傭兵
「……よしっ!これでもう大丈夫だ!」
リンダが額の汗を拭い、後ろで事を見守っていたみんなの方を振り返りながら、満足げにそう言った。一仕事、つまり怪我人の治療を終えたのだ。
ただし今、彼女がその治癒能力で回復していたのは仲間であるナナシではなく、彼女達の前に立ち塞がった敵、アイム・イラブだった。
「……そうですか……」
マインは複雑な感情を処理しきれていないようで、なんとも歯切れの悪い言葉しか出てこない。さっきまで無慈悲に襲いかかってきたテロリストをわざわざ助けてやるなんて……誰だって簡単には割り切れない。優しい彼女でさえも例外ではなかった。
「本当に、こいつのこと……頼んでいいのか、ランボ・ウカタ?」
ナナシがこれまたついさっき激闘を繰り広げた敵であったランボに問いかける。
虫の知らせか、どこからか観戦していたのかアイムとの戦いが終わると、彼はふらっとやって来たのだ。
「あぁ、任せておけ」
言葉短くランボは快諾した。
アイムとは大統領誘拐の共犯、テロリスト仲間だ、思うところがあるのだろう。まぁ、そうでなくともこの優しく紳士的な男が気を失っている女性を放っておける訳がないが。
「これでとりあえず一安心だな……でも、運命のイタズラか……まさかアツヒトだけじゃなく、ランボまでガリュウの前に立ち塞がるなんて……」
本当に安心したからかケニーは不意に意味深なことを口にする。
彼からするとこれまでの流れは偶然を通り越して、運命であり、妙に感慨深いものがあった。
「ん?どういう意味だ……?」
もちろん他人からしたら意味不明であるので、横で聞いていたナナシが素直にその言葉の真意を尋ねた。
「いや、実はランボもアツヒトと同じで、候補だったんだよ……ガリュウの。しかも、今、お前が使ってる一号機のな」
「そうなのか……確かにガリュウの候補者が二人とも敵になるなんてな……ロマンチストじゃなくても、運命感じちゃうな……最悪すぎる運命を」
衝撃的!というほどではないが、奇妙な縁を感じさせる事実が語られる。
本来、ランボ、そしてここにはいないアツヒトは敵としてではなく、仲間としてナナシとともに戦うべき立ち位置にいた人間なのである。しかし、まさに運命のイタズラか、ボタンの掛け違いか現実では拳を交えることになったのは皮肉としか言い様がなかった。
「……こんなワタシを候補に選んでくれたのはありがたいが……ワタシにはガリュウを使う資格はないよ。赤い竜は神凪の守護神……ワタシなんかが……」
ケニーの話を聞き、改めて後悔がランボの心に押し寄せてくる。この国の守護神と呼ばれるような存在になりたくて軍人になったはずなのに、真逆のことをしてしまったのだから。
そしてそのことを思い出させてくれたのは、愚かな自分を止めてくれたのは今肩を並べている男。ランボはナナシの方を向き、その目を真っ直ぐ見つめた。
「それに……」
「ん?それに?」
「タイランの男以上に、赤き竜が似合う奴なんて、神凪には……いや、この世界にいないよ」
「……ふん」
ランボが優しく微笑み、ナナシは照れ臭そうにそっぽを向いて、左頬を掻いた。ランボの目を見ればその言葉が嘘ではなく、本気で言っているのがわかる……わかるからこそ、ナナシはめちゃくちゃこそばゆかった。
「ったく……もう行くぞ!アイムのことは任せたからな、ランボ!」
この場にいることが耐えられなくなったナナシがトレーラーへと歩き出す。ケニー、マイン、リンダもそれに続いた。
「正直、さっきのアイム?だっけか?あの子を治療するのに力使い過ぎたから、あんたの方は無理だぞ、ナナシ」
トレーラーに向かう途中、リンダがナナシに自分の状態を説明する。彼女の力は人知を超えているが、決して万能の存在ではないのだ。
「うーん……まぁ大丈夫だろ。思い返すと今回はあんまり攻撃ももらってないし。疲れは……あるけど、コーヒーとチョコバーでどうにかなるさ」
実際、このプロトベアー、ジャガンとの連戦でクリーンヒットと呼べるのは、隙を突かれてもらったボディーブローぐらいである。
これはランボがそもそも戦う気が、ナナシを倒す気がなかったというのが大きい。 アイムに関しては、ナナシの煽りスキルの高さと彼女のスルースキルの低さのおかげだろう。あの戦いに関しては中盤以降はナナシが戦いの主導権を握っていた。
「……でも……ガリュウの方は大丈夫……じゃないんじゃないですか?」
「あぁ……それは……どうだろう……」
