ネクロマンサー
「ニルス・フィラス……?」
「そう、それが俺の本当の名前だ。信頼できる奴と、俺に本気を出させた奴にはちゃんと本名を名乗ることにしてんだ。もちろん、お前は後者な」
「……それは、ありがたくて……涙が出そうだよ……」
ダブル・フェイス改め、ニルス・フィラスがわざわざ本名を教えた理由をネームレスに説明したのは、彼のことを戦士として認めたから。ネームレスはそのことについては素直に嬉しかったが、それ以上に本気を出した傭兵の放つ凄まじいプレッシャーに気圧されていた。
そんな彼を嘲笑うかの如く、ニルスはいつも通り軽い口調で話しかける。
「で、お前はなんで今も生きているんだ?」
「……運良く、そのピースプレイヤー……」
「『ホヤウカムイ』な。こいつの真名も教えてやるよ」
「……そのホヤウカムイとやらの狙撃が運良く急所を外れたからだろ……」
「いや、俺がそんなミスをするはずがない」
「くっ!?」
一瞬、ニルスの顔つきが真剣なものに変わり、プレッシャーがさらに強くなった。
軽薄でお金以外に執着が無さそうな彼でも、戦士として譲れないプライドがあるのだ。
「俺がミスしないってなら、お前が俺の想定を上回ったってことだが、それはあり得ない。今までの戦いでお前のスペックは把握したが、あの一撃はお前の反応速度では対応できないはずだ」
「戦いの中で成長したとかじゃないか……?」
「この状況で冗談なんて言えるようになったのか。確かに、そういう面では成長したって言っていいかもな……けど、そうじゃないだろ?」
「その言い方だと、すでに見当はついているように聞こえるんだが……」
「まっ、考えられるのは一つだけだからな……お前、俺が遠隔でピースプレイヤーを操れることを、なんで知っていた?」
ニルスが出した答えは、ネームレスは理由はわからないが、自分の本気の戦闘スタイルについて知っているということ。
そして、その推測はあながち間違っていなかった。
「……お前がそんなことができるとは知らなかったよ。俺が知っていたのは……」
それはグノスに向かっている時のこと……。
「シドウさん、一ついいですか……?」
「おう、いいぜ。グノスまではまだまだだからな。やることもねぇし、ゲームでもするのか?」
「いえ、ゲームはしないですよ。風の噂で聞いたんですけど、シドウさんは傭兵戦争に参加して、骸獣の末裔と戦ったって……?」
「あぁ、そう言えば、そんなことあったな。で、それがどうしたんだ?」
「その中にマントを……骸獣の末裔のマークの入ったマントを羽織った男がいたと思うんですけど、知ってますか?ちょっとそいつと戦うことがあって……」
「ん?知ってるも何もそのマントを着けていた奴が、骸獣の末裔のリーダーだぞ」
「えっ!?でも、そのリーダーはその傭兵戦争で亡くなったと……?」
「そうだよ。それは間違いないよ。なんてったって、おれがこの目で、そいつの遺体を確認したんだからな」
「なら……今、マントを持っているあいつは……」
「しゃべっているうちに思い出したけど、遺体を発見した時、トレードマークのマントが見当たらなくって戸惑ったんだよ。てっきり、戦いの中で燃えちまったと思っていたんだけど、持ち去った奴がいたのか……」
「では奴が自分のリーダーの遺体から形見として持って行ったのか、金目のものだからパクったのか……」
「それは、そいつにまた会うことがあれば聞いてみればいいさ。ただ、マントはともかくコアストーンの方は気をつけろよ」
「コアストーン……?」
「骸獣の末裔のリーダーはストーンソーサラーだったんだけど、マントと同じく遺体の周りをいくら探しても、使用していたはずのコアストーンが見当たらなかったんだ。それも、もしかしたらそいつが持っていったのかもしれん」
「そのコアストーンの能力って……?」
「いや、コアストーン自体は特別なものじゃない。ただの念動力、手を触れずに物を動かせるだけだ」
「だったら、別に……」
「リーダーって奴はその大したことのない力を、ちょっと……というか、かなり変わった使い方をしていたんだよ」
「それって……」
「リーダーは念動力でピースプレイヤーや死体を遠隔でまるで生きているかのように自由自在に操ることができたんだ。で、ついたあだ名がネクロマンサー……」
「ネクロマンサー!?……っていうか、できるんですか、そんなこと……?」
