後悔のない生き方
黒煙の下、四方を巨大な壁に囲まれた町、所謂城塞都市の外側で戦闘は行われていた。
甲冑を着た人間と角の生えた得体の知れない怪物との戦闘が……。
「怯むな!怯めば『妖鬼兵』どもが調子に乗るだけだ!!」
「「「おおう!!」」」
一際豪華な鎧に身を包んだ大男が四足歩行のマウに似た獣に跨がり、剣を振り上げ、ボロボロの仲間達を鼓舞した。それに人間兵は応えようとするが……。
「まだわからんのか!」
「灼熱将軍様と閃光将軍様にいただいたこの力の前には、人間など路傍の石以下の矮小な存在なんだよ!!」
妖鬼兵と呼ばれた異形の戦士達は一斉に弓を構えた。すると、鏃がバチバチと帯電、または真っ赤な炎が点った。
「喰らえ!脆弱なゴミども!!」
バシュ!バシュ!バシュン!!
人間兵の集団に雷と炎の矢が雨のように降り注いだ!
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
雷の矢に当たった者は悲痛な断末魔を上げながら、その身を真っ黒に焦がした。
ボオォォォォォォォォォォッ!!
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
炎の矢に貫かれた者も同様だった。真っ赤な炎に包まれ、鎧は焼け爛れ、そして肉体は炭化した。
「くっ!?六人の将軍の力、ここまでとは……!これ以上意地を張って、部隊を全滅させるわけにはいかんか……」
大男は目の前に広がる現世に地獄を再現したような光景に、敗北を確信し、せめて犠牲を最小限にしようと撤退を決断した。
「皆の者聞け!!壁の中に退くんだ!!自分の命を最優先しろ!!」
手綱を器用に操り、獣ごと振り返り、指示を下す。その時……。
「団長!!」
「後ろ!!」
「――ッ!?」
「てめえの命をもっと大切にすべきだったな!隊長さん!!」
ザシュッ!!ボオォォォォォォッ!!
「ぐわあぁぁぁぁぁっ!!?」
「ヒヒィィィィン!!?」
「「団長!!?」」
片目に傷がある妖鬼兵の奇襲成功!団長と呼ばれた男を炎の剣で切り裂き、そのまま獣ごと火だるまにしてしまった!
「『ヘシエ』、『ソルビ』……逃げろ……!」
「「団長ッ!!」」
「手柄はおれのもんだ!見てくれていますよね!『魔皇帝』様!!」
年端もいかぬ少年兵の悲鳴と、興奮する妖鬼兵の声が澄みわたる青空に響き渡った。
そしてその青空からアタッシュケースを持った白い天使とその肩に乗る小さな赤い竜が戦いを見下ろしていた。
「人間の方が劣勢だな」
見たこともない怪物よりも、自分と同じ人間に肩入れするのは当然だろう。惨状を目の当たりにしたナナシは白いマスクの下で顔をしかめた。
「介入しますか?」
「いや……状況がわからないし、神凪の人間として簡単に決断を下すことは……」
本当は今すぐにでも戦場に降り立ち、助太刀してやりたいところだが、ナナシの常識人の部分がそれにストップをかける。
「他国の事情にむやみやたらに首を突っ込めないのはわかりますが……らしくないですね」
「え?」
「ナナシ・タイランらしくないと言ったのです。この右も左も分からぬ状況で何を迷うことがありますか。いつものなるようになる精神で好きなようにやればいいじゃないですか」
「お前……俺のことをなんだと……」
「ワタクシはナナシ様を後悔したくない人間だと認識しています。そして今、傍観者で居続けることはあなたの性質状、必ず激しい後悔に襲われることになると予測します」
「なるほどね……確かに俺という人間はそうかもな」
ナナシはAIの指摘で改めて自分が何を大切にしているのかを認識した。時として自分でさえ突飛に思える行動にも彼なりの筋があったのだと。
「じゃあ、迷う必要は無いな。後々問題になっても、その時はその時、なるようになるだ」
「それでこそナナシ・タイランです」
「……一応確認しておくけど、お前本当は自分が戦いたいだけじゃないよな?」
「……そんなことあるわけないじゃないですか……」
「何で目を逸らす?」
「カメラの調整をしているだけです」
「……まぁ、いい……ナナシ・タイラン!人間軍の援軍に入る!」
白い天使は頭を下に向けて、戦場に降りて行った。
「ソルビ!団長の遺言に従おう!城塞の中に逃げるんだ!」
「そうは言っても、どこに……どこから逃げればいいんだよ!?」
二人の少年兵は鬼のような怪物にぐるりと取り囲まれていた。彼らの脳裏には“死”の文字が浮かび上がる。
「おれは一番の大物を獲ったからな……こいつらはお前達の好きにしていいぞ」
「へい」
「こいつら……!!」
団長殺しの傷あり妖鬼兵はニタニタと醜悪な笑みを浮かべ、剣で肩を叩きながら、周囲の同胞に命じた。徐々に少年達の包囲網が狭まっていく。
「さぁ!嬲り殺しタイムだ!!」
「「「おおう!!」」」
「くっ!?」
「くそおぉぉぉぉぉぉっ!!?」
まるで先ほどの団長の物真似をするように剣を振り、同胞をけしかける!少年達はただ叫ぶことしかできない!
