祝福の雨
外は分厚い雲から滝のような雨が振り注ぐ、どしゃ降りの悪天候だった。
「どりゃあっ!!」
ガシャアァァァァァン!!
「ぐっ!?」
「よっと」
その最悪のコンディションにわざわざ出て来たのは、怪盗マレフィキウムとホムラスカル!正確には肩に担いでいた怪盗をホムラスカルが扉をぶち破った勢いそのままに窓にぶん投げ、強制的に屋敷から追い出し、その後自分は悠々と窓枠を飛び超えて外出したのだ。
「いつの間に雨が……一瞬でびちょ濡れ、地面もひどいな」
言葉通り、ホムラスカルのオレンジの装甲の表面は一瞬で水が滴り、足はぬかるみによって泥で汚れた。
「そのひどいところに人をぶん投げる奴の方がよっぽどひどいと思うのだが」
一方マレフィキウムの白いボディーはまったく濡れも汚れもしていなかった。
「泥棒やってるような奴にだけは非難されたくないね」
「お前だってあのGR02と知り合いってことは脛に傷があるんだろ?他人をどうこう言える立場か?」
「耳が痛いな。まったくその通りだ……だから、少しでも罪滅ぼしになるように、目の前のこそ泥を捕まえさせてもらうよ」
ホムラスカルは足を肩幅に開いて、構えを取る。
「ふん!口だけは達者だな。だが、お前の望み通りにはいかん。さっきは油断しただけ……このマレフィキウムは無敵なのだよ!!」
そう言うと、怪盗は再び三人になった。まったく同じ姿、汚れを知らない純白のマシンが一瞬で三体に増えたのだ。
それを見てカズヤは……嗤った。
「種がわかってみると滑稽だな」
「……何?」
「だから……下らないマジックショーは終わりだって言ってるんだよ!!」
ホムラスカルは両手に二丁のマシンガンを召喚!銃口をマレフィキウム……ではなく、何故かその頭上の空に向けた!そして……。
バババババババババババババババッ!!
トリガーを押し込む!チカチカと銃口が光り、無数の弾丸が発射される!それは本来ならば全てそのまま黒い雲へと飲み込まれることになるはずなのだが……。
ドゴォ!ドゴォ!ドゴォン!!
「……ちっ!!」
「ビンゴ」
何かに命中し、空に炎の花を咲かせた。そしてそれと同時に増えたはずのマレフィキウムは一人に減り、その一人も灰色の全く別のマシンへと変化した。
「いつ気づいた……?」
「最初に違和感を覚えたのは、お前に銃撃された時。俺に向かって水平に銃を構えているのに、左右のお前の攻撃は上から撃ったみたいに床に穴を空けた。唯一真ん中だけは見た目通り、水平に撃って来てたがな」
「だから迷わず三体いる中で、オレに体当たりを仕掛けて来たのか」
「その時は意識的にやったわけじゃなく、ただの直感だったけどな。んで、触った感触が見た目と全然違ってから、こいつ上からドローンかなんかでホログラムを投射して姿を偽っているんじゃないかって思ったわけさ。ドローンから攻撃していたとしたら床に穴が空いた理由もわかる。しかもだめ押しでこれだけの雨にも全く濡れてない。だからマシンガンをお前の頭上に撃ち込んでみたのさ」
「なるほど……非の打ち所のない完璧な解答だ」
そう言うと、打って変わって水の滴る灰色のマシンの背部から小型のメカが飛び出し、その下にまたマレフィキウムが現れた。
「このマシンの本当の名は『キュリオッサー・ミラージュ』。電子戦や索敵が得意なマシン、『オルムステッド・エレクトリック』のキュリオッサーの改造機だ」
「そいつでワープやら分身やらできるように錯覚させてたのか。偽物はやることもセコいな」
「そっちも気付いていたか。その通りだ、オレは怪盗マレフィキウムの名を騙る真っ赤な偽物だ。よくぞ見破った」
「ニュースでマレフィキウムのやり口が変わったことを模倣犯だからって、指摘する奴を見たからよ。これは俺の手柄ってわけじゃない」
「妙なところ律儀だな」
「つーより、どうでもいい。お前が偽物でも本物でもやることが変わらんからな」
ホムラスカルは今度こそマシンガンをマレフィキウム改めキュリオッサー・ミラージュに向けた。
「ネタバレしたのに、懲りずに手品を続けるか?それとも心機一転、正々堂々正面からやり合う?そのマシンが俺のホムラスカルに対抗できるとは思えんがな」
「これまた正解。こいつは戦闘用じゃないから、とてもじゃないが君のマシンには敵わない」
「なら、降参するか?受け入れるつもりはないが」
「まだもう一つだけ手がある……戦闘用のマシンにチェンジすればいい!!」
キュリオッサー・ミラージュを解除、生身になったオカベは手を突き出した!指輪をはめた手を!
