黒き竜の僕
夜道に大きな車が一台停まっている。その周りには四人のいかにも悪そうな男が思い思いに暇を潰していた。
「……遅いな」
車に凭れかかり、激しい貧乏揺すりをしながら、メガネをかけた男は不機嫌そうに腕時計を眺める。
「遅いって……たった五分遅れてるだけじゃないですか」
隣でヤンキー座りでスマホゲームをしているピアスをした男は、一瞥もせずにそう言って宥めた。
「たった五分じゃない、五分も遅れてやがるんだ。オレ達の仕事は舐められたら終わりだ。例え一分でも遅刻されるようなことがあってはならない」
「言いたいことは、まぁわからんでもないっすけど……舐められたくないなら、器のデカさを見せるのも大事なんじゃないっすか?」
「お前……まともなこと言えるんだな」
「兄貴、おれのことなんだと思ってんすか。こう見えて色々考えてんすよ……って、話してる間に来たみたいっすよ」
人の気配を感じたピアスの男はスマホから視線を移動させた。そこには月明かりを反射するきれいな金髪の男が立っていた。
「……やっぱお前は駄目だな」
「なんすか?急に?褒めたり貶したり……」
「見てわからないのか?あいつはオレ達の約束の相手じゃない。あの眼、この威圧感……オレ達を潰しに来たんだよ……!」
「え?」
「ほう……できるだけ殺気を抑えたつもりだったが、チンピラにしてはできる奴もいるようだ」
「てめえ……!!」
「……全然、言葉に気持ち入ってないっすね……つーか、生意気……!」
ネームレスの偉そうな態度に苛立ちを覚え、ピアスの男も彼を“敵”だと認定した。スマホを仕舞い、立ち上がるとキッと鋭い眼差しで睨み付ける。残りの二人の男も同様に傲慢な来客を威圧した。
だか、ネームレスは全く動じない。
「生意気ついでに、自分を棚に上げさせて言わせてもらう……大人しく自分の今までしてきた悪事を認め、警察に出頭しろ」
「わかりました……なんて答えると思うかい、色男さん?」
「おれらの仕事は舐められたら終わりっすからね」
「まぁ、そうなるか……」
案の定の展開に、ネームレスは面倒臭そうに額を掻いた。
「ならば、とっとと終わらせよう。俺はこう見えて睡眠を大事にするタイプ、ちゃんと8時間前後は眠りたい」
「そんなに眠りたいなら……永遠におねんねさせてやるよ!!」
眼鏡の男の言葉を合図に二人の男が懐から拳銃を取り出し……。
「逝ねや!!」
バン!バン!バァン!!
躊躇することなく引き金を引いた!発射された弾丸は闇夜を切り裂き、真っ直ぐとネームレスに向かう!
「かみ千切れ、ネームレスガリュウ」
「「「――!!?」」」
手首にくくり付けられた黒い勾玉が輝き、光がネームレスの身体を包み、彼を漆黒の竜へと変えた。
キン!キン!キィン!!
ピースプレイヤーの装甲にはたかが拳銃の銃弾など通じるはずもなく、あっさりと弾き飛ばされてしまう。
だが、そのことよりもチンピラ達にとって衝撃を与えたのは、黒き竜の姿そのものであった。
「夜を閉じ込めたような漆黒のボディーに、マントを羽織り……」
「勾玉を彷彿とさせる二本の角、月明かりのような黄色の眼……」
「ネクロ事変の時のどさくさに紛れて消えたっていうナナシガリュウの二号機、GR02か!?」
神凪国民にとっては特別な存在である紅き竜の生き別れの兄弟を目の当たりにし、チンピラ達は思わずたじろいだ。
それに対し、ネームレスは……。
「わかってはいたが、あのバカのおまけのような扱いは……やっぱり腹が立つな」
プライドの高く、ナナシにライバル心を持っている彼にとって、チンピラ達の言動は許せるものではなかった。
「気に触ったか、02?」
「ちょっとだけな。だが、よくよく考えてみればチンピラに崇められなどしたくない。お前らのようなクズどもにはな」
「貴様!!」
「お前らの相手は俺じゃない」
黒き竜は銅色の瓶を取り出すと、蓋を開けた。すると……。
「出てこい、『ピンク丸』」
「シャアァァァァァァァッ!!」
「「「なっ!?」」」
中から長い体躯を持った桃色のオリジンズが飛び出して来た!それは地面をにょろにょろと高速で這いながら、拳銃を構えるチンピラに向かう!
