出張①
『パント荒地』……その名の通り、荒れ果て、何もない土地。オリジンズがわずかに暮らしているだけのここに訪れるのは極一部の物好きだけだった。しかし、ここ数日何かに引き寄せられるように、人間達が集まって来ていた。
そして今また神凪から一台の大型ヘリが到着した。
「……資料通り、何にもないね」
それがヘリからパント荒地に降り、ローターの風に髪を靡かせながら呟いたハザマ親衛隊の一人、シゲミツの第一声だった。
「わざわざご足労ありがとうございます!」
そんな彼の側に揃いの制服を着た女の集団がやって来た。先頭のショートカットの女性が代表して挨拶する。
「出迎えかい?」
「はい!」
「えーと……」
「自分は『タマエ』っす!神凪AOF鱗で働かせてもらってます」
「タマエさんね……覚えた。よろしく頼むよ」
「はい!よろしくお願いします!」
タマエは勢いよく頭を下げた。元気なのはいいが、こうして直接話すのはしんどいタイプだなと、シゲミツは内心思ってしまった。
「えーと……それでタマエさん、今日お呼ばれされたのは……」
「詳しい話は隊長に。今から案内しますので、あなたの上司と一緒について来てください」
「了解した。というわけでそろそろ降りて来てくださいよ、カツミさん!」
「うむ……」
「――ッ!?」
部下に呼ばれ、ヘリから神凪屈指の偉丈夫、ハザマ親衛隊筆頭カツミ・サカガミがどこか不機嫌そうな顔をして出てきた。その全身から放たれるプレッシャーにタマエを始め、鱗の女子隊員達は気圧されてしまう。
「さすがの迫力ですね……!こんなに緊張したのはうちの隊長に初めて会った時以来ですよ……!」
そう言いながら、額から頬に流れ落ちた汗を拭った。
「いつもはもうちょっと柔和なんだけどね……」
「もしや……自分達何か失礼をしてしまいましたか?」
恐る恐る問いかけると、シゲミツは半笑いで首と手を横に振って否定した。
「違う違う!この場所の問題」
「場所?パント荒地がお気に召さない……と?」
「俺、乾燥してる場所嫌いなんだよ」
「……えっ?乾燥?」
予想外のカツミの答えにタマエは思わず言葉をそのまま返してしまった。
「資料で見た時から乾燥してそうだなぁ~って思ってたけど、案の定だな。なんか喉がいがらっぽいし、身体がちょっと痒い」
そう言いながらカツミは袖の上から二の腕をボリボリと掻いた。
「はぁ……色々と敏感なんですね……」
「五感が他の人より鋭敏なのは間違いないね。一方で性格は基本的にめちゃくちゃ大雑把なんですけど」
「そうか?自分では結構神経質な方だと思うんだが……」
シゲミツの発言に納得いってない様子のカツミは顔をしかめ、首を傾げた。
「乾燥が嫌なら獣ヶ原も大概でしたよ。でもあなたその時は気にしなかったでしょ?」
「だってあの時はすぐに戦闘になると思ったから……」
「あぁ……戦いに集中すると、些細なことは気にならなくなるんですね!だからあれだけの活躍を……敵の撃破数、イザナギを除くと最多だったんですよね?」
改めて目の前にいる男の凄さを再認識して、タマエは目を輝かせた。しかし……。
「そうじゃないんだよ、タマエさん。カツミ・サカガミという男は」
人差し指をチッチッと揺らして、本人より先にシゲミツは否定した。
「えっ?じゃあもっと単純にピースプレイヤーをつけているから、気にならないとかいう理由ですか?」
「スケールが違うよ、スケールが」
「スケール?」
「カツミさん」
「戦闘になるってことは俺がエビシュリで敵を潰して、辺りを血まみれにするってことだろ?それで湿気が賄える」
「ええ……」
信じ難い答えにドン引きするタマエとその部下達。一気にこの男が今回の任務の命運を握っていることが不安になる。その気持ちをシゲミツは痛いほど察した。
「そうなるよね。ボクも最初はそうだった」
「どうやって慣れたんですか?」
「自然にね。人間の適応能力って凄いもんさ。まぁ、君達の場合はそんなことしなくても、すぐにおさらばだけどね」
「そうですね……カツミさんのためにも自分達のためにも早く仕事を終わらせましょう。隊長のところに案内します」
踵を返すと、近くに停めてある車の下に歩いて……。
「ちょっと待って!」
歩いて行こうとしたら、シゲミツに呼び止められた。タマエは再び反転して、彼の方を向き直す。
「何か?」
「実は花山重工から餞別として新開発した武器を預かっているんだ。実際は体のいい実験台代わりにしようと思っているんだろうけどさ。とにかく荷台に入ってる」
シゲミツは親指で背後のヘリを指差した。
「それを運べばいいんですね」
「うん、頼むよ。結構大きいからピースプレイヤー持ち複数じゃないと大変だよ」
「わかりました。お前達」
「「「はっ!!」」」
タマエに命じられると部下達が小走りでヘリの中に入って行った。それを見送るとタマエは再び踵を軸にターンする。
