ネームレスガリュウは眠れない
「……ッ!?くそ……!このオレが……!?」
生身となったオカベはびしょ濡れ、泥まみれ、全身に激痛を走らせながらも意識を保っていた。
「……本当にこの雨はお前に味方するな。また泥濘に足を取られて、パンチを全力で撃てなかった。ランボとの戦いの後から鍛え直したのに、情けない」
ノームは思わず肩を落とした。
「そうだ……天はオレに味方をしている……まだ終わっていない……!!」
一方、オカベは威勢を取り戻した……痛みと屈辱で、精神がおかしくなっているだけだが。
「お前がラッキーなのは認めるけどよ……さすがにその状態からの逆転は無理だと思うぜ」
「やってみなくては……わからないだろ……」
「カッコいいね、まるで漫画の主人公だ。実際俺が相手だったら、万に一つぐらい勝ち目はあるかもしれない……だけどあいつ相手じゃ、100パー無理だぜ」
「!!?」
ノームが親指を立てて指した方に目を向けると、雨のカーテンに黄色い光が二つ浮いていた。それがアルマンサを倒し、こちらに向かっているネームレスガリュウの眼光だと気づくと、オカベの心を絶望が支配した。
「説明しろ、カズヤ」
「こいつマレフィキウムの偽物。ワープはホログラムによるトリック。サラマンダー装着、ノット完全適合。アイムウイン。後は任せる」
「……把握した」
幼なじみの絆が成せる技か、本当にネームレスは一連の出来事を今の説明で全て理解して、この戦いを終わらせるために拳をバキバキと鳴らしながら、硬く握りしめた。
「くっ!だがオレは諦めない!オレにはまだ……こいつがある!キュリオッサー・ミラージュ!!」
光を放ちながらオカベは灰色の鎧に身を包み、さらに六体のドローンを射出!そこからホログラムで自分と全く同じ姿を映し出すと、ぐるぐるとそれぞれ入れ替わるように動き出した。
「これで本体がどれかわかるまい!お前が混乱の中にいるうちに、その命奪い取ってやるわ!!」
「そんな手品でどうにかできると思われているとは……俺も舐められたものだな!ガリュウサムライソード!!」
黒き竜は刀を召喚すると鞘から抜かずに腰を落とし、柄の上に手を翳した。いつでも抜刀できるように。
「この武器はサイゾウや傭兵の野郎と被るから今まで使ってこなかったが……精神を集中させるにはこれが一番だ。グノスに向かう道中でシドウさんに教えてもらった“居合”も使えるしな。本体を一太刀で斬り伏せてくれる」
宣言通りネームレスは意識を集中、神経を研ぎ澄ます。すると雨の音はどんどんと小さくなっていき、最終的に彼の世界は“無音”になった。
「はっ!!何をするつもりが知らんが!この攻撃を見切れるわけなんてない!!」
そんな彼にナイフを手にした七体のキュリオッサーは一斉に飛びかかった。
「ネームレス流居合術……やっぱやめた」
ドドドドドドドンッ!!
