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「なんなんだ!これは!!!」
「うおっと!?」
グノスとの戦いから一ヶ月後、久しぶりにフェリチタに来たナナシは、地下に向かう階段を降りている途中で、突然、鳴り響いたエコーのかかった電子音声に驚き、足を踏み外しそうになった。
「おいおい……ようやくグノスで起きたことの聴取が終わったってのに……また面倒ごとか?」
「ナナシか!?大問題発生だ!これを見ろ!」
「な、なんだよ、ギン!?近いって!?」
「いいから見ろ!」
ナナシが階段を降り終えると、シルバーウイングが目の前にタブレットを突き出して来た。
画面にはびっしりと人の名前が……。
「ん?ナナシ・タイラン……俺の名前?いや、俺だけじゃなく、アツヒトやランボも……っていうか、コマチやネクロ、ネームレスの名前まであるじゃねぇか!?」
タブレットに映し出されていたリストにはナナシがよく知る人物の名前が数多く乗っていた……人の名前は。
「これって一体……?」
「非公式で今回の戦争の功労者を選んで、ランキングしているサイトだ!」
「つーことは、一番上に名前がある俺が、このサイト的にはナンバーワン功労者ってことか」
「あぁ……そういうことになるな」
「まさか、それが気に食わねぇから叫んでたのか?」
「確かに下等で愚かなお前がナンバーワンというのも気に食わないが……今回に関しては、ラエン皇帝を倒したのだから妥当だ。そこに文句はない……」
「なら……」
「だが!我の名前がないのはなんだ!おかしいだろ!」
「えっ………あっ、本当だ。ないわ」
ナナシが一人ずつ丁寧に名前を確認していくが、何度見てもシルバーウイングの名前はなかった。
最新最高の誇り高きAIである彼にはそれがどうしても許せなかったのである。
「我は獣ヶ原の戦いでネジレにとどめを!」
「刺せてなかったけどな」
「刺せてなかったけど!一時的に戦闘不能状態にしたんだぞ!これを功とせず、何を功とするか!」
「まぁ、それはそうだな」
「だろ!これは差別だ!AI差別だ!」
エキサイティングするAIに若干引きつつも、ナナシは彼に同情した。
いつもは呆れることが多いAIの言動だが、この件に関しては間違ってない、素直に気の毒だと思った。だが、それ以上に……。
「ふっ……」
「なんだ!?そんなにAIが虐げられるのが面白いか!?」
「違う、違う。今回ばかりは俺は全面的にお前の味方だよ。お前は……トップテンに入っててもいいな」
「そうだろ!そうだろ!」
「けど……」
「けど?」
「お前の名前がどうこうより、コマチやネクロの名前があることが嬉しいんだ」
「まぁ……神凪的にはこの二人とネームレスが関わっていることはあまり知られて欲しくはないだろうが……」
「でも、こうして載っている。どこから漏れたんだか知らないが、あいつらが生きた証が残っている……」
非公式であろうと神凪に、ひいてはグノスに平穏をもたらした功労者として名前が刻まれるのは彼らに対する最高の供養になると……だから、ナナシは心の底から喜んだのだ。
「相も変わらず、妙なところお人好しだな、ナナシ」
「アツヒト!他のみんなも!」
いい意味で何も変わっていないナナシの姿を見て、笑みを浮かべたネクサスのメンバーがナナシ達の周りに集まって来た。
「ネクサスが全員集合するのはシムゴスとの戦いの時以来か……」
「お前が眠り姫になっちまったからな、アイム」
「あぁ……だが、お前と違ってわたしは王子様が起こしてくれるのを待っていられるほどのんきじゃないからな。こうして自らの力で目覚めてみせたってわけさ」
腕を組み、誇らしげな顔をするアイム。
その仕草の全てがナナシには懐かしく、愛おしかった……でも、やっぱ、ちょっとムカつく。
「それなら、もっと早く起きて欲しかったな、寝坊助」
