盗賊退治①
日が傾き世界がオレンジ色に染まった頃、とある人気のない峠道を大きな矛を背負った大きな青年が、大きな荷物を乗っけた大きな黒いオリジンズに跨がって進んでいた。
武者修行中の蓮雲と愛マウの黒嵐である。
「そろそろ日が落ちる。一晩過ごす場所を見つけないとな」
「ヒヒン」
「あぁ、このままだと今日も野宿だ」
「ヒヒン」
「自分はオリジンズだから構わないけど、人間であるおれはちゃんと屋根のあるところに泊まった方がいいって?本当に優しいな、お前は」
蓮雲は艶のある肌触りの良い黒い毛に覆われた首筋をそっと撫でて、感謝の気持ちを伝えた。他の人にはただの嘶きにしか聞こえないが、長年ともに過ごして来た蓮雲には黒嵐が何を言いたいのか、一言一句間違うことなく理解できる……と、思っていたのだが……。
「ヒヒン!」
「ん?気遣いだけで言っているんじゃないって?」
「ヒヒン!!」
「万全の状態で挑まないと、あの技は完成させられないか……手厳しいな」
実はお説教だったとわかると、蓮雲は思わず苦笑いを浮かべた。
「今日は散々だったもんな……全然うまくいかなかった……!」
愛マウの首筋にあった手を、背負った巨大な矛に移動させ、柄を強く握る。すると、周囲に爽やかな風が吹いた。
「この豪風覇山刀の全てをおれはまだ引き出せていない……!こいつの力を使いこなせれば、放てるはずなんだ……天使を超える神速の一太刀!鬼と竜を屠る必殺の一撃が……!」
頭の中でかつて辛酸を舐めさせられた強敵達の顔を浮かべると、風がどんどんと強まっていった。
「ヒヒン!!」
「――ッ!?悪い悪い……つい感情的になってしまった」
一喝され、現実世界に戻って来た蓮雲は矛から手を離して、再び黒嵐を撫でた。今度は謝罪のためにだ。
「こういうところが駄目なんだろうな……もっと冷静にならないと……」
「ヒヒン」
「卑屈になり過ぎるのも良くないって?確かに感情を力に変えるアーティファクトを使うんだから、感情を抑え過ぎても力を出せなくなるか……」
「ヒヒン」
「あぁ、難しいな。だが、だからこそやりがいがある。おれは必ず習得してみせる!誰にも負けない必殺技を!」
「ヒヒン!!」
その意気だと、声を張り上げて黒嵐は嘶いた。さらに主人の溢れ出す闘志が背中から伝わり、自然と足が速まる。足早に峠道のカーブを駆けていく。
「おいおい……気合が入ったのはいいが、別に急ぐ必要なんてないぞ?無駄に疲れるだけだ」
「ヒヒン……」
主人に軽く手綱を引かれ、自分もまだまだだなと反省しながら、足を緩め……ようとしたその時!
「……ヒヒン!?」
「うおっ!?どうした黒嵐!?」
カーブを曲がり切った直後に黒嵐は減速するどころか、加速した!ただちょっとスピードを上げただけでなく、一気に最高速までだ!
彼の上にいる蓮雲は振り落とされないように手綱を力一杯握り締め、この理解不能な行動を問い詰める!
