学校へ行こう!②
「うわぁ……大きいな……」
ユウは巨大な門を見上げ、圧倒されたようにそう呟いた。そんな彼を女はニヤニヤと嬉しそうに見ている。
「写真とかで見たことあっても、実物は迫力が違うわよね。大体初めてこの正門を見る人はあなたと似たようなリアクションを取るは」
「先生も?」
「あたしは……違ったかな?ちょっと特別だから。それよりもこっちに来て。残念だけど正門をくぐるのは正式に入学した後よ」
女に連れられ、正門の少し横に移動する。巨大な壁に人一人が通れるくらいのドアノブの上に赤いランプの付いた小さな扉があった。
「休みの日とかに教職員や寮の生徒が出入りする扉よ。使う時は……」
女は懐からカードのようなものを取り出して、扉についていた機械にタッチした。するとガシャンと音が鳴ると共にランプが赤から緑に変わった。
「こういう風に通行許可書を認証させるの。教職員はいつでも使えるように常時渡されているけど、基本寮生は申請しないとダメだから。まぁ、詳しいことはまた担当の者なり、友達でも作って聞いて」
「わかりました。ただ……」
「歴史ある学校だって聞いていたのに、思っているよりハイテクでがっかりした?」
「はい……その通りです」
「その感想もスキエラ宝術学校あるあるよ」
女はまた優しく微笑みながら扉を開け、中に入っていく。ユウも彼女に続いた。
「改めてようこそ。ここがスキエラ宝術学校よ」
「うわぁ……」
ユウはまた感嘆の声を上げる。
巨大な壁の中には広大な敷地が広がっていた。目の前には天を衝くように時計台がそびえ立っていて、そこに向かって正門から道が続いている。さらにその周りには歴史を感じさせる建物がいくつもあり、奥には緑が生い茂っていた。先ほどまでいた街並みとは全くの別物、別世界に感じられた。
「あの時計台の建物が校舎よ。その周りにあるのが……まぁ、色々。これも知りたかったら後で自分でなんとかしなさい」
(めんどくさがりなんだな、この人。まるでナナシさんみたい)
女の姿が、彼のよく知る赤い竜の紋章を受け継ぐ男に重なって見え、思わず苦笑いがこぼれた。
「で、今日あたし達が行くところはあの時計台の向こうの裏庭よ」
「ずいぶんと大きな裏庭で……」
「そういう風にいつからか呼ばれるようになったのよ。詳しく知りたいなら図書館にこの学校の歴史をまとめた本がいくつかあるからそこで調べてみたら?」
「そこまで呼び名に興味はありませんね」
「そうね。大切なのは名前よりも実態……早速その目で確かめに行きましょうか。少し遠いけどついて来て」
「了解しました」
目的地に向かって二人は歩き出した……黙々と。しばらくはその沈黙の状態が続いたが、女の方が耐えられなくなって口を開いた。
「……なんか質問とかない?」
「急にどうしたんですか?あんなに説明をめんどくさがっていたのに」
「なんかこのまましゃべらずに行くのは味気ないかなぁ……って」
「僕は沈黙とか大丈夫なんで、お気遣いなく」
「あたしが無理なのよ!なんかこの空気苦手!だから質問しなさい!」
「わがままですね……じゃあ一つだけ」
「何何?スリーサイズは答えられないわよ」
「そんなこと知りたくありませんよ。僕が訊きたいのは……先生のお名前は?」
「……あっ、そういえばまだ言ってなかったわね」
女はくるりとターンをすると、後ろ歩きの体勢になり、ユウと向き合った。
「では遅ればせながら……あたしは『ジュカ・スキエラ』、この学校で教師をしています」
「ジュカ・スキエラ先生……って!スキエラ!?」
驚くユウの顔に満足すると、再びジュカはターンして前を向いた。
「そのリアクションもスキエラ宝術学校あるあるね。お察しの通り、あたしこの学校の創立者の子孫なの」
「確かパンフレットに校長もスキエラだって書いてありましたけど……」
「あれは母よ、『イリス・スキエラ』。写真も載っていたでしょ?思い出して見て……そっくりじゃない?美人なところとか」
「はぁ……そう言われれば……似てるかも?」
イリス校長の姿がうろ覚えなのか、ユウは首を傾げて、はっきりとは同意しなかった。
「熟女には興味ないか」
「ただ他のところに集中していて、記憶が薄いだけで別に年上が嫌いってわけじゃないですよ。って、何の弁明をしているんですか、僕」
「ははっ!本当にな」
「で、創立者の子孫で現校長の娘さんのジュカ先生もいずれは校長に」
「ん?ないない!」
ジュカは苦笑いを浮かべながら、顔の前で手を振って否定した。
「基本的にこういうのは長子が継ぐもんでしょ?あたしは次女だから」
「お姉さんがいるんですか?」
「ええ、今は放浪の旅に出て、音信不通だけど」
「よくわからないですけど……その人より今ここで教師やっているジュカ先生が継いだ方がよくないですか?」
「性格はともかく才能は段違いで姉の『ジュア』の方が上だからね」
「先生になるには天才肌なのはどうかと思いますが……」
「生徒と触れ合う現場の教師は落ちこぼれぐらいがちょうどいいかもだけど、校長はまた違う能力が必要だからね」
「管理能力とかカリスマ性とかですか?」
「そこを重視するなら、これまた妹の方が向いている気がする」
