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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nemesis
152/324

キレる

 ヤルダ宮殿謁見の間……その名の通り皇帝に会うための場所、そして神凪とグノス帝国の戦争を決定付けた場所。

 そこに向かう廊下を、かつてネジレ、コマチ、傭兵ダブル・フェイスの三人が歩いた廊下を、今はナナシ・タイラン、ネームレス、ネクロの三人が戦争を止めるために歩いている。

「人間とオリジンズのミックス、ネオヒューマン……それがあのネジレの正体か……」

 少しでもエネルギーを回復させようと、シュテンを脱いだネクロが驚いた顔を見せた。ネジレのことはただ者ではないとは思っていたが、さすがに本当に人間ではないとは思っていなかったのだ。

「人間はもちろん、オリジンズも超える存在として作られたらしいが、もうすぐ寿命らしいから、あいつは問題ないよ。ほっときゃ、勝手に死ぬ……」

 そう言うナナシの顔はどこか寂しそうだった。これまで彼が経験した事件の黒幕であり、良くも悪くも彼の運命を歪めた相手だったが、彼の生い立ち、これから訪れるであろう最後を思うと、同情の念を禁じ得ない。

「ふん。どうせなら、この手でとどめを刺してやりたかったな」

 対照的にネームレスは怒りを全面に滲ませていた。弟分を弄び、死なせる要因となった人間……ネオヒューマンだ、許せるわけない。

 ただ心の片隅ではナナシと同様にネジレを哀れむ気持ちも持っている。むしろ、短い間とはいえ、仲間として共にいた彼の方がそういう想いは強いのかもしれない。とどめを刺すと言ったのも、介錯的な意味合いも含まれているのだろう。

「まっ、なんにせよ……」

「あぁ……これで最後……」

「この扉の先にラエン皇帝が……」

 情報共有が終わると同時に、三人は謁見の間の入口の扉の前に到着した。

 歴史を感じさせるきらびやかな装飾の施された扉の前に立っていると感慨深いものがある……特にナナシには。

「なんつーか……不思議だよな……」

「何がだ?」

「いや、あの時……ネクロ事変の時、俺はお前らに会うために、コマチや傭兵と共にオノゴロに乗り込んで、こうして扉の前に立っていたな……って」

「確かに……今はその二人と戦って、俺とネームレスとこうして話しているとは……」

「運命的なものを感じる……なんて気色悪いこと言うなよ、ナナシ・タイラン」

「言わねぇよ」

 そうは言うがナナシもネームレスも運命を感じずにはいられなかった。あの戦いも、もしかしたらこの戦いのためにあったのではないかとすら思えてくる。

 それは飛躍しすぎ、ロマンチストすぎかもしれないが、この扉の先にその運命、二人の長い戦いの終着点があるのは間違いない。

「四度目の共闘……頼むぜ、ネームレス」

「ふん」

「ネクロ、伊達に激ツヨハゲテロジジイと呼ばれてないってところを見せてくれ」

「呼ばれたことないわ!!……もしかして今、神凪ではそう呼ばれているのか、俺?」

「安心してくれ、俺も初めて聞いた」

「俺も今、初めて言った」

「貴様……!!」

「その怒りはもしもの時のために取っておけ。そろそろ行きます……よっと」


ガコッ……


 ナナシが代表して扉に手をかけ、開ける。扉は実際の重量よりも重く感じた。

「当然と言えば、当然だが……きれいな場所だな……」

「あぁ、できれば別の形で訪れたかったよ……」

 首を左右に振り、キョロキョロと謁見の間を観察するネクロとナナシ。歴史あるこの場所にこんな形で足を踏み入れたことに複雑な感情を抱いているようだ。

 一方、ネームレスは……。

「………なんだ、ここは……?」

「どうしたんだ……?」

「いや……何か、違和感が……この部屋に……なんとも言えない気持ち悪さを感じないか……?」

 ネームレスは他の二人とは違い、この部屋に対し尊敬の念や申し訳なさではなく、違和感や嫌悪感、妙な胸騒ぎを覚えていた。

 けれど、その感情を精査する時間はない。


「わらわの宮殿にようこそ、神凪の勇敢なる戦士達よ……」


「!?」

 ナナシ達の視線が一点に集中する!

