海の男の意地③
「ん!……しょっ!……んん~!……よし!今回もばっちり!」
太陽が沈みかけた頃、村長からオルディネオルカを借りて砂浜に戻って来たアツヒトは改めて準備運動をした。次こそは狂暴な海獣を仕留めると強い決意を秘めながら。
「奴が間抜けでない限り、同じ轍は踏むまいとわたしの奇襲を警戒しているはず……手助けはないと思え」
「わかってるよ。このオルディネオルカで勝てそうにもないと判断したら、尻尾を巻いて逃げるとするさ」
背後で腕を組んで心配そうにしているアイムの方を振り返ると、アツヒトは首にかけていたサイゾウとは別のネックレスを摘まんで振って見せた。
「時間的にもラストアタックだ……悔いのないように」
「おう……!リベンジしてみせるぜ、こいつの力でな……!」
波打つ海面の下で怒り狂っているであろうチルカーシャを思い浮かべると、チャウナン村の英雄の愛機をギュッと握りしめた。
「どうか俺に力を貸してくれ……俺に誇り高き十二骸将の力を!オルディネオルカ!!」
アツヒトの祈りにも似た呼び掛けに応え、ネックレスは真の姿である白黒の機械鎧へと変化、そして彼の全身に装着された!
「いけそうだな……!」
指を動かしフィット感を確かめると、オルカはゆっくりと海の中に入って行った。
「それじゃあ……アイム!」
「ん?なんだ?」
「前回みたいに気合を入れてくれ」
「気合?あぁ、あれか」
アイムは喉の調子を整えると、高らかに叫んだ。
「行ってこい!」
「いってきます!!」
先の戦いの時と同じやり取りをすると、これまた同じようにドボンと大きな水柱を立てて海の中に飛び込んで行った。あの時とは違うモノトーンのマシンに身を包んで……。
(さてとまずはあいつと再会しないと)
相変わらず透明度の高い海を優雅に泳ぎながら、オルカはキョロキョロと周囲を見渡した。小さなオリジンズの群れの姿は見つけてもお目当ての海獣の姿はどこにも見当たらない。
(戦いに嫌気がさして逃げたか?それとも俺が戻って来ると信じて、虚を突くために息を潜めているか……どちらにしてもこのオルディネオルカの前では無意味)
オルカは泳ぎを中断すると、頭部から超音波を周囲に発射した。
(エコーロケーション!音の力で周囲一帯の情報を把握する!)
マスク裏のディスプレイのレーダーに地形や生物の反応が表示される。
(……こいつだな。この大きさ、スピード間違いない……!)
一つの反応がこちらに向かって猛スピードで移動していた。サイズはもとよりレーダーからでも感じ取れる迫力に、お目当ての相手が目を血走らせて、自分に会いに来てくれていることを確信する。
(エコーロケーションは素材であるチルカーシャの能力を元にしたもの……遠くから探りを入れられて、気分が悪いよな……)
「シャアァァァァァッ!!」
「チルカーシャ!!」
レーダーだけでなく視界の中にもチルカーシャの姿を捉えると、オルカは両手のひらを広げて獣に向けた。
「地上では空気中の水分を吸って高圧水流。海中では……空気弾だ!」
ボン!ボン!
手のひらから勢いよく見えない弾丸が発射される!大抵の相手ならこれでノックアウト!しかし……。
「シャアァァァッ!!」
チルカーシャには通じない!その巨体を器用に、素早く動かし、攻撃を回避する。
(まっ、それぐらいはするよな。やっぱり決着は……接近戦か!!)
オルカは静止状態から急加速!一気にトップスピードまで到達すると、一直線にチルカーシャに突撃した!