「三姉妹なんですか?それとももっと?」
「三人だけよ。妹は姉やあたしと年が少し離れていて、今この学校に通っているわ。『ジュナ』って名前で確かあなたの一つか二つ上だったかしら?まぁ会ったら、仲良くしてやって」
「善処しますが、生憎人付き合いが得意な方じゃないんで、約束はできませんね」
「大丈夫よ。見た目は上々、シャイだけどやる時はやる才能の溢れる男の子を嫌いな女なんていないから」
「そ、そこまでのものじゃ……」
ユウは頬を赤らめ、照れ隠しに頭を掻いた。
「それに……ほら」
ジュカ先生は再び後ろを振り向き、ポケットからハンカチを取り出し、広げて見せた。そこには校章とは違う、だがユウにとってはどこか馴染みのある紋章が描かれていた。
「そのマーク……黄色の竜ですか?」
「そう。我が家の家紋」
「じゃあ、スキエラ家とは……」
「赤き竜、タイラン家と同じ竜の一族よ。ディアッツ公国における立ち位置も、神凪のタイラン家と大体同じ」
「そうだったんですか……ナナシさんと同じ血脈……」
改めてジュカの顔を見た。見た目は違うが纏う雰囲気はどこか彼の知っている男に似ている気がした。重なって見えたのが、錯覚ではなかったのだと、驚きと不思議な安堵感を覚える。
「タイランとうまくやれていたなら、妹とも仲良くなれるはずよ、きっとね」
それからさらにしばらく歩き続け、裏庭というには深い緑の中へ、そこを突き進んで行くとお目当ての施設にようやくたどり着いた。それはとても古く、近年手を入れられた気配のない小さな家屋だった。
「これは……ボロいですね……」
「昔はここで人がいるような場所でできない研究や特訓をしていたらしいけど、最近は使う人はいないからね」
「そんなところで何をするんですか?校舎ではなく、森に行くって聞いた時点でなんとなく察しがつきますけど」
「あなたが思っている通り、実技テストよ」
「やっぱり……」
ユウは肩を落として、項垂れた。
「テストは嫌い?」
「人に試されることが好きな人がいるんですか?」
「中にはいるんじゃない?資格マニアとか聞くじゃない」
「そういう人とは友達になれる気がしません」
「あたしもよ。この建物の裏に暇と体力をもて余していた生徒に準備してもらったものがあるから移動しましょう」
「……はい」
言われた通り建物の裏に回ると、ベンチプレスの重りのようなものや、お皿らしきものが立て掛けられていた。
「まずこの試験の意図について説明すると、この学校では普段授業の時とは別に、実技の授業の時にだけ特別なクラス分けされるの」
「それはパンフレットで読みました。Aクラス、Bクラスって感じで実力に応じて。てっきり僕は最初は一番下のクラスに入れられて、徐々に昇格して行くもんだと」
「ノンノン。そもそも実力差がある生徒達を混ぜると危険って判断からのクラス分けだから。編入生はきっちり教師が実力を見定めて、適正のクラスに配置するわ」
「なるほど……この後の試験の結果如何ではいきなり最上位のAクラスに入れるわけですね、僕……!」
和やかだったユウの表情がピリッと一瞬で引き締まり、瞳の奥に炎が灯った。
「さっきチンピラとやり合っている時から思っていたけど……見た目に反して我が強いわね」
「やっぱり見ていたんですね。いつから?」
「最初からよ。写真で見た顔が歩いていたから、約束の時間よりかなり早いのに偉いなぁ~なんて思って眺めていたら、あれよあれよと言う間に柄の悪い男達に絡まれて、助けてあげようかとも思ったんだけど、あなたなんかやる気満々だったから、じゃあしばらく見守りましょうか……って」
「そこは問答無用で救援に行くのが教師のあるべき姿なんじゃないですか?」
「かもね。でも無事だったから良かったじゃない。結果良ければ全て良し」
「ええ……」
胸を張ってそう言い張る教師の姿にユウは一抹の不安を覚えた。
「まぁ、あたしも少しだけ悪いと思ってるから出力テストはパスさせてあげるわ」
「出力テスト?」
ジュカはポケットから今度は宝石の付いた指輪を取り出した。
「この無属性のコアストーンを使って、そこにある重りを持ち上げられるかっていうテストなんだけど、あなた自前の石でゴミを大量に浮かした挙げ句、上に乗ってる成人男性ごとマンホールを吹っ飛ばしたでしょ?そんなことできるのは文句なしのAクラスよ!」
ジュカは親指を立てて、ウインクをした。対してユウは……。
「それは素直に嬉しいですけど……」
「けど?」
「今までの話からして、ジュカ先生がめんどうになっただけじゃ……」
彼女の行動が自己利益のためじゃないかと訝しんだ。
「こ、こんな重い物を運んでもらって、あの子達には悪いことしたわね!あの子達にも何かお礼しておかないと!それはそうとして、次いってみよう!」
ジュカはあからさまに慌てると、誤魔化すために手に持っていた指輪をはめて、重りの隣にある皿のようなものを一枚浮かして、空に無軌道に動かした。
「二つ目の試験は精密性を測るテスト。あたしがこのお皿をこんな風に適当に動かすからあなたはそこらへんの石でも飛ばして割って……」
バリン!
