出張②
「やっぱじめじめも嫌だな」
洞窟の中をキョロキョロと見回し、汗を拭いながらカツミは呟いた。
「貴様、さっきは乾燥しているよりはマシと言ってなかったか?」
「いや、いざこうしているとな……人間ってのはわがままで適当ってことさ」
「勝手に人類代表ヅラするな。かなりイレギュラーの部類だろ、貴様は」
「人よりちょっと力持ちなだけで、感覚的には一般人と変わらないと思うんだがな」
「貴様のような頭が一般になったら、この世は終わりだよ。少なくとも私は終わる……このままだと脳みそがショートしそうだ。とっととラメガエスを狩ってしまおう」
先頭を歩いていたカオルは歩みを早めた。
「おいおい!待ちなさいよ!シゲミツとタマエちゃんのことも考えろ!なぁ?」
「ボク達は大丈夫ですよ」
「です」
後方で長大な箱を担いでいるエーラットとハンラットを纏う部下達を慮るが、二人は必要ないと親指を立てた。
「だそうだ」
「お前達がそう言うなら……」
「はい、気にしないでください。カツミさんは自分のコンディションだけ気にしていればいいんです。あなたしかラメガエスと戦える人はいないんですから」
「それはわかっているが……シゲミツ、前に使っていたエーラット、いまだに持ち続けていたんだな」
「ええ、特級でしかも実験的な装備の多いヤーマッツは不確定要素の塊ですから、今までこいつ出番がなかったのが、不思議なくらいですよ」
そう言うと、身に纏う長い付き合いの相棒を優しく撫でた。
「乱気の地の話を聞いた時、正直お前を連れて来たことを失敗したかと思ったが……そんなことなかったな」
「失敗も何もカツミさん名指しの依頼なんて、誰が一緒でもこうやって荷物持ちするぐらいしかできませんよ」
「仮にヤーマッツを使えても、ラメガエスは無理か?」
「無理でしょうね。そもそもコンセプトとして対ピースプレイヤーのマシン、オリジンズ戦、ましてや大型の奴と戦うことは想定されてないですから」
「それを言うなら、俺のエビシュリもそうなんだがな」
「中身の圧倒的なスペックでどうにでもなるでしょ?」
「買いかぶり過ぎだ。花山もそう思っているからそいつを持たしてくれたんだろ」
「あなたしか扱えない兵器をね」
「これ、カツミさんにしか使えないんですか?」
後ろのタマエが話に割って入って質問してきた。実は自分が何を運ばされているのか気になって仕方なかったのだ。
「あぁ、あくまでデータ上では神凪ではカツミさんともう二人ぐらいしか使えないんじゃないかってことになっている……あくまでデータではね。実戦では使ったことないからどうなるか……」
「じゃあできれば使用したくないですね」
「うん……ボクはそう思っているんだけど……」
「えっ?いいじゃん!いいじゃん!おもしろそうだから使ってみようぜ!!」
「当の本人は妙にノリノリなんだよね」
シゲミツは仮面の奥で深いため息をついた。
「話は終わったか?」
「カオル隊長?一区切りついたと思いますが……」
「じゃあ、ちょうど良かった……到着だ」
一行はドーム状の開けた空間に出た。洞窟の中で最も広い場所……巨大な獣が生活できる場所に。
「ここにリク・ラメガエスの幼体が……」
「見当たらないぞ?」
カツミは目の上に手を翳して、この空間を隅々まで観察したがお目当ての巨獣は見つけられなかった。正確には見てはいるけど、それが生物だと認識できてないだけだ。
「あそこにある岩がラメガエスだ」
「ん?あの黒い?」
「そうだ」
カオルが指差した方を見ると、他のものとは異質な岩があった。カツミは目を細めて凝視するが……。
「なんか小さくない?つーか平べったい」
岩は地面を覆うように歪な楕円形をしていて、大きさ子供一人分といったところだ。それと記憶の中の動画で見たラメガエスが結びつかない。
「カツミさん」
「シゲミツ、どうした?お前もおかしいと思ったのか?」
「いえ、テントでボク、リク・ラメガエスの生態について話しましたよね?」
「あれだろ……爆発する体液を発射するって」
「戦闘に直結することはしっかり覚えているんですね……でも、今言いたいのは地中に潜るってことですよ」
「ん?じゃああれ、潜っているラメガエスの甲羅の先だけが出てるってことか?」
「「イエス」」
カオルとシゲミツははからずも声を重ねて肯定した。
「なんだ、そういうことか……それなら早く出て来て欲しいな……!!」
「――ッ!?」
(こ、これがカツミ・サカガミ……!)
(ようやくスイッチが入ったか……!)
