盗賊退治②
瓦礫の山と化した集落から、徒歩で二時間ほど離れた場所にその原因となった頭巾を被った大男はいた。
鬱蒼と生い茂った木々の奥の少しだけ開けた場所に、崖を背もたれにしながら焚き火の前に鎮座しており、まるで背中から生えているようにいくつもの武器を背負い、傍らには集落から奪ったものが詰められたと思われるパンパンに膨らんだ袋が置いてある。
その憮然とした姿を見た瞬間、憤怒と好奇心が威圧感となって蓮雲の全身から放出された。
「食事を分けて欲しいなら、残念だがもう全て拙僧の腹の中だ」
「それは本当に残念至極……では、代わりに腹ごなしに軽く運動しないか?」
「ヒヒン……!」
そう言って、蓮雲は黒嵐から旅支度の入った袋を投げ落とした。
「あの集落の者か?」
「まぁ、そんなもんだ」
「どうりで……血の気が多い……!」
「ヒヒン……!」
「フッ……お前もだろ……!」
大男も立ち上がると、全身からプレッシャーを迸らせた。張り詰めた空気の中、男に一睨みされただけで、蓮雲と黒嵐は油断できない相手だと認識し、気持ちを引き締めた。
「お主は奴らよりは強そうだが……」
「強そうじゃなく、おれは強い」
「物怖じもせず、そんなことをよく言えるものだ」
「事実を語るのに、何を恐れることがあるか!」
「ふむ……ならば拙僧も事実を語ろう……お主よりもこの『タケクラ』は強いぞ!!」
「それは妄想とか勘違いと呼ぶんだ!この蓮雲が貴様ごときに遅れは取るはずがない!!」
「意見は食い違うなら!」
「どちらが真実か証明しなければいけないな!!」
「では!」
「あぁ!!」
「「どちらが正しいか、その身体に教えてやる!!」」
「ヒヒン!!」
蓮雲は黒嵐の腹を蹴り、タケクラは自らの足でお互いに向かって走り出した!そして……。
「来い!『ベンケイ』!!」
タケクラの首にかけられた数珠が光を放ち、彼の巨体を包み込む!その光が消えると装備していた武器はそのままに白い装甲に覆われたピースプレイヤーが出現していた!
「項燕!!」
負けじと蓮雲のピアスからも光が放たれる!こちらも一瞬で銀と紫の鎧を身に纏った武将が出現した!そして流れるような動きで右手に召喚した槍を思い切り引く……力を溜めるために。
その力が解放される先は!狙いは当然!目の前の盗賊だ!
「この一撃で……終わりだ!!」
「終わるものかよ!!」
ブゥン!!
「ちっ!?」
「ふん!その程度か、ちんうん?」
「蓮雲だ!!」
黒嵐の突進力を合わせた突きはあっさりと回避されてしまった。しかもあまつさえ挑発までされてしまう。苛立ちながらも項燕は黒嵐を反転させ、第二撃の態勢に移行する。しかし……。
「今度こそ!!」
ブゥン!!
「無駄だ!ちんうん!!」
「だから蓮雲だって言っているだろうが!」
また躱されてしまう……先ほどよりもギリギリで。もちろん力を見せつけるために敢えてだ。行動でも言葉でも煽られながら、懲りずに項燕はまたまたUターン。第三撃を繰り出すための助走に入る。
「バカの一つ覚えが……もう少しやると思っていたんだがな……」
向かって来る項燕を見据えながら、タケクラは仮面の下で思わずため息をついた。期待を下回る蓮雲に心底がっかりしたようだった。
「知らないのか!三度目の正直という言葉を!!」
「それを言うなら、二度あることは三度あるという言葉を知らないのか、そなたは?」
「知っているさ!だが、今の状況には相応しくない!!」
「言葉だけならなんとでも言える!!」
「行動で示すさ!!」
項燕は再び槍を引いた。それを見てベンケイは回避運動に入る。
「速度も角度も全て把握した!!目を瞑っていても、その攻撃は避けられ……」
ガリィン!!
「――ッ!?」
一瞬で槍が巨大化したと思ったら、ベンケイの肩の装甲を抉っていた!タケクラの長年の経験が染み込んだ身体が無意識に反応しなければ、肩を貫かれ、勝負は決していた。
「ほう……よく避けたな。今ので決めるつもりだったんだが」
「貴様……!先の二撃はこの一撃のための撒き餌……拙僧の油断を誘うために手加減していたのか!蓮雲!!」
「やっぱり名前……覚えているじゃないか!!」
「ヒヒン!!」
「――何!?」
主人の心を察した黒嵐が今までよりも速く反転!さらに超加速を見せる!
「喰らえ!!」
「この……!!」
もう油断はしないとベンケイは身構える!けれど……。
「はっ!!」
「――ッ!?」
突きを避けたと思ったら、槍が急停止!そして鞭のようにしなりながら横に薙ぎ払われた!!
バシィン!!
