リスト
二人の間に緊張感が張り詰める。
かつては親友とも、相棒とも呼べる関係であった二人だが、あれやこれやで今は一言では形容し難い複雑な関係になっている。
そんな両者の顔をシュショットマンの視線は交互に行き来した。
「あの~、お二人はお知り合いで?」
「まぁな」
「昔、少しな」
「へ、へぇ~………」
少女の心は二人が放つ威圧感にへし折られた。もうこれ以上は彼らの間に立ち入れないし、入りたくない、もう見守ることしかできないと。
当の二人は少女の気持ちなど露知らず、今も真っ直ぐとお互いを睨み合っていた。
「話を戻そう……何でここにいる466番」
「多分お前と一緒さ、スリーセブン。お前もあのピースプレイヤーを見に来たんだろ?それともお前の場合はあっちか?」
自信満々にそう言い放つカズヤ。しかし……。
「………ピースプレイヤー?」
「……あれ?」
ネームレスは何を訳のわからないことをと首を傾げた。それを見て、カズヤも頭を傾ける。
「お前、マジでアレを、あのピースプレイヤーを競り落としに来たんじゃないのか?」
「だから何を言っているんだ、貴様は?俺は……」
「あの~」
「「あ!?」」
「ひっ!?」
「「あ……」」
突然、話しかけられた幼なじみ二人は息ぴったりにメンチを切った。それをもろに喰らい青ざめる仮面を付けていない男の顔を見て、これまた仲良く二人我に帰った。
「す、すまない。つい……」
「い、いえ……こちらこそ突然お声かけして……」
「で、俺達に何か用か?」
「はい……ワタシは『オカベ』という運営の者です。お二人とも込み入ったお話があるようですし、もし宜しかったら、オークション会場を見下ろせる個室に案内しましょうか……というお話なんですが……」
「個室?俺達が?」
「はい……その方が他の方達にとっても宜しいかと……」
「「うっ!?」」
オカベがチラチラ右、左と周囲を見回す。ネームレス達も彼に合わせて周りを見てみると、異様な雰囲気の二人を来客達が遠目で怪訝な顔で眺めていた。
「ご覧の通り、過分にご注目を集めていますので、個室でゆっくりお話になっては……」
「ならば……」
「あぁ……」
ネームレスとカズヤは目配せすると頷き合い、そしてまたオカベの方を向いた。
「お言葉に甘えさせてもらおう」
「個室とやらに案内してくれ」
ネームレス達はオカベに連れられ、オークション会場を見下ろせるガラス張りの個室にやって来た。
「気分はVIP……って感じだな」
「オカベと言ったな、こんないい部屋をありがとう」
「いえいえ。ワタシはサービスのドリンクを持って参りますね」
オカベは一礼すると、部屋から出て行き、部屋の中にはネームレスとカズヤ、そして、シュショットマンの三人が残された。
「では、本題に……」
カズヤはおもむろにテーブルの上にあるタブレットを取ると、ネームレスに渡して来た。
「これをどうしろと?」
「今回のオークションの出品リストを見ながら話した方が早いと思ってな。それで見れるだろ?」
「そのよう……だな」
ネームレスはタブレットのスイッチを入れるとカズヤの指摘通り、オークションに出る予定の宝石が画面に映し出された。
「観賞用のコアストーンか」
「つっても、この神凪にストーンソーサラーが少ないから、その真価に気づいてないだけかもしれんが」
「ネクサスの少年ソーサラーくらいだもんな」
「あいつの持ってるシムゴスのコアストーンと同じくらいヤバい品物かもと思うと……ゾッとする」
「確かにシムゴスのコアストーンと同じレベルだったら……シムゴスのコアストーン回収できたの!?っていうか、あの少年が持ってるの!?」
「しまった!!知らなかったのか、こいつ!!秘密だったのに!!」
ネームレスが衝撃の事実に声を荒げると、共鳴するようにカズヤも自分の失態を叫んだ!