「黒嵐!ストップ!急に一体なんなんだ!!」
「ヒヒン!!」
「前を見ろって!?今はオリジンズに乗る時の基礎のおさらいをしている場合じゃない!」
「ヒ!ヒン!!」
「そうじゃないだと!?だからなんなんだ!?」
「ヒヒヒン!!」
だから前を見ろと言っているだろうと、半ギレで応える漆黒のオリジンズ。蓮雲はその怒気に気圧され、しぶしぶ前を向く。
「そんなに怒らなくても……前を見ればいいんだな?」
「ヒヒン!」
「了解しました……よ」
いつの間にか主従が逆転した蓮雲は愛マウの指示に従い、前方に視線を向け、目を凝らした。
「別に前に何も……ん?なんだあの煙は……?」
かなり先にある場所から黒い煙が立ち上っているのが見えた。結構な量の黒煙が……。
「飯の準備……ってわけなさそうだな……!」
「ヒヒン!」
「これは確かに……足早にもなるな!このまま全速であの煙の源まで走るぞ!黒嵐!!」
「ヒヒン!!」
目的意識を一つにした黒きオリジンズと一人の人間はさらに速度を上げた。その凄まじいスピードはまさに吹き荒れる黒い嵐のようだった。
「これは……ひどいな……」
煙の発生源に到着した蓮雲は言葉を失った。
そこはどうやら小さな集落だったようである。かろうじてそう思えるのは、わずかに住居の原型を保っている建物が残っているから……。今はまさに壊滅状態で、ぱっと見は蓮雲の感想通りスクラップ場にしか見えないひどい有り様であった。
「普通に考えたら地震でも起きたのかと思うが……」
「ヒヒン」
「あぁ……これだけの被害が出る揺れならおれ達も感じとっているはず。それに……」
蓮雲は切断された柱に視線をやった。へし折られたではなく、斬られた柱に。
「あの断面……間違いなく刃物によるものだ」
「ヒヒン?」
「野生のオリジンズには鋭い爪や牙を持つものも多いから、その可能性も……か?」
「ヒヒン!」
黒嵐は大きく頭を縦に動かすと、蓮雲は逆に横に振った。
「いや、あれは人間の手によるものだよ」
「ヒヒン?」
「ん?ここにはオリジンズの匂いが残ってないからだ。その代わりあの切り口から強い意志と闘気の残り香を感じる。人間がやったんだ……とびきり強い人間がな」
高揚して鼓動が速まる。まだ見ぬ強豪の姿を夢想し、それと戦う自分をイメージすると蓮雲は思わず身震いしてしまう。言うまでもなく武者震いだ。
「ヒヒン!」
「あぁ、戦いたい!最近は訓練ばかり……たまに腹を満たすために小型のオリジンズを狩るだけの生活!一瞬も気を抜けないあの実戦の空気を久しぶりに味わいたいと思っていたところだ!」
「ヒヒン……」
鼻息を荒くする主人に心底呆れる。それに今までも、そしてこれからも付き合うつもりでいる自分に対しても。
「ヒヒン」
「だな。そうと決まれば、まずは情報収集……おれ達に敵意はない!そろそろ出てくればどうだ?」
「……バレていたか……」
蓮雲の呼びかけに応じ、瓦礫の陰からぞろぞろと屈強そうな男たちが出てきた。その中でも年長者と思われる白い髪と髭の男が代表として、一人と一匹の前に立った。
「お前がこの集落の長か?」
「ええ……そういうことになっている」
「まぁ、お前らのことなどおれにとってはどうでもいい。ここで何があった?誰がやった?」
「誰と訊かれても……わかりません。きっと盗賊の類いなのでしょうが、突然現れた頭巾を被り、首に大きな数珠をぶら下げ、身体中に武器を装備した大男が突然やって来て……」
「武器だと?」
「はい……なんとなくですが……あなた様が背負っているそれに雰囲気のよく似たものをいくつも」
「ほう……!」
「――ッ!?」
リーダーの説明を聞いていたら、自然と口角が上がってしまう。それはまるで面白い悪戯を思いついた子供のように無邪気で、凶悪な笑みだった。
得体の知れない迫力を感じ、集落の住民達は思わず狼狽え、後退りしてしまう。
「ヒヒン!」
空気が悪くなるのを感じたのか、黒嵐は身体を揺らして、主人を諌めた。
「おっと……おれとしたことがまた……悪かったな、ビビらせてしまって」
「いえ……別にそれは構わないのですが……」
「皆まで言うな。おれはバカだが、この後の展開は予想がつく。おれにこの集落を滅茶苦茶にした頭巾の大男を退治して欲しいって依頼だろ?」
「その通りです。わたし達はここで自給自足の質素な生活をしていただけなのに……あいつはピースプレイヤーを装着し、身につけていた武器を使い……!」
「オレ達のわずかに持っている金目のものをぶん奪った挙げ句!」
「家までこんなにしやがって!!」
「くうぅ……!!」
「お前達……」
どうしようもない悔しさに耐えるようにギリギリと歯を食い縛る年長者の男と、怒りを爆発させる他の者達の姿を見下ろしていると、蓮雲の中に闘争心だけではない、別の感情が湧き上がってきた。
「平穏を望み、静かに暮らしている人々を踏みにじる不埒な輩は、平和を祈る者と名付けられたPeacePrayerを纏う者として、そして神凪のネクサスの一員として見逃せん!必ずその盗賊を退治し、奪われたものを取り返してやる!!」
蓮雲は任せておけと言わんばかりに、張った胸を力強く叩いた。
「平和をもて遊ぶ者、PeacePlayerはこの蓮雲と愛機項燕、愛刀豪風覇山刀、そして黒嵐が断罪する……!!」
「ヒヒン!!」




