再興のために②
「……あった……!」
目の前にある現実を噛みしめるようにロエルは小さく、だが力強く呟いた。
すっかり辺りは暗くなり、オオカゲートの血にまみれ疲れに疲れていた二匹の竜だったが、ようやく目的地に到着したのだ。
「情報通り……外からは何の変哲もない山小屋にしか見えないな……」
木のない開けた空間の真ん中にぽつんと立つ一軒家を大木の陰に隠れながら、シルルギリュウはカメラをズームさせてまじまじと観察した。
「でも中には最新鋭の機械が詰まっているんでしょ?」
「あぁ……正確に言うと、地下にな」
「ふーん……じゃあ上はただのロッジと同じ作り?」
「……それは今確認するほど大事なことなのか?」
シルルは山小屋から視線を外し、木にもたれかかって腕を組んでいるロエルを怪訝そうな顔で睨んだ。
「別に大事ってわけじゃないけど……シャワーとかお風呂とかついていたらいいなって思って」
「こんなところ、こんな状況でひとっ風呂浴びたいのか?」
「浴びたいね。汗だくで気持ち悪くない?」
ロエルギリュウはⅤとかかれた胸の装甲を人差し指でコンコンとタップした。
「……気持ちは痛いほどわかるが、我慢しろ。そんな時間はない。一秒でも早くヤルダ宮殿に博士を連れ帰らなければ……」
「いやいや!仮にあのロッジにゲスナー博士がいたとして、非戦闘員を連れて真夜中の森を抜けるのは危険でしょ?居なかったとしても、休息して万全の状態じゃないと、次にオオカゲートの群れに遭遇したら……ねぇ?」
そう言うと木から背を離し、シルルギリュウの顔を覗き込んだ。
「……先ほどのミスといい、どうやら焦りで頭が正常に機能していないようだな、ワタシは」
シルルは自分がまともな判断力を失っていると素直に認める。そしてそれを少しでも取り戻すために頭をブンブンと振った。
「ふぅ……」
「すっきりした?」
「多少はな。お前の言う通り、ゲスナーの居る居ないに関わらず、今晩はあそこで一泊だな」
「博士がいて抵抗してきた場合はもう一戦しなければいけないけどね」
「確か最後に確認された画像にはボディーガード四名とP.P.ドロイドの二体を警護に連れていた」
「その程度なら……ボク達二人で制圧できるか……」
「それができると思っているから二人っきりで来たんだ。無理だと思うならもっと人手を集めて来るさ」
「仰る通りで」
「わかったなら、さっさと行こうか……!」
「うん……って、ええ!?」
特に警戒する素振りも見せずにシルルギリュウは木々の隙間から飛び出し、山小屋に向かって歩き出した。ロエルギリュウは慌ててそれについていく。
「ちょっとちょっと!そんな堂々としていいの!?」
「最新鋭の機械が詰まっているって、お前が言っていただろ」
「言ったけど!それが何よ!?」
「ならばこちらの動きもすでに感づかれているさ」
「……隠れたところで無駄ってわけね。でもだからといってもう少し警戒した方が……」
「いや、ワタシの推測……かなり希望的観測だが、それが正しければ歓迎してくれるはずさ」
「はぁ?」
「お前に言われて気づいた。オオカゲートがいることはわかっていたが、あれだけ群れで連携を取るとは事前には聞いていなかった」
「それは……そうだね」
「ならばワタシ達がそうだったように、ゲスナー一行も予想外だったんじゃないか?それでもなんとか山小屋までたどり着くことはできたが……」
「森から出られなくなったってこと?間抜け過ぎない、それ?」
『このわしを間抜け呼ばわりとは、無礼な奴め』
「「!!?」」
山小屋からしわがれた老人の声が聞こえた。正確には老人の声をスピーカーで拡声した声が。
それを耳にした瞬間、二体のギリュウは足を止め、構えを取り、またまた臨戦態勢に入る。
「とりあえずここは“当たり”だったね」
「だが、お前の不用意な言葉で怒らしてしまったようだぞ?」
『馬鹿を言うな。ただの皮肉だ。わしはそんなことを気にする小物じゃない。それに自慢じゃないが今まで散々もっとひどいこと言われて来た』
「大変でしたね……なんて同情してもらいたいの?」
『そんなもんいらんから、早く入れ。夜が明けるまでそこでくっちゃべっているつもりか?』
「……って、仰ってますけど……?」
ロエルは横目で上司にお伺いを立てた。
「……歓迎してくれると言ってくれるならば、お言葉に甘えようじゃないか」
「まっ、うじうじ悩んでいても仕方ないか……」
「ワタシが先に行く。その後を正確にトレースしろ」
「さすがに地雷は仕掛けてないと思うけど……」
「念のためだ」
指示に従いシルルギリュウの足跡を少し遅れて、ロエルギリュウが踏んで行く。そのまま特に何も起こらずにドアの前につくことができた。
「……開けるぞ?」
「どうぞどうぞ。ボクの方はすぐに逃げる準備ができていますから」
「本当……頼りになるよ、お前は!」
ガチャン!
