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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
後日談
163/324

海の男の意地①

「んん~!生き返るな!やっぱ海はいいな!!」

 燦々太陽が輝く快晴の空の下、アツヒト・サンゼンは波打ち際の砂浜で両手を突き上げ、背筋を伸ばし、その全身で“海”を感じた。

「せっかくの休みにわざわざ海に行きたいなんて……物好きだな」

 お供している同僚のアイム・イラブは珍しくはしゃぐアツヒトを見て、少し戸惑いと不気味さを覚えた。

「休みに海に行こうなんてむしろ普通じゃないか?」

「まぁ、そうなんだが……お前の場合、故郷が海沿いなんだろ?なら、むしろたまの休日ぐらいは海は見たくないとか思うもんなんじゃないか?」

「ちっちっちっ!海の男というものをわかってないな」

「むっ!」

 誇らしげに指を振るその仕草が妙に挑発的でアイムの苛立ちを増幅させた。

「何が海の男だ!“俺はネクサスで一番弱くなっちっまった……”って、いじけていた癖に」

「おいおいそんなこと俺が言うわけ……言ったの?」

 今までと打って変わって真顔に戻ったアツヒトの問いかけに、アイムはコクリと頷いた。

「この前、グノス名産のワインをもらっただろ」

「ムツミさんが自分は飲まないって、譲ってくれたアレか……」

「アレだ。べろべろに酔っ払ったお前の口から確かに聞いた」

「マジか……そうか……そんなこと言ってたか……」

 太陽を浴びた外側だけでなく、内側からも熱が発生し、真っ赤になる身体を少しでも冷やそうと足を波にくぐらせた。

「俺もタイラン家の家訓に倣って禁酒すべきだったな。あんまり強くないし」

「少し同僚に情けないところを見せただけだろ?そこまでしなくてもいいんじゃないか?」

「お前は俺を傷つけたいの?慰めたいの?」

「海にはしゃぐお前の元気は削ぎたいが、ネクサスの一員として立派にやって来たお前が卑屈になっているのは見たくない」

「卑屈ねぇ……そうじゃなくてアイム、俺はむしろ嬉しかったんだよ、お前達が強くなったことに」

「まだ自分を超える若者を見るのが、何より嬉しいなんて年齢じゃないだろ?それにお前はわたし達にはない冷静に戦況を判断する眼と頭を持っている。それで十分じゃないか?」

「その長所も、エヴォリストとして覚醒したお前の未来予知できる眼の前には霞む」

「そ、それは……」

 アイムは思わず片目を手で隠した。その姿を見て、アツヒトは苦笑いを浮かべる。

「ちょっと嫌味な言い方だったな、悪い」

「別に構わないが……」

「お前の言う通り、若干卑屈になってるのかもな。自分が思っている以上に、みんなに置いていかれることに焦りと嫉妬を感じているのかも」

「ならばランボみたいに花山重工に新しいピースプレイヤーを作ってもらえばいいんじゃないか?お前のサイゾウはかなり古い機体なんだろ?」

「そこまでじゃないが……ナナシガリュウやアールベアーに比べるとな」

 アツヒトは視線を落とすと今はネックレスになって首にかけられている愛機を見つめ、指で弾いた。

「でも、俺もお前も、ネクサスの全員が厄介どころじゃない相手とばかりと戦って麻痺してるが、普通はサイゾウレベルの性能があれば十分、過剰戦力と言ってもいいぐらいなんだぜ」

「確かに……そう言われるとわたしのサリエルも未来予知の力もあの時以来使ってないな」

「ランボも火力上げ過ぎて、市街地で使い難くなったって愚痴ってたし……俺は今のサイゾウのままでいいよ。愛着もあるし」

 そう言うと、子供のような笑顔でネックレスをこれ見よがしにつまみ上げた。

「そこまで言うなら、もう何も言わん」

「ありがとよ、気遣ってくれて」

「そんなんじゃ……ない!」

 アイムはあからさまな照れ隠しで、顔を背け、肩をブンブンと回した。

「おっ!お前も泳ぐ気になったか?」

「まさか。生憎わたしは“海の女”じゃないんでな」

「格闘家だから砂浜を走り込んで、スタミナと脚力の強化を図る……ってか?」

「わかっているじゃないか」

 アイムは屈伸運動を始め、これから行われる過酷なトレーニングのために身体の準備を整える。

「それこそせっかくの休みにやることか?」

「やることだ。最近はムツミさんの身辺警護の任に追われ、満足な筋トレもできていない。この機会にやらずにいつ……やるんだ。ほっ!」

 続いてその場でジャンプする。軽く跳んでいるように見えるが、悠々と成人男性の首元ぐらいまで膝が上がっている。

「いずれは格闘技界にカムバックするのか?」

「そのつもりだ……が、それこそわたしの得た力は格闘技においては過剰なものだからな……」

 腿上げを開始したアイムの顔が若干曇った。実のところ自分の身に宿った力をまだ咀嚼し切れていない。この力とどう向き合えばいいのか、彼女はずっと自問自答を繰り返していた。