「くっ!?」
「来るなぁッ!!」
バン!バン!バァン!!
「シャアッ!!」
「こいつ!?」
「当たらない!?」
突然の援軍に取り乱したチンピラはがむしゃらに銃を乱射するが、ピンク丸は全て難なく回避してしまう。そして、チンピラの足元まで来ると……。
「シャアァァッ!!」
ガブ!!
「――ぐあっ!?」
跳び上がり、拳銃を持っていた手に噛みついた!さらに……。
「シャッ!!」
ガブ!!
「ぎゃっ!!?」
隣のチンピラに飛び移り、今度は首筋に噛みつく。
「とりあえずは二人……よくやった、ピンク丸」
「シャッ!!」
主人に呼ばれ、ピンク丸は彼の隣に戻った。
「『獣封瓶』……屈服させたオリジンズを捕まえ、使役できるアーティファクトか」
「よく知っているな。俺はつい最近まで知らなかった」
「で、新しい知識と玩具をひけらかしたくなったか?」
「だけど、そんなひ弱そうなオリジンズで何が……」
ドサッ!!
「――!!?」
「……がっ……がぁ……ッ!?」
「お前ら!!?」
突然、ピンク丸に噛まれた二人が地面に受身も取らずに倒れた。その身体はピクピクと小刻みに震えている。
「ピンク丸は『ラガランガ』という種のオリジンズだ。その牙には毒があり、噛まれた者は全身が痺れ、行動不能に陥る。まぁ、見ての通りだ」
「てめえ……!」
「だが、安心して欲しい。命に危険はない。そういうところが気にいって俺はこいつを捕まえたんだ」
「シャアッ!!」
ピンク丸は誇らしげに胸?を張った。
「こいつらと同じか、もっとひどい目に会いたくないなら、降参しろ」
「最後通告のつもりか……?」
「それ以外の何に聞こえる?」
「兄貴!!」
「あぁ……これ以上舐められてたまるか!『刃風』!!」
「『界雷』!!」
メガネの男のメガネ、ピアスの男のピアスが光を放ちながら、真の姿である機械鎧へと変化、二人の全身を覆っていった。
「やはりピースプレイヤーを持っていたか。あの装甲にはピンク丸の牙も通じないな」
「シャア……」
獣は申し訳なさそうに、頭を下げた。
「落ち込むことはない。お前は十分働いた。この期に及んで話し合いで解決なんてしようとした俺のミスだ。そして何よりあいつらのやったことはただただ愚かだ」
「シャア?」
「お前の毒で痺れていた方が遥かに楽だったというのに……これでは俺自ら手を下さなくてはならないではないじゃないか……!」
そう言うマスクの下のネームレスの口角は上がっていた。心のどこかでこうなることを望んでいたのだ。結局のところ彼は良くも悪くも生粋の戦士なのだ。
「はっ!いつまで強がりを言っていられるかな!!」
バン!バン!バァン!!
界雷は長大な銃身を持つライフルを召喚すると、間髪入れずに弾丸を発射した!しかし……。
ヒュ!ヒュ!ヒュン!!
「ちっ!!」
黒き竜には当たらず。傍目から見ると軽く揺れただけのような、僅かな動きで全て回避されてしまった。
「これでは俺の強がりを止めることはできないな」
「黙れ!キザ野郎が!!」
バン!バン!バァン!ヒュ!ヒュ!ヒュン!
