理由
「………ッ……うぅ……ん……?」
「気がついたか……?」
「――!?こ、な……痛ッ!?」
「おとなしくしてろ。自分で言うのもなんだが、会心の一撃だった。そう簡単に起きられたらたまらん」
「くっ!?そうか……オレは……」
痛みで目を覚ましたランボにナナシが優しく話しかける。瞬間、彼は今の状況、戦いの結末を把握した。自分は負けたのだ……と。
プロトベアーはダメージで解除され、ナナシの方も生身の状態……臨戦態勢を解いている。彼は妙に気の抜けた表情をしていて、それは激闘に次ぐ激闘で疲れているだけなのだろうが、ランボからはどこかリラックスしているようにも見えた。きっと彼が敗者だからそう見えてしまうのであろう。
「……ぐっ!?やはり無理か……」
「そう言ってるでしょうに」
そんな精神的にも叩きのめされたランボはなんとか起き上がろうとするが……できなかった。上体をかろうじて起こすのが今の彼の精一杯だった。
「……わざわざオレが起きるのを……待っていたのか……?」
「……そんなんじゃない……こちとら、急いでいる身だ……一分かそこらしか経ってないよ」
ランボの疑問をナナシは即座に否定する。敵に言われなくても、そんなことは百も承知だし、心配される云われもない。
「……そうか……じゃあ……もう行った方がいいんじゃないか……?」
戦意を完全に喪失したランボがナナシを本来の目的に戻れと急かす。この期に及んで彼らの状況を鑑みている。ここまできたら、お人好しを通り越してただのバカだ。でも、もしかしたら彼は自分の情けない……いや、無様な姿をこれ以上ナナシに見られたくなかっただけなのかもしれない。
しかし、ナナシはその指示には従わなかった。勿論、嫌がらせをするため……ではない。
「……あぁ……ただ……」
「……ただ……?」
「……理由…教えてくれるんだろ?あんたが奴らの仲間になったよ……」
そう、最初に交わした約束とも呼べないやり取り……ナナシはその答えを聞いておきたかった。戦いを終えて、なおさらこの優しく、そして真面目な男が国を脅かし、国民を恐怖のどん底に落とす大統領誘拐なんてことに喜び勇んで協力するとはとても思えなかった。
ランボは目をギュッと閉じ、悔しそうに、無念そうに唇を噛みしめた。ほんの一時の後、再び目を開け、続けて口を開いた。ナナシの疑問に答えるため、戦いの前に軽い気持ちで結んだ約束を果たすため、そして何より勝者にせめてもの敬意を表するために……。
「……横領してたんだ……」
「…あんたが……?」
ランボが首を横に振る。良くも悪くも彼にそんなずる賢さや、セコさが要領の良さがあったらこんなことにはなっていないだろう。横領したのは彼ではない。だからこそ彼の運命と心は歪んでしまったのだ。
「じゃあ、一体……誰が……?」
「……上司が、だ!!」
横領犯のことを口にした瞬間から、ランボの眉間にシワが寄り、みるみる顔つきが険しくなっていった。いまだに生々しく残る心についた傷痕。彼にとってそれはまだ決して“過去”ではないのだ。
「……オレは、軍に居たんだ……その軍が!国民の生命を守る軍人が!……国を守るための金を……」
拳を力いっぱい握り締める。何かに……理不尽な現実に必死に耐えるように……。
「……告発……しなかったのか……?」
「したさ!!……そう……したんだよ……」
ナナシの問いに、怒鳴るように答える。それで、全てのエネルギーを吐き出してしまったのか、改めて言語化したことによって虚しさが心を支配してしまったのか、ランボの身体の中から力が一気に抜けていった。
それでもまだ言い足りないのか、ナナシには真実を知ってもらいたいのか弱々しくも声を絞り出し続ける。
「……告発……したんだ。オレが……なのに……何故か…オレが…告発したはずのオレが……横領したことになっていた……」
「……」
ランボの告白をナナシは黙って聞き続けた。それが約束を果たしてくれている彼に対してできる最も誠実な行動だと思ったからだ。そんなナナシに応えるためにランボが今の状況に陥ってしまった理由……何故ナナシの前に立ちはだかったのか、何故ネクロに協力しているのかを説明し続ける。
「……奴は……上司は……ハザマ大統領と通じていたんだ……大統領の……ハザマの!資金源だったんだよ!横領は!!」
