新しい存在
それはネジレが生まれて初めて自分の意志で下した決断だった。
今まで自分を作ってくれたラエンのためだけに生きて、彼女の指示に従い、自分では何も考えずに非道を繰り返してきた彼が初めて自分のために拳を握ったのだ!……とは言え、今の彼では……。
「そうきたか……でもよ、ネジレ……」
「お前の今の身体で俺達を倒すことができると思っているのか?」
ネジレの身体は見るからにボロボロ……とてもじゃないが戦える状態には見えなかった。ナナシとネームレスが同情的だったのも彼がもはや自分達の敵ではないと判断したからだろう……。
しかし、それは大きな間違い……彼らはネジレの覚悟を見誤ってた。
「……人の話をちゃんと聞いてたのか?ナナシ・タイラン、ネームレス……」
「ん?」
「どういう意味だ……?」
「俺は言ったぞ……俺の全てを……命をかけるってな!!!」
ネジレは高らかに自分の決意を表明すると、胸元からあるものを取り出した……。
ナナシとネームレスの心に深い傷痕を刻みつけたものを……。
「――ッ!!?あれはシンスケが使った!?」
「クラウチの薬か!?」
ネジレが手にしたのはネームレスの弟分や、脱走した囚人達を醜い肉の塊に変えたドクター・クラウチ製の薬だった。ネジレは何かの役に立つかもと思い、密かに隠し持っていたのだ……自分に使うとは夢にも思っていなかっただろうが。
「やめろ!ネジレ!」
「それ使ったら、どうなるかわかってるだろうが!」
薬を確認したネームレスとナナシが一斉に走り出す!けれども、文字通り一足遅かった……。
「俺に命令していいのは、ラエン皇帝陛下だけなんだよ!!」
ブシュ!
「ぐぅ……」
「なっ!?」
「バカ野郎が!」
ナナシとネームレスの足が止まった。
ネジレが薬剤を首筋に注入してしまったのだ!更に……。
「まだだ……」
「何を……?」
「――!?……ラエンが持っていたコアストーン……!」
ネジレが次に取り出したのはラエンのつけていた指輪……彼女はネジレのために指輪を外し、この場所に置いていっていた。
それをネジレは上を向いて、自らの口の方に……。
「皇帝陛下……私に力を!」
「ネジレ!?」
「おま!?」
ゴクン……
「バカな……」
「あの野郎……コアストーンを飲み込みやがった……」
指輪は、コアストーンはネジレの口の中に消えていった……。更に更に……。
「ミカエル……お前もだ!!!」
ネジレの身体が光に包まれ、傷だらけのミカエルが姿を現す!だが、こちらも戦える状態でないのは明らか……ネジレ自身もそれはわかっている。というより、ネジレも自分で何をしているのか理解できてないのかもしれない。
けれども、そんながむしゃらなネジレの想いが、その身を焼き尽くすほどの怒りと憎しみが奇跡を、ナナシとネームレスにとっては災厄を生み出す!
「うぅ……」
「ネジレ……?」
「おい……大丈夫かよ……?」
うずくまるネジレについ声をかけてしまう双竜……しかし、そんな暇があったら、攻撃をすべきだった。
「うっ……ウオォォォォォォッ!!!」
ブシュウゥゥゥゥッ!!!
「――!?」
「ぐっ!?」
ミカエルの装甲に走る亀裂から白い蒸気が溢れ出し、霧のように謁見の間全体を包み込んだ!
