学校へ行こう!③
空気が一変した。急に気温が下がったように感じ寒気もしたが、なぜかユウの額からは汗が流れ落ちた。
(この威圧感……まるでネクサスのメンバーと相対しているようだ……!)
汗を拭いながら、こちらに背を向け距離を取るジュカの一挙一動を見逃さないように神経を研ぎ澄ました。
「安心しなさい」
「!!?」
「本気でいくとは言ったけど、いきなり襲いかかったりはしないから」
10メートルほど離れたところで反転すると、ジュカは手で“かかって来い”とジェスチャーをした。
「先生として胸を貸してあげるわ。お先にどうぞ」
しかし、ユウは指一つ動かそうとはしなかった。
「……臆病風に吹かれたわけではないわよね?」
「正直気圧されています。ですが、やる気の方は萎えていませんよ」
「なら、なんで来ないの?」
「ジュカ先生、今胸を貸すって言いましたけど、それならそっちから仕掛けてくれませんか?」
「……先手はお嫌い?」
「僕の手の内を散々見たんですから、そっちも見せてくれませんか?……って言っているんですよ。そっちの方がフェアじゃありません?」
「なるほど……そういう考えも……できるわね!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「――!!?これは雷!?」
ジュカの全身が帯電し、けたたましい音が鳴り響いた。その姿を見たユウはまた赤き竜の姿を脳裏に思い浮かべた。
「赤の竜の祖父も孫も雷を使っていましたが……黄色の竜もですか……!似た者同士ですね……!」
「そっちがあたし達に似ているのよ。なんて言ったって我がスキエラの家宝は光属性最強と謳われるハイパーコアストーン『リンドブルム』!この世界にいる雷使いなど全てあたし達の……劣化版よ!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
ジュカの言葉を証明するように稲光は猛り狂う黄色の竜となってユウに襲いかかる!
「くっ!?バリア全開だ!!」
ユウは感情を最高まで昂らせて、身体の周りに念動力で力場を形成した!それが雷を弾き飛ばす。
「今の一撃で大抵の相手ならノックアウトできるんだけど……やるわね」
「大口叩いておいて一発KOじゃカッコつかないですからね……」
「じゃあカッコいいところ見せてちょうだい。次はあなたのターンよ」
追撃をせずに改めて手招きするジュカにユウは憤りを感じた。
「バカにして……!その余裕……後悔させてやりますよ!!」
ビュッ!ビュッ!ビュッ!!
ユウは足下の石を弾丸のように射出した!しかし……。
「バリアには……バリアよ」
ジュカもまた雷で自分の周囲に障壁を作り、逆に向かってくる石を全て打ち砕いた。
「馬鹿にしているのはどっちかしら?その程度であたしを……」
ズッ!!
「!!?」
ジュカは視界の端に捉えた……テスト用の重りが自分に勢いよく飛んで来るのを!先ほど石つぶてが自分の注意を引くための誘導だったことに気づいたのだ!
「へえ……やるじゃない」
「もらった!!」
「だけど……」
「――えっ?」
「まだあたしの余裕を崩すには足りないわね」
「何!!?」
今度は逆にユウの視界から消えた……ジュカの姿が!刹那、遠くにあった彼女の姿が再び目の前に現れる!
「重りを使ってくれてありがとう。きっと運んでくれた子達も喜んでくれているわ!!」
そう言いながらバチバチと身体を帯電させて掌底を繰り出す!当たれば今度こそ一撃アウトだ!
「だったらもっと有効活用させてもらいます!!」
「おっと!」
ユウは待機させていた重りを盾代わりにした!ジュカは咄嗟に掌底を寸止めする。その間に少年は全速力で彼女から離れた。
「なんだあのスピードは!?ピースプレイヤー並みじゃないか!?」
「中々のもんでしょ?」
「――ッ!?」
この雷女から距離を取ることなど不可能だった。あっという間にまた進行方向に回り込まれた!
「くそ!!」
ビュッ!ビュッ!!
ユウは石を飛ばした。特に何の考えもなく、破れかぶれで。
「残念ね、色んな意味で」
当然、そんな攻撃はジュカには通じない。軽々と回避しながら接近してくる!
「さあ、今度こそ終わりよ」
(このままじゃ何もできずに僕の負け……出し惜しみしている場合じゃない!!)
追い詰められた少年の意識が切り替わる……組み手ではなく、これは命懸けの戦いなのだと!その想いが彼のポケットにあるもう一つの石に伝わった!
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「――!?なんですって!?」
再度眼前まで迫った少年の身体から稲妻が発せられた!黒い稲妻が!
「ちいっ!!」
たまらずジュカは後退するが……。
「逃がすか!!」
ユウは容赦なく追撃する!漆黒の雷撃が彼女に降り注いだ!
「舐めるな!雷を使わせたら我がスキエラに敵う者はいないっていったでしょうが!」
バチバチバチバチバチバチバチバチ!!
