一難去ってまた三難
「魔皇帝が配下が一人、激流将軍サピュル」
「同じく烈風将軍ラグドゥス」
「同じく土剛将軍オルスパ」
「以後、お見知りおきを、予言の竜」
青い異形、サピュアが優雅にお辞儀をする。対照的に緑色のラグドゥスと茶色のオルスパは偉そうにふんぞり反った。
「ヘシエ達の話ではこの三人は他の場所に侵攻しているはずですが……」
「きっと俺達が灼熱と閃光の二人を倒した時点で連絡が入っていたんだろ」
「おおよそその通りだ。わたし達六人の将軍は魔皇帝様に産み出された存在」
「もしその命を失うことがあれば、どんなに遠く離れていても感知できる」
「そしてそうなった時にはどんな状況にあっても、一旦魔皇帝陛下の下に馳せ参じると、取り決めしておったのだよ」
「一足遅く、ディシアまでも倒されてしまったのは、とても残念です」
「ご丁寧な説明どうも」
「なんにせよ結局全員とやることになったってことだろ……めんどくせぇ」
三人の将軍を立て続けに倒した紅き竜は情けなく肩を落とした。その姿が今、目の前にいる残りの三人の逆鱗に触れる。
「ジルコとカルブンを倒したから、どんな奴かと楽しみにしていましたが……」
「こんなやる気のない奴だとは……!」
「奴らのためにも魔皇帝陛下のためにも、ここで骨の一欠片も残さず滅してやろう……!!」
怒りに震える三人の将軍はジリジリと広がり、紅き竜を包囲……そして!
「水妖球!!」
「風刃爪!!」
「ロックスピアー!!」
バババババババババッ!!
一斉に攻撃してきた!激流将軍は水の球を手のひらから、烈風将軍は腕を振り、真空の刃を、土剛将軍は身体から岩の槍を、ナナシガリュウに向かって三方向から同時に発射してきたのだ!
「絶対防御気光起動」
バシュ!バシュ!バシュッ!!
しかし、その全てを竜の背中にあるX状の機関から発生した力場は弾き飛ばした。けれども、そのあまりの苛烈な攻撃で三人の将軍の姿は見えなくなる。
「遠距離攻撃の威力は先の三人とあまり変わらないようですね。これなら絶対防御気光でどうにでもなります」
「あいつらもこれでどうにかできるなんて思ってないさ。これはきっと……」
「でやぁ!!」
ブゥン!
「ちっ!!」
「目眩ましだ」
不意を突き、竜の頭をおもいっきり踏みつけるはずだったラグドゥスの飛び蹴りは空振りに終わった。ナナシガリュウは彼の意図を読み切り、軽やかに回避したのだ。
「さすがです」
「一体だけなら余裕よ。一体だけならな……!」
「はあっ!!」
ブゥン!
回避先に先回りしていたサピュアの蹴りも紅き竜は身体を仰け反らせ、あっさり回避……。
「甘い!!」
ガァン!!ドォン!!
「ぐっ!?」
サピュアの足はその異名が示す通り水の流れのように滑らかに軌道を変え、竜を捉えた!それでもナナシガリュウは上からの蹴りをなんとかガードするが、立ち続けることはできずに地面に叩きつけられた!
「踏み潰されろ!ゴミ虫が!!」
仰向けに倒れる竜の顔にサピュアは躊躇なく追撃を仕掛ける!
「やなこった」
ゴォン!
「猪口才な!!」
だが、ナナシガリュウはゴロンと反転、うつ伏せの形になると腕で地面を押し出し、勢い良くその場から離脱。そしてそのまま立ち上がった。そこに……。
「どりゃあぁぁぁっ!!」
オルスパ強襲!岩で作られた斧を下から抉るように、竜の首を目掛けて振り上げた!
「トマホーク!!」
ガギィィィィィン!!
「何!?」
「相討ちか……!!」
しかし、ナナシガリュウもまた手斧を召喚。それでオルスパの斧を真正面から迎撃する!二人の得物が衝突すると両者とも粉々のグシャグシャ、ド派手に砕け散った!
「まだ……まだだ!」
「こっちのセリフだ!ガリュウナイフ!!」
「――ッ!?」
オルスパが体勢を立て直す前に、紅き竜が次の一手を打った!新たにナイフを召喚し、そのまま突きを繰り出す……が。
ガギィィィィィン!!
「硬っ!?」
土剛将軍の額はまるで分厚い岩盤のような高度を誇っており、逆に攻撃して来たナイフもまた粉々に砕いてしまった。
「六人の将軍で最も丈夫な我輩を……そんな小刀でどうにかできると思うな!!」
そしてこれまたかなりの硬度を誇る拳を握りしめ、今度こそと竜に撃ち込む!
パンっ!!
「――ッ!?」
けれどもその拳をナナシガリュウはあっさりと横からはたき、軌道を強制的に変えさせ、事なきを得た。
「どうにかできそうにないこともどうにかしてきた。それが!」
「ナナシガリュウだ!!」
紅き竜はそのまま逆の手で貫手を作り、先ほどの意趣返しにとオルスパの首に……。
「させるか!!」
ドォン!!
「――くっ!?」
横からのラグドゥスのタックル!烈風将軍はそのままナナシガリュウを担ぎ、同僚から引き離す!
