十字架を背負う者
「マジか……」
「十字架を背負った赤い竜……実在したのか……!」
ジルコとカルブンもまた新たな姿になったナナシガリュウに驚愕し、警戒し攻撃の手を止めた。
「十字架って……そういうのは黒い方の担当なんだけどな」
彼らのリアクションについて何も理解できないナナシは納得がいかない様子で腕を組み、首を傾げた。
「戦うという行為がそもそも罪深いということなんじゃないでしょうか?」
「なるほど。それなら俺も十字架を背負うべきか」
AIの指摘に納得しつつ、罪深いと理解しているのに、いまだに戦いの輪廻から抜け出せない自分と人類に対して、マスクの下で苦笑いを浮かべた。
「はい。ですが、ワタクシ的には大切な者を守るために戦うナナシガリュウよりも、奪うために戦っているような彼らの方が重罪だと判断します」
「じゃあ、自分のことは棚に上げて……断罪しに行こうか!」
「「!!?」」
今まで回避にしか使ってなかった跳躍力を、攻撃のために解放する!地面が抉れるほど蹴り出し、ナナシガリュウは一瞬で灼熱将軍の懐に潜り込んだ!
「速い!?だが!!」
カルブンはそれでもなんとか反応し、カウンターの矛を……。
「お言葉ですが」
「お前の想像よりもっと速い!」
ガンガンガァン!!
「――がはっ!!」
目にも止まらぬ拳の連打!カルブン的にはほぼ同時に肉体の複数箇所から衝撃と痛みを感じた。
「く、くそ!!」
ブゥン!!
「おっと」
それでもなんとか赤熱化した矛を振るい、反撃を試みたがあっさりと回避された。
「無駄な抵抗を」
「ナナシ様、後ろから来ます」
「了解」
ガァン!
「――ぐはッ!?」
「ジルコ!くっ……!」
背後から忍び寄っていた閃光将軍を回し蹴りで文字通り一蹴!黄色い身体は勢いよく地面を二度三度とバウンドする。しかし、その甲斐あってかカルブンは竜から再び距離を取ることに成功していた。
ナナシガリュウ・クレナイクロスは両者を追撃することもなくその場に踏みとどまった。
「さすがだな、ベニ。助かった」
「何をおっしゃいますか。ナナシ様もあの程度の奇襲、お気づきでしょう?」
「人の賛辞は素直に受け取っておくもんだぜ、ベニ」
「メモリーに刻んでおきます。そして灼熱、閃光両将軍は再び遠距離戦を仕掛けて来る模様です」
「だな」
竜が見上げると、周りを炎の球と雷の球が今まで以上に多くの数で素早く、無軌道に動き出していた。
「カルブンよ!」
「あぁ!やはり遠くから物量で圧殺するのが最適解!奥の手を使うわけにはいかん!これで決めるぞ!!」
「おおう!!」
バリバリバリ!ボオゥ!ボオゥ!ボオゥ!
二人が手を振るとそれを合図に竜の前後左右、そして上から二色の球が一斉に襲いかかった!
完全なる包囲網からナナシガリュウは逃げることはできない……そんな必要もないのだけど。
「ベニ」
「はい。クレナイクロス、絶対防御気光起動」
紅の十字架から光が広がり球体となって、竜を包み込む。それが……。
バシュ!バシュ!バシュ!!
「な!!?」
「何!?」
その光の膜がジルコとカルブンの攻撃を全てシャットアウトした!
「テスト時と同様、絶対防御気光はしっかり稼働しているようです」
「そりゃあ、わざわざグノスからデータを提供してもらったんだからな」
「ランボさん達を苦しめたガブリエルの力が今、神凪の守護竜を守ることになるなんてなんだか皮肉ですね」
「いいものは何でも真似するさ。ましてや自分の命を守るものなら尚更な」
バシュ!バシュ!バシュ!!
ナナシ達がのんきにおしゃべりしている間も攻撃は止んでいないのだが、それらを全て光の膜は防ぎ、彼らに快適な話場所を提供し続けている。
「この分だと映画一本見るくらいの時間は大丈夫そうですね」
「元々付いてたエネルギーフィールドはなんだったんだって感じだな」
ナナシはかつての戦いを思い出し、ガリュウ一号の固有武器の不甲斐なさにまた苦笑した。
一方、ジルコとカルブンは笑ってなどいられるはずもなく……。
「カルブン!」
「あぁ!もう出し惜しみをしている場合じゃない!こいつを魔皇帝様の下に行かせるわけにはいかない!!」
「おう!我らの命に変えても!」
「ここで奴を仕留める!!」
バリバリバリ!ボオゥ!ボオゥ!ボオゥ!
二人は両手を広げると先ほどまでよりも眩く、そして妖しく光る球が無数に出現した!