「さあ!久しぶりのシャバだ!サラマンダー!!」
指輪から光が放たれると、その中でオカベは相対しているホムラスカルとよく似たオレンジ色の機械鎧を装着する。いや、逆だ。そのマシン、サラマンダーに似せてホムラスカルは製造されたのだ。
カズヤは望まぬ形で懐かしき恩師のマシンと再会した。
「この予測は当たって欲しくなかったんだけどな……」
「あまり驚いていないな」
「あのファッキンガードマンがシエンタウロスを使った時点で、サラマンダーがお前らの手の内にあるとは思っていた。しかし、あれと違って特級のサラマンダーはさすがに使えないだろうと、高を括ってもいたんだがな……」
「オレもまさか自分がなんて思わなかったよ。偽物とすり替える時にこいつが反応してくれた時は震えたね……このオレがドン・ラザクの後継者に選ばれたんだってね!!」
「……その言葉は聞き捨てならないな……!!」
飄々としていたカズヤがマスクの下で顔しかめ、不快感を露にした。彼にとってその言葉は地雷以外の何者でもない。
「お前がどう思おうと関係ない!マレフィキウムの物真似をしてせこせこ稼ぐのは終わり!このオカベはサラマンダーと共に闇社会の頂点へと駆け上がる!これがその始まりの号砲だぁ!!」
サラマンダーは重厚な銃を召喚!自分と同じ色のマシンに向けた!
「サラマンダーバスターか!」
「喰らえ!!」
ドシュウン!!ヒュン!!
「うおっと!!」
「ちっ!!」
引き金を引くと、エネルギーを圧縮したような光の塊が発射された。それは触れる雨粒を蒸発させながら、ホムラスカルに襲いかかったが、あっさりと回避されてしまった。
(相変わらずすげぇ威力だな、サラマンダーバスター。だが……)
「ちょこまかと!」
ドシュウン!!ヒュン!!
「文句言われたところで当たってやらねぇよ」
「くっ!」
再度放たれたエネルギー弾。しかし、これまたホムラスカルを捉えることはできなかった。
(あのオカベって奴、やっぱり小細工と逃げ足以外は三流もいいとこだ。狙いも甘いし、反動を抑え切れてない。これならバスターは問題ないな……バスターは)
「ならばこれならどうだ!サラマンダーバルカン!!」
「早速来やがった!!」
サラマンダーはもう一方の手にガトリング砲を召喚した。それは直ぐ様円状に並ぶ砲口を高速回転し始め……。
「蜂の巣になれ!!」
バババババババババババババババッ!!
無数の弾丸を凄まじいスピードで撃ち出した!
「くそッ!これはさすがに……」
チッ!チッ!!
ホムラスカルは回避運動をとったが、その圧倒的な物量に通じず、いくつもの弾丸を身体に掠めてしまった。
「やはりバルカンはホムラスカルの機動力では太刀打ちできないか……」
「そうだ!諦めて嬲り殺されろ!!」
「おいおい、俺はホムラスカルの機動力ではって言っただけだぜ」
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
「何!?」
オレンジからブラウンに、オカベがそうしたようにカズヤもホムラスカルからドン・ラザクの愛機の一つ、特級ピースプレイヤー、ノームに装着し直した。その見た目に違わぬ分厚い装甲は弾丸を全て虚空へと弾き飛ばした。
「雨粒は消し飛ばせても、このノームの装甲は貫けなかったみたいだな」
「この……!!」
これ見よがしにドンと胸を叩くノーム。その挑発的な仕草に根っこの部分はアルマンサと同じくチンピラ以外の何者でもないオカベの精神は激しくかき乱された。
「いいだろう……そこまで言うなら、こちらもサラマンダーの火力の真髄を見せてやる!!」
そう言うと、バルカンを前に、バスターを後ろに縦に並べ、二つをガチャン!と連結!二つの銃を一つの長大な銃へと合体させた。
「グレートサラマンダーバルカン……!!バスターと直列させて強化された威力と連射能力……とくと味わうといい!!」
バババババババババババババババッ!!
先ほどの倍の威力を持った弾丸が三倍の量になってノームに振り注ぐ!ブラウンの重マシンは身体を丸め、急所を隠しつつ、少しでも被弾面積を減らそうとした。結果……。
キンキン!ジュウ!!キン!ジュウ!!