「……ん?」
覚悟を決めてシルルはドアノブを捻ったが、扉は開かなかった。
「おっ、悪い悪い!鍵を開けてなかったわ!」
扉越しにしわがれた声が聞こえたと思ったら、どたばたと足音が近づいて来た。
ガチャリ!
「ほれ、入れ入れ」
そして骨と皮しかないような細い白衣を着た老人によって、ようやく扉は開かれる。
「……なんか格好つけたのに、残念でしたね」
「そう思うならほっといてくれ……」
ロエルは苦笑いを浮かべながら、シルルは項垂れながら、山小屋の中に入った。
「ここが秘密の隠れ家か……」
小屋の中は外から見た時と同じく特に変わったところは見当たらなかった……たった一つを除いて。
「どうじゃ?中々いいじゃろ?」
「うん……かなり上等な小屋だね。机の上にどデカい銃が置いてなければ、なお良かったよ」
部屋の中央にある机はお情けで端っこにノートパソコンの存在が認められている以外は、無骨で非日常の象徴としか形容できない巨大な銃に占拠されていた。その異様な存在感は嫌でも来客者の視線を集めてしまう。
「これは『サンバレランチャー』じゃ」
「サンバレ?」
「サンシャイン・バレットの略じゃ」
「ナナシガリュウの必殺技のあれ?」
「あぁ、あの片手で持てる拳銃から放たれる高威力、広範囲の攻撃を再現しようと思ったんじゃが……やはり完全適合した特級ピースプレイヤーの模倣など簡単にはできないな。これだけの大きさに巨大化して尚、威力も足りないし、チャージは長いし、おまけに一発撃てばお釈迦になってしまう」
「つまり失敗作ってことね」
「辛辣だな……」
「でも事実でしょ?」
「だからタチが悪いと言っておるんじゃよ……」
ゲスナー博士はどうしたものかと広い額をペチッと叩くと、自身の発明品を優しく撫でた。
「……そんなことはどうでもいい」
話をぶった切り、シルルギリュウがゲスナーの眼前まで接近し、上から血を彷彿とさせる真っ赤な眼で見下ろした。
「ご同行願いますか、ゲスナー博士?」
「そのつもりだから招き入れたんじゃよ、シルル」
「……ワタシの名を?」
「自分の発明品を使う奴の名前は覚えているさ」
ゲスナーは握れば簡単に折れそうな小枝と錯覚するほどの細い指で、慈しむようにシルルギリュウのⅣの文字をなぞった。
「……いや、ボク達が話しているのを聞いていただけだよね?」
「……バレたか」
「研究開発中は熱心だが、完成したものには興味を失う人物だと聞いている」
「その通りじゃ。ギリュウにはもう興味はない。お前らの名前を知っているのは……こいつのおかげだ」
ゲスナーが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく八本の足を持った小型メカが、彼の肩に降りて来た。
「こいつを何体か森の中に放っている。で、こいつのカメラ映像はリアルタイムでこのパソコンに」
指をシルルギリュウからパソコンに動かし、キーボードをタップすると、オオカゲートの死骸の山がディスプレイに映し出された。言うまでもなく二体の竜の激闘の証である。
「盗撮が趣味なんて見損ないましたよ、博士」
「最初から尊敬なんてしてないだろうに。というか、圧力が凄いからギリュウを脱げ」
「そう言われてあっさり武装を解除するほど信用もしていない」
「わしが武器を隠し持っていると思っているのか?ならストリップでもしてやろうか?」
「生憎そんな趣味はないよ」
「そもそもワタシ達が警戒しているのは、あなたのお付きの者達です。一体どこに……?」
「白々しい……ここにいないということは……」
「やはり……死んだのか?」
「イエス」
ゲスナーは踵を返し、部屋の片隅に置いてある上にコップが置いてある冷蔵庫に向かって歩き出した。
「作り置きだがコーヒーを出してやるから飲め」
「ずいぶんと偉そうだね……」
「偉いんだよ、わしは。天才だからな」
「ワタシには驕り高ぶった老害にしか見えないが?」
「ならその老害からのアドバイスだ。自分はもちろんマシンも労ってやれ」
「ギリュウを?」
「あれだけの戦いをしたなら、損傷もエネルギーの消耗だって無視できないレベルだろ?少しでもいいから待機状態にして回復しておけ」
シルルとロエルは仮面の裏に映し出されたディスプレイの機体情報を確認した。ゲスナーの指摘通り、エネルギーは満タンから四割程度まで減っていた。
「ロエル」
「へいへい……ここは先人を尊重しましょうかね」
目配せをすると、二人は同時にギリュウを脱ぐと、近くにあった椅子に腰をかけた。そこにコップにアイスコーヒーを注いだゲスナーが戻って来る。