「ブレード展開!」
両腕から鰭のように刃が生えて来る!それをすれ違い様……。
「喰らえ!!」
ザブッ……
「シャアァッ!!」
「ちっ!」
チルカーシャを斬りつけることはできなかった。攻撃が当たろうとした瞬間海獣はこれまた身を翻し、刃を紙一重で躱したのだ。
(なら、反転してもう一撃!……って、言いたいところだけど……)
通り魔アタックを失敗したオルカはその凄まじい勢いを殺し切れずに、せっかく近づいた仇敵から離れて行った。
(予想通りパワーとスピードはサイゾウ以上。しかし予想以上に扱いづらい……!もう少し制御できると思っていたんだが……)
ずいぶん先まで進んで、ようやく止まるとくるりとターンした。
(アジャストする時間を取るべきだったか……ん?)
「シャアァァァァァッ!!」
再び視界に捉えた海獣はオルカを中心に旋回運動を始めていた。言うまでもなく、チルカーシャが誇る最強戦術発動したのだ。
(展開が早いな。外見は違うが、中身はさっき仕留め損なった奴だと気づいているのか、はたまた同胞の骸をこんな風にしたのが腹立たしいのか……出し惜しみはするつもりはないってわけかい……!)
「シャアァァァァァッ!!」
海獣はぐんぐんと加速して行き、それに伴い海流が一定方向に流れ、渦を形成していった。
「こりゃ調整なんてしてる時間は無いな。だがリベンジするなら徹底的に!どうせならその技を破りたいと思っていたんだ!」
オルカもまた張り合うように旋回を始める!チルカーシャの内側を、逆方向に加速していく!
(よし!流れに逆らえる!これなら……!けど……!)
アツヒトの全身の骨がオルカのパワーに耐え切れずにビキビキと軋んだ。動いているだけで痛みが身体中を駆け巡った。
(ちっ!くそ痛ぇ……!だがスピードを緩めることはしない……これぐらいの痛み、今までの修羅場に比べたらなんてこと無い!そう無理矢理思い込んでやる!!)
それでもオルカは加速し続けた!海の中に海獣と海獣の骸を纏った人間が作り出した二つの渦が出来上がった。
「シャアァァァァァッ!!」
(ムカつくよな?お前の想定なら俺は何もできずにお前にもて遊ばれるはずなんだからよ!けれど残念……そうは問屋が卸さない!!)
回転する中で、視線が交差する。オルカはこの時を待っていたと再び刃を突き出した。
「うりゃあッ!!」
ザシュウゥッ!!バキン!!
「シャアァァァッ!!?」
「おっと!?」
二度目のチャレンジは見事成功!すれ違い様にチルカーシャの身体を切り裂き、衝撃と動きを止めた!しかしその代償として鰭ブレードはへし折られてしまった。
(あのスピードでやり合ったら、こうなるわな。まぁ、決着に刃は必要ない!!)
アツヒトは力ずくで方向転換!海流を切り裂き、いまだに痛みに苦しみ真っ赤な血液で海水を汚しているチルカーシャに突っ込んだ!
(ぐうぅ……!しんどい……だが、もうちょっとの辛抱だ!先の戦いでサリエルに殴られた時に異常に苦しんでいるように見えた……ならば!!)
「シャアッ!!?」
チルカーシャの眼前に姿を現したオルディネオルカは高々と足を上げていた。それを……。
「目と目の間!そこがお前の急所だ!!」
ドゴオォン!!
「――シャアァァァァァッ!!?」
ハンマーのように撃ち下ろす!オルカの踵は見事狙い通りチルカーシャの目の間に命中すると、海獣は昨日と同じく、いや昨日以上に悶絶し苦しんだ。
「これで俺の気は晴れた……後は!!」
オルカは暴れ回るチルカーシャの下に潜り込む。
「よいしょ!!」
ドゴオォォォォォォォ!!
「シャアァァッ!!?」
全速力でタックル!そのまま海上へとその巨体を押し上げていく。そして……。
「でりゃあぁぁぁぁぁぁッ!!」
ザパァァァァァァァァン!!