「でも、その力には制限もあるし、確か発動する時に眼の色が金色に変わるんだろ?なら、使ってないって証明もできるから、大丈夫じゃないか?」

「どうだろうな?運営が納得しても、ファンが納得しない可能性もある……」

「むしろ俺だったら、そんなすごい力を持った選手の戦い見たいと思うがな……」

「それはそれで他の選手のやっかみを受けそうで、めんどくさそうだ」

「あぁ~……そういうこともあり得るか……じゃあいっそのことP.P.バトルの方に転向すればどうだ?個人やチーム戦、武器あり無しとか様々なルールがあるし、お前の能力への対策もピースプレイヤーの装備で対策取れるから不公平感がない」

「それも考えたが、わたしはできれば生身で戦いたいんだ」

「そうか……そうだよな……うーんどうしたものか」

 アツヒトは両足を波にさらしながら、腕を組み、その場で考え込んでしまった。

 アイムはそれをとても嬉しく思うと同時に呆れた。

「おいおい、わたしの将来のことでせっかくの休みを全て消費する気か?仮に一日考えても、それで答えが出るような簡単な問題じゃないぞ」

「……だな。むしろこういう時はリフレッシュした方が、天からいい考えが降りて来るってもんだ」

「では、それぞれ……」

「バカンスを存分に楽しもうか!!」

 アツヒトとアイムは気分を一新し、各々が思い描いていた休日を堪能しようとした……その時!

「何をしておるか!!馬鹿者!!!」

「!!?」

 砂浜に老人の怒声が響き渡った……。



「いやぁ~、すまんすまん!てっきり村の若者がまた懲りずに度胸試ししているのかと思ってしまって。本当に悪かったの」

 砂浜の近くにあった小さな村の、一番大きな家の中であぐらをかいた老人は二人を怒鳴り付けたことを深々と頭を下げて、謝罪した。

「いえいえ村長さん、こちらもあの砂浜が立ち入り禁止なんて知らずに、勝手に入ってしまってすいませんでした」

「あぁ、悪かった」

 老人の対面に座るアツヒトとアイムも頭を軽く下げて、謝意を示した。

「いや、仕方あるまいて。グノスでも辺境にあるこの『チャウナン村』のルールなど……神凪から来た人が知らないのは当たり前だ。だから気にせんでいい」

「では、そうさせていただきます」

「うむ」

「それにしても俺達が神凪の人間だと知って何も思わないんですね?」

「先の戦争のことか?」

「ええ……こうしてもてなしてもらっておいてなんですが……もっと身構えてもいいものかと」

「そうは言ってもわしらがそれを知った時には、終戦しておったからな。それに長い時間を生き、村長なんてものをやっていたらいい人間か悪い人間かはなんとなく判断がつくようになるもんだ。出身や過去なんて関係ないよ」

「こういう時、見るからにいい奴だからな、自分達は……って、ナナシやシルバーなら冗談混じりに言うんだろうな」

「間違いない」

 仲間のことを思い出し、二人の顔が綻ぶ。だが、それは一瞬のこと、すぐに表情を引き締め、こんなことになってしまった理由を村長に問いかけた。

「それで……どうしてあの砂浜は……もしかしてオリジンズですか?」

「よくわかったな……って、大体察しがつくか」

「ええ、特に俺の場合、故郷も海沿いで、危険なオリジンズが出た時はそれに対処する仕事をしていたんで」

「そうか……お主も海の男か……その通りじゃ、上級オリジンズの『チルカーシャ』が最近出没するようになっての」

「上級か……それは立ち入り禁止にするわな」

「昔は定期的に現れていたんだが、ラエンが帝位についてからはまったく現れなかったんだが」

「ラエン……あいつにびびってグノス国内のオリジンズはおとなしくなっていたと聞いたな」

「あぁ……」

 アツヒトはナナシに聞いたラエンの話を思い出した。その話を聞く分には皇帝の座に着くべき人間にはまったく思えなかったが、こうして彼女がいなくなって不利益を被った人を間近で見ると、神凪の、ネクサスの人間として申し訳なく思った。