「邪魔すんなよ!」
「するに決まってんだろ!!」
「つーか……離せ!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「危な!!」
「ちっ……!」
ナナシガリュウの二本の角から電撃が放たれる……コンマ何秒か前に本能か経験則かラグドゥスは拘束を解いて、空中に逃げ出した。
「マンガやゲームだと、この手の輩は仲悪いのが相場なんだが……」
「ちゃんとチャレンジ&カバーができていますね」
「いまいち例えがよくわからねぇが、お前は将軍の中で最も老獪なカルブン、最も才気溢れるジルコ、そして最も狡猾なディシアを退けている。そんな相手にいがみ合ってなんていられないさ」
「見た目に反して、そういう分別はあるのか……」
ナナシはマスクの下で感心半分、がっかり半分といった感じの複雑な苦笑いを浮かべた。
「面倒ですね。ナナシルシファーでまずは一人仕留めてはいかがでしょうか?」
「いや、あれの最大稼働は俺もまだ完全に制御できてない。不意打ちか相手の動きを把握してないと」
「そうですか……では、どうしましょう?」
「さぁ?」
AIの質問にナナシガリュウは小首を傾げる。
そのどこか気の抜けた様子をラグドゥスは不敵な笑顔を浮かべながら見下ろしていた。
「安心しろ!お前はこの世の全ての苦痛からもうすぐ解き放たれる……この将軍の中で最も速い烈風将軍ラグドゥスの手によってな!!」
緑色の異形は頭を下にして急降下!その手には風で作った見えない剣が握られていた。
「烈風刃!!」
カリッ!!
「なっ!?」
すれ違い様に斬りかかったが、刃は僅かに竜の装甲を掠めることしかできなかった。
「言うほど速くないな、烈風」
「くっ!?舐めた口を訊くな!!」
ラグドゥスはぐるりと旋回、再度自慢のスピードで攻撃を仕掛ける……が。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!!
何度やろうが、ナナシガリュウを仕留めることはできない。何だったら、一番最初の一撃が一番惜しかったくらい、やればやるほど余裕を持って回避された。
「こいつ……!!」
「色んなところで何度も言ってるが、慣れっこなんだよ、速さ自慢を相手にするのは」
「オレはそいつらとは違う!!」
怒りで頭に血が昇ったラグドゥスは懲りずに突撃を敢行する!しかし……。
「把握した……お前はナナシルシファーを使うまでもない」
ヒュン!ガァン!!
「――ッ!?」
カウンター炸裂!風の刃を避けると同時に、ラグドゥスの顔面に拳を叩き込む……というより、彼の移動先に拳を置いたら、勝手に突っ込んできたというのが、正確か。
衝撃により体勢を崩された緑色の異形は、慣性によってまるで竜の腕を滑るようにして、彼の背後の方にぐるぐると高速回転しながら、吹っ飛んで行った。
「まずは一人」
「いや、手応えが僅かに浅い。奴はまだ生きている」
「では、回復する前にとどめを」
「わかってる!」
ナナシガリュウは反転し、ラグドゥスの追撃に……。
「ロックハンド!!」
ドォン!ガシィッ!!
「「!!?」」
ナナシガリュウの動きが止まる!いや、止められる!突然地面から生えてきた岩の手によって両足を掴まれて!
「どっせい!!」
そんな動けない彼には土剛将軍オルスパが突進!そして……。
ガシッ!!
「しまった!?」
ナナシガリュウの両手をもその剛腕で掴み、四肢の動きを完全に支配した。
「……こんな小技も使えるとは……」
「咄嗟に出せない欠陥品だ。ラグドゥスが注意を引いてくれたおかげで、初めて成功した」
「なるほど……俺はその欠陥品にまんまと引っかかった第一号か」
「不名誉な記録です。けれど……」
「ここから盛り返せば、笑い話で終わる!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐっ!?ぐうぅ……!!」
竜の角から雷が迸る!オルスパの身体は激しく明滅する光に包まれ、激痛が全身を駆け巡る!しかし……。
「あのジルコに負けず劣らずの雷……だが、奴が受けた屈辱と痛みを考えれば……なんてことないわ!!」
オルスパは決して腕を離さなかった。顔は苦痛で歪めても、ナナシガリュウを掴む腕の力を緩めることはない。
「ちっ!だったら!」
電撃では無理だと判断すると、紅き竜は額のクリスタル状のパーツに意識を集中させた。そして……。
「これでどうだ!!」
ビシュウッ!!
「――ッ!?」
そこから一筋の光線を発射!それは見事にオルスパの片眼を焼き切り、貫いた。だが、やはり……。
「同胞の仇を取れるなら……眼の一つや二つくれてやるってんだよ……!!」
竜を拘束から解放することはない。むしろ、散々ダメージをもらっているはずなのに、さらに力を強めているようにさえ感じた。
「こいつ……」
その結果、ナナシガリュウは僅かに心を乱してしまった。いきなり見ず知らずの異世界に放り出されても、揺るがなかった百戦錬磨の竜の心を土剛将軍の覇気が揺さぶったのだ!
「今だ!サピュア!!」
「おう!!」
「――ッ!?」
「その十字架ごと心の臓を抉り取ってやるよ!!」
まさに一世一代、千載一遇のチャンスをものにしようと激流将軍サピュアが水で作った剣を振りかぶり、ナナシガリュウの背後から襲いかかった!