「うっ!?それは……その……心配かけたな………みんなもありがとう」
凛々しい戦士の顔から、優しく気遣いのできるレディの顔へと変わったアイムが一回だけペコリと頭を下げた。謝っているのではない、自分の無事を祈ってくれていたナナシやネクサスのみんなへの感謝のお辞儀だ。
「まっ、何はともあれ、またみんなで集まれて良かったよ」
「だな」
「で、何で全員集めたんだ、アツヒト?パーティーでもしようってのか?」
「あぁ、それはな……まずはユウ……」
「……はい」
アツヒトに促され、ユウが前に出る。
最初はモジモジとしていたが、ナナシと目が合うと、決心が固まったのか口を開いた。
「僕は……ユウ・メディクは海外のストーンソーサラーの学校に留学します!」
「そっか」
「はい………って、あれ!?反応薄くない!?」
ナナシの素っ気ない返事にユウが肩透かしを食らう。てっきりもっと驚いてくれると思っていたのに……。
「なんか期待に添えず悪かったな」
「いえ……でも、何でそんなに……もしかして知ってました?」
「まぁな。こないだ聴取の時にヨハンと会って、シゲミツさんに泣きつかれて親衛隊に戻るってことと、グノスで別れたマリアに彼女の母校の紹介状をユウに渡しておいてくれって言われたから、渡したぞ……って教えられてたんだよ」
「やっぱり……」
サプライズに失敗したユウが肩をガックリと落とす。その姿を見ているとナナシも悪い事をしてしまった気になってきた。
「い、いや~、でも、本当に留学するとは思わなかったな~」
「……いいですよ……気を使わなくても……」
「そんなんじゃ、ないんだけどな~……」
「白々しいぞ!ナナシ!」
「リンダ……」
「姉さん……」
「あとはあたしに任せておけ、弟よ……」
弟の肩をポンポンと叩き、姉がリベンジのために前に出てきた。
弟が心配そうに見つめる中、コホンと一回咳払いをした後、手を腰に当て、胸を精一杯張る。
「あたし、リンダ・メディクはこの度、医大生になりした!」
「そっか」
「そうだろ、そうだろ、驚いたろ……って、ええ!?」
リベンジ失敗。リンダの一世一代の発表はナナシの心を揺らすことはできなかった。
「な、何で……?」
「何でじゃねぇよ。お前、難しそうな参考書ずっと読んでたじゃねぇか。まさにここで」
「あっ………」
床を指差すナナシの姿で、自分の間抜けさに気づくリンダ。彼女の後ろでは弟が天を仰いでいた。
「ぐうぅ……そりゃあ、気づくよな……」
「普通の人間ならな。ましてや俺、一応、このチームのリーダーってことになってるし、メンバーのことはそれなりに気にかけてたり、かけてなかったり……」
「ぐっ!?こんな適当な奴に!?……まぁ、別にいいけど……ネクロ事変の時に、能力に頼るだけじゃなくて、ちゃんと医学的知識も持っていた方がいいかな……って思ったんだよ」
先ほどのやり取りを見ていたから、リンダはあえて口にしなかったが、シムゴスに傷つけられ、眠り続けたアイムのことがその気持ちを更に強くした。
人を癒す能力に目覚めた彼女は誰よりも優しく、慈悲深い……そうは見えないけど。
「まぁ、医大に入ることを目指してたのは知っていたけど……まさか本当に試験受けて合格するとは……凄いじゃないか」
「ふん!あたしを甘く見るなよ!意外と勉強できるんだぜ!……興味あるやつは……」
「それで十分だよ。何でもできる万能な人間なんていないんだから……でも、お前が夢を叶えるのは嬉しいんだけど……」
「ナナシ……」
「医大なんて入ったら、ネクサスには……」
「あぁ……あたしが入学するのは地方の医大だからな……しばらくネクサスとして活動はできない……」
温かかった空気が、急に冷え込んだ気がした。頭では素晴らしいことだとわかっていても、心を包む寂しさには抗えなかった……。
しかし、それでも新たな一歩を踏み出す若者を明るく見送ってやりたいとナナシは気合を入れる!
