残された男
「ネームレス……あいつどこに……まさか!?」
カズヤの頭を支配したのは都合のいい展開。そうであってくれと自分に言い聞かせるように必死に辺りを見回した。しかし……。
「GR02のご自慢のステルス能力発動……ではないよ、君にとっては残念なことにね」
その一縷の望みをマレフィキウムはあっさりと断ってくる。戸惑うカズヤと対照的に彼は作戦が見事に成功し、最強の敵を排除できたので、ご満悦の様子だ。
「てめえ……何をした?」
「ワタシ達に害をなそうとする奴にわざわざ説明する義務があるかい?」
「くっ!?」
普段なら絶対にしない愚かで間抜けなことを口走ってしまっていると自覚させられ、さらにカズヤの心は激しく動揺する。
「オカベ……あいつに説明する義理はねぇが、おれに対してはあるんじゃないか?何をしたんだ?」
怪盗の隣で実はカズヤと同じくらいアルマンサは激しく戸惑っていた。横目でチラチラとマレフィキウムを見て、説明を要求する。
「別に大事なのは結果なのだから、何も知らなくても……いや、やはり知っておくべきか……」
マレフィキウムはその要求を拒絶しようとしたが……とある考えが浮かび考えを改める。
「心変わりの理由はわからんが、説明してくれるなら俺としてもありがたいな……」
「ええ。わたしからあなたへの最後の慈悲です。よく聞きなさい、02は……その絵の中に飲み込まれたのです」
「絵に?そんなことが……だがしかし言われてみれば、そうとしか……」
目の前で起きた光景を素直に解釈すると、それが一番しっくりくると思ったのか、突拍子もない答えだったが、意外にもカズヤは冷静に受け止めることができた。
「その絵はただの絵ではなく、古代遺跡から発掘されたアーティファクト。テルウィッチの名が署名が入っている絵は人食らうと恐れられているのですよ」
「アーティファクト……それならばこんな不可思議な真似も……で、どうすれば奴をその絵から解放できる」
その言葉を聞いた瞬間、マスクの下のオカベの顔が醜く歪んだ。
「さあ?それがわからないからみんな恐れられているんだろ?でも、あれだったら試しにその絵を真っ二つにでもしてみればいいんじゃないか。もしかしたらそれでお友達は解放されるかも。逆に……永遠に出てこれなくなるかもしれないけどね……!!」
「そうか……為す術無しってことか……」
カズヤは恨めしそうに絵を、その中にいるであろう幼なじみを睨み付けた。
(また俺だけ残して……お前はいつも……!!)
故郷から黙って自分の前から消えたあの日のこと、その時感じた怒りと切なさ……それを思い出して、カズヤは拳を震わした。
「説明ありがとよ」
「スッキリしたか?」
「したようなしてないような……あいつに借りを返せないのは残念だな」
対照的にアルマンサは刃風を解除し、涼しい顔を晒した。
「だが、それに拘るほどガキでもねぇ。ちゃっちゃっとあいつを倒して、当初の目的を達成しよう」
そして右手を顔の前に翳す。ずり落ちた裾から数珠が顔を出した。ネームレスがネクロから受け継いだものと酷似した数珠が……。
「それは……」
「お察しの通り、本日のオークションの目玉商品……シエンタウロス!!」
数珠が眩い光を放ったかと思うと、次の瞬間アルマンサは紫色の牛に変身していた。それこそがかつて悪意なき獣害から神凪国民を守って来た守護神……の模造品である。
「もっとじっくりと自分用に調整してから、御披露目したかったが……これはこれで悪くねぇ!!」
紫牛は体勢を低くし、頭の横から生える立派な角の切っ先をホムラスカルに向けて突撃した!
「マシンはレジェンド級かもしれんが……」
ガッ!ヒョイ!!
「中身はそうじゃないだろ」
だが、ホムラスカルは飛び箱の要領で牛の頭に手をつき、そして押し出すことで、あっさりと頭上を飛び越し回避し……。
「ワタシもいることをお忘れなく」
宙を舞うホムラスカルの前にマレフィキウムが颯爽登場!しかし……。
「忘れてねぇよ」
それを読んでいたホムラスカルは空中でくるりと縦に一回転!勢いをつけて踵落としを繰り出す!
