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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
後日談
181/324

学校へ行こう!①

 『ストーラ』は人も多く活気ある場所だが、歴史ある建物が並んでいるせいか、不思議と穏やかさを感じる『ディアッツ公国』の首都である。

 そこに他の人とは雰囲気が違う少年が一人……。

「あれ?こっちでいいん……だよね?」

 遥々神凪からやって来た少年、ユウ・メディクは首を手元で広げた観光地図を見ながら、頭を左右に傾げていた。

「今、目の前にあるお店がここだから……うん、合っている。だけど……」

 顔を上げ、周囲を見渡すと、少年は大きな違和感と孤独感に包まれた。

「やっぱり神凪と全然違うからな……不安が拭いきれないのよね」

 小さく「はぁ……」とため息をつくと、再び道なりに歩き始めるユウ。そんな彼のすぐ後ろで聞き耳を立てていた人相の悪い男が三人……。

「聞きましたか?『バリー』の兄貴」

「あぁ、ばっちしな。そうか……あいつ神凪出身か」

 人相の悪い三人組の中でも一際悪人顔をしたリーダーと思わしき男の顔がさらに醜悪に歪んだ。

「行くぞ……!もしかしたら思いがけない上物かもしれない……!」

「「へい!!」」

 今日のターゲットが決まると三人も道に沿って足早に歩き始めた……。

「合っているんだよね?本当に……」

 自分のことをよこしまな目で見ることなど知る訳もないユウは暫く歩いた先で立ち止まり、また首を傾げていた。すると……。

「お困りですか?」

 男達が声をかけて来た。もちろんバリー達である。必死に嘘くさい笑顔を張り付け、人相の悪さをかき消そうとしているが、人によってはそっちの方がよっぽど怖い。

「お困りというか……『スキエラ宝術学校』ってこの道を歩いて行けばいいんですよね?」

 しかし、ユウはちょうど良かったと、物怖じせずに地図を指差し、目的地について尋ねた。

「ほう、スキエラに行きたいのですか……」

 その名前を聞いた瞬間、バリー達の目の色が変わった……よりどす黒く。胸の奥では“こいつは当たり”だと、歓喜している。

 けれど、それを表面上に出さないように必死に抑え込んで、自分が出せる最も優しい声色でユウの問いに答えた。

「ええ、スキエラ宝術学校にはこの道を行けばたどり着きますよ」

「そうですか……良かった、やっぱ合ってたんだ」

「ですが、地元の人はここからあそこに行く時はこの道は使いませんね」

「そうなんですか?」

「はい、路地裏の……少し入り組んでいますが、そちらを通った方が近道なので」

「へぇ~、色んなルートがあるんですね。でも僕は今回は正攻法で行きます。本当にありがとうございました」

 ユウはお辞儀をすると、再び歩き出そうとした……が。

「おっと!」

「待ちなさいよ、少年」

 子分の二人が立ち塞がり、進むことはできなかった。

「……何ですか?」

「「――ッ!?」」

 ようやくただの親切な地元民じゃないと悟ったユウは二人を鋭い目付きで睨み付けた。見た目に反して経験豊富な彼の眼差しの迫力にちんけなチンピラが耐えられるはずもなく、あからさまに狼狽えた。

「まぁまぁ、そう邪険にしないでくださいな」

 一方、さすがというか何というかリーダーのバリーだけはユウのプレッシャーに臆することなく、周りから見えないように彼の背中に“鋭利な何か”を突きつけた。

「わたし達はただあなたを案内したいだけなんですよ」

「……ずいぶんと親切なんですね」

「ええ、ただ目的地に到着した暁にはちょっと親切にした分、お礼をいただけないかないかな……と」

「お礼ね……」

 ユウは眼球だけ動かし、周囲を見回した。今こうしている間にも多くの人が彼らの横を通り過ぎている。老人に子供、たくさんの人が……。

 だとしたら自分の選択肢は一つしかないと、彼は覚悟を決めた。

「では、お言葉に甘えさせてもらいましょう。どうぞ僕を連れて行ってください」

「何とものわかりのいい……それでは案内させていただきます……地獄へね……!」

 バリー達が案内したのは、ユウが行きたかったスキエラ宝術学校では当然なく、ゴミ箱が並んだ暗い路地裏の一角であった。当然、そんな場所に人は彼ら四人しかいない。つまり悪さし放題だ。

