再興のために③
木々の奥に広がる漆黒の闇に光が二つ浮かんでいた。それがこちらを睨む先ほどまでパソコンの画面越しに見ていた超生物の目だと気づくと、思わず身がすくんだ。
「ギルルゥゥゥゥゥッ……!!」
続いて地鳴りのような重低音の唸り声が響いた。怒りを堪えているようなその声が耳に入ると、背を向けて逃げたくなった。
だが、シルルとロエルは強制的に呼び起こされた生物としての根元的な恐怖を戦士としての誇りと使命感、そして人間的な欲望で無理矢理塗り潰して、山小屋から少し離れたところで踏みとどまった。
「暗くて見えないけど、威圧感はビンビンに感じるね……!」
「気配だけで昼間の奴らとは違うと理解できる……!分類的には同種なのだろうが、生き物としてのレベルが遥かに上だ……!」
もう絞り切ったと思っていた汗が頬から地面に流れ落ち、ぴちょんと小さな音を鳴らした。
それがはからずも戦いの合図となった。
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
「「!!?」」
木を薙ぎ倒しながら、それはついに全貌を現した!実物は映像で見たよりも大きく獰猛な印象を二人に与えた。そしてその猛々しい巨獣が四本の足をどたばたと動かし、不格好だが凄まじいスピードで突っ込んで来た!
「ロエル!」
「わかってますよ!体力もマシンのエネルギーも限界が近い……短期決戦で決めるしかないんでしょ!!」
「あぁ!ワタシ達の生き残る方法はな!!」
「やるしかないなら、やってやろうよ!ロエルギリュウ!!」
「ワタシに力を……!シルルギリュウ!!」
二人はついさっき休ませたばかりの愛機を叩き起こし、その身に纏った。
「ギル!?ギルルゥゥゥゥッ!!」
ビシャアァァァァァァァッ!!
目の前で起こった変化に、怯んだのか進化カゲートは速度を緩め、代わりに口から溶解液を吐いた!しかしそれも通常のものとは段違い。まるで豪雨のように獣のおぞましい体液が二匹の竜に降り注いだ。
「だから!!」
「汚いんだよ!それ!!」
しかし二人は冷静に左右に散開し、回避する。代わりに洗礼を受けることになった地面はジュウジュウと音を立て、真っ白い煙が霧のように周囲に立ち込めた。
(嫌悪感は相変わらずだけど昼間の奴とは量も質も別物だね……!)
(あの威力ならギリュウの装甲もいとも簡単に溶かしてしまうだろうな……)
「だったら!!」
「ならば!!」
示し合わせたかのように二体のギリュウはそれぞれ武器を召喚した。そして……。
「遠くから射ぬかせてもらう!食らえ!!」
ビシュッ!ビシュッ!ビシュッ!!
シルル機は弓を立て続けに撃つ!先ほどのお返しにと進化カゲートに光の矢が降り注ぐ!
ギィン!ギィン!ギィン!!
「ギルルゥゥ?」
けれど、より刺々しく、そして強固になった鱗にあっさり弾かれてしまう!だが、それも想定内、シルルの目的はこちらに獣の注意を集めること……それには成功した!
「ナイス!ボス!!」
ガシャン!!
「ギル?」
その一瞬の隙にロエルギリュウが鎖を進化カゲートの腕に巻き付けた!
「お前らの鱗が硬いのは、嫌というほど知っている……そしてそこに覆われていない部分はそうでもないことも!!」
ロエルは残った力を全て振り絞って、鎖鎌を引っ張った!
「ひっくり返りやがれぇぇぇっ!!」
グンッ!
「――ッ!?」
「ギルルゥゥゥゥゥッ……!」
しかし進化カゲートはびくともしなかった。それどころか……。
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
ブオン!!バギン!!