「――!!?」
突然ジュカの目の前を何かが横切ったかと思ったら、皿の中心に穴が空き、粉々に砕け散った。
「こんな風にやればいいですか?要は手の込んだ的当てですよね?」
「ええ……その通りよ……!どうやらこれもいきなり最高レベルで良さそうね!!」
ジュカが指輪に念を込めると、残っていた皿が十枚ほどまた浮かび上がり、空を縦横無尽に動き回った。
「この十枚の皿を砕く時間を測るわ。一分以内に全て撃ち落とせれば合格よ」
ポケットからストップウォッチを出すと、ユウにフリフリと揺らしながら見せつけた。
「一分?そんなに必要ないと思いますけど」
「口ではなく力で示しなさい。あたしもあなたもお互いせっかちみたいだから早速行くわよ。カウント3……」
「ふぅ……すぅ……」
ユウは深呼吸をして身体の中の空気を入れ替えた。新鮮な酸素が血液を介して脳に届き、集中力を高める。
「2……1……0!!」
バリバリバリバリバリン!!
カウントが0になると同時に五枚のお皿がほぼ同時に砕けた!破片が降り注ぐ中、残りの五枚はさらに複雑な軌道を描く。
(ちっ!全部同時に割るつもりだったが、半分も残ってしまった!いや……元々ジュカ先生は半分は捨て駒にするつもりだったんだ……!今残っている奴は動きが違う……!)
明らかに今飛んでいる皿は動きも速度も違っていた。ユウはそれらを撃ち落とすためにさらに意識をグローブに填められたコアストーンに集中させる。
「多少速くなったところで!!数で圧倒してやれば!!」
バリ!バリン!バリ!バリン!!
ユウは一枚の皿につき、二つから四つほどの石を挟み撃ちにするように発射して、見事に命中させた。
「残りの一枚!!」
最後の一枚に向かって、今までで一番の速度で石を撃ち出す!しかし……。
「甘い!!」
ジュカが念動力で無理やり方向転換し、躱し……。
「逃がさ……ない!!」
バリン!!
けれどユウもまた石の軌道を変えて、追撃!最後の一枚を真っ二つに割った。
「タイムは!?」
「……7秒ジャスト。文句なしの合格よ」
「やった……」
ストップウォッチの画面に表示された数字を見ると、自然とユウの表情が綻んだが、すぐに顔を振って引き締め直した。
「……個人的には5秒切りたかったんですけどね」
「向上心が高いのはいいけど、素直に喜びなさいよ。10秒切るなんてこの学校どころかこの国の中でもほんの一握りしかいないんだから」
「でも、いることはいるんですよね?ならまだ喜べませんよ。僕の仲間や今まで戦ってきた敵はきっと難なくクリアするでしょうし」
「そう……あなたは高みにいる人達を間近で見てきたのね……」
「はい。その人達に追いつき、追い越すために僕はこの学校の門を叩きました」
「それなら……」
ユウの決意を聞いたジュカもまた覚悟を決めた。指輪を外し、ポケットに仕舞うと胸元からネックレスを出した。それにもまた宝石がついていた。
「最終試験は教師との組み手。当然本来は手加減するんだけど……あなたの想いに応えて、このジュカ・スキエラ、全力でお相手してあげるわ!!」