「ラエンを殺したことを気に病むことはない」

「……お見通しですか」

「目がいいと言ったじゃろ?……こちらから神凪を攻めたのだから、正当防衛じゃよ。わしだってこのチャウナン村が襲われたら、そうする」

「けれど、そのせいで平穏だった海が……」

「確かにラエンが存在することで、恩恵を受けていた面もある。しかし、奴は国家を背負う者として最も大切なことを疎かにしていた」

「大切なこと?」

「自分がいなくなった後のことを考えることじゃ。奴がどんな強大な力を持っていたかは、わしなんかには想像もつかないが、どんな命にも終わりは来る。むしろ力を持っている者ほど、自分が亡き後、国が弱体化、何より国民が不安を覚えないように、しっかりと後継者なり組織なりを作っておくべきなのじゃ」

「実際シルルやケヴィンさんがグノスの……特に軍事面、防衛面はボロボロになってしまったと、だから早急に立て直すために奔走していると話していた」

「きっと軍の態勢が整っていたら、すぐにでもチルカーシャを退治するために派遣されていただろうな……きっとあやつが来てくれた……」

 村長は部屋の奥に視線を移動させる。そこには白と黒のモノトーンで彩られた流線型のピースプレイヤーが飾られていた。

「ずっと気になっていましたが、あれは?」

「この村の英雄……グノスの十二骸将に選ばれた者の愛機、『オルディネオルカ』じゃ」

「十二骸将……では……」

「あぁ……つい先日亡くなっていたとこのマシンと共に報せが届いた……」

「それは……ご子息ですか……?」

「いや、血は繋がっとらんよ。ただ息子みたいなもんと言っても間違いはないがな。あいつは両親を早くに病で亡くして身寄りがなかったから、この村に住む者全員で力を合わせて育てたんじゃ。そしてその恩返しのために厳しい試練を乗り越え、十二骸将としてグノスの平和と発展のために戦うと、この村出身であることを忘れないために、先祖が退治したチルカーシャの素材を使ったあのオルディネオルカを使うと……あの時は本当に嬉しかった……だが、まさかこんなことになろうとは……」

「……立派な男だったんだな」

「あぁ……便りがないからもしやと思っていたのだが……現実を直視することが怖かったんじゃな……勝手に忙しいんだと納得して……いずれ職務を全うして帰って来た時は次の村長にと思っていたんだが……」

 話していくうちに村長の身体からみるみる覇気が抜け、砂浜で二人を怒鳴り付けて来た迫力はなりを潜めてしまった。

 その姿を見て、アツヒトはどうにか助けになりたいと考え、一つの決断をさせる。

「村長……」

「ん?なんじゃ?」

「もしよろしかったら、俺がチルカーシャとやらを退治しましょうか?」

「なんと!?」

「先ほど言ったようにオリジンズの退治をする仕事をしていましたので」

「いや、しかし……旅の人にそこまで……」

「むしろ俺がここに来たのは、天の思し召しかと。どうか任せてください」

「うーむ……」

 村長は腕を組み、眉間に深いシワを寄せ、目を瞑り、首をかしげながら暫し考え込んだ。そして熟考の末、彼の出した答えは……。

「このまま漁にも出れんと村の死活問題。ならばここは恥を忍んで……お願いします」

 村長は床に額をつけ、感謝の意をこれでもかと示した。

「お任せください。必ずやこのアツヒト・サンゼンと愛機のサイゾウがチルカーシャを倒して見せます」

 アツヒトもまた村長の心意気に応えるべく、胸をドンと力強く叩いた。

 それを横でアイムが心配そうに見つめている。

「ん?どうした?」

「どうした……じゃない。海中ではわたしのサリエルは戦えないぞ。わかっているのか?」

「わかっているって。今回はお前の手は借りない」

「だが、相手は戦ったことのないオリジンズなんだろ?」

「そこは経験則と意地でカバーするさ」

「意地?」

「海の男の意地さ。今の俺はネクサスで一番弱いかもしれない……だが、水の中では別……あそこでは俺とサイゾウが最強さ!!」

 任せておけと親指を立てるアツヒトにアイムは言葉にならない不安を覚えた……。


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