「今のは聞かなかったことにしろ。色々と面倒なことになるから」
「それぐらいの分別はつく!それよりもあのシムゴスのコアストーンを一介の少年に渡して大丈夫なのか!?というか、確か彼は今は海外に留学していると聞いているが……」
「ばっちり持っていっている」
「おいおい……もっと厳重に管理しなくていいのかよ……」
「留学前に挨拶しに来た時のユウの話ではムツミ・タイラン大統領直々にOKが出たということだ。自分が持っているのが、一番安全だから……と」
「信頼と言えば聞こえはいいが、いくらなんでも適当過ぎないか?大統領なら国のことを考えて、もうちょっと……」
「……あのナナシ・タイランの父親だぞ?」
「圧倒的かつ嫌な説得力!!」
「今、あの人は壊浜の復興に尽力してくれているし、俺の生い立ち的にもあまり言いたくないが……こういうところは前大統領、ハザマの方がきっちりしていて良かったと思う」
「……同感だ。こんなことで奴を再評価などしたくなかった」
幼なじみ二人は苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべた。
「って、話が逸れたな。俺が見せたかったのは、ピースプレイヤーのページだ。スライドしてみろ」
「おう」
カズヤの指示通り、ネームレスは人差し指でページを送っていった。宝石や貴金属が次々と画面を流れる中、突然人型の機械鎧がディスプレイを占拠した。
「これは知っている。『トライヒル』の『スタンゾルバー』だな。だが、別に珍しいものでも何でもないだろ、これ」
「いや、これ今市販している奴じゃなくて、炎上した初期型ですよ」
今まで二人の会話を静観していたシュショットマンがタブレットを覗き込みながら、割って入って来た。
「炎上?評判悪かったのか?」
「いや、そのままの意味だ」
「そのまま?」
「この神凪のピースプレイヤー開発のツートップ、花山重工とブリードン社と並ぶ会社になろうと、元々ピースプレイヤーの周辺機器を作っていた“三丘工業”が社名を変えて参入しての初めての商品、鳴り物入りのマシンだったんすけど……」
「マスコミ集めての御披露目会で炎上したんだ。文字通り装着し、動いたら燃えた」
「ええ……」
ネームレスはドン引きした。ただただドン引きした。
「結果発売は半年遅れ、ネガティブイメージのせいでスタンゾルバーの売上は今も伸び悩んでいます」
「それの改良前の初期ロッドが流出したってことだな」
「そんなリアル炎上の欠陥品、欲しがる奴がいるのか?」
「いるからこうしてリストに乗っているんだろ。何に価値を見出だすかは人それぞれってことだ」
「全然わからん」
「俺もわからんよ。それよりも、俺が言っていたのは次だ。早くスライドしろ」
「わかっ……た!?」
ネームレスは言葉を失った。
人差し指を動かすと、画面に新たなピースプレイヤーが現れた。紫色で大きな角を持つマシン……それはネームレスのかつての共犯者の愛機、そして今は彼が受け継いだあのシュテンにどこか似た雰囲気のマシンであったからだ。
「ネクロことノブユキ・セガワのAOF隊長時代の愛機、上級ピースプレイヤー『シエンタウロス』……のレプリカ……」
「てっきり俺はそいつが目当ての一つかと思っていたが……その様子じゃマジで知らなかったみたいだな」
「あぁ……そもそもネクロの前に使っていたマシンの名前を今、初めて知った。あの人は自分のことをほとんど語らなかったから……」
左手首の数珠を見つめ、故人に思いを馳せる。彼が今も生きていて、この状況を知ったら、どう思ったのだろうと……。
「黄昏ているところ悪いが、次行くぞ、次」
「あ、お前って奴……な!?」
空気を読まないカズヤが横から手を出し、画面をスライドさせると、またネームレスは絶句した。
新たにディスプレイに映し出されたのは、幼なじみ二人には馴染み深いオレンジ色のマシンであった。
「『サラマンダー』……こんなところに……」
「本当にな……ドン・ラザクの死後ずっと探していたこいつが闇オークションなんかに出品されているとはな」
カズヤは一言で言い表せない複雑な想いを抱き、思わず口を尖らせた。
「お前にとっては四機の中でも一番欲しかったマシンだもんな」
「あぁ、ホムラスカルを作る時に参考にした名機だ。ここに来た経緯はわからんし、今さらどうでもいいが、俺の目的はこいつだ」
「……競り落とすつもりか?」
「いや……俺の財力じゃどうにもならんだろう」
「じゃあ、一体どうするんだ?」
「……正直、迷っている……」
カズヤは神妙な顔つきで顎に手を当てると、目を伏せた。
「常識的に考えれば、この場所を通報するのが、一番ベストなのだが、そうなるとサラマンダーはきっと政府の管理下に置かれる」
「盗んでしまえばいいんじゃないか?」
「……お前、反省してないだろ?」
「すぐにその発想に至るのヤバいっすよ」
「うっ!!?」
ネームレスに二人の冷たい視線が左右から突き刺さった。