「ほれ」
「どうも……」
コーヒーを受け取るが、すぐに口は運ばず波打つ黒い水面をロエルはまじまじと見つめ続けた。
「一応言っておくが、毒なんて入っていないぞ。わしの命運はお前らにかかっているんじゃからな。そんな愚かな真似はせん」
「そうは言われても……」
「信用して欲しいなら、これまでの話を……ワタシ達を招き入れた理由を教えてくれませんか?」
「まったく……最近の奴はせっかちじゃのう」
文句を言いながら、ゲスナーも椅子に座り、机の上のノートパソコンを弄り、動画を再生した……ゲスナー博士と彼を取り囲むボディーガードが歩く映像が。
「これを見てもらえればわかる。わしがこのタウンタの森に入った時の映像じゃ」
「カメラマンも同行していたのか?」
「P.P.ドロイドのカメラで撮った映像じゃ。これもこのパソコンにリアルタイムでアップデートされるように設定していた」
「それでこのお散歩動画がなんなのさ?」
「すぐにわかる」
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?』
パソコンのスピーカーから悲鳴が上がり、部屋中に響き渡った。
「この声は……」
「これがわしの災難の始まりじゃ……」
カメラマンであるP.P.ドロイドも声に反応し、その発生源に視線を移す。するとゲスナーの後方を守っていたボディーガードがオオカゲートに首を食い千切られている映像が無修正で映し出された。
「この阿保があっさり食われたから、全ての歯車は狂ったんだ。安くない金を払ったというのになんと役立たず!なんと忌々しい!」
「死者にそこまで言うとは……聞くに堪えんな……」
今は亡き従者を罵倒する老人に、シルルは激しい不快感を露にした。しかし当のゲスナーは意に介さない。
「ふん!この後の超展開を見れば、わしがそう言いたくなる気持ちもわかるだろうよ」
「超展開?」
「ほれ、始まるぞ……わしの予想を遥かに超えたオリジンズの神秘が……」
『ギャル……ギャ……ギャルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!』
「!!?」
「こ、これは……!?」
ボディーガードを食っていたオリジンズが突然奇声を上げたかと思ったら、鱗がより刺々しく逆立ち、みるみるうちに巨大化していった。
『ギャルゥゥゥゥッ!!』
変化というより進化したオオカゲートは口から溶解液を撮影しているP.P.ドロイドに吐きかけたのか、そこで映像はぷつりと途切れた。
あまりに衝撃的な映像にシルルとロエルは言葉を失った。ゲスナーはというと、彼もまた苦虫を噛み潰したような顔で黙ってしまう。
三分ほど、当事者達の体感的には倍、無言の時間が流れた。だが、このままでは埒が明かないとシルルが重い口を開いた。
「一体あれは……何だったんですか……?」
「適合したんじゃよ」
「適合?」
「原理としては特級ピースプレイヤーの完全適合と一緒じゃ。オリジンズが自分に適した人間を食らうと強大な力を発揮する。場合によっては今みたいに姿形もまったく別のものに変化……いや、進化する。だから奴らは食わなくても生きていけるのに、わざわざ人間を襲うんじゃ」
「そんな話……聞いたことないです……」
「珍しい現象だからな。人間に見向きもしないオリジンズの方が多いし。偉そうに講釈垂れているわしも初めて見た。学術的には今見た映像はとても意味のあるもの、研究所に送られて来たんだったら狂気乱舞するとこなんじゃが……」
「わざわざ自分の目の前で起こらなくても良かったって?」
「あぁ……結果、この様……わし一人になってしもうた」
ゲスナーはお手上げだと、これ見よがしにジェスチャーした。
「他のボディーガードもこの時に?」
「いや、この時の犠牲は喰われた阿保を含めて二人とP.P.ドロイド二体だけだ。そいつらに夢中になっている間にわしと残りの二人はこの山小屋に」
「では、残りの二人は今の……進化カゲートとでも呼びましょうか。まさかそいつにリベンジに?」
ゲスナーは首を横に振った。
「いいや、そこまで馬鹿じゃないわ。違うタイプの馬鹿だったけどな。足手纏いのわしを置いて、進化カゲートを避けて脱出を試みたが、通常のオオカゲートの群れに襲われて……」
続いて首をかき斬るようなジェスチャーをする。そこに悲しみや弔いの気持ちは一切ない。
「群れですか……事前に調べた時はオオカゲートは集団行動はしないと聞いていたんですけど……」