「――ぐはっ!!?」
逆に力任せに引っ張り、投げ飛ばし、ロエルは木に叩きつけられた!衝撃に耐えられずに折れる木とロエルギリュウの装甲が砕ける不快な音が闇夜に響き渡る。
「ロエル!!く……」
「ギルル」
「――そ!?」
部下の安否を気にした刹那、文字通りあっという間に進化カゲートはシルルギリュウの目と鼻の先まで迫って来た。
「こいつ!!」
ならばとシルルは弓についている接近戦用の刃を頭に突き立ててやろうと、振り下ろす!
「ギルル!!」
ザクッ!!
「――何!?」
しかし刃が貫いたのは無抵抗な土、進化カゲートは後ろ足二本で立ち上がり、攻撃を躱したのだった!
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
そしてカウンターの爪攻撃!だが……。
ブゥン!!
「残念……立ち技の方が対処しやすいよ……!」
シルルがしゃがんだことによって、爪は何もない空間を通過しただけになってしまった。
「力を手に入れて背伸びしたくなる気持ちはわからなくもないが、お前は……地面を這いつくばっているのが似合っている!」
回避運動からシームレスに攻撃へ。地面に弧を描き、足払いを敢行する!しかし……。
「ギルルゥ!」
ぴょん!!
「なっ!?」
進化カゲートが跳躍!足払いを縄跳びの要領で回避する!さらにそれだけでは飽き足らず……。
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
自分にもできると言わんばかりに空中を勢いよく反転!シルルギリュウの視界が太い尻尾に覆われた。
「くっ!!」
バギィン!!
「――ッ!?」
咄嗟に弓でガードを試みるが、尻尾に触れた瞬間、飴細工のように簡単に砕け散り、役に立たなかった。直撃を受けた灰色の竜は全身に亀裂を入れ、破片を撒き散らしながら、吹っ飛んでいった。
「ぐ、ぐうぅ……!!」
逆に地べたに転がることになったシルルギリュウ。追撃を避けるために、慌てて起き上がろうとするが……。
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
「――!?」
ドン!!
「野郎!!」
進化カゲートはすでにボディープレスを繰り出していた!ギリュウはこれも無様に地面に転がって避ける。しかし……。
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
ガンッ!!
「こいつ!?」
仰向けになったところに覆い被さって来た!なんとか腕を掴み、押し潰されることは回避したが……。
「ギルルゥゥゥゥゥッ……!!」
ジュウ!!
「くっ!?」
下品に開いた口から滴り落ちる溶解液によって、マスクが溶かされていく。獣の巨大な頭と腕、そして装甲を溶かしている証である白い煙……シルルの視界には絶望の光景が広がった。
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
「鳴くな、喚くな……!涎が落ちるだろうが……!!」
「ギルル!!」
「……そうかい……そんなにワタシをお前の体液まみれにしたいのか……!最低な性癖だな……!!」
虚勢を張りながら、ぷるぷると震える自身の腕越しにロエルが飛んでいった方向に視線をやる。けれども彼の姿は見当たらなかった。
(ここから見えないだけか?それとも逃げたか?まぁ、不利になったらすぐに撤退の判断できるところを褒めてしまったからな……文句は言えんか……)
救世主が颯爽と現れて自分を助けてくれるという淡い希望を捨てると、再び自分を見下ろしている獣の顔を睨む。先ほどよりも明らかに近づいていた。
「ギルルゥゥゥゥゥッ!!」
「これ以上は……もたないか……!?我に打つ手なし……!!」
敗北を悟り、全身から力を抜く、そうすれば押し潰され、現世から旅立つことになる……と、シルルは思っていたが。
(グノスの再興は任せたぞ、みんな……)
ジャララ!!
「――ギッ!?」
「……何?」
突如として眼前にあった進化カゲートの顔が離れ、その太い腕からも力がなくなった。何事かと思って目に意識を集中すると獣の首には鎖が巻かれていた。
「早く逃げろ!ボス!!」
「ロエル!?」
進化カゲートの背に逃げたと思っていた部下の姿を確認する。雲がかかる月をバックに必死に鎖鎌を引っ張り、獣の首にそれを食い込ませていた。