「実際、できたからあんな危険な組織のトップに担ぎ出されたんだろ。自分の殺した相手をその場で手駒にしちまうんだぜ?ヤバいだろ」
「確かに……それは……骸獣の末裔のリーダーが、ストーンソーサラーだってことはどこかで聞いたことはあったんですけど、そんな無茶苦茶な奴だったなんて……」
「かなり技術がいるから、早々真似できることじゃないが……もし、そのマントの男と戦う時は頭の片隅に入れておけ……そいつもネクロマンサーの可能性があるかもってな」
「俺が知っているのは、そのマントの前の持ち主がネクロマンサーと呼ばれていたことだけだ……」
「……ふーん……なるほどね……」
ニルスはその一言で全てを察した。ネームレスの中に眠っていたその情報が、彼を無意識に第三者を警戒させていたから、かろうじて致命傷を免れることができたのだと。
疑問が晴れると、傭兵はばつが悪そうに頭を掻いた。
「くそ~、お前がそのことを知っているんなら、他の方法取ったのによ!」
「残念だったな、傭兵……いや、ニルス・フィラス……!」
「本当だよ……でも、先延ばしになっただけで、結果は変わんねぇけどな」
ニルスが再び構えを取ると、隣のホヤウカムイも呼応するように戦闘態勢を取る。
その立ち姿はマントと妖刀を身に着けていないこと以外はニルスが装着していた時と、寸分違わず、まるで傭兵が二人に分裂したようだった。
「皮肉だよな、ネームレス……」
「何がだ?」
「ネクロを名乗る男についたお前が、ネクロマンサーと呼ばれた男の技を受け継いだ俺に倒されるんだからな……」
「逆になるかもしれんぞ……?」
「はっ、まったく……可愛げがねぇな!」
ニルスとホヤウカムイがそれぞれ左右に跳躍する!セオリー通り、黒き竜を挟み撃ちにするつもりだ!
「さて……どちらにするかな……」
ネームレスガリュウが黄色い二つの眼で自身を狩りにきたストーンソーサラーとピースプレイヤーを交互に捉え、その対処法を頭をフル回転させ……ひねり出す!
「よし……正攻法で行こうか!!」
覚悟を決めた黒き竜が猛スピードで突っ込んで行く!ストーンソーサラー、生身のニルスへ!
「まっ、人形を操る本体を狙うのは当然だわな……ホヤウカムイ!!」
ニルスの声に応じて、ホヤウカムイが急停止!自分の主人に襲いかかる不埒なドラゴンに狙いを定め……。
バン!バン!バン!!!
弾丸を放つ!しかし……。
「来るとわかっていれば、避けられないものではない!!」
ホヤウカムイの方をまったく見ていないのに、弾丸の気配だけを察知して、その全てを回避する!結局、ホヤウカムイはネームレスガリュウを仕留めるどころか、スピードを緩めさせることさえできなかった。
そして、すでにニルスは黒き竜の射程圏内……。
「ガリュウ……」
「させるかよ!!」
ドゴオォォォォン!!!
ニルスがカウンター気味に妖刀を振り下ろすが、黒竜は急停止からのバックステップで回避!
「それはもう……見飽きたんだよ!ガリュウロッド!!」
ねじり込むように放たれたロッドがニルスの顔面に……。
コン!ギュル!ギュル!
「何!?」
攻撃を受けたニルスの身体が空中で回転する!いや、攻撃は……。
「軽い!?いなしたのか!?自分の周りを、自分自身を無重力にして!」
「ご名……とうッ!!!」
ザン!!!
「ぐっ!?」
回転の勢いを利用して下から妖刀で斬り上げる!竜の漆黒のボディーに傷が刻まれた!
「まだまだ!」
さらにニルスは着地し、お返しにと突きを放つ!
「この!?」
ネームレスは身体を反らし、突きを避けることに成功!するが……。
「――な!?」
二体の漆黒のピースプレイヤーの視線が交差した……上を向いたネームレスが見たものはライフルを構えるホヤウカムイだった。
バン!バン!
横になったネームレスの身体と直角に弾丸が降り注ぐ!この体勢ではこの攻撃は普通には避けられない!……なら、普通じゃない方法を取るだけだ!
「ぐ……らぁッ!!!」
「がっ!?」
ガン!ガン!
弾丸は広間の床に吸い込まれていった!ネームレスは咄嗟にニルスを蹴り、その勢いを利用してホヤウカムイの追撃を回避したのだ!
「足癖が悪いな!」
「傭兵!やっぱり、お前は後回しだ!まずは……この鬱陶しい人形を潰す!!」
ネームレスはターゲットを本体のニルスから、彼の操る人形に変え、またまた猛スピードで突進して行く!