話していく内に怒りが再燃したのか再び声に力がこもっていく。しかし……。
「だから、オレは……この腐った国を、変えるという…ネクロに……大統領にあるまじき行為で私腹を肥やす……ハザマを……オレは……」
最後はまた力が抜けていった。ランボ自身、本当は理解しているのだ。この行為が間違っていることに、無意味だということに。
打ちひしがれながら過去を語ってくれた彼の話をナナシは黙って聞いていたが、そっと口を開いた。
「……お前の気持ちはわかる……なんて軽々しく言わない、言えない。理不尽に、理不尽で対抗しようとしたことも……俺は否定しない……この国が清廉潔白…だとも思っていない……ただ………」
ランボを見つめる眼に力が入る。その眼差しの奥にあるのは怒りではない、ましてや同情でもない。ただ自分の意見を真摯に目の前の相手に伝えようとしているだけだ。
「……腐ってない部分まで、傷つけるのは……違うだろ?……そういう部分を守りたくて、お前は軍人になったんだろ……?」
「!!?」
意図などしていないがナナシの口調は優しく子供を諭すようだった。だからこそランボの固く閉じた心に染み入ったのかもしれない。
ナナシの言葉をしっかりと噛みしめるように、戒めるようにランボはゆっくり目をつぶった……。
「……その通りだ…わかっていたんだ……わかって……いたはずなのに……」
目をまたゆっくりと開き、ナナシではなく、何もない虚空を見つめる。とっくに気づいていたのに、目を背け続けた。ランボはそんな自分の弱さがただただ情けなかった。
「……もしかしたら……いや、もしかしなくても、ただ暴れたかっただけかもしれない……制御できない激情を、溢れ出す感情を何でもいいからどこかにぶつけたかった…だけ……オレのやったことはただの八つ当たりだったんだ……」
一通りしゃべり終わると、ランボは大の字になって仰向けに倒れた。先ほどのダウンは肉体的敗北、そして今のダウンは精神的敗北を意味していた。
「……もう……行ったらどうだ……」
ナナシの方を見ないまま、見れないままランボは静かに、そう言った。その言葉を受け、ナナシは無言で踵を返し、その場を後にした。
「……ん?」
激闘を終えナナシが熱の籠って夜中だとは思えないほど気温が上がっていた廃工場を出ると、冷たい夜の風とこちらに向かって歩いて来る一人の人間の影が出迎えてくれた。
「……誰だ?……マイン……?……リンダ……でもねぇ……」
近づいて来るのはどうやら女性のようだった。最初はマインやリンダが迎えに来たのかと思ったが……違う。
「止まれ!一体てめえ、何者だ!」
ナナシの制止の言葉に従い、人影は距離を取って立ち止まった。とりあえず言葉を理解する知能はあるみたいだ。
「………」
ナナシも立ち止まり、黙って目の前の相手を観察する。暗闇の中、必死に凝視する。何者だ、と聞いたが予想はできている。その予想が今度こそ外れていてくれることを願い、祈りながら更に目を凝らす。
「………」
女も黙って観察されている。男にまじまじと見られることに慣れているようで、一切物怖じしない。小麦色の健康的な肌、引き締まった四肢、機能美……といっていいものか、動くために無駄なものが全て排除されているようだった。その姿は見る相手にスポーティーな印象を与える。
実際に彼女はスポーツ選手だ。それが球技や競争なんかだったら良かったのだが……。
「……ん!?」
ナナシが気付いた!彼女の正体に!
「……君は……確か……格闘家の……」
女は頷いたが、暗がりなのでナナシにはよく見えなかった。
「わたしは、『アイム・イラブ』。お前の敵だ!」
「やっぱり……!俺はもうお腹いっぱいだっての……!!」
非常に残念だが、彼の予想はまたまた当たってしまった!苦虫を噛み潰したように顔歪めるナナシ。
対してアイムと名乗った女は至って冷静に右手の指に付けられたリングを突き出した。
「そして、これがお前を倒す!特級ピースプレイヤー!『ジャガン』だ!!」
そう叫ぶと、光が彼女の美しい四肢を包み込み、ナナシガリュウと同じくらい闇夜でも目立って仕方ない黄色い装甲のピースプレイヤーが出現する。
ジャガンは間髪入れず前方に、つまりナナシに向かって跳躍し、一気に距離を詰め、躊躇なく商売道具の拳を振り下した!