戦いとは無縁の生活を送ってきたマインが心配そうにナナシの手首を見つめた。正確には手首にくくりつけられた赤い勾玉をだが。
マインの言葉でナナシも不安を覚えたのか勾玉を手に持ち、確認のためにディスプレイを空中に投影する。
「どれどれ……おっ!……ほれ、損傷率9%、エネルギー残量91%……これなら待機状態で、ほんの少し休ませればほぼ元通りになるはずだ。ナナシガリュウは伊達じゃない!……って奴だな」
「そう……ですか。よかった……それにしてもガリュウって本当にすごいピース……ケニーさん?」
安堵したマインが、ケニーの方を向くと、そこに彼はいなかった。そして、マインが後ろを振り返ると彼は“信じられない”という顔をして立ち止まっていた。
「ケニー……?」
「親父?」
ナナシとリンダも振り返り、ケニーの顔を不思議そうに見つめる。今の話でそんなに驚くようなことがあったとは二人には思えなかった。けれど、一流のメカニックであり、ガリュウの開発にも携わったケニーは違う。
「……いや、あり得ないだろ……あれだけの戦いを続けて……その程度の消耗で済むなんて……!ガリュウの想定スペックを越えている……!」
ケニーは目を見開き、口をパクパクと開閉している。それだけ彼にとってショッキングな事実だったのだ。
「……予想以上の性能を発揮してるってことだろ。いいからいくぞ!」
ナナシが呆けているケニーを急かした。彼からしたらそういう予想の外れ方は大歓迎だし、のんびりとそのことを議論している場合じゃない。そんなことはケニーにもわかっている……が、やはり気になる……。
再び歩き始めたもののケニーの頭は切り替えができず、ガリュウのことでいっぱいだった。
(……まさか、もう“完全適合”したのか……?だが、そんなに早く……いや、ナナシのようにポジティブに捉えよう……!絶望の中に光が……勝機が見えてきたと……!)
ケニーが一応、自分なりの結論に達したのとほぼ同時に一行はトレーラーの下に戻った。
この混沌の渦に巻き込まれた神凪の中でも一息つける唯一の安全地帯のはずだったのに、ナナシは気合を入れ直す。
「……俺やガリュウのことより……この中にいる奴らをどうするか……いや、どうなるかの方が問題だぜ……」
「よぉ!あのお嬢ちゃん、大丈夫だったか?」
トレーラーの内部、ふてぶてしく椅子に座りながら、軽い、非常に軽い感じで、マントと長刀を身に着けた男が、自分が瀕死にした相手の容態をあっけらかんと聞いた。
「……お前は……お前達は何者だ?」
男の質問を無視し、ナナシが逆に問いかける。いつでも戦闘開始してもいいように、神経を研ぎ澄ましながら……。
「そんな怖い顔するなよ?俺はあんた達の味方だ。だから、言われた通り、おとなしくここで待ってたんだろう?」
男は態度を崩さず、これまた軽く返す……不愉快極まりない態度で。しかし、それに苛ついたところで何にもならない。そう自分に言い聞かせてナナシは軽薄なその男を冷静に、まじまじと観察し始める。
(……白髪……親父と同じぐらいの年だな……緑色の目……これはネームレスと……ん?)
男の全身、上から下まで隅々まで観察していたナナシだったが、ふと視線がある一点に止まった。
「……あんた……傭兵か?」
「おっ?」
男は少しだけ驚いたような顔をした。その表情がナナシの言葉が正解であることを物語っている。
「よく分かったな……」
「あぁ、そいつのおかげでな」
ナナシが見つめていたのは男が羽織っているマントの刺繍、それをを指さした。
「そのマーク……『骸獣の末裔』のマークだろ?」
「「!!?」」
「……はぁ?」
ナナシの発言にケニーとマインが反応し、表情がさらにが強ばる。唯一リンダだけ何のことかわかっておらず、間抜けに呆けた顔をしている。きっと、さっきの治療で疲れているのもあるのだろう、きっと。
だが、その顔もすぐに引き締まることになった、養父の発言で……。
「おい!『骸獣の末裔』って、暗殺にテロ、オリジンズの密猟、悪いことだったら何でもやる!悪の総合本社!史上最悪の傭兵集団じゃないか!!」
「なっ!?それってもしかしてめちゃくちゃヤベェ奴じゃん!?」
「もしかしなくてもめちゃくちゃヤベェ奴だよ!」
「マジか!?」
「マジだよ!!」
養父の言葉で男の素性を理解した娘が警戒を強める。
渦中の男は困った……というより、かったるそうに頭を掻く。傭兵であることはともかく、過去に所属していた組織のことは知られたくなかった。今みたいにめんどくさいことになるから……。