「ガリュウブレード!!」
キン!キン!
「ちっ!?」
ネームレスが最も得意とする武器による攻撃だったが、ホヤウカムイはあっさりと手刀で捌き切る。
「中身がない分際で!」
キン!キン!
ニルスが装着している時と、一見、何ら変わらない動きでネームレスガリュウと渡り合うホヤウカムイ……そう、あくまで一見。ネームレスほどの戦士の目は誤魔化せない。
(……僅か……ほんの僅かだが、反応が傭兵が装着していた時よりも遅い……!どうやら遠隔操作ゆえにタイムラグがあるようだな!)
ブゥン!
ホヤウカムイの反撃は空振りに終わり、黒き竜は後ろに回り込んだ!
「スクラップになるといい!!」
「お前ならタイムラグには気づくよな。それは間違いなく、遠隔操作のデメリットだ。けどよ……遠隔……というより中身がないことのメリットってのもあるんだぜ……なぁ、ホヤウカムイ」
グン!
「何!?」
背後から斬りつけようとしていたネームレスだったが、突然、目の前でホヤウカムイの肘の関節が逆に曲がり、手刀がこちらに……完全に不意を突かれた!
ザン!
「ぐあっ!?」
先ほどの妖刀でつけられたものとクロスするように黒き竜のボディーにまた新たな傷が刻まれる!さらに……。
バン!バン!バン!!!
「この!?」
ホヤウカムイは振り返り、黒き竜に向かってライフルを乱射する!
しかし、これは難なく回避され、体勢を立て直すために黒竜は後退……。
ズン……
「これは!?」
「本体を忘れてもらっちゃ困るぜ!!」
ネームレスの身体が突如として、重くなり、足が沈み込んだ!
そして、動きが止まった彼にニルスが妖刀を振りかぶりながら突進して来る!
「その手はもう……」
けれど、ネームレスは焦ることなく、重力の檻から抜け出そうと身体に力を入れる!
先ほどまでなら、それであっさり脱出できた。先ほどまでなら……。
「――!?なんだ!?身体が……動かない!?」
何故だか、身体が思い通りになってくれなかった。戸惑うネームレスに余裕の表れかニルスがヒントを出してくれる。
「がっつりホヤウカムイの攻撃、食らっちまったからな!そりゃあ、即効で効いちゃうってもんだ!」
「なんだと!?」
ネームレスが視線を落とすと、ホヤウカムイにつけられた傷口が白い煙を出しながら溶け出していた!
「これは……まさか……毒か!?」
「ピンポーン!大正解だよ!ホヤウカムイは生き物はもちろん、ピースプレイヤーの動きも阻害できる毒を作り出せるんだよ!凄いだろ!!!」
正直に全て話すのは、ここまで頑張ったネームレスへのご褒美であり、手向け……あの世へと旅立つ彼へのだ!
「疑問も解決して!これで何の未練もなく、逝けるな!ネームレス!!」
ニルスは完全に動きを止めたネームレスへ全力の一太刀を振り下ろした!
(俺……死……)
「させるかぁ!!!」
ドゴオォォォォン!!!
「な……」
「に!!?」
突然の咆哮と共に二人の間に何かが割って入ってきた!ニルスは咄嗟に攻撃を取り止め、後方に退避する。
そして、二人の間には分厚い煙のカーテンが展開される。
「……助かったのか、俺は……?」
ネームレスは毒や重力のせいではなく、驚きのあまり、その場で立ち尽くしていた。完全に死を覚悟していたのに、今もこうして生きていられていることが信じられないのだ。
けれども、それ以上の衝撃がこのあとすぐに彼を襲うことになる。
「一体、何が……いや、誰がと言うべきか……」
声がしたことから、何者かが乱入してきたことはわかる。実際、煙の奥に人影が見えた。
そして、時間が経つにつれ、煙は薄くなり、乱入者の姿が鮮明に……。
「あんた……誰なんだ……?なんで、こんなところ………に!?」
ネームレスが言葉を失う。煙の奥から現れたのは巨大な鬼の顔……。
かつて、彼はこの顔の後につき、当時の大統領を誘拐し、最終的には戦うことになり、何度も痛い目を見せられた紫のピースプレイヤーの背中の鬼の顔だ!
「……まさか……そんな……本当に……なんでこんなところにあんたがいるんだ!ネクロ!!!」
「お前と同じさ、ネームレス……贖罪だ……!!」