嫌な熱気を帯びたその蒸気に、反射的に双竜は腕で顔を覆い防御する。
…………………………
今までのことが全て嘘だったような静寂……。それは嵐の前の静けさ……。
「ナナシ・タイラン……大丈夫か……?」
「俺は問題ない……問題なのは……」
本能が警鐘を鳴らし、鼓動が早くなる……。それと連動するように霧が晴れていき……。
「確かに……問題なのは……なっ!?」
「……いい加減にしてくれよ……!」
双竜はそれ以上言葉を発せられなかった……。霧が晴れ、彼らの目に入ってきたのは……。
「グルルルルルルッ………」
それは赤ん坊。
だが、ただの赤ん坊ではなく、その身体は成人男性が見上げるほど巨大で、四つん這いになったその背中には翼が生え、尻尾のように生えた無数の触手が蠢き、目の部分からは、眼孔からは長い首をした竜が、口からは逆さまになった人間のようなものがぶら下がっていた……。
その醜悪な姿こそが、ネジレがたどり着いた究極の戦闘形態……。
「なぁ、ネームレス……」
「なんだ、ナナシ・タイラン……」
「あれはなんなんだ……?」
「俺が知るか……!いや、俺だけじゃない……知ってる奴なんてこの世に一人もいないだろうさ……人間とオリジンズのミックス、ネオヒューマンがブラッドビーストになる薬を打ち、ストーンソーサラーが使うコアストーンと特級ピースプレイヤーを取り込んで生まれたイレギュラー……今まで、この世にはなかったまったく新しい存在……」
「名も無き化け物ってわけかよ……!!」
そう、それは今この瞬間にこの世に生まれ落ちた新たな生命体。いや、生命体と言っていいのかもわからない、誰も見たことのない狂気の産物……。
不幸なことに初めてそれと対峙することになってしまったナナシ達は当然、何をしていいかわからず、ただ立ち尽くすしかなかった。そんな彼らに……。
「名も無き化け物か……俺に相応しいな……」
「ネジレ!?」
「てめえ、しゃべれんのか!?」
赤ん坊の口から垂れ下がっている人型の物体から聞こえてきたのは紛れもないネジレの声!
双竜はシンスケ達が知性無き肉の塊に変貌したのをこの目で見ているので、てっきりネジレも人格など残ってないものと思っていたから驚きの声を上げた。
けれど、当のネジレから言わせれば、ちゃんちゃらおかしい、そんなことはあり得ないのだ。なぜなら……。
「ふっ……俺は話せるし、記憶もしっかりしている……至って正常、正気だよ。だって、そうだろ……そうじゃなきゃ!ナナシ!ネームレス!お前達が死ぬところをこの目に、焼きつけられないだろうがぁッ!!!」
「ガアァァァッ!」「ガアッ!」
ネジレの咆哮を合図に、赤ん坊の目から生えた二匹の竜の頭が大きな口を開いて、ナナシとネームレスに向かって猛スピードで突進していく!
「この!?ナナシガリュウ!」
「ネームレスガリュウ!」
ガギン!
「ぐっ!?」
「ちいっ!?」
二人は咄嗟に愛機を纏うが、回避することはできず、ネジレの竜に噛みつかれてしまう!
「ナナシ!?」
「ネームレス!?」
その竜が竜に食われかけている姿を見たマリアとヨハンが彼らを助け出そうとするが……。
「マリア!ヨハン!」
「お前達は来るな!」
「なっ!?何を言ってやがんだ、てめえらは!?」
赤と黒の竜はそれを拒絶した。
頭で考えれば、ヨハン達の助けを受け入れて、四人で力を合わせた方がいいのは彼らもわかっている……が、彼らの心は……。
「自分でもおかしいことを言っているとは思う……しかし、俺とこいつは元々仲間だったんだ……だから、こいつとの決着は俺の手でつける!」
「俺も……あの討論会から始まったこいつとの因縁は……自分で……!」
ネームレスとナナシ、そしてネジレ……ネクロ事変から始まる長きに渡る戦いの中心にはいつもこの三人がいた……。だからこそ最後の戦いもこの三人で……。
この点においてはネジレも彼らと同意見だった。
「そうだ!俺達三人で紡いできた物語!俺達三人で終わらせようじゃないか!!!」
バサッ!
巨大な赤ん坊が巨大な翼を羽ばたかせ、宙に浮く……。そして、そのまま……。
「場所を変えるぞ!神聖なる謁見の間をこれ以上汚したくない!」
ガシャアン!!!
口では汚したくないなどと宣いながら、ネジレはその神聖な謁見の間の天窓を突き破り、天へと昇っていった。




