中止
「……え?何を言っているんですか?見ての通り、ワタシはただの案内係ですよ」
オカベは半笑いで首を傾げながら、テーブルにドリンクを置いた。
「なら、そのドリンク、お前が飲んでみろよ」
カズヤは顎をしゃくりあげ、不躾に言い放った。
「このドリンクは……皆様のために持って来たのですが……」
「だったら、お前に飲ませるのも俺達の自由だろ?とっとと飲めよ」
「ですが……」
「そもそもジュース一つ取りに行くのに時間がかかり過ぎじゃねぇか?」
「それは……途中で別のお客様に呼び止められたからで……」
「ふーん、なんて?」
「え?」
「なんて呼び止められたんだ?」
「だからその……」
高圧的なカズヤの尋問にオカベは口ごもり、思わず後退りをする……が。
「シャアァァァァァァァァッ!!」
「――ひっ!?」
その先にはピンク丸が待ち構えていた。絶対に逃がさないと言わんばかりに……。
「一体何なんですか!?お客様だからといって、こんなこと許されるものではありません!!」
「そうだな……もし君が無実だったら素直に謝罪しよう。だからとりあえずドリンクを飲んでくれないか?」
「うっ!?」
カズヤに加え、ネームレスまで威圧してきた。有無を言わせない彼らの態度にオカベはドリンクに手を伸ばし……。
ガシャン!!
全てまとめて払いのけた!コップが割れ、ガラス片が散乱し、床に水溜まりができる。
「これが答えかオカベ、いや……マレフィキウム」
「もうちょい早く持って来ていたら、この睡眠薬入りのドリンクを素直に飲んでくれましたか?」
「まさか!そもそも俺達なんかをこんないい部屋に案内するって時点で怪しさMAX、何かあると最初から疑っていたってんだよ」
「そ、その通りだ!!」
ネームレスは緑色の眼をまた激しくスイミングさせた。
「お前……」
「それよりも!ついに追い詰めたぞ、マレフィキウム!!俺は以前会った時よりもお前に対して怒っている……なので、容赦はせん!ピンク丸!!」
「シャアァァァァッ!!」
ネームレスは僕をけしかける!鋭い牙の生えた大口を限界まで開き、獣はオカベに飛びかかる!しかし……。
「マレフィキウム!!」
光と共に白い機械鎧を装着し、回避!そしてそのまま……。
「できることならあなたのGR02も拝借したかったのですが……とても残念です」
ガシャアァァァァァァン!!
ガラス窓を突き破り、オークション会場にド派手に降りて行った!
「きゃあぁぁぁっ!?」
「なんだ!?」
突然のガラスのシャワーに戸惑う客。そんな者達に目もくれずマレフィキウムはオークションが行われる舞台の上に向かった。そこには商品の警備係だと思われるサングラスをかけた三人の屈強な男がいた。
「お前は!!」
「何奴!!」
二人の男は予期せぬ来訪者にすぐさま懐から銃を取り出し、迎撃しようとする。
残り一人は……。
「『アルマンサ』!!予定変更だ!!」
「了解!!」
ドゴッ!!ドゴンッ!!
「――がっ!?」
「き……さま……」
ガードマンの一人がマレフィキウムではなく、仲間であるはずの二人を後ろから殴り倒した。つまりはそういうことなのだろう。
「ったく、楽な仕事だと思ってお前に乗ったのによ」
「文句は後で聞く。それよりも……」
「P.P.ドロイドだな!準備はできてるぜ!!」
アルマンサが指をパチンと鳴らすと、舞台袖からぞろぞろと自立型のピースプレイヤーの群れが出て来た。
「きゃあぁぁぁっ!?」
「何なんだよ!!」
「とにかく逃げろ!!」
緊急事態だと認識した仮面のお客様達は一斉に出口へと向かうが、そこにも……。
「………」
「………」
「「「いっ!?」」」
機械人形が立ちはだかり、鼠一匹逃がさないと出口をふさぐ。さらにその扉の奥からは……。
ドゴンッ!!
「ぐあっ!?」
何かを殴るような音と悲痛な声が聞こえる。この会場の外でも、同じように機械人形が猛威を振るっているのは明らかだった。
『ええ……テス、テス』
キィィィィィィン!!
アルマンサがマイクを手に取り、トントンと叩き、スピーカーから不愉快な音が部屋中に流れると、何をすればわからない混乱状態にいる客達が一斉に彼の方を向いた。
『ええと、皆様お察しの通り、オークションは中止です。ただここまで準備するのに色々とお金がかかっちゃったので、参加費はいただかせてもらいます。もしそれを拒否するならプログラムをちょいちょいと弄ったP.P.ドロイドによって痛い目を見てもらうことになりますが……』
「ふざけるな!!なんでワシらがそんなこと!!」
一人の客が仮面を投げ捨てながら、非難の声を上げた。それを見てアルマンサは……ニヤッと醜悪な笑みを浮かべる。
『いいですね……ちょうど見せしめが必要だと思っていたところです……!!』
「なっ!?」
『さあ!皆様ご注目!!バカがどういう末路を辿るのか!その眼にしっかり焼きつけろ!!』
「………!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
拳を振りかぶりながら、機械人形が客に突進した!客はただ目を瞑り、痛みに少しでも耐えられるように身体を強張らせることしかできない。
「かみ千切れ、ネームレスガリュウ」
ドゴッ!!
