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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nexus
18/324

ジャガン 決着

「……お嬢様……だと!?」

 アイムの頭に血が上っていくのが、アイム自身にも、そして相対するナナシにもわかった。

 ナナシの口から放たれた言葉の弾丸は、どうやら的確に彼女のプライドのど真ん中を撃ち抜いたようだ。

「……なんだよ?気に障ったか?」

 更に煽る。

「っていうか……ご自慢のテクニックとやら見せてくれるんじゃないの?」

 更に更に煽る。

「突っ立ってないで、さっさと、かかって来いよ……お嬢様?」

 更に更に更に煽……。


「黙れよ!バカが!!」


 挑発が終わるか、終わらないかという瞬間、完全にキレたアイムが!ジャガンが!地面が抉れるほど蹴り出し、一目散に突進!戦闘の再開だ!

 その勢いを!そして怒りを!全て商売道具であり、彼女の誇りでもある拳に乗せて、目の前の敵に……いけ好かない男に撃ち込む!

「でやぁ!」

「ふん!」


バリバリバリバリバリッ!!!


「なっ!?」

 しかし、ナナシガリュウの額から伸びる二本の角から放たれる電撃に阻まれる!咄嗟に拳を引っ込め、防御、そして、逆方向に退避。つまり、せっかく近づいたナナシガリュウから自ら離れたのだ。

「な、なんだ、これ……!?こんな攻撃、今まで……」

 これまでプロの格闘家として行ってきた試合には全くなかった攻撃方法にアイムは戸惑い、動きを止める。

(……よかった~、ちゃんと出た……)

 一方『なんか出たサンダー(仮)』がちゃんと出たことに胸を撫で下ろすナナシ。ケニーすら把握していない謎の武装、彼もなんとなくの感覚で使っている。

(……っと!?安心している場合じゃないよな。お次は……)

 気持ちを切り替え、ナナシガリュウは走り出した!ジャガンに向かって!……ではなく、彼女に背を向け、明後日の方向に。

「なっ!?」

予想外の行動にアイムの思考が一瞬止まる。だが、すぐに怒りが頭を、心を塗り潰す!

「これが!敵から尻尾巻いて逃げるのが!戦場のテクニックか!バカにするのもいい加減にしろ!!!」

 静寂に包まれた夜の闇の中、アイムが吼える!偉そうに講釈垂れたくせに、“逃げる”というアイムの中には存在しない選択をしたナナシが許せなかった。

 時に、実戦では逃げが必要なこともある……というよりナナシ的にはこの戦闘は避けられるなら避けたいというのが本音であろう。しかし、プロ格闘家であるアイムには理解できないし、そんなこと関係ない!

「待てっ!」

 ジャガンが再び地面を力いっぱい蹴って、ナナシガリュウの後を追う。スピード自慢と自称したのは伊達ではなく、距離をぐんぐん縮めていく。

「よいしょっと」

「!?」

 ナナシが建物の角を曲がり、ジャガンの視界から姿を消す。当然、それで追跡を撒けるはずもなく、ジャガンも続いて角を曲がる。

「……この、ちょこまかと……!?」


ガクン!!!


「……えっ?」

 いきなり何故か地面が顔に近づいて来る……。アイムにはそう感じたが、客観的に見るとアイムの、ジャガンの方が地面に近づいて行っている。

 わかりやすく言うと“コケた”のだ。

「ぐっ!?」

 腕を使い、なんとか地面とキスすることを回避する。そして直ぐ様、振り返る。こうなってしまった理由を知る為に……。

「――!?なっ!?」

 答えはあまりにも簡単だった。振り返った先にあったのは、縄のようなもの……ガリュウウィップ。これを建物と建物の間に張り、そこに全速力で走って来たジャガンの脚に引っかけた……という訳である。

「くそぉッ!!!」

 罠と呼ぶには陳腐でお粗末、よくて子供のイタズラという代物、そんなものを仕掛けてきたナナシに、そんなものにまんまと引っかかった自分に、激しい怒りが沸き立つ!

