託される想い
「そろそろ……行くか……お前との約束も果たさないといけないしな……」
二人だけの祭りが終わり、来た時よりも散乱した礼拝堂の中で、永遠の眠りについた友の顔をしばらく見つめていたナナシだったが、いつまでもこうしている訳にはいかないので、話しかけても返事がない友を横にして、自分は立ち上がった。
しかし、固い床に横たわるコマチを見下ろすと、申し訳なさがこみ上げてくる。
「うーん……さすがにこのまま放置するのは気が引けるな……と言っても、敵陣のど真ん中、知り合いも土地勘もないしな……」
「彼のことなら、ワタシ達に任せてくれないか……?」
「――誰だ!?」
突然の声にナナシのセンチメンタルになっていた心は、一気に戦闘モードに切り替わる!
声のした方を振り向くと、そこは礼拝堂の入口……二つの人影が立っていた。
「てめえら、何者だ……?」
「何者だ?……って、ひどいじゃないの。さっき、あんなにやり合ったのに」
「さっき?……ん!?お前ら、まさか……!?」
二人の内、老けている方の軽薄そうな口調にナナシは不快感を感じたが、すぐに甦る苦い記憶に塗り潰される。
コマチの介入がなければ、彼らと今もまだ不毛な消耗戦をしていたかもしれないのだ。
「お前ら……ガリュウのパチもんの中身か……?」
「これまたひどい言い方だな……まぁ、間違ってないんだけど」
「その通りだよ、ナナシ・タイラン。ワタシ達は君と戦っていたギリュウのⅣ番とⅩ番……弓使いと刀使いと言った方がわかりやすいかな?」
「あぁ、その声を聞いて完全に思い出したぜ……めちゃくちゃムカついていたってこともな……!」
先ほどの戦いに苛立ちを覚えていたのは本当だが、今のナナシが普段よりも好戦的なのは、コマチのせいだろう。
友の遺体を辱しめる可能性のある奴は容赦するつもりはない。
「ちょっと待て!わしらはお前ともう戦う気はない!」
「信じられるかよ……さっきまであれだけ激しくやり合ってたのによ……!」
「確かに、ワタシ達のやってきたことを思えば、信じられないのも当然だ……けれど、冷静になって考えてみてくれ。君を倒すなら、そこのネオヒューマンの……いや、コマチ君の遺体を回収するなら、わざわざ君の前に姿を現す訳はないだろう?しかも、武装を解除して」
「油断させたところで、残りの二人が襲いかかるって腹積もりなんじゃないか……?」
「残りの二人はまだ意識を取り戻してない。それに君が本気を出せば、ワタシ達四人相手でも、難なく倒せるはずだ。話を聞いて、どうしても納得できないなら好きにすればいい」
「………」
「頼む」
「……わかった」
「ありがとう……ナナシ・タイラン」
ナナシが彼らの話を聞こうと思ったのは、自分を見つめる真っ直ぐな目が嘘をついているように見えなかったからだ。
そしてもう一つ、先の戦闘は彼らのチームワークに苦しめられ、イライラしたが、同時にそこまでの連携を可能にした彼らの信頼関係を好意的に思っていたからだった。
「時間もないから、手短に頼むぜ……」
「あぁ、では単刀直入に……ワタシ、シルルとここにいるケヴィン、残りの二人は反皇帝派の人間だ」
「なんだと……?」
「申し訳ないが、君とコマチ君との会話を立ち聞きさせてもらった。コマチ君からさっき聞かされた通り、ラエン皇帝は暴君と言って差し支えない人物だ。だから、我らはなんとか彼女を失脚させようと秘密裏に活動していた」
「クーデターか……でも、結局、何もできず仕舞い……」
「あぁ、我らのリーダーは先日亡くなったジェニング様……彼の死とラエンやネジレの実力を踏まえ、後任のアドラー様と協議した結果、今は大人しく従うふりをしてチャンスを伺おうということになったのだ」
「ラエンに近づければ、暗殺できる可能性をあるし、少なくとも、時間が経てば勝手に寿命でネジレはフェードアウトしてくれるからな」
「……だから皇帝陛下をお守りするため、俺と戦ったと……」
「ええ、あいつのために戦うのは癪でしたが……」
シルルは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。心の底からラエンという人間を嫌っているのだろう。
「それにお前の人となりは簡単な情報を渡されただけで、詳しくわからなかったからな。グノスの国民に危害を加える可能性があるのに見逃す訳にはいかなかった」
一方のケヴィンは年の甲か、ポーカーフェイスで流暢に自分達が何を考え、行動していたのかを説明し終えた。
「なるほど……筋は通っているな……」
二人の話は納得できるものだった……だったが、一つだけナナシは気になることがあった。彼の後ろで眠る友のことだ。
「……コマチも皇帝に叛意を持っていることは……?」
「知らなかったよ……ネオヒューマンはラエンの思い通りに動く、操り人形だとばかり……」
「知っていたら、色々と協力できたかもしれない……身体のこととかな……」
「そうか……」
寂しげに、無念そうに、コマチを見つめる二人を見て、ナナシは確信する……この二人は、こいつらは信用に値する人物だと。
「……シルルとケヴィンだっけ?お前達のことを信じるよ」
「ナナシ・タイラン……感謝する」
「俺は皇帝に会いに行く……だから、コマチのこと……」
「あぁ、皇帝派の連中が、コマチ君を回収しに来ても、命をかけて守ると誓うよ」
「この場所で嘘は言わねぇさ」
「じゃあ……任せた」
問題を解決したナナシはコマチの方を振り返らずに、真っ直ぐ歩き出し……。
「あっ、そうだ」
前言撤回。礼拝堂の入口まで来たナナシは何かを思い出し、振り返った。
「どうした?ナナシ・タイラン……まだ、何かあるのか……?」
「いや……なんか勢いで俺が皇帝を倒すみたいになってるけど、俺ってそんな強くないから、君達、過大評価し過ぎだから。あんまり期待するなよ」
わざわざこんな情けないことを言うために、立ち止まるのがナナシという男なのだ。
シルル達は若干呆れるが、同時にその人間臭さが好ましく思えた。
「安心しろ。どんな結末になっても、君を責めたりしないさ。君は君の望む通りにすればいい」
「そうか……それならいいんだけど……」
「それに、皇帝の所に向かっているのは君だけじゃないだろ?」
「えっ……あぁ!そう言えば、あいつも来ているんだったな……」
コマチとの再会からの、ガチンコの喧嘩ですっかり忘れていたが、このグノスにはナナシの他にもう一匹の竜が来ているのだ。
憎らしいが、ナナシは彼のことを思うと、光が射したような気になった。
「確かにあいつなら……皇帝殺し……できるかもな……!」




