと遠距離装備が多いかな」
「あくまで量産モデルなので、他のマシンとの連携のしやすさ、そして装着者の技量にも左右され辛いから、銃火器優先でいいというのがナナシ様の考えです」
「あぁ~、言われて見れば。P.P.バトルは興業なんで盛り上がる近距離の殴り合いを誘発するために銃は弱体化されることが多いんすよね。だから、今の意見は的外れだったっす」
「いえいえ、むしろそういうのを聞きたいんですよ。他には何か?」
「第一印象で言えるのはこれぐらいかと」
「ですよね。では、実際に使用してもらってからまた話しましょう」
「はいっす。あ、あとAタイプってのは?」
「オールラウンダータイプです。汎用性の高い設計だからこそ、一部の能力に特化したバリエーションを作ろうという案が出ています。他はまだ簡易的な絶対防御気光を搭載したディフェンスタイプ、つまりDタイプしかないんですけどね」
「ってことはAタイプは基本型のノーマルっていいんですよね?」
「はい。最初はそれこそノーマルとかスタンダードと呼ばれていたんですけど、略称がNやSになるとガリュエムの後につけると言い辛いかなと。だからオールラウンダーなんて大層な名前に」
「なんか色々と大変そうですね……」
リンは商品開発とかの仕事には自分はつけないなと思った。
「以上でガリュエムの説明は終わりです。リンさんはガシガシ使って、ワタクシに感想を教えてください」
「了解っす!トシャドロウが出なくても、ここに来たことを後悔しないように、貴重なデータを提供してみせます!!」
リンは力強く敬礼した。
「……なんて偉そうなことを言ったんすけどね」
今のリンはその真逆、完全に自信を喪失して、縮こまっていた。
「苦労しているようだな」
「拾った中古の競技用とはものが違いますよ。馬力がなんか凄くて、マシンに振り回されっぱなしっす」
リンはため息をつき、さらに深く項垂れた。
「迷え苦しめ若人よ。それが人生を豊かにする糧になる」
「そうだそうだ」
「他人事だと思って……っていうかそういうお二人はどうなんっすか?ナナシさん達が持って来た装備忘れてませんよね?」
「ん?そりゃあもうばっちりよ」
カンジは腰の後ろに装着した斧の柄をポンポンと叩いた。
「こいつは凄いぞ。オレが全力で振るってもちっとも壊れない。これならどんな相手も一刀両断だ」
「良かったっすね。テツじぃは?」
「ワシはまぁ……」
眼光鋭い老人は広場の片隅に置いてある長大な銃に視線を移した。
「あのレールガンは強力だよ。ただ……」
「ただ?」
「弾丸が少ないから、まだ一発しか撃ってない」
「ナナシ殿、予備の弾を持ってくるの忘れたんだってさ」
「ナナシさん……」
老人二人とリンは呆れて乾いた笑いを浮かべた。
「まぁ、テツじぃなら一発も撃てれば十分でしょ」
「あぁ、ワシなら十分だな」
「つまりうまくいってないのはアタシだけ……」
「まっ、続けてればそのうち慣れるさ」
「いやカンジ、そんな時間ないだろ」
「テツじぃの言う通りっす。今日明日あたりの調査で何もなかったら、一旦戻るかもって。当然ガリュエムを回収してね」
「なんだ、祭りは見ていかねぇのか?」
「こんな田舎のちんけな祭りなんて、鈴都の人は興味ないっすよ」
「自分の故郷をそういう言い方するなよ」
「言いたくもなるっすよ、今の状況だと」
リンはさらにさらに落ち込んだ。
「こりゃあ重症だな」
「重症っす、アタシ……」
「ナナシさんからアドバイスもらったらどうだ?」
「でも、それだと花山社外の人の率直な意見を聞きたいって思惑から逸れるのでは?」
「何に悩んでいるか、困っているかを伝えるのも貴重なデータだ」
「そうかな?そうかも」
「そうだよ。だから調査から戻って来たら意地張ってないで、話に行け」
「今日はどこに行ってるんだ?」
「川の方っす」
「川か……」
テツジは分厚い雲に覆われた天を仰いだ。
「雨が降りそうだが、大丈夫か?」
「……雨が降りそうだな」
河の横に停めた車のそのまた横、メガネをかけ、スマホを片手に簡易型の椅子に座ったナナシ・タイランも空を見上げ、テツジと同じ言葉を呟いた。
「降水確率70%。今日の調査は早めに切り上げますか?」
彼の周りをくるくると飛びながら、相棒の小竜は今後の方針を尋ねた。
「うーん、俺としてはめんどくさいからそうしたいのは山々なんだが、雨の日に活発に動くオリジンズもいるしな」
「では、予定通りに」
「とにかくまずはあいつらが戻って来てからだな」
「タイミングよく三台とも戻って来ましたよ」
ナナシ達の下にどこからともなく三台のドローンが飛んで来た。それらは彼らの前に……ではなく、隣にある車の荷台に勝手に入り、勝手に充電装置に着陸した。
「一番機、二番機、三番機、異常無し」
「では、交代」
「はい。四番機、五番機、六番機、発進します」
ベニが無線信号を送ると、入れ替わるように、元々積んであった別の三台が荷台から飛び出し、それぞれ別の方向に向かって行った。
「今のが今日一日飛び回ってくれれば、めでたくコンプリートだな」
「ええ。この周辺に怪しいところがなかったと断言できます」
「まぁ、その前に」
「はい。戻って来た一番から三番機とリンクして、映像データを調べてみます」
「頼む。それが一段落したらフィールドワークに出かけよう」
「了解」
これからの方針を確認し終えたナナシは視線を落とし、スマホの画面に……。
ぴちゃ……
「……ちっ」
水音を聞いたナナシはその音がした方向を向くと、思わず舌打ちをした。
「ナナシ様、何か不愉快なことがありましたか?」
「あぁ、大変不愉快なことがな。見てみろ」
主人に促され、最新AIも川の方を向いた。そこには……。
「ギョォォ……!!」
「ギョギョ」
鱗を持ち、流線型のオリジンズが二匹立っていた。
「ゆっくり映像データを見返している暇はなさそうですね」
「ったく、めんどくせぇな……!!」




