ナナシガリュウは眠れない
穴が開き、砕け散った赤い球体の欠片が地面に落下するとほぼ同時に十字架を背負いし予言の紅き竜も着地した。
「今度こそ長き戦いもようやく……ですね」
「いや、どうやらもうちょっとだけ続くっぽい」
「え?」
赤い球体の欠片はまた黒い肉片を噴出しながら、肉体を形成した。
しかし、それは最初の時と同じナナシガリュウと同等のサイズ、しかも完全に再生できずに魔皇帝という大層な肩書きを持っているとは思えないほどボロボロのみすぼらしい姿であった。
「まさかの第三形態ですか」
「そんないいもんじゃない。ただのイベントバトルだ。俺達の勝利は揺るがない」
「ふざけるな!!余が!この魔皇帝ダーマスが負けるはずない!!貴様のような脆弱な人間などに!!」
醜い負け惜しみが部屋中にこだまする。当然、そんなものナナシの心には響かない。
「だからだよ」
「……何?」
「弱いからこそ、転んだからこそ見える景色がある。それを知っていたから俺はお前に勝てた」
「弱者の戯れ言だ!!」
「口で言ってわからないなら……」
「その身で味わえ!……ですね」
「おう!」
「クレナイフルクロスシュート」
ババババババババババババババババッ!!
「――があっ!!?」
六丁の銃が火を噴いた!ただでさえボロボロの魔皇帝の身体はさらにボロボロに!だが、紅き竜の攻撃は終わらない!そのまま突っ込んで行って……。
「クレナイ五連斬」
「斬ッ!!」
ザザザザザンッ!!
「ぎやっ!!?」
五本の刀が煌めく!背中から生えたサブアームの四本と本体の両手に握られた一本が四方八方から鋭い弧を描き、魔皇帝の身体を斬り裂いた!さらに……。
「クレナイクロスパージ」
「ナナシルシファー!」
ザザザザザザザザザザザザザンッ!!
「――ッ!?」
竜から天使に変わると比喩ではなく実際に目にも止まらぬスピードで動き回り、二本の剣、それらを合体させた両刃の剣で容赦なく切り刻んだ!
「よっと」
ゴォン!
「ぐはっ!!?」
そして、蹴りを入れてその反動で再び距離を取る。最後の仕上げをするために。
「ナナシガリュウ」
「クレナイクロス再ドッキング」
「マグナム」
天使がまた十字架を背負った竜に変化、そして最も信頼する武器を構える。毎度お馴染みのあの必殺技の構え……いや、ガリュウの後ろでルシファーが同じ構えを取っている!かつて別の皇帝に無礼にもいきなりぶちかましたあの技だ!
「お前が魔皇帝なら」
「こっちだって魔王です」
「魔王の弾丸 (サタン・バレット)」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「――ッ!?」
光の奔流が魔皇帝を飲み込み、この世界から今度こそ、本当の本当に細胞の一欠片も残さず消し飛ばした。
「これで本当にエンディングだ」
「ここから復活するような奴なら、もうワタクシ達でどうにかできる相手ではありません」
「だな。ここからは何があろうとエートラ王国の民に任せる」
「エートラの平和は守られましたが、ワタクシ達が神凪に戻る手立てはまだ何も見つかってませんもんね。他人の心配なんて……ん?」
「ん?」
突如として紅き竜の身体が淡く光り始めた。ナナシもベニも何もしていないのに、勝手にだ。
「これは……」
「一体……」
「「どういうこと!?」」
カッ!!
「「!!?」」
ナナシガリュウの視界一面が真っ白に染まる。テルウィッチの絵画が突然強烈な光を放ち、十字架を背負いし紅き竜を飲み込んだのだ。
「……ん……んん?」
ナナシが再び目を開いた時、そこには見知った世界が広がっていた。いまだにチンピラが気絶しているあの倉庫の中だ。
「戻って来たのか?」
「そのようですね」
ナナシガリュウは警戒心を緩めずキョロキョロと辺りを見回した。そして目の前に落ちている絵画に目が止まり、それを拾い上げた。
「これって、あの時の絵だよな?」
「はい。テルウィッチの署名もありますし。ですが……」
絵に描かれていたのは、多くの人に崇められる十字架を背負った紅き竜の姿だった。つまり最初に見た時と全く絵柄が変わっていたのだ。
「どういうことだと思う?」
「ワタクシには皆目見当もつきません。けれど、無理矢理答えを捻り出すなら……ゲームクリアの証でしょうか?」
「ゲーム?」
「もしかしたらこれは絵ではなくて、古代文明の超体感型ゲームだったのじゃないでしょうか?テルウィッチも作者名じゃなく、メーカー名。タイトルをつけるなら……」
「エートラ王国戦記……ってところか?」
「いいですね」
「だとしたら、難易度高過ぎのクソゲー過ぎないか?」
ナナシガリュウは小首を傾げ、訝しむように、絵をコンコンとノックした。
「でしたら……ストーリー付きの凝った兵士訓練用のプログラム、それのエキスパートバージョン」
「それだったら、まぁあの敵の強さもわからなくもないか……まぁ、どうでもいい」
ナナシは絵を下ろして、窓の外に目を向けた。朝の日差しが優しく差し込んでいる窓を。
「詳しいことは専門家に任せよう。とにかく俺は家に帰って寝たい」
「ナナシ様は睡眠はしっかり8時間前後は取りたい人ですからね」
「寝不足は百害あって一理無しだ」
「全面的に同意します。生物にとって睡眠は重要なファクターです」
「じゃあ……」
「ですが、まだ後処理、この場所と盗品、そしてチンピラの引き渡し、エートラを含めて、今日のことの詳細な説明を警察相手にしなければいけません」
「後日でよくない?」
「よくないですね、非常に残念ですが」
「だよな」
ナナシはがっくしと肩を落とした。
「神凪に平和が訪れない限り、ナナシガリュウは眠れない」
「勘弁しろよ……」
ナナシは心の底から祈った、この国に、世界に平和が訪れることを、そして神凪の守護竜がぐっすり眠れる日が来ることを……。