ジュカは黒い稲妻を全て自ら撃ち出した黄色の雷光で相殺した。森に破裂音のようなものが響き、チカチカと明滅する。
「言うだけのことはありますね……これはもう少し出力を上げないと」
今まで装備していたグローブを仕舞うと、あらゆる光を飲み込むような、あらゆる色を塗り潰すような、漆黒の石……それが填め込まれた新たなグローブにユウは着け替えた。
「まだそんなものを隠し持っていたのね……」
「手の内を見せろと言っておいて自分は隠し持っているなんて、卑怯ですよね。でも安心してください……これが正真正銘最後の切り札です……!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐっ……!」
ジュカのようにユウは全身に黒い稲光を纏わせた!しかし余裕のあった彼女と違い、ユウは眉間に深いシワを寄せて苦しそうだ。
(あの表情……まだ黒い石は自由自在に使いこなせてないみたいね。必死に集中して抑え込んでる)
ジュカはその姿を見て、怯むどころか勝機を見出だし、活気づいた。
(あの石の放つ威圧感、全開じゃないのにさっきの威力……間違いなく我が家の家宝リンドブルムと同じハイパーコアストーン。つまり……慣れさせる時間を与えてはいけない!!)
ジュカは持てる力を全て脚と反射神経に集中させて最高速でユウの懐に入り込んだ!そして……。
(今度こそ!!)
再度、雷を纏う掌底を放つ!
バチン!!
「……えっ!?」
はたき落とされた。ジュカの虚を突いたはずの、常人には反応できるはずの神速の掌底はユウの手刀ではたき落とされたのだ!
「電気の力で肉体と神経を活性化しているんですね。これは難しいし、身体が痺れて痛い……が!やるだけの価値はある!!」
反撃のナックルを先生の顔面に振り下ろす!
「付け焼き刃に!」
バチン!
「――ッ!?」
けれど、ジュカは先ほどのお返しにと、掌底で側面から叩き、軌道をずらした!
「この短時間であたしの力の秘密を理解し、真似したのは褒めてあげるけど……粗悪な模造品が本物に勝つことはない!!」
「そう来なくっちゃ!!」
ガンガン!バチバチ!ガン!バチン!!
教師と生徒、二人はお互いに雷を纏いながら至近距離でぶつかり合った!両者の技量とスピードは拮抗しており、攻撃を捌き合い、致命的なダメージを与えられず、一進一退の攻防が人間を超えた動きで繰り返される。
(アツヒトさんやアイムさんに鍛えてもらってなかったら、対応できなかったな。それにしても……あのチンピラもそうだけどコアストーンには僕の知らない使い方があるんだな。来たばかりだけど……ここに来て良かった!!)
生徒は先生の力に感嘆し、心が踊り、自然と口角が上がっていった。一方……。
(一目見ただけであたしの技術を見抜く観察眼、それを迷うことなく模倣しようとする度胸、実際に再現してしまう才能……!そしてその全てがまだ発展途上という事実……この子一体どこまで……!?)
一方教師は対照的に生徒の中に眠る底知れない潜在能力に恐れを抱き、顔が強張った。いや、顔だけでなく肉体も……。
その一瞬の硬直を優秀過ぎる生徒は見逃さなかった!
「隙あり!!」
「しまっ……」
ドン!!
「たぁ!?」
ジュカの腹に強烈な蹴りがクリーンヒットする!地面を転がり、離れていく彼女を見下ろしながら、ユウは黒いコアストーンが嵌め込まれたグローブ、それを着けている手を人差し指と中指を伸ばして、まるで拳銃のような形にした……あの時と同じように。
(獣ヶ原の戦いの後、何度試しても再現できなかったけど、今なら!!)
少年は手で作った拳銃をジュカに向けると、闘志がコアストーンに伝わり、莫大なエネルギーが指の先へ……あとは名前を叫ぶだけ、ユウ・メディクの必殺技の名前を!
「ブラックレイ……!」
「ストップストップ!!もうおしまい!!」
「バレ……ット……」
土埃だらけになったローブを翻して膝立ちになったジュカは両腕で大きなバツ印を作った。拍子抜けしたのかユウの指先に収束していたエネルギーは空気中に霧散していく。
「えっ?もう終わりですか?」
「ええ終わりよ!あたしに一撃与えられれば、最終試験は合格なの!!文句無しのAクラスよ」
「そうだったんですか……」
目的を達成したというのに少年の顔は晴れなかった。せっかく久しぶりに必殺技を撃てると思ったのに、寸止めされたユウはあからさまにがっかりしたような顔をしている。
「っていうか、最後完全にあたしを殺そうとしてたでしょ?」
「そ、そんなことはありませんよ……」
土埃を払いながら詰め寄って来たジュカから目を逸らした。ぶっちゃけあのまま続いていたらそうなっていたかも……と、内心思ってしまったからだ。
そんな彼を見てジュカは怒る……ではなく、寂しい気持ちになった。
(こうしていると、普通の学生と変わらないけど……あの戦闘への集中力と、敵への容赦のなさ……きっと普通とは言い難い経験をしてきたのね)
ユウのバックボーンに想いを馳せると胸を締め付けられるようだった。だからこそこれからは……。
「……どうしたんですか、ジュカ先生?僕の顔に何かついてます?」
「……人の気も知らないで……」
神妙な顔つきをしている教師の顔を不思議そうに覗き込んで来る生徒のどこかとぼけた表情に思わず頬が緩んだ。
「……もしかして僕、他にも何か?」
「いえ、そうじゃないわ。ただ……」
「ただ?」
「楽しい学校生活になるといいわね」
「……はい!!」
ユウ・メディクは元気よく返事した。
こうして彼の新天地での新たな物語は幕を開けたのである。




