伝承
「おう!リンちゃん!」
「どうも!」
「その背の高い人は都会で作ったボーイフレンドかい?」
「違いますよ。マサミ姉のお客さんです」
「じゃあマサミちゃん、ついに結婚かい?」
「だからそんなんじゃないですよ!」
「そうか、残念だね。今の大統領に似て、中々ハンサムなのに……」
「あのね、この人は……まぁいいや」
村人は見慣れぬ大男を目にすると、好奇心が抑え切れずにリンに質問した。それに対し、面倒くさがりながらも彼女は答え続け、ナナシは後ろで微笑みながら会釈し続けた。
「すいません。観光地でもないここに鈴都から縁もゆかりもない人が来ることなんて滅多にないので、はしゃいじゃって」
「別に気にしてないよ」
「よそ者が何しに来たんだと白い目で見られるよりははるかにマシですよね」
「その通り」
「そう言ってくれると助かるっす」
「それよりも俺が気になるのはこれだ」
♪~♪~♪♪~
ナナシは天を指差した。否、天ではなく大気の振動を指差したのだ。この村に入ってからどこからともなく流れている珍妙な音楽のことがずっと気になっていたのだ。
「なんなんだこの音は?」
「土上音頭っすね。この村に昔から伝わるもので、この時期はなりっぱなしっす。ちょうど一週間後に祭りがあるんすよ」
「祭り……まさかその準備を手伝わせるために呼んだわけないよな?」
「もちろん。もっと重大なことっすよ。でももしかしたら肩透かしを食らうことになるかも」
「モリモトさんもそんなことを言っていたな。何も起きない可能性もあるって」
「はい。旅行のつもりで行ってくれて構わないと。それで仕事に行き詰まっていたナナシ様をワタクシが無理矢理説得して」
「そうだったんすか。ここは何もないからこそリフレッシュには最適かもしれませんね。ちなみにどんなお仕事を……って言えないっすよね」
「いや……」
ナナシはリンの引き締まった身体を下から上まで舐めるように観察した。
「君に相談になってもらうことになるかもしれん。君は話がわかりそうな身体をしている」
「え?」
「まぁ、そのうちな」
「セクハラ的な意味ではありませんので、訴えないであげてください」
「ベニ……」
「こういうのはちゃんと言っておかないと」
「なんだかわかりませんが、自分が力になれるならその時は全力を尽くす所存です」
「ありがとう。期待している」
「押忍!そして到着っす」
リンは村の最奥にある家の前で立ち止まった。
「ここが今のマサミ姉の自宅兼研究室っす」
「俺を指名した物好きさんね」
「はいっす!では、早速入りましょう!お邪魔します!」
そう言うとリンはインターホンもノックもせずにドアを開けて、中に入って行った。
ナナシとベニも一回顔を見合わせてから彼女の後に続いた。
「お邪魔します」
「します」
「おうおう!よく来たね!」
二人と一AIが入ると同時に奥から伸ばしっぱなしで手入れをしてない長髪と眼鏡が印象的な女性が出て来た。
「わたしがあなたを呼び出したマサミ・ワカミヤです」
「ナナシ・タイランと」
「その相棒のベニです」
「よろしく」
ナナシとマサミは固く握手を結んだ。
「いやぁ~、感激だな。“不滅の赤竜”、黙示録の獣、“ミスターローリングサンダー”、“神凪の新たな太陽”、“神凪一の馬鹿息子”、“大量破壊ケチ”、“天下御免のめんどくさがり”……あなたの異名を聞く度に一度会ってみたいと思っていたんですよ」
「後半はただの悪口のようだが……」
ナナシは軽く、いや結構なショックを受けた。
「まぁまぁ、細かいことは気にせずに」
「意外とそういうことを気にするタイプなんですよ、我が主は」
「うん、気にする」
「とにかく!奥の書斎に先に行っていてください。わたしは飲み物を持って行きますから。アイスコーヒーと麦茶ならすぐに出せますが、お望みならホットコーヒーと紅茶を入れますよ」
「アイスコーヒーで」
「ミルクとガムシロップは?」
「ブラックで……いや、ここまでの山道とさっきのあなたの発言で精神的に消耗したから入れてもらおうかな」
「了解、カフェオレ用意します。リンは?」
「アタシもナナシさんと同じで」