「で、でも!骸獣の末裔って壊滅したはずじゃ……確か、すごいお金持ちを怒らせて、世界中の同業者……ものすごい数の傭兵と戦って……」
「『傭兵戦争』だな……街だか島だかまるごと吹っ飛ばしたっていう……」
マインの補足にナナシが更に補足する。自分達の口にしていることがあまりに現実離れしているので、本当にあったことかは信じられていないが……。しかし、それが嘘でも真でもこの男を警戒しなくてはいけないのは変わらない。
再び四人の視線はたった一人の男に向けられた。先ほどよりも疑念を強めて……。
「……あのなぁ、確かにお宅らの言う通り、俺は骸獣の末裔に所属していたよ。けどな、悪どいことやってたのは一部の奴らで、清廉潔白……とまでは言わないが、そこまで悪い奴じゃないぜ、俺は」
白髪の男が弁明する。それを鵜呑みにするほどナナシ達は素直じゃない。
「じゃあ、なんでそんなおっかない組織に居たんだよ?」
リンダが無邪気に質問する。やはり、今聞いた説明だけでは、彼女には目の前の男、彼の所属した集団の恐ろしさを理解できていないのかもしれない。けれどそれが今は心強い。
「端的に言うと、“情報”だ。俺は古代の遺跡やアーティファクトを発掘する、所謂“トレジャーハンター”ってヤツだ。あそこには表、裏に関わらず多くの情報が集まる。それが欲しかった。それが目的だった。それ以上でもそれ以下でもない。このマントも上物のオリジンズの毛で縫ったものだから、もったいなくて着続けてるだけ、他意はないさ」
男が淡々と口にした発言に嘘はなさそうだと、ナナシは感じた。が、同時に全てを正直に話しているようにも思えない。また頭の中に様々な疑念が渦巻く……。
「……あなたの素性はわかりました……一応……で、なんで私たちに味方してくれるんですか……?」
マインの言葉に、ナナシもケニーもハッとさせられる。そう、今一番大切なのは、この男の素性ではなく、自分たちに接触してきた目的の方だ。
男はようやくかといった感じで気を取り直して自身の目的を語り始める。
「これまた端的に言わせてもらうと、“金”さ。この国にはバカンスで来たんだが……カジノで……まぁ……なんていうか……すっちまって……だから、あんた達の手助けをして、ほんの少しでいいから恵んでもらおうと……」
男が恥ずかしそうに言う。これも嘘ではなさそうだが、理由としてはまだ足りない。
「……金か……けど、俺が大金持っているように見えるか?アイム……お前が撃った奴じゃなく、何故、俺を選んだ……?それもギャンブルか……?」
ナナシは何も情報のない中、なぜ男が自分を選んだのか、その理由がわからなかった。実際問題、悲しいことだが期待の新人美人格闘家としてメディアにも取り上げられているアイムの方が蓄えがあるだろう。
「そんなもん、お前が赤い竜だったからだよ」
「――!?何っ?」
さも当然のことのように男が答える。彼からしたらそれだけでナナシを選ぶ理由は十分だったのだ。
「俺は世界中を旅して、竜の家紋……“黄色”とか“青”とか………“黒”とかいろんな色した竜の紋章を持つ家を見て来た。で、そのどれもがそれなりの地位に着いてた……それに……」
「ぼくは他の色は知らないけど、赤い竜、タイラン家は知っているよ。ムツミ?さんだっけ……それと彼の愛機ジリュウは有名だからね」
突然、今まで黙っていたもう一人の……中性的で性別の判断ができない、耳の先までニット帽を被っている人物が話に入ってきた。このままでは自分達に分が悪いと思ったのだろう。
実際、彼?、彼女?の説明には説得力があった。だから、同意してさらに傭兵も畳み掛ける。
「そうそう、そうなんだよ!だから赤い竜のピースプレイヤーを使ってるあんたもそのムツミとやらの関係者じゃないかって!なら、そっちに味方した方が金になるよなって思ったのさ!」
筋は通っている……が、かといって信用できるかというと……。
「さぁ、俺のこと、目的は全部話したぜ。金さえもらえれば、このまま付いて行って協力してやる。安くしとくぜぇ~」
「……………」
ナナシ達は悩んだ。やはり、得体の知れないこの男を信用し切れない。それに何よりも彼を満足させるだけの金を用意できるかも……。
「どうした?急いでるんだろ?早くしないと色々とヤバいんじゃないの?よく知らんけど」
男が急かす。彼の言う通り、ここでもたもたしている場合じゃない。一刻も早く、松葉港に向かうべきだ。