「じょ、冗談に決まってるだろ!!俺はちゃんと反省している!!」
「まぁ、そういうことにしておいてやる。ぶっちゃけ俺もその考えが頭を過ったしな。相手はマフィアだ、遠慮することなんてない……ってな」
「だったら……」
「俺がこうして好き勝手できているのは、ひとえに神凪政府に舐められているからだ」
「舐められる?お前ほどの男がか?」
「てめえに言われると嫌味にしか聞こえないな。完全適合できないノームとただの改造ピースプレイヤー、ホムラスカル……この程度の戦力、いざとなったらカツミのエビシュリやナナシガリュウで鎮圧できる。だからこそ見逃されてる節がある。俺はユウほど信用されちゃいない」
「考え過ぎな気もするが……ラザクのマシンを二つも手にしたとなると、警戒はするか」
「そう。で、答えが出ないまま今日に至るって訳よ。俺の話はこれで全てだ。次はお前の話を聞かせろよ」
「俺は……怪盗を追っている」
「怪盗?」
ネームレスはこれまでのことを包み隠さずカズヤに話した。
「なるほどね……あの噂のマレフィキウムを……」
「あぁ、キリサキの顔に泥を塗った奴を懲らしめて欲しいと」
「そう言えば、なんかキリサキがどうこう説明してある絵画が出品されているはず……」
「何?」
ネームレスは忙しなく指を動かし、タブレットを操作した。そして三日月の下で微笑む少女の絵の画像が映ると、その手を止めた。
「この『月光と少女』という絵か……」
「そうっす!」
「シュショットマン、お前も知っていたのか?」
「知っているも何も……多分わたしが思うにレイラ様の本当の望みはこれを取り返すことですよ」
「なんだと?」
「先代、レイラ様の父上が当時無名の絵描きを別荘に呼んで、彼女をモデルにこれを描かせたんです」
「じゃあ、この少女はレイラか?」
優しく微笑む絵の少女は今のレイラとは似ても似つかない……ようで、どこか面影を感じさせた。
「その絵描きさんが今やすごい有名になって、今度イツキ・タイランのスーパーグレイトフルドラゴン美術館で個展を開くことになったんです。それで別荘に飾ってあったこの絵を貸し出すことに……」
「そこをマレフィキウムに……」
「レイラさん意外と身内や思い出を大事にする人だから、表に出さないだけで、きっとショックだったんじゃないでしょうか……」
「そうか……素直じゃないな」
ネームレスは呆れると同時に決意を新たにした。怪盗を懲らしめるのではなく、必ずこの絵を彼女の手に戻す……と。
そしてそれを横で察した幼なじみの顔が僅かに緩んだ。変わってないな……と。
「だったら神凪に通報した方がいいんじゃねぇか?サラマンダーと違って、持ち主が明確なんだから、返してくれるだろ」
「わたしもそう思ったんすけど、一応依頼はあのくそゴミ怪盗にわたし達で焼きを入れるって話だったんで……どうしましょう、ネムさん?」
「ふむ……」
ネームレスはこれまでの情報を精査し、思案を巡らせる……ことなどせずに、すぐに答えを出した。
「とりあえず当初の予定通り、こいつで怪盗を探して見よう。出て来い、ピンク丸」
「シャアッ!!」
懐から銅色の瓶を取り出し、そのまま蓋を開け、ネームレスは桃色の僕を呼び出した。
「獣封瓶か」
「知っているのか?」
「当然だろ。常識だよ、常識」
「だ、だよな」
緑色の眼は激しくスイミングした。
「お前、まさか……」
「そんなことより!このピンク丸は人間では感知できないものを知ることができる!三日前、マレフィキウムの痕跡を念入りに覚えさせた。こいつなら奴が近くにいたらわかるだろう」
「もし何にも反応しなかったら?」
「その時は素直に警察にここを通報し、後の処理は任せる。君のことだからこうなることも想定して、準備しているんだろ?」
「はいっす!ハタケヤマさんにいつでも連絡してもらえるように言ってあるっす!!」
情報屋は誇らしげに親指を立てた!
「というわけだ。もしサラマンダーが接収されることになったら、自分で政府と話し合ってなんとかしろ」
「やれやれ……結局、一番まともな方法に決着するわけね」
そう言いながらも、カズヤの顔はどこかスッキリした爽やかな表情を浮かべていた。
「まぁ、全てはピンク丸が怪盗を見つけられるかどうかの後の話……」
「シャアァァァァァァァァッ!!」
「「「!!?」」」
突然、ピンク丸が口を限界まで開いて、声を上げた!その眼は部屋の入口をじっと睨み付けている。
「どうしたんすか?」
「この反応……まさか!?」
ネームレス達の視線も入口に集中する。その時!
「お待たせしてしまいましてすいません。ドリンクをお持ちしました……え?」
宣言通りジュースを持って来たオカベが部屋の中に入って来た。入室した途端、皆が自分を睨むので、彼は戸惑い、キョロキョロと頭を右往左往させる。
「ワタシ、何か失礼をしましたか?」
「あぁ……胸に手を当てて思い出してみるがいい」
「はい?」
「ピンク丸のこの反応が本当なら、三日前の夜に俺に失礼働いているはずだ……怪盗マレフィキウムよ……!!」