「で、ここでお礼とやらをすればいいんですか?」

 後ろに壁、横にはゴミ箱、前には人相の悪い男三人、そんな逃げ場のない絶対絶命の状況にも関わらずユウを腕を組んだ不遜な態度で問いかけた。

「さっきも思ったが……見かけによらず気が強いな」

「こうしてなきゃ生きていけない場所で育ったもんでね。なりたくてなったわけじゃない」

「へぇ、ならこれを機に矯正するといい。強くておっかない人の顔色を伺えるような賢くね」

「「へっへっへっ」」

 バリーはもとより先ほどあんなにびびり散らしていた子分二人も薄ら笑いを浮かべて勝ち誇っていた。

 けれど、ユウという人間は彼らが思う以上に跳ねっ返りのあまのじゃく。何かを探すようにこれ見よがしに頭を左右に振った。

「……何をしている?」

「いや、見当たらないな~と、思って」

「見当たらない?」

「ええ、どこにも強くておっかない人なんていないな……って」

「――ッ!?」

「てめえ!!」

 子分の一人が我慢の限界を迎え、ユウの胸ぐらを掴んだ!

「人が優しくしてやりゃ付け上がりやがって!神凪の人間はみんなそんなのんきなのか?それともスキエラに通うようなボンボンは世間知らずなのか?あぁん!?」

 額が触れ合うほどの距離で凄む子分。普通の人間なら震え上がって許しを乞う場面だがユウは……。

「フフッ……」

 思わず笑ってしまった。

「てめえ……!何がおかしい!?オレの顔を笑ったのか!?」

「違いますよ。ただ僕がボンボンなんて……そう見えているとしたら、ちょっと嬉しいなぁ……って」

「はぁ?」

「父と姉のおかげだな。見てくれだけはマシになったってこと……だけどね」


ゴンッ!!


「――ッ!?」

「……えっ?」

 突然鈍く不快な音が路地裏に響いたと思ったら、胸ぐらを掴んでいた子分の頭が傾き、そのまま膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。

「自分で言うのもなんだけど……あんた達が思ってるより僕は育ちが悪いよ」

「お前……!!」

「おい!大丈夫か!?」

「格闘姫アイム・イラブ直伝の掌底で顎を撃ち抜かれたんだ……しばらくは夢の中だよ」

「うっ!?」

 子分その二は逆にユウに凄まれ、またまたたじろいだ。バリーがいなかったら今すぐ逃げ出していただろう。

「バリーの兄貴……」

「びびってんじゃねぇよ。そこののびている馬鹿と一緒に下がっていろ……おれがこの小生意気な小僧にお仕置きしてやる」

 バリーは懐からナイフを取り出すと、器用にくるくると回した。

「兄貴!わかりました!おもいっきりやってやってください!」

 テンプレートな子分ムーブをかましながら、その二はその一を引きずって、兄貴分の後ろに隠れた。

「大人しく金目のものを差し出していれば、痛い目に合うことはなかったのによ……!」

「安心してください……痛い目に合うのはあんたの方だ……!」

 ユウが構えを取ると、二人の間に緊張感が走り、周囲の空気が張り詰めた。子分その二が思わず唾を飲み込み、喉を鳴らす……それが戦いのゴングになった!

「シャアッ!!」

 先に仕掛けたのはバリー!ナイフで連続して突きを放つ!しかし、ユウは華麗な身のこなしで全て回避する。

「そんな物騒なもの……振り回しちゃダメでしょうが!!」


ガシッ!!


「――ッ!?」

 数回の突きを見ただけで動きを見切ったユウはナイフを持つユウの手首を掴んだ。

「単調なんだよ!」

 そのまま手首をひねりナイフから手を放させようとするが……。

「お前は非力!」

「――ッ!?」

 力任せに振り払われる!腕力ではバリーの方が圧倒的に上だった。

「もらった!!」

 そして体勢を崩されたところに再び突きが放たれる!