「エレクトリックマリオネット!!」
「焔傀儡!!」
それがナナシガリュウに……ではなく、周囲に転がっている妖鬼兵の死骸に向かい、そして取り込まれていった。すると……。
ズッ……ズッ……ズッ……
「なんだと……?」
あろうことか絶命したはずの妖鬼兵がゆらゆらと立ち上がり始めた!
「まさか……蘇生したのか?」
「残念ながら、そこまでの力はぼくらにはないよ……」
「わしらの命を分け与えた炎と雷、それで無理矢理死骸を動かしているに過ぎない」
「命を……」
「そうだ!この技はぼくらの寿命を削る奥の手!!」
「必ず殺すと決めた相手にだけ使う切り札だ!!」
ジルコとカルブンの固い決意の咆哮が戦場に響くと、それに呼応して妖鬼兵の死骸の群れが光の球体の中にいる赤い竜に向かって走り出した!
「その覚悟には敬意を表する。そしてそれを真正面から砕かせてもらう」
「チャージ完了。絶対防御気光……反転!」
「絶対攻撃気光」
バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「――え?」
「――なっ!!?」
ナナシガリュウを覆っていた光の膜がさらに強烈な輝きを放ちながら、広がっていった!その光は凄まじい熱を帯びており、向かって来る妖鬼兵が触れると、彼らを溶かし、消し飛ばしてしまった。そして、彼らを操る二人の将軍も……。
光が収まった後に残っていたのはクレーターの真ん中で佇むナナシガリュウ・クレナイクロスだけであった。
「ただそのまま真似するだけじゃ芸がないからな」
「技術は改善、改良してこそです」
「あんたもそう思うだろ……灼熱将軍」
「ぐ、ぐうぅ……!?」
かろうじて灼熱将軍カルブンは命と人の形をとどめていた。だが、それもすぐに……。
「ジルコと二人がかりで敗北するとは……これが予言の竜の力か……」
「悪いが、俺はまだ全力を出してないぞ」
「そうか……勝てるなどと一瞬でも思ったわしがバカだったか……」
「だとしても、命を懸けて忠義を尽くそうとしたあんたを俺はリスペクトする。だから、このまま放置しても問題ないが……介錯してやるよ」
ナナシガリュウの想いに応え、右手に彼が最も愛する武器が出現。それをゆっくりと、自分の動きを、今この世界に自分が生きていることを確かめるように構える。
ターゲットはもちろん瀕死の灼熱将軍!グリップを両手で優しくも力強く包み込む。
心が!感情が!意志が!身体中を血液のように駆け巡り、肩から腕に、腕から指に、そして指からマグナムに……。
ゆっくりと、それでいて力強くトリガーを引くと、紅き竜の代名詞が異世界に解き放たれた!
「太陽の弾丸」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
眩い光の奔流が天に昇る龍のように異世界を駆け抜けた!それに飲み込まれた灼熱将軍カルブンは……今度こそこの世界から旅立つことになったのだった。
「終わったな……いや、まだ何も解決してないか」
紅き竜は銃を下ろすと、障害と呼べるものが何もなくなった荒野を木漏れ日のような黄色い二つの眼で見据えた。
「とりあえずまたヘシエさんとソルビさんと合流して、話を聞きましょう」
「そうだな」
くるりと踵を返すと、目の前に巨大な城塞が視界に入る。それに向かって十字架を背負った竜はゆっくりと歩き始めた。
「まだ何も解決してませんが、いいデータは取れました」
「クレナイクロスの絶対防御気光は、そのために作られたガブリエルと違って後付けだからな。防御面は本家に及ばない。もっと改良しないと」
「絶対攻撃気光発動後、約27秒展開不能になるのをどうにかしたいですね」
「あと威力と範囲を細かく調整できるようにしたい。今回は何もない場所だから良かったが、人がいる街中じゃおいそれと使えない」
「そもそもナナシガリュウは太陽の弾丸やら角からの電撃やら広範囲攻撃が多すぎるんですよ。ゲームでいうところのマップ兵器ばっかり積んで、他人と連携するつもりあるんですか?一応ナナシ様はネクサスのリーダーなのに」
「うーん、いっそのことネクサスはネームレスの奴に任せるか?あいつの戦い方の方がチーム戦に向いてるし」
「そしたらナナシ様はどうするんですか?」
「何でも屋でもやるかな」
「何でも屋にも過剰な殲滅能力は必要ないと思いますよ」
「だな。だから俺としてもさすがになんとかしないとと思って、花山に頼んでアレを新造してもらったんだぞ」
「わかっていますよ。今回は出番はありませんでしたけどね」
「クレナイクロスも防御機能しか発揮できなかったな」
「オフェンス面はおいおい」
「また戦闘になると?」
「今までのナナシ様の経歴からすると、おそらく」
「当たって欲しくない予想だな……まぁ、心配していても何もならないか。なるようになるだろ」
問題は何も解決していない。けれど、この頼もしいAIと一緒ならば必ず乗り越えられると、ナナシの心は軽やかだった。