「キザは01の方だろ」
「くっ!?」
怒りに身を任して、銃をさらに連射するが、再放送にしかならなかった。
「見たこともないピースプレイヤーだから、どんなものかと思ったら……」
「ネムさんが今、目にしてるのは『六角重工業』の主力製品、刃風と界雷っすね」
耳元に先ほどまで一緒にいた少女の声が響く。ガリュウのカメラ映像を確認したシュショットマンは二体のピースプレイヤーに心当たりがあったのだ。
「物知りだな」
「情報屋を名乗るならこれ位は」
「で、いいマシンなのか?」
「はい。六角は刀剣精製技術に優れているので、それを存分に発揮できる近接型の刃風は注意してください。それに負けないように造られた界雷の狙撃能力と攻撃力もかなりのもんなんですけど……問題なさそうですね」
「あぁ……装着者がカス過ぎる!!」
「何!?」
ネームレスガリュウはするりするりと夜風の中で踊る舞踏家のように銃弾の雨をかいくぐると、あっという間に界雷の懐に潜り込んだ。
「狙いが荒い上に遅い。これだったらひたすら適当に乱射してくる方がよっぽど対処しづらかった」
「くっ!?教官にでもなったつもり……」
ガァン!!
「――かっ!?」
界雷が首を傾げた……いや、目にも止まらぬスピードで顎にフックを入れられ、強制的に傾けられたのだ!衝撃で脳がシェイクされると、ライフルから手を離し、界雷はその場でへたり込み、全く動かなくなってしまった。
「確かにアドバイスなんて余計なお節介だったか?」
ブゥン!
「――ッ!?」
「あんたはどう思う?刃風の装着者よ」
息を潜め、背後から斬りかかった刃風を嘲笑うかのように、黒き竜は斬撃を一瞥もせずに躱した。
「てめえ……背中に目でもついてんのか?」
「そんなものなくても、その程度の攻撃は誰でも避けられるさ」
「この!!」
刃風は持っている刀の刃を上に向け、竜の首に向かって、全力で斬り上げた!けれど……。
ヒュン
「――くっ!?」
「ほらな」
虚しく響く風切り音……。ネームレスガリュウはこれまた振り返りながら、あっさりと回避してしまったのだ。
「お前も動きが中途半端にこなれてて駄目だ。基礎をしっかりやるならやる、やらないならやらない、どっちかにしろ」
「うるせぇ!!」
ヒュ!ヒュ!ヒュン!!
チンピラの怒りを乗せた刃はやはり漆黒の装甲に触れることはなかった。文字通り紙一重、最小限の動きでネームレスガリュウは刀を避け続ける。そして……。
「く、くそぉ!!」
キィン……
「――ッ!?」
ついにはその鋭い刃を有ろうことか人差し指と中指、二本の指で挟んで捕まえてしまう。
「シュショットマンの言う通り……いい刀だな。もしかしてシドウさんの刀鵬も六角重工業製か?」
銀色の刀身に反射する自らの顔を見ながら、ネームレスは師匠とも呼べる男のことをしみじみと思い出した……戦闘中だと言うのに。
「どこまで……どこまでオレを舐めれば気が済むんだ!!」
まさに怒髪天を衝く状態になった刃風は自慢の刀から手を離し、パンチを……。
「舐められるようなことしてるからだろ、グズ」
ガンガンガァン!!
「――ッ?」
パンチを放とうとした瞬間、逆に右、左右と顎にパンチを撃ち込まれ、意識を断たれた。自分が何をされたかも理解できぬまま無様に仰向けに倒れる。
「俺も優しくなったもんだ。わざわざ一番気持ち良く眠れる方法を取ってやるなんて。お前もそう思わないか、マレフィキウム?」
「気づきますか、あなたも……」
ネームレスガリュウは刀を投げ捨てながら、またくるりと反転すると、闇の中から白いマントをはためかせた白いピースプレイヤーが現れた。