「よそ見してていいのかい?」


バンッ!バンッ!


 ナナシガリュウの右手に握られたマグナムから二発の銃弾が、未だ倒れた状態のお嬢様に容赦なく撃ち込まれる!

「――ッ!?」

 ジャガンは腕の力で無理やり飛び起きた!二発の銃弾はターゲットではなく地面に飲み込まれる。

「この……ッ!?」

 反撃に転じようとしたジャガンが目にしたのは、暗闇の中でも目立つ真っ赤な“背中”……ナナシガリュウは追撃をしないで再び一目散に逃げ始めたのだ。

「う…うわぁァぁぁッ!!!」

 悲鳴にも似た声を上げて、ジャガンが追跡を再開する。そして、先ほどと同じように距離をみるみると縮めていく。

 逃げるナナシの方もこれまた同じように建物の角を曲がった。

「――ッ!?……また……」

 ジャガンが陸上選手と見違えるほど美しいフォームで動かしていた足を止め、土煙を上げながら急停止する。さっきの自分の無様な姿が脳裏にフラッシュバックしたのだ。

「また!くだらないことを考えているのか!?」

 大声でナナシに向かって叫ぶアイム!けれども、返事はいつまで経っても返ってこない……当然だ。混乱のあまり戦場はもちろんリングの上でもあり得ない間抜けな行為をしてしまった自分が急に恥ずかしくなる。

 でも、そのおかげと言ったらいいのか、怒りで熱くなっていた頭がクールダウンした。

(落ち着け……熱くなったら負ける。それはリングでも、いや、どこだって一緒だろう。こういう時は深呼吸だ……)

 一息吐いて更に心を落ち着かせる。

「よしッ!」

 ゆっくりと自身の覚悟を確かめるように一歩一歩、ナナシガリュウが消えた場所に近づいていく……。

「……くっ!」

 建物の角の直前で足が止まった。今の彼女にはこの何の変哲もない角を曲がるには、地獄の釜に飛び込むような確固たる強い意志と覚悟が必要だった。

「……なにを迷っているんだ!わたしは!こんな角を曲がるぐらい!!」

 自らを奮い立たせアイムは意を決して、どこにでもあるような建物の角に突っ込んだ!

「……いない!?」

 曲がった先にはナナシはいなかった。足下を見ても鞭も張られていない。あるのはよく分からない“光る球”……アイムは知る由もないが、それは“爆弾”。

 ガリュウグローブで作ったエネルギーボムだ!


カッ!!!ドゴォォオーーン!!!


「ぐっ!?」

 眩い光が一瞬で周囲を包んだと思ったら、爆音と熱風がジャガンを襲う!……が、警戒してしていたおかげか、格闘家として培った経験則と反射神経の為せる技か、瞬時に防御体勢を取り、後ろに退避することに成功した。しかし……。

「――ッ!?……なにが……あっ!?」

「ガリュウッ!ハン!マァー!!」

 退避した先で待ち構えていたナナシガリュウが全力、全体重を乗せたハンマーをジャガンに躊躇なく振り下ろす!

「このぉッ!」

 ジャガンはこれまた驚異的な反応でハンマーの柄を掴み、それを軸に回転、ナナシの上を取る!そして、そのまま踵を落とす!