「かしこまりました。後は……」
「ワタクシは結構。言われた通り先に書斎に入らせてもらいます。行きましょう、お二方」
「おう」
「はい」
書斎は古びた本が山積みになっており、埃っぽかった。だが、リンは慣れているし、潔癖症という訳でもないナナシもそこまで気にならなかったので、さっきまで作業していたような机の前に、あからさまに用意された椅子に大人しく座った。
「はいはい、お待たせ」
カフェオレを両手に持ったマサミが入室して来ると、二人の前にそれを置く。
ナナシはすぐに手に取り、一気に半分ほど飲み干した。
「……ふぅ。とても美味しいです」
「そりゃ良かった。ただの市販品なんだけどね。買いだめしてあるから、気に入ったなら一個持って帰る?」
そう提案しながらマサミは定位置、机を挟んでナナシに向かい合うように椅子に腰かけた。
「いや……それよりも本題に」
「せっかちだね」
「生憎、人見知りなんでね。初対面の人と世間話で場を繋ぐスキルが著しく低いんだ」
「そう?わたし的には意外と楽しくおしゃべりしているんだけど」
「アタシもっす!」
リンは首をブンブンと縦に振って、いとこに同意した。
「まぁ、でもこんな辺鄙な場所に呼び出された理由を一刻も早く知りたいか。えーと」
マサミは傍らに置いてある古い巻物を広げると、くるりとナナシの方に向き直して、机に置いた。
そこには鱗を持った怪物、鎧のように殻を纏った怪物、舌を伸ばす怪物、翼を持って大口を開けた怪物、そしてたくさんの泥人形のような怪物が無数に、それを先導するように茶色い地面に這いつくばったような六足の巨大な怪物、いやむしろ怪獣が描かれていた。
「これは?」
「この土上村に八百年前に現れ、大きな被害をもたらしたという『トシャドロウ』というオリジンズと、その取り巻きさ」
「トシャドロウ……聞いたことないな」
「ワタクシのデータベースにもそんな名前はありません」
「歴史上現れたとされるのが、その八百年前の一度きりだからね。本当にいたかどうかはわからない」
「でも、あなたは信じている」
ナナシの言葉にマサミは頷いた。
「この話を聞いて、わたしは伝承やオリジンズの研究者を志したんだ。ずっとどこかにトシャドロウはいる……いや、いつかこの村にまた現れると」
「で、それがそろそろかと思っている」
「あぁ。八百年の間に災害や火事、間違って大掃除で捨ててしまったりと、かなりの資料が紛失してしまったが、この巻物を含めて残った資料の全てに前兆としてオリジンズの活動が活発になったと記載されていた。そして今現在この辺りのオリジンズはその通りに例年にはない動きを見せている。さらに時期的にも一致している」
「一週間後に祭りがあるって説明しましたけど、その祭りはそもそもトシャドロウの犠牲になった人を弔うためと、もう二度とトシャドロウが現れないことを祈るために始められたと言われているんすよ」
「なるほどね……」
二人の話を聞いて、ナナシの中で多くの疑問が解消された。
「伝説の化け物が甦るかもしれないで、AOFは動かせないわな」
「ええ……先ほど言った活発化したというオリジンズも別に人に被害を出しているわけではないですし」
「それでモリモト先生にもしもの時に動ける戦士を派遣してくれるように依頼したのですね」
「モリモト先生には学会やオリジンズの調査で何回かご一緒になったことがあるんでね、相談に乗ってもらっていた」
「俺が呼び出された理由はわかった。肩透かしを食らうと念を押された意味もな」
「正直アタシ的には何も起こらない可能性の方が高いと思っているっす」
「わたしも別にそれでいい。わたしが妄想癖のある痛い女だったってだけで終わるならそれが一番よ。でも、もし本当にトシャドロウが甦ったらと思うと……動かずにはいられなかった」
マサミは震える拳をもう一方の手で包み込んで止めた。
「すいません、ナナシさん……こんな突拍子もない話に付き合わせてしまって。しかもこの話を先にすると、断られると思って今まで黙っていたなんて……卑怯ですよね?」
「故郷を守るためなら仕方ないさ」
「こっちとしても、奇妙な依頼だったので覚悟はしてました」