 突然、自分達にかけられた声のした方、謁見の間の一番奥を見ると、そこには妖艶な美女が玉座に腰をかけ、こちらに微笑んでいた。

「……ネームレス……お前の感じた気持ち悪さとやらは、あいつのせいなんじゃないか……?」

「かもな……」

 普通の男なら彼女に笑いかけられたら、顔を紅潮させるところだが、一流の戦士であるネクロ達は青ざめている……。本能が一目で、その女の底知れない力を感じ取ったのだ。

「なんじゃ?マジマジと……お主らのようないい男達にそんなに見つめられると照れるではないか……」

 逆にラエン皇帝はナナシ達に何も感じていない。警戒することもなく、茶化すようなことを言えるほど余裕が溢れていた。

「ナナシ・タイラン……」

「おう……」

 ナナシが一歩前に出る。廊下で情報共有と平行して、ラエン皇帝に遭遇した時の段取りを三人で決めていた。

 まずは神凪の現大統領の息子であるナナシが話をするべきだということになったのだ。

「私はナナシ・タイラン!神凪大統領、ムツミ・タイランの息子である!……って言われなくても、聡明なラエン皇帝陛下なら知っているはずですよね……?」

 国家元首に対して、最大限の礼節を払いながら名乗りを上げる……悪寒にかすかに震えながら。

「あぁ……ネジレから聞いておる。で、その大統領のご子息とやらが、わらわに何の用じゃ?」

「それもわかっているはずでしょう……この戦争を!神凪に攻め入るのを、今すぐやめていただきたい!」

 今渡のコマチに容赦することなく、ラエンを討ち取れと言われていたが、やはり皇帝の地位にある者を話も聞かずに殺すなんてことはナナシにはできなかった。この期に及んでも、できることなら穏便に事を収められたらと思っているのだ。

 しかし、そんな彼の想いはあっさりと狂気の皇帝に踏みにじられる。

「それはできない相談だ。そもそも何のために、そんなこと……わらわがこの戦争を止めることは……ない」

 ラエンの言葉に迷いは感じられない。彼女は信じ切っているのだ……この戦いの正統性を、グノスが勝つことを。

 だが、それでもナナシは引き下がらない!引き下がるわけにはいかない!

「何故ですか……!?こんな戦争に意味なんてないでしょうに!?」

「意味はある。神凪の豊かで、穏やかな土地があれば、グノス帝国はさらに栄えることになる!それがグノスの悲願じゃ!」

「いつの時代の話をしているんですか!?グノス帝国が長年、オリジンズ災害から苦しめられているのは知っています!でも、今ならネジレや、ギリュウの装着者達が力を合わせれば、どうにかなるでしょう!」

 ナナシの言ってることは正論に他ならない。実際、グノスを長年支えてきた故ジェニング大臣も同じことを思っていた……。

 そして、それをこの皇帝に伝えたことによって、この世から去ることになったのだ……。

「ふっ……ジェニングもそなたと同じことを言っていたな……」

「なら!」

「阿呆か、お主……それで納得するなら、こんな状況には、お主達はここにいるはずがないだろう?」

 そう、この程度のことでラエンが折れるなら戦争など起こっているはずもない。

 ナナシもそんなことはわかっていた。わかってはいたが、一縷の望みにすがりたかったのだ。だが、それも今、完全に絶たれた。

「……そうですね……あなたの言う通りです……」

「ようやくわかったか……」

「でも、一つだけわからないことが……」

「ん?なんじゃ?申してみよ」

「あなたはなぜ、そこまでして戦争を起こしたいのですか!?神凪を欲するのですか!?その先の未来に何があるのですか!?」

「……それは、さっき言ったであろう?グノスの長年の悲願であると」

「いや、そうじゃなくて、グノス帝国ではなく、あなたの意志は!?これからどうしたいんですか!?」

「グノスの意志がわらわの意志だ!あの日、前皇帝に拾われ、グノス帝国のためにその身の全てを尽くせと教えられた!わらわはそれに従っているのみ!グノスの悲願を達成することだけが、わらわの望み!わらわの使命!その先のことなど後から考えれば良い!!」