「では、今度こそ……」
「会いに行きましょうか」
「神凪AOF鱗の女隊長、『カオル・オダギリ』の下へ」
車に乗り込み、十五分ほど行ったところに鱗の野営地はあった。休憩中らしくテントの前で女性隊員達がレーションを食べながら談笑していた。その前をタマエに連れられ、カツミとシゲミツは通り過ぎる。
「本当に女性ばかりなんですね」
「鱗は前身の部隊がそういうコンセプトでしたから。一応時代の流れで男性も少ないけど所属していますけど、基本は後方支援で、こうやって前線に出るのは女だけ……それが今のカオル隊長の方針です」
「男なんて頼りない……からですか?」
「違います。そんなしょうもない差別や意地の張り方をする人じゃないですよ、隊長は」
「じゃあ、何で?」
「風紀が乱れるのを嫌ったんです。任務中に色恋沙汰や、子供ができたとか、そういうことになったらめんどうだからって」
「なるほど。純粋に男が、というより異性がいない方が円滑に効率的に部隊運営ができるという考えの持ち主なのですね」
「ええ。自分としては異性がいないことでのデメリットとかもあると思いますが……」
「意見を聞いてくれない?」
「“自分の我を通したいなら、隊長になってやれ。鱗はそういう部隊で、私は実際にそうした”……って」
「厳しい人ですね」
「ですね。でも、自分に対しても厳しい人ですから、文句を言う人はいないです。本当は今回も部隊外の人間の力なんて……ここからは本人から」
野営地の最奥にある一際大きなテントの前でタマエは立ち止まった。
「ここですか?」
「はい。どうぞ中にお入りに」
「それでは……」
「失礼する」
タマエが入口を開けると、二人は一瞥してテントの中に入って行った。
「来たな……カツミ」
テントは遮光素材で作られていたようで、太陽光が外から入らない代わりに、大きなランプが天井から吊るされて内部を照らしていた。その下に長机が四つ正方形に並べられていて、その中心にプロジェクターが置かれている。
そして奥の机のど真ん中に腕を組んだ堂々とした女性が座っていた。
「久しぶりだな、カオル」
「貴様と思い出話に花を咲かせるつもりはない」
「相変わらずせっかちだな」
「私を責める前にまともに会話ができるように努力しろ」
「ん?会話できてるだろ、俺?」
「そう思っているのは貴様だけだ。周りはいつも貴様の言葉に右往左往して、疲れ果てている」
「そうか?」
首を傾げながら、椅子に座るカツミの後ろでタマエとシゲミツが激しく首を縦に動かした。
「というわけで早速だが、本題に入るぞ」
カオルは傍らに置いてあった二つのリモコンを操作し、電気を消し、プロジェクターを起動させる。暗くなったテントの中に巨大なディスプレイが出現し、そこに映像が映し出された。暗くゴツゴツとした岩場の映像が。
「これは洞窟か?じめじめしてそうで、これはこれで嫌だな。でも乾燥しているここよりはマシか?」
「そういうところだぞ、カツミ。急に訳のわからないことを言うな」
「いや、俺が言いたいのは……」
「説明しなくていい。それは私の仕事だ」
「その通りです、カツミさん。カオルさんの話と映像に集中してください」
「むう……シゲミツがそう言うなら……」
部下に宥められ、反論を飲み込んで空中のディスプレイを見上げた。本当に大きい子供なのだなと、彼の逞しい背中を見つめながら、タマエは密かに思った。
「で、この映像はなんなんだ?」
「慌てるな。そろそろ出て来るはずだ」
「今回のターゲットか?」
「今回のターゲットだ」
ちょうどカオルが言葉を言い終わると同時に、それは画面の中に姿を現した。重厚な甲羅を持った四足歩行の巨大な獣が。
「これは『リク・ラメガエス』ですか?」
「よく知っているな、シゲミツくん」
「甲羅が“国際硬すぎて加工なんてムリムリ素材”に認定されていますよね?昔、ちょっと調べたことがあって」
「ラメなんちゃらは知らんが、国際硬すぎなんちゃらは俺も聞いたことがある。確か……めちゃくちゃ硬いんだろ?」
「いい大人が集まって、馬鹿みたいな名前をつけおってと、呆れ返っていたが、貴様が理解できるならその名前で正解だったんだろうな」
「褒めるなよ」
「褒めてない」
「そうなのか?」
「……シゲミツくん、他にリク・ラメガエスについて知っていることは?」
(隊長が諦めた……)
「えーと……うろ覚えですけど、リクなんてついているけど、基本は地中深くに潜って地上には滅多に出て来ない。だから大体見つかる時は土砂崩れや土木工事中に死体が掘り起こされる場合が多い。あとは……あぁ、空気に触れると爆発する体液を発射するんですよね?」
「要点は押さえてあるな」
「けれどボクの記憶ではもう一回りか二回り小さかったはずですけど……」