「だから怒ってないよ」
ナナシが優しく微笑みかけると、強張っていたマサミの顔も笑みに変わった。
「本当にありがとうございます。その言葉だけでかなり気が楽になりましたよ」
「それは良かった。だが、あと一つだけ訊きたことがあるんだが」
「はい?なんでしょうか?」
「なんで俺を指名したんだ?さっきの言葉通りただ会いたかっただけか?」
「あぁ、それは……」
マサミはさらに巻物を広げる。するとそこにはトシャドロウと無数の怪物と対峙する赤い鎧に身を包み、刀を構えた男の姿が力強く描かれていた。
「これはもしや……ナナシ様」
「あぁ……俺のご先祖様だ。この刀はうちの家宝『陽竜(ようりゅう』。今はじいさんの美術館に飾られている」
ナナシは愛しそうに絵巻物の刀の刃を人差し指と中指で優しくなぞった。
「それがあなたを指名した理由です。八百年前、オリジンズ達によって壊滅の危機に陥ったこの土上村を通りがかった侍が、あなたのご先祖様がトシャドロウを含めて全て倒してくれて、村を救ってくれたのです」
「これで全ての謎は解けた。確かにこの依頼は俺がやるべきだ」
なんだかんだ文句を言いながらもナナシは神凪随一の名門と呼ばれる家のことを誇りに思っている。だから嘘か真かはわからないがご先祖が村一つ救ったと言われるのは素直に誇らしかった。いつもやる気無さげな彼のモチベーションを高めるには十分なことだったのだ。
「頼もしいね。ではよろしく頼む。やり方は全部あなたに任せるよ。何か必要なものがあったら、何でも言ってくれ」
「では、早速……本当にこの数のオリジンズが出現するなら、一人だとキツイ。この村で戦える奴はいないのか?」
「それなら……リン」
「はいっす」
いとこに目配せされると、リンはポケットからスマホを取り出し、一枚の写真をナナシに見せた。
その写真には三人の人物が映っており、真ん中はリン本人、その両脇にガタイが良い老人と、眼光の鋭い老人が仁王像のように堂々と立っていた。
「この細くて目付きが悪いのが『テツジ・タケモト』、通称テツじぃ。太くて丸太みたいな腕をしているのが『カンジ・オオタワラ』、通称カンじぃ。この二人がオリジンズが暴れ回ってどうしようもなくなった時に、最後に村人が頼る最強戦力です」
「強いな」
「写真越しでもわかるんすか?」
「なんとなくな」
「流石っす」
「君もそれなりにやることもわかっているぞ」
「やっぱりさっきの話は……」
「これもなんとなくだが、身体を見ればな」
「本当に……流石っす」
ナナシを褒め称えたリンはニィと口角を上げたと思ったら、仰け反らんばかりに胸を張った。
「不肖このリン・ワカミヤ、P.P.バトルのプロを目指しているっす!自慢じゃないですけど、去年の学生大会では女子の部門で全国ベスト16になったっす!!」
どう見ても自慢しているリンは自信に満ち溢れていて、一回り大きくなったように見えた。
「ベスト16か、凄いな」
「自分で言うのもなんですが、凄いっす!」
「だが、競技と実戦は似て非なるものだ」
「……はい?」
リンの眉間に一気にシワが寄り、打って変わってあからさまに不機嫌そうな表情になった。
「つまりナナシさんはアタシは役に立たないと?」
「そうは言ってない。使いものになるか今の段階では判断できないってだけだ」
「ほう……!」
それは煽っているようにしかリンには聞こえなかった。そこまで言われて、全国ベスト16の戦士が黙っていられるはずがない。
「なら試して見ましょうよ」
「俺とやるって言うのか?」
「はい。っていうか最初からそのつもりでした。アタシはもちろんテツじぃもカンじぃも。マサミ姉の話を聞き終えたら、せっかくなんで噂のナナシガリュウと手合わせさせてくれませんかとお願いするつもりだったんですよ」
「へぇ……」
ナナシが確認を取るためマサミの方を向くと、彼女は「わたしは知らないわよ。好きにして」と、首を横に振り、お手上げのジェスチャーをした。
ならば、ナナシ・タイランの答えは一つだ。
「いいだろう。ナナシガリュウ受けて立つ」
ナナシは意地悪そうな笑みを浮かべ、リンの提案を了承した。