「……これが永遠のお別れってわけでもないし……またいつか帰って来るんだろ?」
「もちろん!」
「当然!」
「なら、お前達が帰って来るまで俺達がネクサスを……」
「ナナシ?ナナシ・タイラン君?」
「ん?なんだ、アツヒト……?いいところなのに……」
「いや、盛り上がってるところ悪いけど、俺達もしばらくここから離れるぞ」
「そうか………えっ?………マジ?」
「マジ」
ここにきてサプライズ成功!アツヒトは力強く頷くと、その隣にアイムが寄って来た。
「俺とアイムはお前の親父さん……グノスのアドラー大臣と会談するムツミ大統領のボディーガードをすることになった」
「グノスはラエン皇帝が死んでまだ混乱しているからな。中には神凪を逆恨みしている人間もいるかもしれない……だが、アツヒトの経験と、わたしが目覚めた能力ならどんな状況、どんな相手でも対応できる」
「確かに……お前らがうってつけだわな……」
アツヒト達が説明終えると、交代するようにランボとシルバーが前に。
「オレとシルバーもグノスだ。ネオヒューマンや、彼らのピースプレイヤーを製造した研究所を向こうの軍人……確か代表者はシルルと言ったか……そいつらと共に調査する」
「我はそんなものに興味などないのだが、下等で愚かな人間では調べられない場所も我なら行けるかもしれないからと……どうしてもと頼まれたから仕方なくな」
「そうか……」
口では文句を言いながら満更でも無さげなお馬鹿なAIから、ナナシはその隣に陣取っているお馬鹿な人間へと視線を移す。
ついに自分の番が来たかと、肩で風を切り、前に出る見た目だけは立派な偉丈夫……。
「……蓮雲……は別にいいか」
ズコーッ!
盛大にこける偉丈夫……が、すぐに立ち上がり、ナナシに詰め寄った!
「よくないだろ!おれにも興味を持てよ!さすがにそれはひど過ぎるぞ!」
「だって、どうせお前のことだから、今回の戦いで自分の未熟さを再認識したから武者修行の旅に出る!……とかだろ?」
「………正解」
一気におとなしくなった蓮雲はゆっくりと後退していく。そんな彼を尻目にナナシの目は最も付き合いの長い男に。
「オレは戦利品のダイエルスの死骸をどうするかって話し合う会議に呼ばれてるんだが……」
「当然、あんたはピースプレイヤー作りたいって言うんだろ?」
「イエス!っていうか、多分、快く了承される」
「神凪の人間は基本的にピースプレイヤー好きだしな。あんなデカブツ三体分もあるんだ……渋る必要なんかないわな」
「で、そうなったらそのまま新型の開発に携わることになるってことよ」
「なるほどね」
大きな身体からワクワクが溢れ出しているケニーを見て、ナナシは羨ましくなった……自分も彼と同じ年頃になってもあんな風に好奇心を忘れたくはないと。
そして、ナナシの視線は彼の隣、最後のメンバーへ。
「マイン……君も?」
「ええ……この短期間で多大な成果を上げたネクサスの運用データを提出するようにと……それを元に今度再建されるAOF“角”についてアドバイスをもらえないかって」
「ネクロの……ノブユキの元いた部隊か……」
「はい」
「君が手伝ってくれるなら、奴も安心だろ」
「そう思ってもらえるように頑張ります」
全てのメンバーの発表を聞き、ナナシは彼らの顔をもう一度見回した。
それぞれ強い決意をその目に宿し、生き生きとした表情をしている……。その顔を見て、ナナシも嬉しくなった。
「……寂しくないとは言わないけど……今はそれ以上に嬉しいよ、俺は……」
「なんだよ……俺を一人にするのか!ってごねるかと思ったのに」
「そういう気持ちもあるにはあるが……マイン達はともかく、アツヒト、お前やネクロ事変に参加したメンバーが俺抜きで重要な任務についたり、自由に旅に出れるってことは……許されたってことだろ」
「……かもな」
ある意味、罪を犯したアツヒト達の監視役だった自分の元から、彼らが離れるのは禊が済んだ証……ナナシはそれが嬉しかったし、アツヒト達もそう思っているから、依頼を受けたのだろう。
だとすれば、ナナシのやるべきことは、ごねることではない……。
彼の目に決意の炎が灯る。
「だったら、俺は笑顔でお前達を見送ってやる。そして、お前達が戻って来る場所を……ネクサスを守るよ」
「ナナシ……」
「正直、ちとめんどくさいが、これでもリーダーだし、それが今の俺の一番やりたいことだ。だから、ネクサスのことは任せて、お前達もやりたいようにやればいい!」
「言われなくても……」
「そのつもりだっつーの」
「俺がいなくても大丈夫か?」
「また会える日を楽しみにしているぞ」
「オレも精一杯やるよ」
「次会う時までには、もう少しまともになっていろよ」
「最強の戦士になって帰って来てやるから楽しみにしておけ」
「オレ達がいないからって羽目を外し過ぎるなよ」
「まぁ……今までもあなたは無茶苦茶しても、なるようになってきたんだから大丈夫ですよね?」
「おう。だから安心して行って来い!」
ナナシは、ネクサスのメンバーは、みんな満面の笑みを浮かべた。