「ふぅ……」
ナナシがゆっくりと息を吐く。そして、直ぐ様空気を吸い、意を決して口を開く。
「わかった。力を貸してくれ」
「よしっ!!!」
「ナナシ!?」
「ナナシさん!?」
ナナシの言葉にガッツポーズをして喜ぶ男。対照的にケニーとマインは顔を歪め、心配そうな声を上げた。
「背に腹は変えられない……金は……最悪、俺の放蕩じいさんの集めた絵や彫刻を売ればいいさ」
自分の知らないところで孫にコレクションを売られるかもしれなくなった哀れな祖父。まぁ、誘拐された息子を助けるためだから多めに見てくれるだろう……多分。
「契約成立!……でいいんだよな?」
男がケニーやマインに確認を取る。リンダは蚊帳の外だ。
二人はお互いの顔を見合わせ、思いを汲み取り、頷き合う。そして、代表してマインが答える。
「……わかりました……よろしくお願いします。私達に協力してください」
深々と頭を下げるマイン。正直、彼女自身は男を全く信用していない。だが、誘拐されたムツミ、そんな父を助けるためにボロボロになりながら戦うナナシ、二人のことが心配でならないのだ。
「うしっ!これで本当に決まりだな!改めて名乗らせてもらうぜ!俺は『ダブル・フェイス』!お察しの通り、“偽名”だ!けど、別にいいだろ?」
悪びれもしないで、自分の顔を親指で指しながら傭兵はダブル・フェイスと高らかに名乗った……偽りの名前を。
「……名前は……まぁ、いいよ……必要なのは“強さ”だ」
ナナシの発言を聞き、傭兵はニッと口角を上げる。それについては彼は自信しかなかった。
「あぁん?そこまで鈍くねぇだろ?お坊ちゃん……」
「――ッ!?」
トレーラー内部の温度が急に下がった気がした。男の体からにじみ出るプレッシャーがナナシ達にまとわりつき、生物として持っている根源的な恐怖を駆り立てる。マインなんかは自然と一歩後退してしまった。
「骸獣の末裔は、いろんな所で恨みを買ってたからな……それに所属していた俺も降りかかる火の粉を払わなきゃいけない時もあった……今回みたいに金のために戦うこともな……」
強い。間違いなく強い。それがここにいるみんなの共通認識だった。頭ではなく心で、理性ではなく野生でその男の実力を理解した。
「あ、あのぉ~」
張り詰めた空気の中、もう一人のニット帽が気の抜けた声を上げた。
「ぼくは『コマチ』。ダブル・フェイスとはちょっと前に知り会って……だから、骸獣の末裔でもないし、正式には傭兵ってわけでもないんだけど……」
コマチと名乗った男?女?、ともかく人物はダブル・フェイスと違い、温和で優しい……はっきり言って弱々しい印象を見る人に与える人間だった。
「あんたは……強いのか?そうは全然見えないんだけど……」
リンダが無遠慮に失礼極まりないことをしれっと言う。ただマインやケニーも内心同じ事を思っていたので、彼女問いかけは正直ありがたい。
「あぁ、こいつ、こんな感じだけどかなりやるぜ。まぁ、俺ほどじゃないがな」
ダブル・フェイスが太鼓判を押す。だが、やはりマイン達は信じられない。
そんなことを思っていると、ナナシがそっと前に出た。
「ナナシ・タイランだ。コマチ、君のことは……なんとなく信用……いや、信頼できる」
そう言って、おもむろに右手を出した。経験則か、ただの勘か、ナナシ自身もよく分かってないが、このわずかなやり取りでコマチを信じるに値する人物だと判断したようだ。
「ありがとう。その言葉を裏切らないように精一杯やるよ」
コマチもナナシと同じようなことを感じたみたいで、彼の応じるがまま右手を出し、彼の手を優しく握った。
「……“君のことは”ってなんだよ……?」
二人のアツアツぶりを見て、ダブル・フェイスがふてくされる。そんな彼をナナシはコマチの手を離し、そのまま右手の人差し指で指さした。
「いきなり、状況がわからないのに人を撃つ奴、信用できると思うのかよ?」
「うっ!?」
ごもっともな意見に百戦錬磨の傭兵も一切反論できなかった。
「お前ら!そろそろいいか?もう行くぞ!!」
いつの間にか運転席に座っているケニーが叫ぶ。何度も言うが、こんな問答している暇は彼らにはない。
「……まぁ、金か欲しければ、しっかり働けってことだな、傭兵」
「引き受けたからには、仕事はするさ。こちとら腐ってもプロだからな」
こうして、新しく二人の仲間(仮)を加え、トレーラーは再び目的地『松葉港』を目指して、走り出した。