戦闘態勢に移行したカツミの全身からプレッシャーが迸った!シゲミツとタマエは思わず後退りしてしまい、カオルは口角を上げた。
そしてリク・ラメガエスは……。
「ガメェ……!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
洞窟が揺れた!カツミの気に当てられたラメガエスが目覚め、地上に出ようとしているのだ!
「来るか……!お前達!!」
「わかってます!適当な岩の陰に隠れているんで、おもいっきりやってください!!」
「おう!」
「任せたぞ、カツミ……!」
「任された!カオル!!」
三人は言った通り、近くの大きな岩の陰へと姿を隠した。一人残ったカツミは……。
「さぁ……存分に暴れようか!エビルシュリンプ!!」
愛機の名を高らかに叫ぶ!首に下げられていたタグが光の粒子に、そして光の粒子が機械鎧に変わり、一瞬のうちに全身に装着された!
エビルシュリンプ!パント荒地の洞窟に降臨!
「ガメエェェェェェェェェッ!!」
時を同じくして、リク・ラメガエスも地上に姿を現した!映像と違わぬ巨体から放たれる地響きのような咆哮!カツミから発せられる不愉快な威圧感に大変ご立腹の様子!
「やる気満々だな……そうでなくちゃな!!」
エビシュリは走り出したと思ったら、洞窟の天井近くまで跳躍した!
「カツミさんすごい……すごいけど、上からは甲羅に……」
その行動にタマエは感心すると同時に違和感を覚えた。
「あえてだよ」
「あえて?」
「あの馬鹿は硬いから無駄だと言われても、自分で一度試してみないと気が済まない……それがカツミ・サカガミという男なんだよ」
一方、部下のシゲミツと長い付き合いのカオルはそれを彼らしいと苦笑いした。
「さて!“国際硬すぎて加工なんてムリムリ素材”とは……どれほどのものか!!」
そんなこととは露知らずエビシュリは拳を引いて、渾身の一撃を放つ準備に入る!しかし……。
「ガメエェェェェェェェェッ!!」
ビシュ!ビシュ!ビシュ!!
空中のエビシュリに向かって、目頭から体液を発射する!それは空気に触れると情報通り……。
ドゴオォォォォォォォォォォォォォン!!
大爆発を起こした!天井付近に一瞬で黒煙が充満し、再び洞窟が激しく揺れる!
「カツミさん!!?」
思わず叫ぶタマエ。対してやっぱり苦笑したまんまのシゲミツとカオル。
「さっき自分の口で説明したのに、実物を前に興奮して抜け落ちたな」
「それかこれも受けてみたいと思ったのか」
「どちらにしても……」
「ええ……問題なかったみたいです」
「びっくりしたな!もう!!」
「ガメェ!?」
エビシュリが黒煙から、拳を振りかぶった姿勢のまま飛び出してきた!装甲には傷一つついていない!そしてそのままラメガエスの甲羅の上に落下して……。
「ウオラァァッ!!」
重力と全体重を乗せた渾身の一撃を放つ!
カアァァァァァァァァァン!!
洞窟内に金属同士がぶつかったような甲高い音が響き渡った。その少し後にこだましたのは……。
「……うん。無理だな、これは」
甲羅の上で攻撃の失敗をあっけらかんと告白するカツミの声だった。
「実際どんなもんかと思ったが……ひび一つ入る気がしない。つーか痛い、痺れた」
痛みと痺れを追い出すように殴った手をブンブンと振る。
「ガメエェェェェェェェェッ!!」
「うおっ!?」
おれの上で反省会をするなとラメガエスは癇癪を起こし暴れる。たまらずエビシュリは地面に放り出された。
「降りて欲しいなら、そう言ってくれればいいのに」
「ガメエェェェェェェェェッ!!」
ビシュ!ビシュ!ドゴ!ドゴオォン!!
お前にやるのはこれだけだと、再び目頭から体液を発射!先ほどよりは大きくないが爆音が響き渡り、命中した地面が抉れ、岩が砕け散った。
「一発の威力よりも連射を重視してきたか……だけど、その程度じゃ俺には当たらないよ」
けれど、その重厚な見た目に反して軽やかで素早く動くエビシュリを捉えることはできず。ただひたすらクレーターを量産するだけだ。
カツミはそれを眺めながら、思考を巡らせた。
(セオリー通りなら、このまま回避するなり、防御するなりして接近、あの硬くてびくともしない甲羅以外のところを攻撃するんだが……それじゃあつまらないよな!!)
今、考えたことが正解だとカツミ自身も重々承知していた。だが、彼の戦士としてのプライドと向上心、そして子供のような好奇心がそれを許してくれなかった。
「俺は俺の意志と感情に従う!俺が今やりたいのは……これだ!!」
エビシュリは再び大きく跳躍した。