「お前は……」

「そのためなら、どれだけ血が流れても構わん!わらわは必ずやり遂げ……」


ゴォン!


「――がっ!?」

 ラエン皇帝が突然、玉座から吹っ飛んだ!そして、その代わり玉座の前では鮮血のように真っ赤な竜が……それがラエン皇帝陛下を不敬にも殴り飛ばしたのだ。

「ナナシガリュウ……」

 さすがのナナシでも今の今まで、礼節を守って話していた相手をいきなり攻撃するようなことは普通はしない……そう、今の彼は普通じゃなかった。

 全てを焼き尽くすような熱気がプレッシャーと共に彼の全身から放たれている。

「……人が話している最中に、無礼にも殴りかかってくるとは……ムツミ大統領は子育てを失敗したようじゃな……」

 対照的にラエンは飄々と皮肉を言いながら、口元の血を拭った。生身でピースプレイヤーに殴られたら、普通の人間なら即死でもおかしくないはずなのに……。

 そんな得体の知れないラエンをふてぶてしくナナシガリュウは見下ろしていた。

 見上げることや、見下ろされることはあっても、見下ろすことはなかった彼が蔑んだ目で、一国の皇帝を……いや、彼にとってはもうラエンは皇帝でも何でもない。

「礼を尽くしたのは、あなたを皇帝だと思っていたから……だが、どうやら、それは勘違いだったようだ……」

「何……?」

「コマチの言っていた意味がようやく……心の底からわかったよ……てめえは皇帝なんかじゃなく!倒すべき怪物だ!!」

 完全にスイッチの入ったナナシガリュウが咆哮と共に腕を伸ばし……。

「ガリュウライフル!&マシンガン!」

 銃を召喚し、躊躇なく引き金を引く!


バババババババババババババッ!!!


「がはっ!?」

 ラエンの身体に弾丸の雨が降り注ぎ、身体中に無数の穴が空いていく!そこに……。

「ガリュウトマホーク!!」


ザン!


「ぐっ!?」

 二本の手斧で斬りかかり、さらに……。

「ガリュウハルバード!」


ザシュウ!


「ぐあっ!?」

「&グローブ!!」


ドゴッ!


「げはっ!?」

 長大な得物と、巨大化した拳で連撃!ナナシガリュウ史上最も激しい猛攻!

 その鬼気迫る姿に今は味方であるネームレスも圧倒された。



「な、なんだ……!?今まで敵としても味方としても戦って来たが、あいつのあんな姿は見たことないぞ!?」

 彼の目からは今のナナシガリュウは竜というより、悪魔に見えた。ナナシの言動に怒りで震えたことは何度もあったが、恐怖で震えたのはあの豪華客船での戦いで死の淵から甦ってきた時以来だった。

 その隣でネクロは至って冷静だった。彼にはわかるのだ……ナナシが今、何を思い、何に突き動かされているのか。ナナシの優しさを正面から受け取った彼には……。

「キレたんだ……」

「えっ?」

「あいつは……ナナシ・タイランという男は俺なんかにも、手を差し伸べるような人間だ。でも、それはきっと俺には覚悟があったからだ……」

「覚悟……?」

「自分の行動に責任を取る覚悟だ。失敗したら罰を受け、成功したら民を導き、未来を作るという覚悟……それがラエンにはない。そもそもラエンは自分で何も考えてすらいない。グノスの妄執に取り憑かれているだけだ……」

「だから、ナナシは……」

「あぁ、キレたんだ……あいつにとって、自分の意志もなく、責任も覚悟もなく、他者の命を弄ぶラエンはナナシにとって、この世で最も嫌悪すべき存在なんだ……!」



「潰れちまえ!ガリュウハンマー!!」


ゴォン!