「ぐうぅ……!!」
「な……これも……」
時折装甲を溶かされ、大きく抉られることはあったが、なんとかギリギリで致命的なダメージを防ぐことには成功する。
今回こそはと思っていたオカベは信じられない、信じたくないと唖然とした。
(博打その一は俺の勝ち……かなりヤバかったが。当初の見立て通り、この威力は完全適合までいってないが、俺とノームより適合率は上……ってところだな。じゃあ問題は次だ。そしてあいつがどこまで理解しているかどうか……)
「どこまでもコケにしおって!!ならば、本当のとっておきを見せてやる!!」
再び銃を二丁に分離、そして前後を入れ替え、バスターの後ろにバルカンを連結させる。
「グレートサラマンダーバスター!!これに……耐えられるなら、耐えてみろ!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「!!」
カズヤの視界一面が光に覆われた。ナナシガリュウの代名詞、太陽の弾丸を彷彿とさせる圧倒的な光と熱が放射されたのだ!しかし……。
「……肝を冷やしたぜ。ノームはアチアチだけどよ」
ブラウンの重マシンは泥の飛沫を上げながら、地面を転がり、なんとか必殺の一撃を躱す。けれど、その余波を受けて、装甲の一部が赤熱化していた。
(なんとかかんとか避けられたな。回避自体はホムラスカルでやった方が楽だが、直撃しなくても、これだけ熱せられるってことは……リスクが高いよな)
冷静に状況を判断し、これからのことを思案するカズヤ。対して……。
「くそ!!これも躱すか!!だったら、その足が動かなくなるまで、撃ち続けるまでだ!!」
オカベの頭はノームの装甲よりも熱くなっていて、自分でも制御できない暴走状態に陥っていた。強力な光の奔流を発射したことで、これまた赤熱化し、触れた雨粒を蒸発させ、白い煙を上げるグレートバスターを構え、そしてトリガーを引く!
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
(さぁ……ここからが博打その二の本番だ!!)
昼と夜が交互にやって来ているようだった。グレートサラマンダーバスターの光が周囲を照らし、その光が収まったかと思ったら、次弾が発射される。
それをノームは時に宙を飛び跳ね、時に地面を這いずり、かろうじて躱し続けた。
永遠に繰り返されるかと思える果てしない攻防。けれど何事にも終わりというものは訪れる。そしてそれは得てしてあまりにも突然、そしてしょうもないことだったりするもの……。
今回もそうだった。
ヌルッ……
「――!!?しまった!?」
ノームの足が泥濘にとられた!体勢を崩し一瞬、だが戦闘中だとしたらあまりにも長い時間動きが止まる。
「天は我に味方した!この雨はオレにとって祝福の雨だ!我が勝利は……運命なのだぁ!!」
勝利を確信したサラマンダーは引き金にかけた人差し指に力を込めた!その時!
ドゴオォォォォォン!!
「――がっ!?」
グレートサラマンダーバスター大爆発!敵にとどめを刺すどころか、持ち主を吹き飛ばした!
「な……何が……!?」
まだ何が起きたかわからないひびだらけのサラマンダーが泥に手をつき、立ち上がろうとする……が。
「オラアッ!!」
ゴォン!!
「――がはっ!!」
ノームの爪先がサラマンダーの鳩尾に突き刺さる!オレンジの装甲を撒き散らしながら、再び宙を舞った!
「ぐうぅ……くそが……!!」
それでもなんとか体勢を立て直し、着地する。そこにノームがゆっくりと近づいて来る……勝利を確信して、オカベの心をいたぶるように。
「お前にとってこの雨は祝福だってのは……本当にその通りだ。もし雨が降ってなかったら、もっと早く決着がついていた」
「な、何を……」
「知らなかったか?グレートサラマンダーバスターはその圧倒的熱量から連射は厳禁なんだぜ。もし何も考えずバカスカ撃ったら、今みたいに自ら発した熱で爆発する。今回は雨が冷却してくれたから、予想より時間がかかったけどな」
「お前は最初からこれを狙って……」
「他にも色々と方法は思いついたが……これがお前には一番屈辱を与えられると思ったから、このプランを選んだ」
「貴様!!」
「まぁ、それでこっちも死にかけてんだから、俺も本当にどうしようもねぇよな」
思わずブラウンのマスクの下で自嘲した。
「だが、きっとうまくいくと信じていた。お前のような三下がサラマンダーを使いこなせるわけないからな」
「ふざけるな!オレはサラマンダーに選ばれたんだ!!」
「もて遊ばれたの間違いだろ?サラマンダーを装着してから、えらく感情的になってるぜ、おたく」
「そ、そんなこと……」
そんなことあった。感情を力に変える特級ピースプレイヤー、サラマンダーが逆にオカベの精神に作用し、彼の正気を失わせていたのだ。
「マシンに逆に支配されるような間抜けはマレフィキウムの代わりも、ドン・ラザクの後継者にもなれない……器じゃないんだよ、お前」
「オ、オレはぁぁぁぁッ!!」
怒りに身を任せ、サラマンダーがノームに殴りかかった!しかし……。
「ドンぱちはともかく……」
ガァン!!
「ぐぎゃあぁぁっ!!?」
「殴り合いはノームの方が上だ……!!」
カウンター一閃!ノームの拳がサラマンダーを粉々に打ち砕いた!