ゴトン
「……え?」
「は?」
異様な熱気に包まれていた空間が突然静まり返る。彼らの前に空から赤い長方形の箱が降って来たのである。何がなんだかわからず妖鬼兵は一斉に足を止めた。
「あの箱……なんだ?わかるか、ソルビ?」
「わかるわけないだろ……っていうか空から降って来た?」
「それ、ちょっと預かっておいてくれ、少年」
「え?」
ドゴォン!!
「――なっ!?」
「……へ?」
今度は突然、鈍い音が鳴り響いたと思ったら傷ありの妖鬼兵が翼を生やした白い何かに顔面を踏まれていた。
「話を聞くまで、とりあえず……ご退場願おうか」
バゴォン!!
「――ぐはっ!!?」
その白い何かは傷ありを踏みつけていた足とは逆の方を振り抜き、思い切り蹴り飛ばした!あまりに突然なことに少年達も周りの妖鬼兵達もそれをただ静かに眺めるしかできなかった。
「ベニ」
「はい、ここに」
そんな彼らを尻目に白い乱入者は赤い箱の下に悠々と飛んで来て、そこにさらに小さな赤い竜が合流した。
「あれは……赤い竜……!?」
「まさか予言にあった……!?」
少年達はその小さな竜を見た瞬間目を見開いた。神凪国民と同様彼らにとって紅き竜は特別な存在なのだ。
「どうやらワタクシに興味が、というより赤い竜に思うところがあるようですね」
「じゃあナナシガリュウを見たらどんな反応を……じゃなくて、少年!」
「は、はい!!」
「自分達でしょうか!?」
「そうだ。ちょっと訊きたいことがある」
「何を……」
得体の知れない何者かに話しかけられ、ヘシエもソルビも思わず剣を握る手に力が入った。
「あなた達の所属と、戦闘している彼らのことをできるだけ端的に説明してください」
「したらどうなる……?」
「どっちに付くか、それともこの場から大人しく去るかを決める。だから心して言葉を紡げよ、少年……!」
「「――ッ!!?」」
肩越しにギロリとナナシルシファーに睨まれ、少年達の肝は縮み上がった。目の前の得体の知れない男が怖いのもあるが、それ以上に本能がこの受け答えで勝敗が決することを察知したからであろう。
その小さい背中に背負うにはあまりにも大き過ぎる重圧……。しかし、それができるのは今ここにいる自分達だけ……。ヘシエとソルビは覚悟を決めて、重い口を開いた。
「じ、自分達は『エートラ王国』の兵士です」
「今、戦っているのは『魔皇帝ダーマス』の軍勢、閃光将軍と灼熱将軍の部隊です!奴らはこの国を侵略しようとしているのです!!」
「お前らが先にちょっかい出したわけじゃないんだな?」
「そんなこと断じてない!!」
「奴らはある日どこからともなく突然現れて、エートラに侵攻を始めました!奴らの存在を認知したのも、その時が初めてです!」
「ですからエートラは何も対抗策を持っておらず、その日のうちに王都は陥落、我らが王も……!」
「たまたま商いに行っていた我が父と兄も帰らぬ人に……」
「オレは祖父母を失った……」
少年達が手にしている剣がガタガタと震えた。恐怖で震えているのではない、激しい怒りを必死に抑え込もうとしているができずに震えているのだ!
そのバイブレーションがナナシの心も動かし、そして憤怒の炎を灯した!
「決まりだな。俺はお前達、エートラに付く」
「本当ですか!?」
「あぁ、だからお前達はそのケースを持って逃げる準備をしろ」
「自分達も戦います!」
「お言葉ですが、足手まといになるだけです」
「うっ!?」
「そういうわけだから、ベニに従って大人しく撤退しろ」
「そんなふざけた真似させるわけねぇだろうが!!」
再び戦場に傷あり妖鬼兵の声がこだました!彼もまた足蹴にされた屈辱で怒りの炎で身を焦がしていることが、声色から伝わった。
「寝た振りしておけばいいものを」
「はっ!誰がそんな情けない真似をするか!おれはそいつらの団長を殺した最強の戦士だぞ!!」
「こいつ!!」
「やめろ」
「――ッ!?」
我慢できずに飛び出そうとする少年達をナナシは制止した。
「ですが!奴は我らが騎士団長を!!」
「言わせておけばいいさ……すぐに何も話せなくなるんだからな……!!」
「「「――ッ!!?」」」
ナナシの周りの気温が僅かに上昇し、反比例するように周囲の者達の背筋に悪寒が走る。そして彼らをさらに凍てつかせる出来事がこの後起きた。
「やると決めたからにはとことんだ……ナナシガリュウ」
「「「――なっ!!?」」」
エートラ王国民にとっては神の如き存在、魔皇帝軍にとっては災厄とも呼べる存在……真紅の竜が今再び降臨したのだ!