スカッ……
「――!?何!?」
踵がマレフィキウムの頭に直撃した瞬間、白い怪盗は煙のように消えた。代わりに……。
バァン!!
「――ッ!?」
右上方から銃撃される。そちらを向くと怪盗が小銃から煙を昇らせていた。
「こいつ!!」
弾丸は直撃したもののオレンジの装甲を貫くことはできず。
ほぼノーダメージのホムラスカルは着地と同時にマレフィキウムにお返しをするため突進した!
「オラァ!!」
助走をつけた渾身のパンチ!今度こそマレフィキウムを……。
スカッ……
「くっ!?」
やはりまた空振り!マレフィキウムは振り下ろした拳の先、今いたであろう場所の遥か後方にいた。
「たった一瞬で……ワープ?いや……」
ブォン!!
「――ッ!?」
「はっ!惜しい!」
本能か経験則かホムラスカルは反射的に頭を反らした。すると今まで首があった場所に鎖つきの斧が猛スピードで通過した。もし、少しでも頭を動かすのが少しでも遅れていたら、彼の首が斬り落とされていただろうことは明らかだろう。
「てめえが凄いのか?おれがまだこいつを使いこなせてねぇのか?まぁ、どっちでもいいか!!」
シエンタウロスの武器は鎖で繋がれた斧であった。その片方はがっちりと手で持ち、もう片方は鎖でブンブンと振り回しながら、猛牛は再アタックを敢行した。
「ウリャッ!!」
ブォン!!スッ……
「馬鹿の一つ覚えが……」
ホムラスカルはまたあっさりと回避!横っ飛びで距離を取る!
「蜂の巣にして……」
そしてそのままマシンガンを召喚……しようとしたが、カズヤの目に痙攣する仮面の客達が目に入り、行動をキャンセルさせる。
(この状況だと、ホムラスカルの真価が発揮できない……!そもそもあのシエンタウロスの装甲は見た感じ、かなり厚そうだ……俺とは相性が悪い……!)
ホムラスカルは空中で方向転換、再びマレフィキウムの方を向いた。
「とりあえずはあいつからだ!どんな手品を使っているか知らねぇが……叩き潰してやる!!」
答えは出ていないが、迷っていても仕方ないとマレフィキウムに向かって駆け出……。
バァン!!バァン!!
「――ッ!?何……!?」
二つの発砲音はカズヤの決意を一瞬で引き裂いた。
マレフィキウムの左右から、あろうことかマレフィキウムが銃撃してきたのだ!
「三体に増えた?」
「実は三つ子なんだよね」
バァン!バァン!バァン!
「ちいっ!!」
三体のマレフィキウムからの一斉銃撃!たまらずホムラスカルはまた方向転換、後退する。
(本当に三つ子……なわけねぇよな。だが理由は何であれ、突然奴が増えたのは現実。奴がそういう力に目覚めたエヴォリストだったら、お手上げだ。けれど……)
今も目の前の床に刻まれる弾痕を見下ろすと、言い知れぬ違和感を感じた。
(多分、俺は正解まであと一歩のところまでたどり着いている……もう少しで)
「考え中のところ、失礼するぜ!」
ブォン!!
「ぐっ!?」
ここでシエンタウロスのカットイン!また斧を投げつけてきたが、なんとかホムラスカルは躱した。しかし……。
「何のために鎖がついていると思っている?こうするためだよ!!」
グイッ!ブゥン!!ガリッ!!
「くそ!?ぐっ!?」
猛牛は鎖を力任せに引っ張り、通過したはずの斧が戻ってきた。
ホムラスカルがかなり強引に身体を回転させ、回避を試みたが、僅かに掠めてしまい、結果体勢を崩され、地面に無様に落下した。
「まだまだいくぜ!!」
「!?」
ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!!
