マッチアップ
ざっ…ざっ…ざっ…ざっ……
炎と残骸の間を、三人の戦士が周囲を警戒しつつ、進んで行く。硝煙と焼け焦げた臭いが立ち込めているが、オリジンズの骸でできた仮面に遮られて、彼らの鼻には届かない。
「やっぱり、人がいない……怪我している人も……死んでいる人も……」
優しいコマチは生存者を探していたが、誰一人見つからない。しかし、死体の類いもないとわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
「……逃げたみたいだな……それぐらいの頭と力は持ってた……ってことか。できれば、なんか敵の情報とか残してくれればいいんだが……」
ダブル・フェイスも生存者を探しているが、それはあくまでも“情報”のため。ドライだが、プロの傭兵として当然のことであり、今の彼らにとっては必要なことだった。
「……“逃げた”んじゃない……“逃がした”……“逃がしてもらった”だ」
ナナシが傭兵の発言を訂正する。今までの戦った相手……そしてネクロと直接会った彼にはそう思えた。
「逃がした?敵が、か?見逃したっていうのか?」
首をかしげた傭兵が不思議そうに問いただした。彼のいた世界ではそんな生ぬるい真似は考えられない行為なのだろう。
「あぁ、あいつらスタジアムにいた観客も傷つけたくないって言ってたし、俺の邪魔しに来た連中も命まで取る気なかったみたいだし……だから」
仮面の奥に強い眼差しを忍ばせて、ナナシが傭兵の方を向いた。彼なりの決意を伝えるために。
「お前もできる限り……殺すな」
相手がそのつもりなら、自分達もそうするべき……それがナナシの考えだった。ここよりもひどい戦場を渡り歩いて来た傭兵に甘ったれとバカにされるだろうとも思ったが、ナナシはそうすべきだと胸の奥で訴える声に従うことにした。
傭兵はそんな甘ちゃんをバカにするどころか顔も見ていない……前を向いたままだ。
「……それは契約に入っているのか……?」
淡々と契約を確認する。やっぱりナナシの方を向こうともしない。
「そうだ」
それでも、ナナシ傭兵から目を逸らさず自分の意志を伝え続ける。
「……けどよぉ~……」
傭兵が顎を使い、ナナシにも前を向くように促す。
「……何が言いたいん……だ!?」
「……あいつら……けっこう気合入ってるぜ……」
前方に見えたのは、五人の影……いや、正確には五人と一匹。真ん中の影はどうやらオリジンズに乗っているようだ。
「よかったなぁ~お坊ちゃん。俺達を仲間に出来て。一人であの人数はきつかっただろうさ」
「………あぁ……ありがた過ぎて、涙が出そうだよ、俺は……!」
ダブル・フェイスが嫌味ったらしく、恩着せがましくナナシに言う。でも確かにその通り、彼とコマチと出会っていなかったら五対一で戦うはめになっていたかと思うと背筋が凍った。
「……一人で二人……もしくは一人と一匹……平等にするなら……そうなるね……」
コマチは意外にも冷静だった。まったく物怖じしていない。今だったら傭兵の言ったことが信じられる。この子は強いと。
「めんどくせぇから、それぞれ目の前にいる奴でいいな?」
「――!?ちょっ?待て!?」
その場の勢いで採用されそうな傭兵の提案を慌ててナナシが止めた。
「どうした?不服か?」
「……まぁ……少しだけ……」
ナナシがモジモジと煮え切らない態度を取る。
「なんだ!?何が気に食わねぇんだ!?」
傭兵が苛立ち、怒鳴る!それを受けて、ナナシは申し訳なさそうに、情けなさそうに告白する。
「……苦手なんだよ……オリジンズ……士官学校の時も、対オリジンズ訓練はギリギリ平均点、及第点って感じで……」
傭兵の提案を飲むとしたら、目の前にいるオリジンズと戦わなくてはならない。情けない話、ナナシはそれが不安だった。
「そっか。じゃ、行くぞ!」
「おいッ!?」
今度はナナシが怒鳴る!彼の中ではかなり勇気のいる告白をあっさり……非常にあっさり流されてしまったからだ。
興奮するナナシに、傭兵はめんどくさそうに自身の真意を語る。
「……いいか?お坊ちゃん。最初は確かに適当だったが……多分、これが最適解、一番いいマッチアップだ」
「……本当に?」
疑いの目を向けるナナシ。目の前にいる軽薄な男は、ただ面倒ごとを自分に押し付けようとしているんじゃないかと。
自分を訝しむ彼に傭兵は呆れた声で続ける。
「……俺のことを信じられないのはわかる!個人的には納得いってないがわかる!だが、プロの傭兵として誓う!言う通りにしろ!そうすりゃ悪いことにはなんねぇ!!」
「………」
ダブル・フェイスの一世一代?の演説!けれども、あまりに大言壮語が過ぎたのか、ナナシには響かない。むしろ、疑いを強めてしまった。
「……わかった……もういい……俺のことは……けどな!苦手だからって逃げていいのか?そんな気概で親父さんの所までたどり着けるのか?」
「うっ!?」
痛い所を突かれた。だが、まだ終わらない!傭兵は追い討ちをかける!