「シャア……」
チルカーシャは大きな水しぶきを上げながら海を飛び出し、夕暮れに染まったオレンジの空を舞った。
オルディネオルカは、アツヒト・サンゼンはそれを落下しながら、ゆっくりと眺めている。自分の役目は終わったと、とどめは頼れる仲間に託すなんてことを思いながら……。
「未来が見えるなら……いいや、俺とお前の付き合いなら、わかってくれるよな……アイム!!」
「おう!!」
サリエルが大きな翼を羽ばたかせ、大気を切り裂き、猛スピードで空中で身動き取れないチルカーシャへと飛んで来る!そしてある程度の距離まで近づくと、くるりと回転し、ピンと伸ばした足を向けた!
「サリエルインパクト……“蹴”!!」
ドゴオォォォォォォォン!!
「――ッ!!?」
サリエルの必殺の飛び蹴りが炸裂!チルカーシャの巨体を貫き、一撃で絶命させた。
魂の抜け殻となった海獣の骸は飛び出して来た時と同じように大きな水しぶきを上げて着水し、水面を真っ赤に染めながらぷかりと浮かんだ。
「ふぅ……ミッションコンプリート、リベンジ完了だな」
「あぁ、おかげさまで」
サリエルは空中からゆっくりと、オルカは海から勢いよくチルカーシャの骸の上に降り立つと、向かい合った。
「でも、これで良かったのか?」
「ん?」
「海中での戦いは見ていないが、その様子ならお前一人でも勝てたんじゃないか?わざわざわたしにとどめを譲るような真似をして」
「そんなんじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
サリエルが顔を覗き込むように首を傾げると、オルカは照れ臭そうに顔を背けた。
「初戦でこいつに遅れを取ったのは、強くなるお前達への焦りと、でも水中なら自分が最強だという驕りのせいだ。だから俺は反省して、海の男として意地を張るのではなく、ネクサスの一員として最も確実でリスクの少ない方法を冷静に考え、そして選んだ……それだけのことさ」
「それがわたしを、仲間を頼ることか……」
「あぁ、チームの最強戦力が一緒にいるのに使わない手はないだろ?」
白黒のマスクの下でアツヒトはおどけたような笑顔で大切な仲間に笑いかけた。
「お世辞はいい」
「お世辞じゃないさ。事実だろ?」
「……だな」
「認めるのはやっぱちょっとだけ悔しいけど……頼もしいと思う気持ちの方が強いよ」
「周りをよく観察し、さらにそれを生かす頭脳を持っている。そして何より仲間の成長を喜べる心……もしかしてお前、教師とかに向いているんじゃないか?」
「教師?俺が?」
「あぁ、もっと経験を積んで、年を取ったら、士官学校の教官や若手を育て、率いる部隊長なんかやってみたらどうだ?」
「うーん……今はピンと来ないけど、セカンドキャリアの候補として覚えておくわ。それよりも今は……」
視線を下に向け、足の下でピクリとも動かなくなったチルカーシャを見下ろした。
「こいつをチャウナン村に運ばないとな」
「このまま放置でいいんじゃないのか?」
「ノンノン!仕方ないこととはいえ、命を奪ったんだ。俺達にはこいつの亡骸を供養し、余すことなく活用する義務がある。それが人として、いや生命体としての礼儀だ」
「……そうだな。しかし、これを運ぶとなると夜までかかるな」
「つまりせっかくの休日がまるまる潰れた……ってことだな。はぁ……」
アツヒトは大きなため息をついて肩をがっくしと落とした。
「そんなに落ち込むなら、オリジンズ退治なんて安請け合いしなければ良かっただろうに」
「ぐうの音も出ない正論だ。だが無視したら俺の性格からいって、後で後悔しそうだったからな。こういう性分に生まれちまったって諦めるしかないさ」
「気持ちはわかる。わたしも……ネクサスのメンバーはみんなそんな感じだからな」
「めんどくさがりなくせに」
「変なところお節介」
「フッ」
「はっ!」
「とりあえず……」
「お疲れ様」
バチン!!
夕陽を背に二人はお互いを労うようにハイタッチを交わした。