「赤と銀色の身体に、勾玉を彷彿とさせる二本の角、木漏れ日のような黄色の眼……ソルビ!やはり予言にあった!」
「いや!背中に“アレ”がない!」
「だが!」
「いやでも!!」
「議論が白熱しているところ悪いが、敵が来るぞ」
「「え?」」
「そうか……あの予言とやらを再現して、こっちをびびらせようとしてんだな!!だが、そんなしょうもない策に引っかかるおれじゃねぇ!!むしろその首を狩り取って、おれの手柄に上乗せしてやる!!」
「それは不可能だ」
「うるせぇ!!お前ら今度こそかかれ!!」
「「「おおう!!」」」
全身にまとわりつく恐怖を振り払うように、傷あり妖鬼兵が再び仲間達を紅き竜と少年兵にけしかけた!
「大口叩いた割に自分では来ないか」
「うおらぁ!!」
「ガリュウハルバード」
ゴォン!!
「――がっ!?」
「まぁ、少し寿命が伸びただけだがな」
ナナシガリュウは飛びかかって来た妖鬼兵に対し武器を召喚して迎撃、逆に弾き飛ばした!
「さすがにこの数相手だと武器を使わせてもらうぞ」
「意味のわからないこと……」
「確かに」
ザシュッ!!
「――を!?」
「お前らにとってはそうだろうな」
続いて側面から来た第二陣を刃で城端と下半身に両断!さらに……。
バァン!!
「――なっ!?」
「見えてるよ」
背後から忍び寄っていた妖鬼兵を一瞥することもなく新たに召喚した無骨な愛銃ガリュウマグナムで顔面に穴を一つ増やして上げた。
「こ、こいつ……強い!!?」
さっきまでの威勢はどこへやら、傷ありは闘志を萎えさせ、自然と後退りしていた。
「もう終わりか?」
「くっ!まだだ!接近戦が無理なら弓だ!弓で針山にしてやれ!!」
「「「はっ!!」」」
バババババババババババババババッ!!
ナナシの挑発で僅か闘争心を取り戻した傷ありは新たな指令を下し、仲間達はそれに従い矢を一斉に発射した!しかし……。
「その程度でナナシガリュウは仕留められない」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「何!!?」
ナナシガリュウの二本の角から雷が迸る!けたたましい音と共に竜の周囲に閃光が広がり、向かって来る矢を全て撃ち落とした!
「こ、こいつどこまで……!!」
「感心してないで、次の手を打って来いよ」
「くっ!?」
夜の倉庫の中でやったように人差し指を上に向け、ちょいちょいと動かし挑発する。
それに対し、傷ありは……。
「こうなったら……」
「こうなったら?」
「こうなったら……逃げる!!」
くるりと踵を返して、逃走を図った!追い詰められた彼はプライドよりも命を優先したのだ!
「騎士団長はこの手で仕留めた!手柄は十分!これ以上無理する必要は……」
バァン!!
「――な!?」
傷ありの眉間に穴が空いた。ガリュウマグナムから放たれた弾丸が後頭部から侵入し、額から飛び出したのだ!当然プライドを投げ捨ててまで守ろうとした命は儚くも無惨に虚空に消え去った。
「団長の仇を……」
「あんなにあっさり……」
喜ぶべきところなのかもしれないが、言葉通りあまりに呆気なく仇討ちが為されてしまったことで、少年達は何もリアクションが取れずに呆気に取られた。
「お二方、そろそろ本格的に撤退の準備を」
「え?」
「ワタクシの予測では、ウォーミングアップも終わったようですし、そろそろ……」
「ギアを上げるか……!!」
「「「――ッ!!?」」」
ドゴオォォォォォォォォォン!!
それは人の形をした嵐であった。
彼が通る道にあったものは全て刃で切り裂かれ、銃で撃ち抜かれ、竜巻に巻き込まれたように身体をバラバラに引き千切られ、血の雨を降らせた。
それは人の形をした嵐であった。
「凄まじいな、あれ」
飛び散る部下の肉片を遠くから眺めながら、炎の如きオレンジ色の異形の怪物は何故か嬉しそうに顎を撫でながら、そう呟いた。
「予言の竜とやらの話、ただのハッタリや現実逃避ではなかったというわけか」
その隣の黄色の異形もまた楽しげだ。まるで欲しかった玩具を目の前にした子供のように無邪気な笑みを浮かべている。
「町一つ落とすだけの退屈な仕事だと思ったが、中々面白いことになったな、『閃光将軍ジルコ』よ」
「珍しく気が合ったな、『灼熱将軍カルブン』」
「では……」
「あぁ……!」
「仲良く竜狩りと洒落込もうか!!」