「――がっ!?」
ネームレスガリュウは高速移動しながら、鞘から刀を抜かずにそのままキュリオッサーを全てぶん殴った。そのあまりの豪快かつ手際の良さに端から見るとほぼ同時に突然六体のキュリオッサーが消えて、本物が砕け散り、中から白目を剥いたオカベが出て来たようにしか見えなかった。
「全部倒せば、どれが本体とかホログラムだとか関係ない」
「出会った頃から変わらないな。賢そうな見た目してるけど、最後は力押しの脳筋……それで実際に大抵のことはなんとかできちゃうから、タチが悪い」
カズヤは幼なじみのアレっぷりに改めて呆れ返った。
「俺のことはいい。それよりもこれからどうする?」
「まぁ、個室で話したように、後は神凪政府に匿名で連絡しておまかせ……でいいんじゃね?」
「やはりそれが一番か。だが、そいつを、サラマンダーをどうする?このまま放置だと政府に接収されてしまうが……」
ネームレスガリュウが親指で倒れているオカベ……の指に嵌められた指輪を指す。するとノームは小さく首を横に振った。
「表面だけの力を求めることの愚かさを改めて目の当たりにしたからな……サラマンダーは神凪に任せる」
「そうか……」
「ドン・ラザクはよくいい道具は人を選ぶと言っていた。本当に俺がサラマンダーを所有するに値する男なら、いずれまた巡り会うことになるさ」
自分はオカベやアルマンサ、そしてシンスケと同じ轍は踏むまいとカズヤは強く心に誓った。そしてそれをネームレスも尊重する。
「お前がそれでいいなら、何も言うまい」
「じゃあサラマンダーのことはまとまったし、後やり残したことは……」
「わたしに感謝されることだね」
「「!!?」」
突如として響く見知らぬ声。その声の発生源、屋敷の屋根の上を見上げるとそいつはいた……白いマントをはためかせた白いピースプレイヤーが。
「お前は!」
「まさか!?」
「そうだ。わたしこそが本物の怪盗マレフィキウム。偽物を退治しに来たのだが……その手間を省いてくれたことを感謝するよ」
そう言うと、マレフィキウムは優雅に頭を下げた。
「口だけ達者な雑魚ばかりかと思っていたが……」
「最後の最後で大物が釣れたな」
「はて……もしかして君達わたしを捕まえようとしてる?」
「当然!」
「元はと言えば、お前が偽物を野放しにしていたから、こんな面倒ごとに巻き込まれることになったんだ!!」
「だからおとなしく捕まりやがれ!!」
ビシュウッ!!ババババババババッ!!
ネームレスガリュウは額からビーム、そして再び降臨したホムラスカルはマシンガンを発射した!もちろんターゲットは屋上のマレフィキウムだ!
「生憎、荒事は専門外だ。失礼させてもらうよ」
怪盗は白いマントでひらりと身体を覆う。すると……。
ビシュウッ!!ババババババババッ!!
「な!?」
「にぃぃぃぃッ!?」
ビームと無数の弾丸は全て反射され、逆にネームレスガリュウとホムラスカルに襲いかかった。
「自分の攻撃にやられるほど……」
「間抜けじゃねぇ!!」
言葉の通り、虚を突かれたとはいえ見慣れた自分の攻撃、二人は難なくそれを回避した。
しかし、その一瞬の間にマレフィキウムの姿はどこにも見当たらなくなっていた。
「逃げられたか」
「本物の面目躍如だな。さすがの逃げ足……だが、最後の最後で出て来て、気分を害しやがって!くそ!!」
カズヤは行き場のない怒りを泥を蹴り上げ、発散させた。
「……ふぅ、俺達が苛立っても何にもならねぇよな」
「だな」
「あいつも神凪政府に任せよう。そもそも俺らがでしゃばることじゃない」
「あぁ、ではとっとと引き上げよう……とその前に……」
「わたしをお探しですか?」
「「うおっ!!?」」
歴戦の勇士であり、今激闘を制したばかりの二人が飛び上がった。音もなく忍び寄り、シュショットマンが黒き竜の背後から突然声をかけて来たのだ。
「脅かすなよ……!!」
「そんなつもりじゃ……それよりも本当に急いで島から離れましょう。神凪政府はもとより異変に気づいたラックブックファミリーが押し寄せて来るかもっす」
「そうだな……もうこれ以上の面倒はごめんだ。カズヤ、お前船は?ないなら乗ってくか?」
「お気遣いどうも。でもちゃんと自前のを停留させてあるんで、一人で帰れますよ」
そう言ってホムラスカルは雨の中に消え……。
「あっ!そうそう!」
消えようとしたが、突然振り返り黒き竜を指差した。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「今回は色々あって協力する形になったけど、俺はまだお前のこと許してないからな!そこんとこ勘違いするなよな!それだけは言っておきたかった」
不躾に言い捨てると、今度こそホムラスカルは雨のカーテンの中に消えていった。
「わざわざ足を止めてまで言わなくてもいいのに。ねぇ?」
「それがあいつのいいところだ。あいつは根っから……優しいんだよ」
「……はい?」
言葉の意味を理解できずにシュショットマンは小首を傾げる。そのきょとんとした表情を見て、マスクの下のネームレスはさらに目尻を下げた。