「わしは進化カゲートがボスとして君臨したからだと推測している。ここ何日か先ほど見せたメカで調べているが、奴らまるで巡回するようにこの森を練り歩いておる。きっと新しい適合する人間を見つけろと言われておるんじゃろ」
「なるほど、筋は通っている……で、天才ゲスナー博士は一人じゃどうにもできずにこの山小屋に引きこもっていたわけね」
「ふん!悔しいが、お主の言う通りじゃ……!奴め、わしが痺れを切らすして飛び出して来るのか、はたまた野垂れ死ぬのを待っているのか知らんが、あえてここには手を出さない……性格の悪さまで進化しおって……!」
話しているうちに怒りが再燃したのか、老人は流木のような痩せこけた足を激しく貧乏揺すりした。
「それでも希望は捨てなかった……ワタシ達が来ることがわかっていたから」
「あぁ、グノスを、特にズタボロの軍事面を立て直すのに、一番手っ取り早いのは、わしの力を借りることじゃからな。非道な実験もしたが、ラエンに無理矢理されたと言えば国民も納得するだろうしな。いや、そもそもわしの名前など出す気はないか?」
「そこまでわかっているなら、逃亡などせずに大人しく投降してくれれば良かったのに……」
「はっ!どうせ最初にやらさせるのはガーディアントに代わる新たな主力ピースプレイヤーとP.P.ドロイドの開発じゃろ?そんなつまらん仕事などしてる時間は、老い先短いわしにはないんじゃ」
「でも、ここで死んだら、研究すること自体ができなくなるから助けてくれって?無視のいい話で」
ロエルは呆れ返ると、ようやく一口アイスコーヒーを飲んだ。今までの話で自分を害することが、老人にとってもデメリットでしかないと判断したからだ。
「ワタシ個人としてもあなたの考えや人間性に思うところがあるが、どんな理由であれ協力してくれる気になってくれたのはありがたいです」
「なら、頑張ってわしを無事にヤルダ宮殿まで送り届けるんじゃな」
「最初からそのつもりですよ。あと主力ピースプレイヤーは退屈と言ってましたが、できることならあなたには新たな十二骸将用のマシンも作っていただきたい」
「復活させるのか、十二骸将?」
「はい。グノスの伝統ですし、不安な国民を安心させることにもなると思いますから。今まさにワタシの仲間のケヴィンという男が神官を訪ねて、試練を受けていると思います」
「お前も受けるのか?」
「ええ、この任務が終わったらすぐに。その後は引退した旧十二骸将達に復帰を依頼しつつ、才能ある者達を発掘していこうかと?」
「だったら……ボクもその試練とやら受けて、合格したら十二骸将?」
ロエルがキラキラと目を輝かせながら、自分を指差した。しかし……。
「過去はともかく、今のグノスの状況では仕事は大変な割に、給料は微々たるものになると思うぞ。それでもいいなら……」
「じゃあいいです。コスパが悪い仕事がこの世で一番嫌いなんで、ボク」
ロエルの目から一瞬で光が消え、そっぽを向いてしまった。
「まったく……わかりやすいというかなんというか……まぁ、試練を受ける前に神官による素行調査があるから、どのみちなれないだろうが」
「そう言われるとなりたくなるな、十二骸将」
「天の邪鬼め。まぁ、その話はまた森を出た後にでもしよう」
「だね。今日はここでゆっくり休んで、明日の早朝にも進化カゲートとやらの目を盗んで……」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
「「「!!?」」」
突然、パソコンから警告音が鳴り響く!空気が一気に張り詰めるとシルルとロエルはゲスナーに説明しろと、強い眼差しで訴えた。
「ゲスナー博士……!」
「メカがこちらに進化カゲート来ていることを知らせて来たんじゃ……」
「さっきここには手を出さないって言ってたじゃないの!?」
「お主らが奴の同胞を殺し過ぎたんだ!!きっとそれで我慢の限界を超えて……」
「そもそもあんたがこんなところに逃げるから!」
「何を!」
「何だよ!」
「二人ともやめろ!!ワタシ達が言い争っている場合じゃない!!」
今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人の間にシルルは割って入って制止した。
「でもよ……」
「でもも、だけどもない!こうなったらやることは一つだ!」
シルルはロエルの眼前に手首にくくり着けている勾玉を突き出した。
「マジですか……?」
「マジですよ……!」
「あぁ!もう!せめてシャワーぐらい浴びさせてくれっての!!」
シルルとロエルはアイスコーヒーを一気に飲み干すと、再び山小屋の外に飛び出して行った。