「ちいっ!?なんつう反応だ!?」

 ナナシの目の前を踵が通過する。彼もまたなんとかその攻撃を回避したのだ。

 両者、攻撃に失敗したと判断すると、仕切り直しだと、またお互い距離を取って、正面から睨み合う。

 いつぶりだろうか……いや、ほんの少し前のことだが、お互いの顔を見たのがずいぶん前のことのように感じた……。

「……さすがというか、なんというか……言うだけのことはある……」

 今の一連の攻撃で終わらせるつもりだったナナシは、自分の予想を上回る敵のしぶとさに呆れる……と同時に感心、尊敬の念すら抱いた。

「お前……!」

 片やアイムはさらに沸々と怒りが沸き上がっている。目の前の軽薄そうな男も、そいつにいいようにされている自分自身も許せなかった。

「こんな!こんな卑怯な真似して!恥ずかしくないのか!?」

 激情に任せてアイムはナナシを激しく非難する。それをナナシは、やれやれといった感じで黙って聞いていた。ひとえにその方が時間を稼げると思ったから。

「答えろ!どういうつもりだ!これがお前の言う“戦場のテクニック”だって言うのか!?こんなことが!!」

 更にアイムは非難を強める!ナナシはまたスルーするつもりだったが、彼女の気迫に当てられたのか、めんどくさそうにぶっきらぼうに、そして若干の苛立ちを込めて答えた。

「……あぁ、そうだよ……なにがなんでも勝つ……!そういうもんだろ?実戦ってヤツは……!」

 徐々に言葉の表面に感情が現れ始める……。

「そもそも俺はスポーツ選手じゃねぇし、ましてや“正義の味方”なんてもんじゃ、断じてない……!!」

 ボルテージが一言ごとに上がっていく!

「もっと言やぁ、なんでこうなっているのかも!こうしてあんたと戦っているのかも!わかっちゃいない!!」

「……くっ!?」

 ナナシの迫力にアイムは気圧された。まるで全身から熱が発せられているような……そんな威圧感を紅き竜は纏い、さらに勢いを増していく!

「卑怯?どの口が言ってんだ!寄ってたかって、ジジイ二人誘拐するような奴らにだけは、言われたかねぇんだよ!!」

「……なっ!?」

 完全なる正論。考えてみれば、自身のやっていることの方が人の道に反している。彼女の闘志の炎が小さくなっていく。

 だが、しかし!それでもアイムにも引けない理由がある!

「わッ、わたしだって…こんな…こと……」

「こんなことって……じゃあ、お前はなんで奴らの味方をしているんだ?」

 今度は逆にナナシがアイムに問いかける。よくよく考えたら何でプロの格闘家なんかがテロリストの一味に加わっているのか不思議だった。

 そして彼の問いにアイムは迷ったが、重い口を開くことした。

「……わたしは……わたしは孤児だ……」

 勘違いして欲しくないのだが、彼女の口を重くしていたのは孤児であることではない。コンプレックスにも思っていないし、隠してもいない。事実、ナナシはそのことについて既に知っていた。

「……確か……ネットだか、テレビだかでそんなこと言っていたな……」

「あぁ……同じ境遇の子供たちを勇気付けるために、色々なところで口にしている……」

「余計わからないな。立派な志を持っているのに……何で?」

「 教会が……わたしの育った孤児院が突然、取り壊されることになった………」

「それは……悲しいことだと思う。同情もする。だとしても!……ん?……まさか!?」

 自らの意見を口にしていると、ナナシの心に一人の男の名前が浮かんだ。この事件の中心にいる男の名が……。

「……ハザマか……?」

 その名前を聞いたアイムが力強く頷く。

「……そうだ……奴は私腹を肥やすために……それだけのために!今もそこで平和に暮らす子供たちから、居場所を奪おうとしている!……それが……それが大統領のすることか!?」