「当たるか!!」

 しかし、ユウはそれも難なく躱す。幸か不幸か若くして数々の修羅場を命懸けでくぐり抜けて来たユウのスピードと反射神経、そして精神力はチンピラなど圧倒していた。

「……仕切り直しですね」

 二人は間合いを取って睨み合った。端から見るとここまでは五分五分、ユウ自身もそう思っていた。だがバリーは……。

「くっくっくっ……」

 邪悪な笑みを浮かべる。彼だけは自分が優勢だと思っていた。その余裕綽々な感じがユウには理解できず、そして何より不愉快だった。

「急に笑い出して……格下だと思った奴とまさかの互角だったから、悔しさでおかしくなったんですか?」

「互角?やると思っていたが……そうでもなかったみたいだな」

「……何?」

「服、よく見てみろよ」

「服が一体どうしたと……い!!?」

 思わずユウの目が見開く!服の端がスパッと切れていたのだ!これは彼にとって予想外の、いやあってはいけないこと!

「なんで……!?僕は全ての攻撃を避けたはず……動きもリーチも完全に見切っていたはずなのに……!?」

「リーチ?本当に見切っていたのか?」

「何だと!?」

 煽るために再びくるくると回されているナイフを凝視した。やはり何の変哲もない……。

「……ん?」

 いや、ナイフの先の空気が歪んでいるように見えた。知らない人が見たらただの錯覚だとそのまま見過ごしてしまうところだが、一流の戦士、特に一流の“ストーンソーサラー”はその違和感の正体にすぐに気づくはず。

 つまりユウは理解した……自分の身に何が起こったのか、目の前のチンピラが何者なのかを。

「そうか……風で刃を延長していたのか……」

「正解」

 バリーは服の袖を捲り上げると、腕に宝石の填まった細いブレスレットをしていた。

「ストーンソーサラー……さすがスキエラ宝術学校のお膝元ですね。あなたのようなチンピラまでそうなのか……」

「温室育ちのエリート様達と違って独学だがな。このコアストーンも盗んだものだし」

 バリーは悪びれもせずそう言い放ち、それどころが見せびらかすようにブレスレットを掲げた。

 その行為がユウのスイッチを押した……怒りのスイッチを!

「予想以上の実力、そして予想以上の外道……なら、こっちも手加減する必要はないな」

 ユウは懐から宝石のついたグローブを取り出し、手にはめた。

「ただの観光客の可能性もあると思っていたが……やはり留学生かなんかか」

「世界有数のスキエラでこいつの使い方をもっと学べるなんて、僕なんかにはもったいない幸運だと思っていたけど……」

「残念、現実はそんなに甘くない、学ぶ前にひどい目にあってしまいました、なんて不幸なんでしょ、ぼくちゃん……ってか?」

「いいや……入学前に実戦で学べるとはつくづく僕はラッキーだよ!!」

 ユウがグローブを着けた手を翳すと、近くのゴミ箱の中に入っていた空き缶が一つプカプカと浮かび、そしてバリーにもの凄い勢いで飛んでいった!


ザンッ!!


「それがどうした?」

 しかし、バリーは風の刃を纏わせたナイフで空き缶を一刀両断した。二つになった缶は力を失い、カランと音を鳴らし地面に落ちた。

「……おれもラッキーだよ……この程度でいきがるような雑魚をいためつければいいだけでいいんだから……!そんな念動力、この国じゃ赤ん坊でもできる……」


カンッ!!


「――ぜ!?」

 バリーの視界が跳ね上がり、建物の間から覗く青空を見上げた。額からはじんじんと痛みを感じる。

「……てめえ……!!」

 怒りを滲ませながら、再び視界をユウに向けると、彼の前に空き缶が三つほど浮かんでいた。

「この程度、赤ん坊でもできるなら、避けるのは三歳児でも余裕だろうね」

「その口……二度と開けないようにしてやる!」

「それは怖い……徹底的に抗わせてもらう!!」

 ユウが念じると空き缶はミサイルの如く一つは真っ直ぐ直進、もう二つはその左右から覆い被さるように発射された!しかし……。


ザンッ!ザンッ!ザンッ!