シゲミツは両手で丸を作り、それをギュッギュッと押し込むようなジェスチャーを見せた。
「君の記憶は間違っていない。画面のリク・ラメガエスは“幼体”……子供だ」
「……子供の方が大きいんですか?」
「あぁ、ここからまるで身体を凝縮するように小さくなっていき、その分甲羅以外の部分も強固な鱗に覆われることになる……と、推測されている」
「推測……まだデータが足りないんですね」
「あぁ、幼体の映像が取れたのは、世界的に見てもこれで五件目。死体として見つかったのは二体だけだ」
「だからどうしても手に入れたい……と?」
「そういうことだ。鼻の効く奴らが集まり始めている。一秒でも早く、こいつを仕留めて神凪に移送したい。そのために貴様に来てもらったわけだ、カツミ」
カオルが真剣な眼差しで見つめると、対照的にカツミは訝しむような表情を見せた。
「納得いかないか?」
「あぁ、オリジンズ相手なら俺より同じAOFの隊長、牙のテッドや爪の『リブス』に頼んだ方がいいんじゃないか?」
「あいつらにぃ?はっ!冗談!!」
カオルは眉と口を“へ”の字に曲げ、端正な顔を大きく歪めて、不快感を露にした。
「そこまで嫌か?」
「嫌だね!あんな脳みそ胃袋と脳みそ筋肉!」
「個人的にお前があいつらにどんな感情を抱こうが構わないが、組織の長として、プロフェッショナルとして、それはどうかと思うぞ」
「……貴様、変なところだけちゃんとしているな……なんかムカつく」
まさかの正論で諭されて、カオルの顔は今度は悔しさで口を尖らせた。
「わかったら、今からでもあいつらに応援を頼んだらどうだ?」
「あまり私を馬鹿にするな。言われなくとも、あいつらに頼んだ方が成功率が上がるなら、最初からそうしている。わざわざ貴様を呼んだのは、今回の任務は貴様がその二人よりも適任……というより、貴様以外では無理だからだ」
「そうなのか?」
「そうなのだ。このラメガエスがいる洞窟は“乱気の地”なんだよ」
「なるほど!乱気の地なら、カツミさんじゃないとダメですね……」
「ん?シゲミツ、その乱気なんとかも知っているのか?」
カツミは肩越しに部下に問いかけると、彼は力強く頷いた。
「これもたまたま……ボクが特級ピースプレイヤー使いだから知っていました」
「特級ピースプレイヤーと関係があるのか?」
「カツミさん、“龍穴”って知ってますか?」
「それは覚えている。前にお前が話してくれた奴だ。確かその場所では特級ピースプレイヤーやストーンソーサラーがパワーアップするんだろ?」
「はい、その通りです。原理としては地下に眠る特級オリジンズの死骸やコアストーンが長い間をかけて、その上に住む人々の感情を溜め込んだ結果、感情や意志を操る特級ピースプレイヤーやストーンソーサラーに影響を与えると言われています」
「そうだった、そうだった。で、それがどうしたんだ?」
「その逆の現象が起きるのが、“乱気の地”です。原理的には龍穴と同じはずなんですが、そこでは何故か心の力を物理的エネルギーに変換することがうまくできなくなると。ですよね、カオル隊長?」
シゲミツが確認のため、カオルの方を向くと、彼女もまた首を縦に振った。
「完璧な説明だ、シゲミツくん。奴の根城では特級ピースプレイヤーと完全適合できない。できるならばそもそも私が『香魔太夫』で戦えばいいだけの話だ」
「そういうことだったのか。てっきりケガや病気、もしくは相性が悪すぎるから俺に頼んだのかと……でも、それなら同じ特級使いのリブスはともかくエヴォリストのテッドに頼めば良かったんじゃないか?」
「テッドの能力は?」
「巨大化」
「このラメガエスがいる所は?」
「洞窟」
「存分に力を発揮できると思うか?」
「あぁ!なるほどね!!」
合点がいったと、カツミは胸の前で手のひらをパンと叩いた。一方、カオルは話していて不安になったのか、困ったように額を掻いた。
「それぐらい説明しなくとも、最初に候補から外して欲しかったな」
「考えてみれば洞窟って聞いた時点でテッドは“無し”だな。そこまで考えてなかった」
「まったく……貴様という奴は……まぁ、今のでこの任務の目的と、貴様が呼ばれた理由がわかったな?」
「俺のエビシュリは上級ピースプレイヤー!乱気の地だろうが、なんだろうが問題ない。お望み通りラメガエスとやらを仕留めてやるよ」
「頼もしいことで。では、今日はゆっくり休んで、明日の朝に出発しよう」
「いや、善は急げだ……今から行こう」
カツミは勢いよく立ち上がると、カオルに背を向けた。
「……本気で言っているのか?」
「本気も本気さ。話を聞いているうちにラメガエスに興味が出て来たし、花山重工から預かった武器も試してみたいし、それに何より……」
「何より……?」
「乾燥しているここから早くおさらばしたい」
カツミは肩越しにカオルを見ながら、首筋を掻いた。