 泣き出しそうな声でアイムが訴える。今まで押し止めていた感情がついに溢れ出してしまったのだ。そして彼女の必死な思いをナナシもしっかり受け止めた。

「……わかった。その孤児院のことは親父に頼んでやる!だからさ……もうやめようぜ?」

 嘘偽りのない心からの彼女のことを思っての言葉だった。だからこそ駄目だったのかもしれない。

 残念ながらその言葉はアイムの闘志に再び火を着けてしまった。

「……親父……だと!お前のような……ボンボンに!わたしの気持ちがわかるものかぁ!!」

「違う!俺は別に……!」

 ナナシには勿論そんなつもりはなかった。しかし、アイムには名門タイラン家のご子息が、親の顔も知らない哀れな女に情けをかけたと取られてしまった。

 怒りが彼女の心を支配し、ナナシの弁明は見えない壁に遮断され、届かない。

「いくぞ!今度こそ決着を着けてやる!!」

 戦士としてのプライドを踏みにじられ、人間としてのコンプレックスを刺激され、アイムは最早暴走状態……完全に我を忘れていた!

 このまま行けば両者、ただでは済まない……が、そうはならなかった。


バンッ!


「――ッ!?」

 突如、鳴り響く一発の銃声。そして、夜の闇を切り裂く一つの閃光がジャガンの左脚を貫いた。

「なっ、なにが……!?」

 一気に頭から血の気が引いていく。倒れながら目の前に立つナナシガリュウを観察するが、なにかしたような気配はない。そこからの攻撃じゃない。そうだったら頭に血が上っているアイムでも対応できる。そもそも左側から攻撃を受けた感覚がある。

 だから、左を向く。そこには……。


「くぅ~、かなり威力抑えたはずなんだけどなぁ~」


 筋肉質で大柄な男……アイムは知るはずもないが、ナナシの仲間であるケニーがガリュウマグナムを持っていた。ジャガンから逃げている間にナナシが通信で呼び寄せていたのだ。なんのために?当然、今、やったように不意打ちをさせるためにだ。

 状況を理解したアイムが今日一番の怒りと憎悪を込めて吼える!

「お前ッ!!!」

 ナナシは頭、正確にはガリュウのメットを掻きながら、ばつが悪そうに答える。

「……だから……俺は正義の味方じゃないんだよ。まぁ……さすがに、これは……卑怯だとは思うけど……」

 申し訳なさそうにそう言うと、仮面越しにジャガンの、アイムの目を真っ直ぐ見つめ、再び諭す。

「もう、やめだ!その脚じゃ戦えないだろ!?そもそも俺たちが戦う必要なんてないだろ!?」

「お前になくても、わたしには……!」

 必死の説得、だが、またしてもアイムには届かない。戦うために身体を震わせながら立ち上がろうとする。

「ちっ……!やるしかねぇのかよ!」


ドォンッ!!!


「ガハッ!?」

「えっ……?」

 再びの銃声……ナナシガリュウの目の前でジャガンの腹部が貫かれ、黄色の装甲が消えていく。そして、生身となったアイムが鮮血を流しながら地面に倒れた。

「ケニーッ!?」

 ナナシが怒りを込めた咆哮を上げながらケニーの方を向く。彼が焦った結果だと思ったからだ。

「……えっ?」

 しかし、ケニーは状況を理解できず、呆然としている。彼じゃない!

「……違う!……あっちかっ!?」

 アイムから見て右側、ナナシからは左の建物の屋上、そこに夜の闇を拒絶するような、白と金色の装甲、背中の左側から翼の生えた神々しいピースプレイヤーが立っていた。

「あいつ!?……でもない……!?」

 その白と金のピースプレイヤーは腕を組んでいて何かした様子はない。更に凝視すると隣にもう一つ人影があることに気づく。

「……あれは……ネームレス!?いや、……違う……!!」

 夜の闇に溶け込む漆黒のボディー、それを覆うマント、一瞬、ネームレスガリュウかと勘違いするのも無理はない。

 頭部には前に突き出た角が一本だけ、目はガリュウと同じく二つ、しかし、それは血走ったように真っ赤だった。背中には身の丈ほどある刀を背負い、その手にはこれまた長いライフルが握られている。

 その銃口からは発砲した証拠を示す白い煙が天に向かって昇っていた。


「助っ人参上!……ん?…もしかして……なんかまずかったか?」


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