倒れるホムラスカルをシエンタウロスは容赦なく追撃した。両手に持った斧を上から撃ち下ろし続けたのだ。しかし、オレンジのマシンは床をゴロゴロと高速ローリングで移動することによって、事なきを得た。
「そんなのろまな攻撃!いくらやっても当たらないってんだ!!」
ホムラスカルは膝立ちになり、今もまさに斧を振り下ろそうとする紫色の牛に威勢よく啖呵を切る。
それをアルマンサとオカベは……鼻で笑った。
「別に避けてもいいぜ。だけど、そしたら後ろの絵はぶっ壊れちまうがな」
「!!?」
言われて気付いたホムラスカルの背後に幼なじみを吸い込んだ絵があることを。そして、これこそが彼らの狙いだってことに、最後の最後で漸くカズヤは気付いたのだ!
「あれだったら試しにその絵を真っ二つにでもしてみればいいんじゃないか。もしかしたらそれでお友達は解放されるかも。逆に……永遠に出てこれなくなるかもしれないけどね……!!」
「お前!このためにわざわざ俺に説明を!!」
「そういうこと」
「で、察しのいいおれ様と連携して、この場面を作り出した!」
「さぁ!決断の時だ!!避けて自らの命を取るか!それとも自分を犠牲に友を守るか!!」
「いいや!おれが両方まとめてぶったぎる!!」
(ノームならあるいは……いや、この一撃は……)
答えを出す暇など当然与えてくれず、いまだ思考の迷路に囚われたままのカズヤの脳天に斧が……。
カッ!!ガキィィィィィン!!
「「「!!?」」」
再びオークション会場を強烈な光が包んだかと思ったら、ぶつかり合う金属音が鳴り響いた。
その正体は友の命を断とうとする斧を受け止める黒き竜の刃!ネームレスガリュウ、堂々の帰還である。
「てめえ……!!」
「お前どうして……?」
「それは俺が聞きたい。いきなり見知らぬ場所に飛んだと思ったら、天から十二人の戦士と戦えと声が聞こえ、色んな場所に連れ回され、言われるがまま最終的に十五人と戦わされた。勝った」
「そんな格ゲーじみたことやってたのか……」
「やらされた、もしくはやるしかなかった、だ。で、全員倒したらまた光に包まれて、そしたらお前がシエンタウロスに……」
黒き竜が黄色い二つの眼でつばぜり合いをしている猛牛を睨み付けた。
「貴様……あのガードマンか?」
「あぁ!それがどうした!!」
「お前は不愉快な奴だ……ネクロのマシンをこんな下らないことに使い、あまつさえ……」
俺の友に手をかけようとするなんて……とは、色々とあれなのでネームレスは言葉にできなかった。
「とにかく!お前は俺の手で倒す!!」
ガキィィィン!!ガァン!!
「――がはっ!?」
先ほどの再放送の如く、斧を力任せに跳ね上げられると、無防備になった腹に蹴りを入れられ、シエンタウロスは壁に叩きつけられた!
「アルマンサ!!くそッ!!どうして……!!」
オカベは予想もしていなかったあまりに早い黒き竜のご帰宅に混乱していた。その僅かな隙を見逃さない目敏い男が一人……。
「あんな卑劣な真似しといて、てめえは仲間の心配かよ」
「――ッ!?」
三体のマレフィキウム、その真ん中の懐にホムラスカルは潜り込んでいた!そしてそのまま……。
「オラァ!!」
ガァン!!
「――ぐっ!?」
タックルして、白い怪盗を担ぎ上げる!さらに……。
(この感触……そういうことか!)
手から伝わるその感覚がカズヤに感じていた違和感の正体を教えてくれた。
「ネームレス!こいつは俺が相手をする!だからお前は!!」
「このド腐れガードマンをやればいいんだろ」
「イエス!つーことで、後は頼んだぞ!!」
ドゴォン!!
そう言ってホムラスカルはマレフィキウムを担いだまま扉を突き破って部屋から出て行った。
つまりオークション会場に残ったのはネクロの意志を継ぐ者と、そのネクロの威を借る者の二人っきり……。
「……これで一対一……俺としては今日十六戦目……当然、今回も勝つがな……!!」
「いいや……勝つのはおれとシエンタウロスだ!!」