「――!?」
「……へっ?」
妙な音が前方で鳴り、恐る恐る客が目を開けると、自分に襲いかかって来ていた機械人形にマントを羽織った黒き竜が飛び蹴りを入れて、首をへし折っていた。
「おおう……!ワシを助けてくれたのか?」
「お前を?そんなわけないだろ」
「へ?」
ガブッ!!
「――ッ!?」
客の首筋にピンク丸が噛みついた!牙から毒が注入され、男の身体は一瞬で自由を失った。
「闇オークションに来る奴などどうなろうと自業自得。本当なら知らんぷりしたいところなんだが……」
黒き竜は月明かりのように妖しく光る二つの黄色い眼で舞台上のアルマンサとマレフィキウムを見上げた。
「それ以上に奴らが気に食わん。不本意だが、命だけは守ってやる。だから、みんな大人しくピンク丸の毒で痺れてろ」
「シャアァァァァァァァァッ!!」
「「「ひぃぃぃぃっ!?」」」
ガブッ!ガブッ!ガブッ!!
ピンク丸は床をにょろにょろと這い回りながら、客の足に次々と噛みつく!獣が通った後には倒れる仮面の者達が列を成した。
「では、俺も……」
ガァン!!
「……!!?」
「ゴミ掃除といこうか……!!」
黒き竜はまた別の機械人形の懐に一瞬で潜り込むと、サッカーのボレーシュートのように、また首を蹴り飛ばした!凄まじいスピードで飛んで行った頭はマレフィキウムの横を通過した。彼なりの宣戦布告なのだろう。
「機械人形なら手加減などする必要はないな。ガリュウマグナム」
バァン!ビシュウ!!
手の拳銃、額からの光線でほぼ同時に別方向にいた機械人形の胴体を貫く!さらに……。
「ガリュウブレード」
ザザンッ!
「………?」
「!!?」
最も得意とする武器を召喚しながら、二体の間を通り抜けると同時に首を吻ねる!機械人形の旧式の電子頭脳では、いや最新型だとしてもあまりの早業に自らの身に起きたのか理解できなかったであろう。
「次」
それは最早人の形をした一迅の烈風であった。するすると機械人形の間を動き回り、通り過ぎ様に必殺の一閃を叩き込む。
それは人の形をした一迅の烈風であった。
(やるようになった……って、ここにドン・ラザクがいたら言うんだろうな)
上階から幼なじみの暴れっぷりを見下ろし、カズヤはかつての恩師のことを思い出した。
(静かでいて獰猛、流麗でいて苛烈、まさにドンの生き写し……いや、きっとすでに奴は……!!)
自然と拳に力が入った。幼き日より何度も彼を苦しめていた劣等感が、今また再燃したのだ。
(諦めちまえば楽なんだろうけど……それができるほど器用じゃねぇんだよな、まったく!!)
カズヤは意を決して、黒き竜から背を向け、出口へと歩き出した。
「どこへ?」
「会場外にも敵がいるんだろ?なら、そいつを片付ける。このまま黙って見ていても、あいつがなんとかするんだろうが……俺の性には合わん!!」
「戦士としてのプライドですか?」
「そんないいもんじゃない……男の意地だ!!お嬢ちゃんはここで大人しく待ってな……すぐに終わらせてやる……!!」
そう言って、鬼気迫るカズヤは部屋から出て行った。
「人形の片付けは……一段落かな」
まさにただの動かない人形になり下がったP.P.ドロイド達の中心で、その凄惨な状況を作り出した黒き竜は壇上の怪盗とガードマンを睨み付けた。
「あ~あ~、スクラップ寸前の中古品だが、それなりに高いのに。本当厄介なことになったな、オカベ」
「言葉と裏腹に……オレにはお前が心底嬉しがっているようにしか見えないのだが?」
怪盗の言う通り、アルマンサはとても楽しそうに満面の、そして邪悪な笑みを浮かべていた。
「組に入れば、好き勝手暴れられると思ったのに、実際はこんなところでこそこそ小銭を稼ぐだけ。神凪が色々あって組を大きくする絶好のチャンスが来た、さすがにこれは動くだろうと思ったら、腑抜けなボスはカツミだのネクサスだのにびびって何もせず」
「だから見切りをつけたのか?」
「あぁ、退職金代わりに今日出品される商品と客の持ち物全部いただいてな!」
「それが成功したとして、その後どうするつもりだ?」
「そんなもん新しい組を立ち上げるに決まってんだろ!今度こそこの神凪で好き勝手暴れ回れる骨のある組織を!!そして世界を作り変えるのさ!混沌とした弱肉強食の世界に!!」
「そうか……お前はただのバカなのだな」
ネームレスはアルマンサを激しく嫌悪した。いや、彼ではなく……。
「かもな。否定はしねぇよ。だが……お前にだけは言われたくないな!先輩!!」
「そうだ!だからこそ俺は暴力では何も満たされないことを知っているんだよ!力で世界は変えられない!!」
ネームレスがアルマンサよりも嫌悪していたのは自分だった。彼のやろうとしていることをすでにやってしまった自分が許せなかった……。
「俺がお前を止める!もう俺やお前のようなクズを恐れて眠りにつけない人を生み出さない!」
その罪滅ぼしをするために黒き竜は駆け出した!