「ぎゃっ!?」

 ネクロの言葉通り、ナナシは完全にキレていた。際限なく湧いてくる怒りの感情をガリュウの力に変え、その全てをラエンにぶつける!

(こいつは自分の意志で動いてないから、きっとこの戦争に負けても、どれだけ被害が出ても反省なんかしない!また何のためにそんなことをするのかも考えずに、同じことを繰り返す!やり直すチャンスなんか与えても無駄だ!こいつはここで終わらせる!俺の持てる全てを使って!!)

「ナナシ……ルシファー!!!」

「何!?」

 真紅の竜が、純白の天使へと姿を変えた!……と思ったら、姿が一瞬で消え……。


ザン!


「ぐっ!?」

 再びラエンの背後に姿を現すと同時に双剣で斬りつける!

「まだまだ!」


ガシャン!


 ナナシルシファーは双剣の柄をくっつけ、長い双刃の武器へと合体させる!

「オラァ!」


ザン!ザン!ザン!ザン!


「ぎっ!?」

 高速移動能力を発動しながら、くるくると剣を器用に回し、縦横無尽にラエンの全身を斬り裂いていく!

「でりゃ!!!」


ガン!


「ぐふっ!?」

 蹴りを入れ、距離を取ると、もう一度……。

「ナナシガリュウ!」

 紅き竜の姿へと戻る。とどめを刺すために……。

「ガリュウマグナム……」

 紅竜が最も信頼する武器を構える!毎度お馴染みのあの必殺技の構え……いや、ガリュウの後ろでルシファーが同じ構えを取っている!

「平和への祈り、父から受け継いだ誇り、俺の意志、そして友との誓い……全てこの一発にこめる……!」

 これは……これまでの一連の攻撃は無二の友が残してくれた形見を得たことによって生み出されたナナシの新しい必殺技!その名は!

「魔王の弾丸 (サタン・バレット)」


ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!


「あっ……」

 光の奔流がラエンを飲み込み、謁見の間の壁を貫く!それは間違いなく、今のナナシが放てる最強の攻撃だった。

 けれども、それ故に反動もデカい。

「がっ!?」

 ルシファーが待機状態に戻り、姿を消すと同時に、紅き竜が膝を着いた。

「……ルシファー……ほんのちょっと使っただけなのに……こんなにしんどいのか……!?とてもじゃないが連発はできないぞ……!それをコマチは……そりゃ、寿命も縮むわな……」

 ルシファーの高速移動能力の凄まじい反動を体験して、コマチの、ひいてはネオヒューマンの強さを再確認する。そして、ただの人間である自分が一瞬でも使えたことに驚きすら覚えていた。

「けど……無茶した甲斐があった……これで……」

 紅き竜は再び立ち上がる。勝者が膝をついているなんて格好がつかない……そんな的外れなことを愚かにも考えていた。


「ルシファーを持っているとは、いやはや驚いたぞ」


「――!?」

 聞こえるはずのない声、聞こえて欲しくはない声が謁見の間に響き渡る。

 声のした方を向くとそこには煙の中でラエンだった肉の塊がもぞもぞと動いていた。

「生きて……いるのか?あの状態で……」

「ふっ……当然じゃ……」

 そう言って、ラエンが一歩前に出るとみるみる身体が再生していき、元の姿に……いや、さっきまでの妖艶な美女の姿とは違う、怪物の姿に変わっていった。

「その姿……お前は……」

「そうじゃ……皇帝ラエンではなく、超越者、エヴォリストラエンの姿を見れたことを光栄に思え……愚民ども」


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