「――ぐあっ!!?」
横っ腹をおもいっきりはたかれたベンケイはその巨体を宙に浮かし、吹っ飛んだ!だが、すぐに体勢を立て直し着地、遠ざかる黒嵐とそれに跨がる項燕の背中を睨みつけた。
(第一印象は拙僧に負けない恵まれた体格と、全身に迸る覇気、絵に描いたような才気溢れる若武者。しかしその言動からその力に驕り、精神面では未熟……そこに付け入る隙があると思っていたが……大きな間違いだった!)
こちらに追撃を加えに向かって来る項燕を見据えながら、タケクラはさらに胸の奥で猛省を続ける。
(あいつは拙僧の想像以上に強かで冷静だ……体格も同等、マシンの性能も攻撃を受けた感じではほぼほぼ同じだろう。そして精神的にも、拙僧は経験で上回っているが、奴には若さ故の勢いがあり、そこまでの差は出ない。ならば勝負を決めるのは手札の数と、それをどちらより有効に活用できるかだ!)
蓮雲への認識を改めたベンケイは数ある武器の中から手斧と熊手を手に取った。
「まずは……そのマウから引き離させてもらう!『廻来の鉞』!!」
真っ直ぐとこちらに向かって来る敵に手斧を投げつけた!高速回転しながら、項燕の頭に襲いかかる斧!けれども……。
「だからどうした?」
項燕は頭をほんの少しだけ傾け、いとも簡単に回避した。
「それこそ目を瞑っても避けられるぞ」
「言っていろ!お次は……『連斬の熊手』!!」
漆黒の闇に飲み込まれていった手斧のことなど一切気にする素振りなど見せずに、ベンケイは黒嵐の通過ルートから横っ飛びで離れながら、熊手を上に乗っている項燕に対して振るった。
ブゥン!
「もう一度言わせてもらう……だからどうした?」
しかし、これもあっさりと回避。熊手は空振りした……ように見えた。
「拙僧の何をしたかったのかは……すぐにわかるさ」
「な……」
ガァン!!
「――にッ!?」
「ヒヒン!?」
突如として衝撃が項燕を襲い、耐えられずに黒嵐の背中から転げ落ちた!
「くっ!?今のは!?」
二回ほど地面を転がると、項燕は立ち上がり、追撃に備えるために身構える!しかし、ベンケイは何もせずにぼーっと突っ立っているだけだった。
「貴様……!」
「連斬の熊手は振ると、その軌跡にあわせて少し遅れて衝撃波が発生するんだ。それで回避のタイミングをずらして、相手にダメージを与えられる。中々便利なアーティファクトだ。そうは思わんか?」
「おれが訊きたいのは、そんなことではない……なぜ、無防備になったおれに続けて攻撃をしてこない……!」
舐められていると感じた蓮雲は怒り心頭の様子。しかし、タケクラは決して彼を侮っているわけではない。その証拠に……。
「何を言っている?拙僧はすでに追撃を終えているだろうが」
「何を……」
「ヒヒン!!」
ドンッ!!
「――ッ!?黒嵐!?」
戻って来た黒嵐が力任せに項燕を突き飛ばした!空中で相棒の理解できない行動に戸惑う蓮雲。しかし、すぐにその優しさに溢れた真意を知ることになる。目の前に広がる信じ難い光景によって……。
ザシュウッ!!
「――ヒヒ!?」
「な、なんだと!?」
黒嵐を先ほどベンケイが投げて、どこかへと消えたはずの手斧が切り裂いた!それは鮮血を撒き散らしながら、飛んで行き、主の手元に戻っていった。
「廻来の鉞は投げた者の手に必ず戻って来る。斧というよりブーメランだな」
「そうか……おれの背後を……!」
「そうだ。お主の背に突き刺してやろうと思ったが、邪魔が入った。まぁ、足を潰せたから結果オーライだな」
「貴様……!!」
槍を握る手に自然と力が入った。身体を焦がす激情に任せて、相棒の仕返しに飛び出したいところだったが、ぐっと堪える。まずはその相棒の安否を確認することが大事だ。
(黒嵐……)
「ヒヒ……」
(息はある……出血は多いが、致命的な傷ではなさそうだな……ならば……!)
横目で黒嵐の無事を確認すると、再びベンケイに視線を移す。すると……。
「安心するにはまだ早いんじゃないか?」
「――ッ!?」
新たに刺股を手にしたベンケイがこちらにそれを向けていた。
「また何かする気か!?」
「もうしているよ」
ぐんっ!!
「――!!?身体が……動かない!?」
刺股の先から逃れようと全身に力を込めたが、まるで自分の身体ではなくなってしまったかのように一歩も動かなかった。
「この『静止の刺股』を向けられた者はコンマ数秒の間だけ、指一本でさえも動くことができなくなる。連続でこの能力を使うことはできないが……拙僧には十分過ぎる!!」
ガッ!!
「――ッ!?」
ベンケイは静止の刺股を構えたまま突進!身体の自由を奪われた項燕を先端の金具で押し込んで行く!
ドォン!!
「――ぐはっ!?」
そしてそのまま崖と挟み込み、完全に捕らえた!
「万事休すだな、蓮雲?」
「ふざけるな……!」
「残念だがこれは“事実”だ……『削力の鋸』!!」
ベンケイは背中から抜いた鋸を勢いよく、項燕の脳天に撃ち下ろした!