「はっ!やれるもんなら……やってみろ!刃風!!」
アルマンサのサングラスが光を放ち、機械鎧へと変化、全身に装着されると、彼もまた竜を迎え撃つために突進する!
「またそれか」
「ラックブックの他の奴らが使った奴のことを言っているなら、忘れた方がいいぜ!!そいつより……おれは何倍も強い!!」
キンキンキンキンキンキン!!
刃風が召喚した刀と黒き竜の腕から伸びる銀色の刃が火花を散らしながら、二合、三合と斬り結んだ。
「ほう……言うだけのことはあるな。俺の斬撃についてくるとは。以前戦った奴とは段違いだ」
「はっ!弱気になって、早くも降参か!?」
「降参?確かにお前は前の奴より何倍も強い……だが!!」
ガッ!キィィィィン!!
「何!!?」
黒き竜の刃が器用に刀を絡め取り、そのままそれを刃風の手から奪うと、そして遠くに弾き飛ばした。そして……。
「俺に降参と言わせたいなら、何百倍も強くなくては……な!!」
ガァン!!
「――がはっ!!?」
無防備になった腹に蹴りを入れる!一撃でそこから刃風の全身に放射状に亀裂が走り、勢いよく壁に叩きつけられた!
「暴力でできることと言ったら……お前のような小悪党を虐めるくらいだ」
「てめえ!!」
「待て!アルマンサ!!」
怒りに身を任せて再突撃しようとした元ガードマンを怪盗が諌めて止めた。
「オカベ……」
「お前は野蛮だが、愚かではない。今の攻防でわかっただろう……こいつは二人がかりで仕留める……!!」
マレフィキウムは白いマントをはためかせ、刃風の隣に並んだ。
「ちっ!しゃあない……ここはお前に乗ってやる」
「賢明な判断だ。だが、どうやら二人がかりとはいかないみたいだぞ」
「何?」
ギィッ……
瞬間、黒き竜の背後の扉が開いた。そこからもう見る影もないオークション会場に入って来たのはオレンジ色のピースプレイヤー、ホムラスカル、つまりカズヤであった。
「外のお人形は全て俺が片付けさせてもらったぜ。ついでに悪趣味な仮面どももちょっとばかし乱暴な方法でお眠りいただいた」
「ちっ!!これで二体二ってわけか……!!」
結局形勢は覆らず、刃風は思わず後退りした。
一方のマレフィキウムは……残念そうにため息をついた。
「はぁ……人生とは計画通りにいかないもんだね」
「特に悪事はな」
「仕方ない……これは高く売れそうだから取っておきたかったけど!!」
ブゥン!!
マレフィキウムはマントに隠していた長方形の板を竜に投げつけた!
「そんなもの!!」
それに対し竜は、自分の障害にはならないと、ブレードで斬り払おうとする……が。
「先代、レイラ様の父上が当時無名の絵描きを別荘に呼んで、彼女をモデルにこれを描かせたんです」
「――!!」
ギリギリのところでシュショットマンの言葉と月光の下で微笑む少女の絵のことを思い出す!ネームレスはブレードを消し、投げられた板をできるだけ優しくキャッチした。
「まさかこれは……」
板をひっくり返して見てみると、ネームレスの予想とは全く違うおどろおどろしい十二人の怪物が並ぶ不気味な絵だった。
「違ったか……まぁ、絵を斬り裂くのは忍びないから、何にせよ良かった……」
誰かの力作を無下にせずに済んでホッと胸を撫で下ろすネームレス。緊張がほどけた彼の目線は絵の額縁に……。
「ん?テルウィッチ?聞いたことのない画家だな……」
カッ!!
「――ッ!?」
「フッ」
「なんだ!!?」
「これは一体……!?」
ネームレスガリュウの視界一面が真っ白になる。テルウィッチの絵画が突然強烈な光を放ち、オークション会場を照らし、黒き竜を飲み込んだのだ。
カランカラン……
光が収まった後、その発生源に残っていたのは一枚の絵だけ……。黒き竜の姿はどこにも見当たらなかった。
「ネ……ネームレス!!?」
当然、カズヤの悲痛な叫びにも返事は返って来ることもない……。




