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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nexus
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はじまりの夜

 太陽が完全に沈み、いつもなら冷たくなっていく風を肌で感じながら、ショッピングに行ったり、はたまた友達と遊びに繰り出したりと、人それぞれ思い思いの行動を取っているところだが、今日は違う。

 神凪国民の意識は首都『鈴都(りんと)』にある大統領選挙直前公開討論会場となった『キリサキスタジアム』、そして二人の次期大統領候補に向けられていた。

 多くの人が討論会の放送を見るために寄り道をせず真っ直ぐ家路につく。さらに強い関心を持つ者たちはこの国の未来を賭けた舌戦を直接その目に焼き付けようと討論会の会場に集まっていた。スタジアムには真剣に国を憂う者、面白いイベントぐらいにしか思っていない者、そもそも何が始まるのかも理解できていない子供たち……様々な考えを持った人々が混沌とした異様な熱気と緊張感を生み出し、その場を包み込んでいる。

 そんな中、どこか冷めている……というより億劫になっている男が一人。

「えっと……この辺のはずなんだが……?どこにいるんだ……?」

 人混みの中、誰かを探す男はそのガタイの良さ、面持ち、そして何よりも醸し出す雰囲気がどことなく今回の主役の一人、英雄ムツミ・タイランに似ていた。

 両者の大きな違いである髪の色、ムツミの白髪を黒く染めたらきっとこの男と瓜二つになるだろう。見る人が見ればすぐに気付くだろうが、観客は各々の知り合いと話していたり、スタジアムにこのために設営されたステージ、そして大型モニターに映る候補者のプロモーションに目が行き、彼にとっては幸いにも誰も気づくことはなかった。

「おーい!こっちだ、こっち!ナナシ!こっち!こっち!!」

 これまた同じく大柄な、だが年はかなり上の男がこれまた大きな手を大きく振って、大きな声を出している。

 黒髪で面倒くさそうにスタジアムをさ迷っていた男、ナナシは小走りでその男の元に駆け寄った。

「よう、久しぶりだな、『ケニー・メディク』」

 ケニーと呼ばれた男は身長はナナシと大して変わらないが、年齢の割に筋肉質なせいか、妙に迫力があり実際よりも一回り大きく見えた。

「おう!もしかしたらドタキャンするんじゃないか心配してたんだが……ちゃんと来たな」

 ケニーの言葉に、フッとナナシは鼻で笑い……。

「俺は確かに神凪随一の名門タイラン家史上でも、珍しい落ちこぼれのバカ息子かもしれないが、父親の晴れ舞台を無視するほどガキじゃないぜ」

 自嘲して見せた。これが彼が億劫だった理由。

 彼の名前は『ナナシ・タイラン』。このイベントの主役の一人、この国の英雄であり次期大統領候補『ムツミ・タイラン』の息子である。

 ナナシは生来、良くも悪くも前向きで自信過剰な性格であるが、唯一父親のこととなるとそうはいかない。真逆の卑屈さが顔を出してしまう。幼い日から事あるごとに父と比べられ、それがコンプレックスとなり、鬱屈した想いを長年抱き続けた結果、いつしかそうなってしまったのだ。今夜また偉大な父親がさらなる飛躍をするかもしれない……そうなると、もしかしたら自分は更に惨めに……。

 父の長年の友人であり、自身もよく知っているケニーに討論会を生で観戦、応援しようと誘われた時は最初は断ろうと思った。とはいえ父のこと自体は別に嫌いじゃない、むしろ誰よりも尊敬している、だから……。

 簡単に言ったが多くの葛藤があり、その末にこの場でナナシは父親を見届けることを決めたのだ。

(まぁ、割りきれるほど大人でもないんだがな……)

 寂しげに大画面モニターに映る父の顔を見つめる。ここに来るまでに何度も自問自答を繰り返し、そして、決心を固めたはず……。それでも尚、油断すると複雑な思いが胸の奥で激しく渦巻いた。

「……おっ、そうだ。初対面だろ、紹介するぜ」

 若干重くなった空気を変えようと、おもむろにケニーは隣にいた女性を前に出るように促した。

「はじめまして。『マイン・トモナガ』です。ムツミさ、お父様のお手伝いをさせてもらっています。この度はナナシさんと神凪の誇り、神鏡戦争で我が国に勝利をもたらしたネクサスのメカニック、ケニーさんとお父様の新たな栄光の第一歩を見届けられることを嬉しく思います」

「はぁ……」

 軽く会釈したその女性は、礼儀正しくハキハキと自己紹介と噂のナナシに会えた喜びを伝えた。その力強く、歯切れのいい言葉もさることながら、きれいに手入れされた黒いショートカット、メガネ型のデバイス、高い背はヒールを履くとさらに強調され、大柄な男二人に見劣りしない。正に“できる女”という感じでナナシは思わず気圧された。

「……あの呼び捨てで……ナナシでいいよ。大抵は“タイラン家の坊っちゃん”とか、“ムツミさんとこの”とかだからな、俺は。名前呼んでくれるだけありがたい」

「……はい、了解しました」

 マインは素っ気なく、いや、若干ムッとして答えた。ナナシの卑屈さについイラッとしてしまったのだ。

(さすがに自虐的すぎたな……)

 ナナシも彼女の態度を見て、反省した。

 彼自身もここ最近の自分のネガティブさとナイーブさにはほとほと嫌気が差していたのだ。ついにはナナシは首をすくめ、困ったように頬を掻き、マインから目を反らしてしまった。

「…………………」

 周りの楽しそうに盛り上がっている観客たちとは対照的にナナシ達三人は静寂に包まれる。出会って早々、まだ討論会が始まってすらいないのにナナシはこの場にノコノコやって来たことを後悔し始めていた。

「ま、まぁ、マイン、気持ちはわからなくもないが落ち着けよ……これから親父さんが人生賭けた大博打打つんだ、柄にもなくこいつ、ナイーブになってるんだよ。普段はもっと前向きで、ポジティブでいいやつなんだ。ナナシもナナシで、マインは気が張っていることをわかってやってくれ……だから、なっ?」

 年長者だからか、二人を引き合わせた責任感からか、意を決してケニーが口を開き、ナナシをフォローする。ナナシもその意図を汲んで盛り上げようとテンション高めに答えた。しかし……。

「わかったよ……っていうかそのフォローで余計に気まずくなるつーの。そもそも初対面だぜ?お互い距離感測りかねてるんだよ。こう見えて意外と人見知りなんだぜ、俺……って……」

 しまった、また自虐してしまったと思った時にはもう遅い。ナナシは恐る恐るマインの方にゆっくりと視線を向けた。また彼女のご機嫌を損ねたか……と、不安がよぎる。

「ふふっ……」

 だが、それは取り越し苦労だった。ナナシの視界に入ったマインは微かに笑みをこぼしていた。二人のやり取りが面白かったのか、ナナシの意見に同意したのかは定かではないが、会ってから微動だにしなかったポーカーフェイスが崩れた。それを見てナナシ、そしてケニーも目を見合わせ、ほっと息をつき、胸を撫で下ろす。

 そして、その瞬間を待ちかねていたように一瞬で彼らを照らしていたライトが全て消え、あたり一面が暗くなった。

「おっ!来た!来た!」

「あぁ……」

「いよいよですね……」

(ついに始まるのか……?もし、本当に親父が大統領になったら今度は“大統領のご子息”とか呼ばれるのかな……?)

 心に感じるその情けない不安は、幸か不幸かこの後起こる神凪史に残る大事件によって跡形もなく吹き飛ばされてしまうことをナナシ・タイランはまだ知らない……。


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