「はっ!数が増えたぐらいで!!」

 バリーは楽々切り捨てた。

「じゃあ、もうちょっと増やしてみようか!」

 だが、ユウも怯むことなくゴミ箱から新たに空き缶と空き瓶をいくつか念動力で取り出し、飛ばす!

「だから!おれには通用しねぇんだよ!!」


ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!


 それもあっさり風の刃で切り払われる。しかし……。

「では、さらに倍……いや、思い切って五倍にしましょうか?」

「――ッ!?」

「マ、マジかよ……!?」

 その光景を見た瞬間、バリーは言葉を失い、子分その二は口をあんぐり開いてわなわなと震えた。

 ゴミ箱の中身……だけではなく、ゴミ箱自身も含めて、少年の周辺にあるもの全てがまるで重力を失ったかの如く浮かび上がったのだ。

「こ、これだけの量をたかが念動力で一斉に操るとはお前は一体……!?」

「これまた自分で言うのはアレですけど……ゴミやスクラップを操るのが、唯一の娯楽だったんで……ね!!」

 ユウが振りかぶった手をバリーに向けて振ると、ゴミは次々と発射された!

「くそぉ!!」


ザンッ!ザンッ!ザンッ!ガンッ!!


「――ぐうっ!?」

 また飛んでくるゴミを切り捨てようと風で刃を延長したナイフを振るうが、ついに捌ききれずにまた額に空き缶が直撃した。たまらずバリーは後退りをする。

 それをユウは何もせずに眺めていた。

「……どういうつもりだ……?」

「ん?なんで追撃できるのにしないのかってことですか?」

「そうだ!オレに情けをかけているつもりか!?」

 プライドを傷つけられ、激昂するバリー!けれどそれはとんだ勘違い。

 ユウはきっちり次の手を、決着の一手を打っている。

「生憎そんなに優しい人間じゃないですよ。ただする必要がないから、しないだけです」

「なんだと!?」

「僕は最初からそこに移動して欲しかったんですよ」

 ユウはチンピラの足下を指差した。恐る恐るバリーは視線を落とすと、そこには……。

「……マンホール?」

「これでチェックメイト」


ドン!!


「……へっ?」

 謎の音と共に足に衝撃が走ったと思ったら、世界は反転した。理解が追いつかないバリーの目の前に正解を教えるようにマンホールの蓋がスローモーションで宙を舞った。

「まさか……マンホールをおれごと念動力で吹っ飛ばしたのか?」

「正解。空き缶なんかに気を取られて僕の意図に気づかなかったあんたの負けだ」

「く、くそおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?」

 バリーは叫びながら、蓋がなくなって開放された穴の中にまっ逆さまに落ちていった……。

「ストーンソーサラーなら、死にはしないだろう。少し下水の音でも聞きながら頭を冷やすんだな」

 そう言いながらユウは指をパチンと鳴らすと浮かんでいたものは全て元の位置に戻った。もちろんマンホールの蓋は穴をばっちり塞いでいる。

「残るは……」

「参りましたぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ユウが先ほどまで子分その二がいた場所に視線を向けると、そこには彼の姿はなく、その遥か遠く先にその一を担いで一目散に逃げている背中が見えた。

「手間が省けたな」

 思わぬ面倒事を処理し終えたユウはグローブを懐にしまうと、代わりにまた地図を取り出し、広げた。

「ボランティアがてら、馬鹿に付き合ったのはいいが……余計に道がわからなくなってしまったな。うーん、どうしよう?」

 眉をひそめ、額を掻く少年。そんな彼の前に救世主が現れる。

「あたしが案内してあげるわ」

「!?」

 ユウの前に現れたのは、ローブを纏った美女。その服には彼が地図に丸印をつけた場所に描かれている紋章がついていた。

「そのマークは……?」

「ええ、これはスキエラ宝術学校の校章。そしてあたしはそこで教師をやっていて、今日あなたと面会することになっていた者よ、ユウ・メディク君」


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