「ちょうどいいじゃねぇか!?苦手を克服するチャンスだぞ!」
「くっ……わかったよ……了解だ。あんたの指示通りにする……」
傭兵の怒涛の口撃にナナシが折れた。口八丁で言いくるめられただけの気もするが……これ以上、何故かそれ以上反論する気が起きなかった。
(……全然、似てないんだけど、なんか似てるんだよな……親父に……ガキの時に説教されたことを思い出す……苦手が増えたな……)
「作戦は決まったか……?」
ナナシがしみじみと思い出に浸りそうになった時、今まで沈黙を貫いていた五人の敵の一人、オリジンズに跨がった男が話しかけてきた。
「わざわざ待ってくれて、ありがとうございます」
コマチが本気なのか、挑発なのか、はたまた両方なのか、無防備な会話中に攻撃を仕掛けて来なかった敵に礼を言う。
「あぁ、ばっちりだぜ!お前達をけちょんけちょんにぶっ倒すためのな!」
こちらは完全に挑発だ。さっきまでとは打って変わって、生き生きとしたナナシが煽る。
「……そうか……なら……!」
バンッ!!!
「ふん!!」
戦いの口火を切ったのは、ダブル・フェイスだった!オリジンズの左側にいた敵の不意を突い……てない!敵はピースプレイヤーを展開しながら狙撃を回避していた!
「はっ!いいねぇ……!」
しかし、ダブル・フェイスもそうなることを予期していて、もうすでに敵に向かってマントをたなびかせながら、最高速度で突っ込んでいる!
その途中、黒いオリジンズとすれ違う。短距離走の如く、銃声を合図にこちらも飛び出していた。
ガンッ!!!
「ちっ!?」
「フフッ……」
オリジンズの右側で金属がぶつかり合うような音が響いた。いつの間にか、まさしく文字通り、目にも止まらぬスピードで、コマチ……いや、ルシファーが敵を強襲する!……が、ルシファーの双剣は分厚い装甲に弾かれてしまった……その音だった。
黒いオリジンズはそれらを全て無視して、一直線に赤い竜……ナナシガリュウに向かって突き進む!
「……ガリュウハルバード」
ナナシはその場を動かずに、長い棒の先に斧を付けたような武器を呼び出し、感触を馴染ませるようにくるくると回して構えた。迎撃態勢は万全だ!
「フッ……ただの演舞もどきだが、筋は悪くなさそうだ」
それを見た、オリジンズに乗った男は不敵に笑い、自身も戦闘形態に移行する。
「項燕!!」
咆哮と共に男のピアスから光が放たれる!一瞬で銀と紫の鎧を身に纏った武将が出現した!そして流れるように右手に持った槍を思い切り引く……力を溜めるために。
その力が解放される先は!狙いは当然!目の前の紅竜だ!
「ハァッ!!」
槍を抉るように……突き出す!
「オラァッ!!」
ガキンッ!!!
漆黒の闇夜に激しい火花を咲かせて、両者の武器が、そして魂が衝突する!




